【解説】 刑事訴追を勧告されたトランプ氏、この次は? 法的・政治的に
アンソニー・ザーカー、北米担当編集委員
画像提供, Getty Images
The former president at Mar-a-Lago on the night he announced he'll run again.
昨年1月の米連邦議会襲撃事件について調査してきた下院の特別委員会は19日、最終会合を開き、ドナルド・トランプ前大統領を反乱の扇動など4つの容疑で刑事訴追すべきだと勧告した。
委員会は、トランプ氏が支持者による議会襲撃をそそのかし、暴徒に「支援と慰め」を与えたと認定。前大統領が複数の連邦法に違反したと結論した。「1月6日の出来事は、(トランプ氏)なくしては何一つおきなかった」と、委員会は最終報告書の要旨で書いている。
特別委は、司法省が以下の4容疑でトランプ氏の起訴を目指すだけの証拠が集まっているとしている。
- 公的手続きの妨害
- 米政府に対する詐取の共謀
- 虚偽証言の共謀
- 反乱の扇動、支援、幇助(ほうじょ)、慰安
トランプ政権の混乱に満ちた終盤を調べてきた特別委は、司法省へのこの勧告をもって、1年半にわたる調査をドラマチックに終えた。しかし、トランプ氏への影響は法的というよりは、もっぱら政治的なものになるだろう。
起訴ではなく象徴的な合図
仮に、下院調査委が提示する罪状でトランプ氏が有罪になったとする。その場合、数十万ドルの罰金や最長20年の禁錮刑が科せられ、公職に立候補することは今後一切禁止される。しかし実際には、調査委による採決の意味合いは概ね象徴的なものだ。
連邦議会には、誰かを起訴する権限はない。そのため調査委は、列挙した連邦法違反でトランプ氏を起訴することはできない。その権限を持つのは司法省に限られ、司法省はバイデン政権の一部だ。
特別委委員の議員たちは採決を通じて、司法省に行動するよう促したことになる。連邦議会襲撃の手段と動機とタイミングについて、自分たちの解釈を提示したし、おそらく何より大事なこととして、2年近くかけて集めた大量の証拠(聞き取り調査や召喚状で得た資料、精査された文書、数々の訴訟の内容)を、委員会はまとめて提示した。
しかし、これをもって司法省が何をどうするか、そこに特別委はいっさい関与できない。
司法省はすでに捜査着手
下院特別委の勧告は、法的にはそれほどの重みをもたないかもしれない。しかし、特別委が期待するような刑事捜査に司法省がすでに着手しているらしいことは、さまざまな情報からうかがえる。
連邦検察官が招集した大陪審はすでに、トランプ政権や選挙運動の関係者数十人に召喚状を送付し、資料提出を命じている。すでに下院特別委が精査したのと同じ、トランプ政権の資料が、その中には複数含まれている。
<関連記事>
メリック・ガーランド司法長官は11月、トランプ前大統領に対する刑事捜査を取り仕切る担当として、ジャック・スミス検事を特別検察官に任命したと発表した。ガーランド長官は、次の大統領選でトランプ氏がバイデン大統領と対決する可能性があることから、司法省の日常業務と、トランプ氏への捜査を切り分けるべきだと判断したと説明した。
これ以来、特別検察官の事務所は、7つの州の当局者に独自に召喚状を送付している。対象は、2020年大統領選の結果を覆そうと動くトランプ氏や側近たちから接触のあった、州政府の関係者だ。司法省のキャリア検事たちの作業を、特別検察官は速やかに引き継ぎ継続している様子だ。
しかも、トランプ氏が抱える法律上の心配事は、議会襲撃だけではない。スミス検察官は、トランプ氏が退任後にフロリダ州の私邸マール・ア・ラーゴで政府の機密文書を持ち続けていた問題についても、捜査している。ジョージア州では郡検事が、トランプ氏が2020年大統領選後に州政府幹部に働きかけた内容が、州の選挙管理法に違反しなかったかを調べ続けている。ほかにもさまざまな民事訴訟が続いている。
政治的な打撃
トランプ氏はかねて、自分に対するあらゆる刑事捜査も民事訴訟も、自分の政界復帰阻止を究極的な目的とする、党派的な「魔女狩り」だと主張し続けてきた。
今回の下院調査委による勧告を支持したのは、民主党の議員7人と、あからさまに「反トランプ」の態度を示してきた共和党の議員2人だった。それだけに、調査委の結論はトランプ氏の従来の主張を覆すものにはならない。むしろ、いざ司法省が実際に立件に乗り出した場合には、委員会の指摘がいかに党派的なものかをトランプ氏があらためて主張する根拠に使われるかもしれない。
それでも、今回の勧告によって、トランプ氏にとって否定的な報道が何日も続く。新聞やテレビは、勧告の内容を詳しく伝え、昨年1月6日に何が起きたのかあらためてアメリカ国民に思い起こさせる。あの議会襲撃に至る数カ月間、いかにトランプ氏が自らの落選をひっくり返そうとしていたかも、国民は思い出すことになる。
画像提供, Getty Images
2024年大統領選に再出馬すると宣言したトランプ氏が、いかにそれに向けて弾みをつけようとしても、かなり厳しい政治的逆風が吹くことになるかもしれない。その兆しはすでにうかがえる。最近の複数の世論調査結果によると、アメリカ国民の大多数の間でトランプ氏は今なおきわめて不人気だ。そして、共和党支持者の間でさえ、その人気は衰えているという。さまざまな想定シミュレーションでは、共和党の候補指名レースにおいてフロリダ州のロン・デサンティス州知事に劣勢だし、仮に共和党候補になったとしても本選でバイデン大統領に後れを取るという結果が出ている。
11月の中間選挙では、トランプ氏自ら選んで後押した候補たちの結果は予想を大きく下回り、共和党全体も予想ほどは躍進しなかった。大統領選への出馬を発表したのはその1週間後だったが、それ以降はこれといった選挙活動をしていない。陣営にだれを雇うとか新しい施政方針の発表があるとか、うわさはされれるものの、ここ最近トランプ氏からの一番のニュースは、自分をアクションヒーローのように描いたデジタル・コレクターズカードを1枚99ドルで発売するというものだった。
そうこうするうちに、間もなく2023年になる。そうすれば共和党の大統領候補争いは、いっそう注目されることになる。アメリカ政界におけるかつての自分の足場を取り戻すには、トランプ氏はかなりの政治的な力業を披露する必要があるかもしれない。