明治三陸地震
2011.01.16 Sunday
1896年(明治29年)の地震による津波被害の写真です。
津波が来る前、海岸線が600mも沖に引き、その後
壁のような波が襲ったそうです。
付近にあった刑務所では収監されていた195人の受刑者を
あらかじめ集合場所を決めて解放しました。
「ちょっとヤバイのでは?」とおもわれる判断ですが
193人の受刑者が集合場所で隊列を組んで待機していたそうです。
当時の日本人を一面を伺わせるエピソードですね。
明治三陸地震
2011.01.16 Sunday
1896年(明治29年)の地震による津波被害の写真です。 津波が来る前、海岸線が600mも沖に引き、その後 壁のような波が襲ったそうです。 付近にあった刑務所では収監されていた195人の受刑者を あらかじめ集合場所を決めて解放しました。 「ちょっとヤバイのでは?」とおもわれる判断ですが 193人の受刑者が集合場所で隊列を組んで待機していたそうです。 当時の日本人を一面を伺わせるエピソードですね。 駕篭を売る人
2011.01.13 Thursday
リヤカーに吊り下げられている鍋釜に混じり、カゴなどの竹製品を見つけると 「山窩(さんか)」と呼ばれる幻の漂泊民のことを思い出します。 「山窩(さんか)」とは、昭和初期までその存在が確認されており、 定住することなく山野を移動し、山中で作った竹製品を村落に持ち込んで 魚や米、衣服と交換して生活していたらしい人たちです。 人との接触を極端に嫌う民族らしいので 写真の人はよもや「山窩」ではないでしょうが、 リヤカーの彼が住んでいる村には時々見知らぬ人がカゴを売りに来ていて それを仕入れて往来で売っていたのかも知れません。 昭和11年(1936年)岩手県にて 「山窩」については諸説あります。→詳しくはコチラ
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