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この作品「白冽のマリスガイン 第7話 アクター」は「オリジナル」「一次創作」等のタグがつけられた作品です。
白冽のマリスガイン 第7話 アクター/レジェメントの小説

白冽のマリスガイン 第7話 アクター

7,216文字14分

「もし本当に、子供の操縦する、ワンオフの、人型巨大ロボットが、現代の地上で動いたら?」

注意事項などは第1話の説明文を参照してください。

2023年3月25日 12:42
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 慣れない車の中。リュックと箱を横に置いて優鑠ゆうとは後部座席に座る。運転は馴染みのないJACEIRAジャセイラの社員がしていた。
 優鑠が窓の外を見ると、1カ月前にも見た工場やビルが広がっていた。


 あっという間に時は過ぎ、とうとうアクターの最終審査の日がやってきた。今日の学科試験と操縦精度確認でロボット・M30のエムサーティーアクターになれるかが決まる。絶対にアクターになりたい優鑠は、二次審査の時とは違い、緊張を感じない程の気概に満ち溢れていた。


 JACEIRA刈谷開発センターに着くと、小林が玄関から出てきて迎えてくれた。優鑠は挨拶する。もう1人のアクター候補は既に到着しているそう。優鑠は小林に案内され、見学の時に説明を受けたのと同じ部屋へ向かう。

 部屋に入ると、知らない学校の制服を着た長髪の女の子が待っていた。彼女と一瞬目が合う。

「夏目さんはそこの机に座って」
「はい」

 小林に言われ、優鑠は席に着いた。距離は空いているが彼女の隣だ。

「まず今日の持ち物を確認するよ。学科試験中にこっちでやる事があるからパソコンとセンサーはもう預かっちゃうね」
「分かりました」



 優鑠の諸々の確認を済ませると小林はどこかへ行ってしまった。部屋に優鑠と女の子の2人だけになる。

(この人がもう1人のアクター候補者なんだ……)

 優鑠は、学科の要点まとめを復習しながら隣の彼女の事を気にした。小林によると一宮市の高校一年生らしい。二次審査の時に見なかったので、おそらく優鑠とは別の日曜日の方に割り振られたのだろう。彼女もここまで来たということは、アクターに選ばれる為に相当勉強や訓練をしてきているはず。
 でも僕も選ばれたい、負けられない。優鑠は対抗心をメラメラ燃やした。


「……はじめまして」

 優鑠は振り向く。彼女が話しかけてきた。

「あっ、よかった? 話して……」
「ええ、いいですよ。はじめまして」


「私はあずま琴音っていいます。あなたは… 夏目さん?」
「はい。夏目優鑠です。今日はよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくね」

 東は優しい声で朗らかに話した。

「私は一宮から来たの。君は?」
「新城から来ました」
「新城かぁ…… 遠いね」
「同じ学校の子の中では一番近い方です」
「何っていう学校?」
「鳳来中学校です」
「鳳来ね! どこか分かるよ」
「東さんは?」
「私は一宮工科高校って所。知ってる?」
「いや~知らないです」

 優鑠の抱いた対抗心は、彼女と話すにつれてすぐに薄れていった。


「……東さんも、ロボットを操縦したくてアクターに応募したんですか?」
「えーっと」

「私は、ロボット開発の事を勉強したくて」

「JACEIRAのロボットって日本の有名な工業メーカー達が協力して作ってるでしょ? だから操縦者になれば、ロボットに使われてる技術を間近で見られるし、最高峰の開発現場を経験できると思ったの。それが理由かな」
「へぇ~……」

 自分より何倍も立派な志で優鑠は気圧された。

「夏目さんはロボット操縦してみたいんだ」
「まあ…… そうですね」
「ねえ操縦方法教えてもらった時ビックリしなかった?」
「あーしましたしました!」
「こんにちはー」

 2人の男性が部屋に入ってきて向かい合っていた優鑠と東は咄嗟に前を向く。

「はは…… 大丈夫だよ喋って」

 男性達に続いて入ってきた小林が苦笑いしながら言った。





「じゃあ一度区切りを付けるために挨拶しましょう。起立!」

 小林と一緒に、優鑠と東が前に立つ男性2人に対して挨拶する。

「お願いします」
「「お願いします」」


「東さん夏目さんお待たせしました。今からアクターの最終審査を行っていきます。まずは、技能講習の学科試験から行います」

 小林が手で男性2人を指す。

「こちらはPEO建機教習センタの方々です」
「どうも」
「学科試験はお二方が実施してくださいます。ここからはお二方の指示に従ってください。では、僕は操縦テストの準備に行きます」

