渇愛は苦しみの正体。難しい「今への集中」に幸福を見出す
楽しいことをしている最中、「今日が終わったら…」とかよぎってしまうことはないだろうか。明日からの日常を思ってはどうしようもなく寂しくなる感覚のことだ。ディズニーランドで花火を見ていたり、オールナイトのカラオケで朝4時くらいに襲われる“あれ”だ。
終わる前から、もう終わった後のことを想像して憂鬱になる。今に集中できていない状態。仏教の教えによれば、これはいわゆる「渇愛」と呼ばれ、苦悩の根源だとされている。
仏教の幸福論
最近読んだ話題の『サピエンス全史』に苦しみと幸せについての興味深い記述があったので紹介したい。(ほぼ『サピエンス全史(下)文明の構造と人類の幸福』より引用)
出発点
幸せは外の世界の出来事ではなく身体の内で起こっている過程に起因するという見識
苦しみの根源
束の間の感情を果てしなく、空しく求め続けることなのだ。そして感情を追い求めれば、人はつねに緊張し、混乱し、不満を抱くことになる。この追求のせいで、心はけっして満たされることはない。
喜びを経験しているときにさえ、心は満足できない。なぜなら心は、この感情がすぐに消えてしまうことを恐れると同時に、この感情が持続し、強まることを渇愛するからだ。
対処法
人間は、あれやこれやのはかない感情を経験したときではなく、自分の感情はすべて束の間のものであることを理解し、そうした感情を渇愛することをやめたときに初めて、苦しみから解放される。
感情の追求は無意味。それをやめると、心は緊張が解け、澄み渡り、満足する。喜びや怒り、退屈、情欲など、ありとあらゆる感情が現れては消えることを繰り返すが、特定の感情を渇愛するのをやめさえすれば、どんな感情もあるがままに受け容れられるようになる。ああだったかもしれない、こうだったかもしれないなどという空想をやめて、今この瞬間を生きることができるようになるのだ。
効果
そうして得られた安らぎはとてつもなく深く、喜びの感情を必死で追い求めることに人生を費やしている人々には皆目見当もつかない。一生喜びの感情を追求するというのは、何十年も浜辺に立ち、「良い」波を腕に抱きかかえて崩れないようにしつつ、「悪い」波を押し返して近づけまいと奮闘するのに等しい。
来る日も来る日も、人は浜辺に立ち、狂ったようにこの不毛な行ないを繰り返す。だがついに、砂の上に腰を下ろし、波が好きなように寄せては返すのに任せる。何と静穏なことだろう!
追記
真の幸福とは私たちの内なる感情とも無関係であるというものだ。
ブッダが教え諭したのは、外部の成果の追求のみならず、内なる感情の追求をもやめることだった。
たまたま図書館で見つけて一気読みした手塚治虫の漫画『ブッダ』にもほぼ同様のメッセージが込められているように思えた。
「今に集中すること」が大事。しかしとても難しい
過去への後悔や未来への不安に考えといった感情に振り回されることなく、今に集中すること。こうして見るとたった1行におさまる教え。しかし、それがどれだけ難しいかを多くの人は知っている。
しかし、この感覚、実は誰しもが成功体験として経験していることがある。それは運動・スポーツだ。ぼく自身の例で言えば、スペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路計780キロを約1ヶ月歩いたときに気づいた。
一日30~40キロ歩く毎日に身体は明らかに悲鳴を上げ、肉体的に苦痛を味わっていた。はじめは「次の街についたら、たらふく水を飲もう」とか考えながら歩いていたが、いつまでも見えてこない次の街について思いをめぐらすのではなく、「今歩いている自分」に意識を集中して「1、2、1、2」とかリズムを刻んだり、隣で一緒に歩くその日限りの相棒の他愛もない話に笑ったり、そうしているとあっという間に到着する。その街のカフェで思いがけずサービスしてもらった一つの甘い菓子パンにこの上ない感動を覚えたりする。
巡礼路を歩いていて、後半になると仲間たちと「巡礼は歩く瞑想だ」とかよく語って共感していた。精神的な苦痛は肉体的なものに変えられるとどこかで見たことがある。
こうした特別な体験でないにしろ、学生の頃は誰しも部活動や登下校などで走ったり、遊んだりして過去も未来も考える余地のない時間というものがあったように思う。いつでも走ってろ、というわけではないが、自分なりに何か「今に集中」できる時間をつくる、あるいは見つけることが日々を豊かにするのかもしれない。それが仕事であるのであれば、「没頭できるもの」でありたい。
幸せは過去にも未来にもなく、今にある。幸せになることにも覚悟が必要な世ではないか。
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