こんばんはDJあおいです
読者さんからこんな相談をいただきましたよ
お悩み
いつもブログ見させていただいています。
「真実はいつも行動の中にある」というあおいさんの文章をみつけました。
確かに私も”口よりも行動。行動こそが全て。”だと思って生きてきました。
そこで相談なのですが、私には2年ほどお付き合いしている6つ上の彼がいます。結論から言いますと、彼は口約束はしてくれるけど、実際にそれに到達することはほぼほぼありません。
例えば、〇〇に行きたい、と言っても、いつか行こう!。お手紙を送れば、俺からも書くよ!と言って、実際に送ってくれたことはなく、私からのみ。等です。(恋愛間だけでなく、タバコだったりお酒だったり、やめる。という言葉を何度も聞きました。)そういった類の”口だけ”。
2年ほど付き合ってはいますが、そういったことが何度もあると、本当に私のこと好きなのだろうか、と考えてしまいます。相手を想う心があれば、その気持ちが原動力となって行動という形になると私は思っています。
私はその程度なのか、と考えてしまいぐるぐる考えてしまいます。あおいさんは、これらに関してはどうお思いでしょうか。教えていただきたいです。
自己肯定感が低い人は約束を破る傾向にありますね
『自分には人としての価値がない』と思っていると常に劣等感に苛まれてしまいます
このままでは劣等感に潰されてしまいますので
何かで補って自分に付加価値をつけようとします
優しくしたり、面倒見がよくなったり、奢ってみたり
誰かを喜ばせてあげることで自己肯定感の低さを補うわけです
その中で最も容易なのが約束をすること
約束を守れるかどうかは二の次
とりあえず何かを約束することで相手を喜ばせようとするんです
その時点で目的は達成されているわけですから、その約束はもう用済みなもの
めんどくさいものに変わってしまうわけです
人を喜ばせたいという気持ちは決して悪いことではないのですが
自己肯定感の低さを補うための優しさというものは
元々余裕がないので自己犠牲の優しさになってしまうんですよ
人を喜ばせるためならできない約束でもしてしまうんです
約束を破ったことによって後で自分の評価が下がるとしても
今自分の評価を上げておきたいんです
そして約束を破ってしまったことによりまた自分の評価を下げ
また自分の評価を上げるために守れもしない約束をするという悪循環
約束を守れない人はそれほど自己肯定感が枯渇しているものだと思ってください
それを踏まえて
期待は執着、信頼は愛情
信頼は裏切ってはいけないものですが
期待には応える必要はありません
期待とは自分の希望を押し付けるだけのもの
許せないものがあるから期待が生じてしまうもので
それは『信頼』とは逆のベクトルに作用しているものなんです
信頼とは『信じる』とか『疑う』とか
そういう次元のものではないんですよね
『どんな結果になってもあなたを受け入れますよ』という無条件の愛情が信頼というものですから
期待は生じないものなんです
信頼は『あなたがあなたである限り私はあなたを愛し続けますよ』ということなので
その人がその人らしくあるために
誰かの期待に惑わされることなく生きていけばいい
その人らしさを許容することが信頼であり
その愛情が自己肯定感を育てるということはよく覚えておいてください
逆に言えば
期待はするくせに信頼はしない関係になったら
その関係はもうおしまいなんですよ
以上
DJあおいでした
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