 そう言って小林は部屋を出ていった。教習センタの2人が軽く自己紹介をし、学科試験の説明を始める。

 優鑠は顔は平静を装っていたが内心は愕然としていた。最終審査はロボットを操る者が決まる社にとって重要なイベントなので、JACEIRAの代表なども立ち会って厳格に行われると思っていた。それがこんなにもさらっと始まってしまったのだ。

「えー中学生の夏目さんは絶対無いと思いますが、東さんは技能講習を受けた事がありますか?」
「ありません。でも技能検定はこの前受けました」

(いやムードとかどうでもいい! 目の前の事に集中しないと)

 優鑠は気を取り直して学科試験に挑む。



 学科試験は1時間に及んだ。解答用紙が回収され教習センタの2人が採点する。

 問題は全て4つの選択肢から選ぶマークシート方式で、学校のテストのように複数の解答形式が出ると思っていた優鑠には拍子抜けだった。思い出すと、パソコンの練習問題ソフトがこの4択形式だった。出題された内容も小林の言っていた通り要点まとめだけで網羅できていた。考えてみれば、この学科試験はJACEIRAのロボットを運転する人用なので、当然問題作成にはJACEIRAの情報提供が必要になる。JACEIRAは全て分かりきっていたという事か。

「採点が終わりました」

 進行役の人が言う。優鑠は全問正答できたつもりだが、果たして。


「東さん、夏目さんのどちらも合格しています。よく頑張りましたね」

「お二人なら立派にアクターを務められると思います。学科の内容を忘れず、安全を心がけてロボットを運転してください」


(え…… それだけ?)

 優鑠と東は顔を見合わせる。東も「これで終わりなの?」という感じできょとんとしていた。あれだけ勉強したので、点数を知りたかった。

「……挨拶しようか」
「……そうですね」

 2人は起立し、教習センタの人達へ挨拶する。まもなく小林が戻ってきて、入れ替わりで教習センタの人達は去っていった。結局自分達が何点取ったのかは教えてもらえなかった。小林も、2人の合格を喜んでそれだけだ。


 優鑠達は次の操縦精度確認を行うために別の場所へ移動した。今のところ、ロボットのアクターが決まる最終審査・本番だという実感は一切無い。





 開発センターのラボ区画にある一室へ入ると、中ではJACEIRAの社員達が作業していた。コンピュータやテレビを準備しているようだ。

「夏目さん東さん!」

 元気良く呼ばれて声のした方を見ると、二次審査の時に開発センター内を案内してくれた敦賀が早歩きで寄ってきた。優鑠と東と話す。


「学科合格おめでとう! 頑張ったね」
「敦賀さん、ありがとうございます」
「2人ならやってくれると思ってた~」
「みなさんが教材や練習問題を用意してくださったおかげです。学科試験はパソコンに入ってた練習問題みたいで、はっきり言って簡単でした」

「……周りがお膳立てしても、勉強しない子は勉強してくれない。東さん達が合格できたのは、東さん達がちゃんと勉強してくれたからだよ。ありがとう!」

 敦賀は東と優鑠の顔をしっかり見て言った。それを聞いて優鑠は、先程からのもやもやが少し晴れた気がした。



 優鑠と東の2人は長机に着き、小林から説明を受ける。
 ノートパソコンに入っているデコーダのファイルは、既に部屋のパソコンへコピーされていた。今からの操縦精度確認では、部屋のパソコン2台でAPL訓練ソフトを使用し、2人同時にロギングのチェックとシミュレータで3Dモデルを動かす。その様子を皆で見て操縦の精度・挙動を比較し、どちらの方が優れているか判断する。

「2人はいつも家でやってたみたいに3Dモデルを動かしてくれればいいよ」
「分かりました」
「みんなに見られるのかぁ。緊張するかも」
「あはは……」
「大丈夫。2人とも十分動かせるってのはもう分かってるし、何かミスしたとしても誰も怒ったりしないから。自信持って」
「「はい」」


「そしたら、後はアレをやってみる、か……」
「?」

 小林はそう言い視線をどこかへやった。優鑠と東は不思議がり、同じ方を見る。

 視線の先、部屋の奥の床には、白い人型ロボットが寝かされていた。

「ええ!?」
「え! え!? なんですかアレ!?」
「近くで見る?」



「これは川崎重工のヒューマノイドロボット"Kaleidoカレイド"。ほぼヒトと同じ身長体重で、二足歩行移動や簡単な作業ができる。この前ビッグサイトで出展したのを持ってきたんだ」
(うおーすげー!!)

