自民党の新人・小林一大さんが制した参院選新潟選挙区ですが、当初、知名度で追われる立場だったはずの立憲民主党の現職・森裕子さん(66歳)は、なぜ敗れたのか? 陣営や専門家への取材から4つの要因が見えてきました。
【森裕子氏】「権力との壮絶な戦いです。岸田インフレと戦います」
県内各地で声を張り上げ、有権者に訴えを届けてきた立憲民主党の森裕子さん。18日間の選挙戦、住宅街を走り、時に自転車にまたがり、パワフルに駆け抜けました。しかし…
【森裕子氏】「あまりにも尊い市民と野党の1議席、守り切ることができませんでした。これは全て私の責任であり力不足であります」

森さんの得票は投票総数の44パーセントにあたる44万8000票で、自民党候補に約7万票もの差をつけられ敗れました。
【立民 菊田真紀子 県連代表】「もう…どうやったら勝てるんですかね野党は、っていうくらいですよね。国会での活躍から考えれば、本当にこの議席を失ってしまったことっていうのは痛恨の極みです」
ライバルに比べ圧倒的な知名度を持ち、当初、追われる立場だったはずの森さん。なぜ、議席を明け渡すことになったのでしょうか?
敗因分析(1)不発に終わった野党の「連携」

6年前の参院選、森さんは当初、優勢とされていた自民党候補との戦いを2000票という僅差で制しました。そのときに掲げたのは…
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【森裕子氏(2016年)】「市民とオール野党はひとつ!」
無所属で出馬した森さんを、野党各党と市民団体が一体となって支え「草の根」の選挙戦を展開しました。今回も同じ態勢で選挙戦に臨みたいところでしたが…
【立民 菊田真紀子 県連代表】「難しいんですよね。横並びだと、立憲民主党の候補者なのに立憲民主党は何やってんだと怒られますしね」

森さんは今回、立憲民主党の公認候補として出馬しました。県連は、野党各党と市民団体からなる「野党連絡調整会議」とは別に、共産党と距離を置く連合新潟との間に「合同選対」を組織。県連は当初、連合新潟と組織する「合同選対」に軸足を置き、「連絡調整会議」のメンバーからは不満の声が上がっていました。
野党勢力の結集について、陣営はしばしば「生みの苦しみ」と表現してきましたが、森さん自身も結集の難しさを口にしていました。
【森裕子氏】「政党はみんな自分の党勢拡大が使命ですよ、まずは活動としては。ましてや選挙だから。それでも、そういうものを脇に置いて結集していただく。そんな簡単なことではないです」
【立民 菊田真紀子 県連代表】「森裕子の議席を死守するために、こうして一致結束。素晴らしい布陣を敷いていただいたこと、本当にありがたく皆さまに心から感謝を申し上げます」
【連合新潟 牧野茂夫会長】「いろいろマスコミが報道していますが、向いている方向は一緒なんです。森裕子を再び国会に押し上げる」
選挙戦が始まると陣営は「野党勢力が結集できた」と強調。しかし、実際には完全に一枚岩とはいかなかったようです。

【市民連合@新潟 佐々木寛共同代表】「新潟の選挙は、無所属でみんなで応援する形が勝利の方程式だと思うが、なかなか今回は組織が前面に出てしまったので草の根の力が発揮できなかった。排除の論理が働くと選挙は勝てないですね」
そして、野党勢力の結集がギリギリのバランスで成り立っていたことが分かる、こんな声もありました。

【連合 芳野友子会長】「(支援態勢に)共産党が入ってきたとするならば、その共産党の票は入るかもしれませんが、逆に連合票が逃げる可能性がありますので、私ども連合としては、やはりこれまでも申し上げた通り共産党との関係はあり得ない」
【共産党県委員会 樋渡士自夫委員長】「最大の功績は連合の中央の芳野会長だと思います。自民党大勝の一番の立役者じゃないですか」