 3人はロボットの前まで移動した。優鑠も東も本物の人型ロボットに興味津々で、舐め回すようにカレイドを眺める。

「カッコいいです!」
「ヒトと同じ体重に収まってるのすごいですね」
「ちなみに僕もソフトウェアの開発に携わってるよ」
「へぇ~」

「最後にこれをAPLで操縦できるかやってもらう」
「えっ、このロボットを?」

 優鑠と東は驚く。

「APLで人型ロボットの全身を制御できるのか、シミュレータでできても実際はどうか分からないから、やってみないと。まあカレイドは軽くて慣性が効かないからその場に立ち続けるのも難しいと思う。リアル四肢が動くのかの確認だけね」
「いやあの…… もし倒したりしたら壊れちゃうんじゃ……」
「カレイドは倒れたぐらいじゃ壊れないよ。人同様に働く事を想定して頑丈に作ってある。心配しないで」
「はあ……」





 そして、いよいよ操縦精度確認が始まった。東と優鑠はセンサーを被り、交互に念じて3Dモデルを動かす。2人が動かす3Dモデルを皆がテレビの大画面で比較した。確認の様子はTeamsでも配信され、ここに居ないJACEIRA社員達も見守った。
 やっと最終審査っぽくなってきた。

 チェックモードでは、優鑠も東も自由に3Dモデルを動かすことができ、差は見られなかった。
 続いてシミュレータで動かす。パソコンの性能に余裕があり物理演算の精度が高く設定されていたため、家でやるよりずっと動かしやすいと2人は感じた。
 東は一つひとつの動きを丁寧に行い安定感ある運動をしてみせた。優鑠はバランスを崩し倒れそうになるも走ったり踊ったり軽快な動きができた。シミュレータでも優劣はつかなかった。


 最後の確認のためにカレイドが用意される。カレイドは部屋の天井クレーンで吊り上げられると、自身の自動制御でその場に立った。二足歩行ロボットでよく見る中腰姿勢だ。優鑠や東は、人型ロボットが動いている所を生で見られて感激した。
 しかし喜んでいる場合ではない。全員がカレイドの周囲に集まる。


「カレイドとAPLデコーダの連携できました。いつでも切り替えられます」

 パソコンを触る小林が言う。

「よ~し。準備はいい? 東さん」
「はい!」

 まずは東がカレイドをAPLで動かしてみる。優鑠は敦賀達と一緒に見守った。

「切り替えます。3、2、1」


「「……」」

 カレイドの様子に変化は無い。

「動かしてる?」
「う、動かしてます」
「ちょっと右手振ってみて」
「はい」

 するとカレイドはスムーズに右腕を上げて手を振った。皆が感嘆の声を漏らす。

「動いた……」
「APLでちゃんと制御できてますね」
「そうだね」

 しかし、右腕を上げた反動が波及したのかカレイドはふらふら揺れ始めた。

「おお、おおお……」

 東は強く念じ姿勢を持ち直そうと試みる。優鑠も応援する。

「踏ん張って東さん!」
「うん……!」

 手足を機敏に動かして、ようやくカレイドの揺れは収まった。


「やっぱりロボット本体が軽いせいでちょっとでも動くと姿勢が乱れます。それを直そうと動くとさらに悪化する。シミュレータより難しいです」
「そっか……」

「どうする? 歩かせてみる? APLで実機を動かせる事は確認できたから、最低限の目標はクリアしたけど」

 小林が東に尋ねる。

「やってみます。やらせてください!」
「よし頑張れ!」

 東は再びカレイドへ力を込めた。

 カレイドが片足を上げ、1歩踏み出す。出した足を軸にもう一方の足を前へ出す。不安定だが、ゆっくり着実にカレイドは歩く。その姿は中に人が入っているのではないかと錯覚するぐらい人間臭かった。


「ああっ!」

 次の瞬間、カレイドは後ろの足を上げたまま傾き、立て直そうと足を下ろして上半身を動かすも後ろへ倒れてしまった。小林達がカレイドへ駆け寄る。

「すいません!」
「いいよいいよ、失敗して当然」

 そう言って敦賀は東を励ます。

「カレイド君は無事?」
「とりあえず外から見て分かる損傷はありません。一度自動制御に戻してベリファイしないと」
「私はもういいです。これ以上やったら夏目さんが動かす前に壊しちゃいそうです。交代しましょう」
「分かった」

「じゃあカレイド君のチェックができたら次は夏目さん、動かそっか」
「はい」

 優鑠は東からセンサーを受け取った。



「切り替えます。3、2、1」

 小林のカウントダウンで、カレイドの制御が自動から優鑠のAPL操縦に切り替わる。他の人には何も分からなかったが、優鑠は自分の意思にカレイドが反応しているのを確かに感じた。

 優鑠が右腕を上げるように念じると、カレイドは狙った通りに右腕を上げた。

「よしよし」
「乱れがくるよ」
「はいぃ……」

 東に警告された時には既に姿勢を保つよう念じていた。少しずつカレイドが揺れ始める。優鑠はカレイドに、スポーツのパワーポジションのような姿勢をとらせることでふらつきを止めた。

「おお…… 抑えたね」
「なんとか……」

 優鑠は念じながら頑張って敦賀に返事をする。
 小林や東の言った通り、シミュレータで鈍重に設定されていた3Dモデルと違いカレイドは軽く、関節を動かすとその反作用がすぐ影響するため姿勢を保ちにくかった。
 だが操縦できない訳ではない。

「歩きます!」

 優鑠はカレイドを最初の中腰姿勢に戻した後、右足を前へ踏み出させた。バランスを取るためにカレイドが両腕を動かす。揺れが収まるのを待たず今度は左足を出す。どてっ、どてっ、どてっ、とカレイドは歩く。勢いがあるからか、皆には上手くいっているように見えた。

 しかしそれも束の間、後ろ足を蹴りすぎてカレイドはおもいっきり転んでしまう。

「あー!」
「うおっ!?」
「おおお大丈夫か?」

 室内が騒然とする。小林達がうつ伏せのカレイドへ駆け寄り、状態を確認しようとした。


「待ってください!」


 優鑠は皆を呼び止めた。カレイドをじっと見つめている。その真剣な目つきに圧倒され、小林達はカレイドから離れた。


 カレイドは倒れた時に曲がった腕や足を一旦伸ばすと、両手を床に突いて上体を起こした。そして、両膝をじわじわ曲げて四つん這いになる。

(まさか立ち上がる気か!?)

(無理だ夏目さん……、カレイドの関節じゃその立ち上がり方では立てない)

 小林の予想通り、カレイドは右足を前へ入れ込むことができなかった。
 しかし優鑠はカレイドに突いている手を勢いよく伸ばさせ、その勢いで上体が浮いた内に右足を前に出した。腕を振ってバランスを取る。
 片膝立ちになったカレイドは、両腕を広げながらゆっくりと立ち上がった。


「……無理に動かしてすいませんでした。自動制御にしてください」


 部屋で拍手が起こる。





「話し合いの結果、アクターは夏目さんに決まりました」
「!」

 他の社員達が部屋を片付ける中、敦賀が優鑠と東に話した。

「夏目さん、これからよろしくね」
「はい! よろしくお願いします!」

 優鑠は嬉しくてペコペコ礼をする。東は小さく拍手してくれた。

「東さんはとりあえず来期のアクター予定者ってことでいいですか?」
「えっ、私もアクターやれるんですか!?」
「いいよ~。学科は合格したし、操縦もしっかり動かせてたんだから」

「夏目さんが一度引退する10月からの暫定的なアクター、あと夏目さんにもしもの事があってアクターができなくなった時の控えを、お願いできますか?」
「はい! 分かりました!」

 東は満面の笑みで答えた。優鑠は自分がしてもらったように彼女に拍手を送ると、敦賀に言った。

「あの…… 僕10月で引退するんですか?」
「だって高校受験の前は流石に仕事できないでしょ? 高校入ってからまたやればいいさ」
「ああまたできるんですね! ビックリした~……」
「ふふっ」


 こうして、長い審査期間が終わり、最初のアクターは優鑠に決まった。



 その後優鑠は開発センターに残って、書類にサインしたり会社の規則について説明を受けたりした。帰り際には、仕事内容とM30に関する資料も渡された。さっそく来週から実機の操縦訓練が始まる。
 一息ついてなどいられない。優鑠は、改めてJACEIRAのアクターとして、来週から始まる仕事の準備にあたった。





― 第7話 終わり ―

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