新型コロナの感染状況が落ち着きを見せる中、気がかりなのが第6波の襲来だ。
これまで5回の感染拡大を経験する中、現場ではどのような課題が見えてきたのだろうか。
感染対策と社会経済活動のバランスの見直しも迫られる今、改めて最前線で治療に当たってきた2人の医師に話を聞いた。
これからは早期診断、早期治療が可能に
過去最大の第5波への対応を振り返り、「綱渡りのマネジメントが続いていた」と語るのは、千葉大学医学部附属病院感染症内科の谷口俊文氏だ。
特に感染が拡大した8月には重症患者を受け入れる病床が不足した。
同院では緊急対応として、「イレギュラーな病床管理」をしていたという。
「人工呼吸器が外れた患者さんを、その日のうちに別の病棟へと移動させ、空いたベッドに次の重症患者を入れていく。本来は万全を期すためにも、呼吸状態が落ち着くのを待ってからベッドの入れ替えを行います。しかし、その余裕も当時はありませんでした」
こうした対応も、経口治療薬の登場で改善が見込まれると谷口氏は言う。
「たとえばちょっと風邪っぽいなと思って病院へ行ったら、新型コロナと診断された患者がいるとします。その方へのヒアリングなどを通じて重症化リスクが高いと判断された場合には、なるべく早い段階で経口の抗ウイルス薬を服用してもらう。こうしたプロセスが組み込まれれば、あとはご自宅で療養していただくだけで重症化を防ぐことができます」
同時に中和抗体療法ができるようになり、コロナと戦うための武器は確実に増えつつある。
「早めに診断し、早めに必要な治療を届けることができれば、重症化する人々を最小限に抑えることが可能になる。そのための体制づくりが重要です」
岸田首相は「感染力2倍」のウイルスにも対応できるよう、病床確保をさらに進める方針を示している。
しかし、谷口氏は病床の「数」を増やすことだけに注力する方針に懐疑的だ。
「現在は75%以上の方々がワクチンの2回目の接種を終えています。この段階で、どこまでの病床を確保すべきかということについては丁寧な検討が必要です」
「本当に必要なのはベッドの数の問題ではなく、その中身に関する議論です。ただ単にベッドの数だけを増やすのでは現場の感覚とズレが生じてしまいます」
経口治療薬の導入で自宅療養であっても「アクティブな治療」が可能となる。今後は軽症患者は自宅で、重症患者は病院で治療にあたる体制が望ましいとした。
コロナとの戦いは「まだしばらく続く」

忘年会や帰省についてはどうか。
谷口氏は「白黒はっきりつけることは難しい」「答えはない」と言う。
今後も新型コロナウイルスが完全になくなることは考えにくい。こうした前提を踏まえ、「コロナと一緒に暮らしていく中で、どのように会食をするのか、忘年会をするのかを考えていかなければいけない」と語った。
マスクの着用は今後もコロナ対策の基本であり続ける。
(1)マスク着用や手洗いといった基本的感染対策
(2)ワクチン接種
(3)治療
(4)曝露後予防(重症化リスクが高い人がウイルスに接触した場合の対応)
こうした4つの対策を組み合わせていくことが重要であるとし、「どれかが欠けてしまえば、感染が拡大する可能性がある」と指摘する。
日本と諸外国の感染状況を比較すると、マスク着用などの基本的感染対策が効果を上げていると考えるのが妥当だ。
よって、「コロナの『終息』まで今後も基本的にはマスクを着用していただく状態がしばらくは続く」との見通しを示した。
「ワクチンや治療薬も生まれ、コロナと戦いやすくなりました」
「今後新たな薬が開発されていく中で、コロナを少しずつ克服していく、より戦いやすくなっていくはずです。ですが、まだしばらくは、この戦いが終わることはないでしょう」
第6波への備え、「プランB」の準備を

「重症者用の病床をいきなりこれまで以上に増やすというのはかなり厳しい。こうした前提に基づき、政治には病床を十分に確保できなかった場合への備えを、「プランB」として進めていただきたいです」
こう語るのは、埼玉医科大学総合医療センターでコロナ治療にあたり続けている岡秀昭氏だ。
病床拡充以外に、どのようなプランを用意することが望ましいのだろうか?
岡氏は「仮に病床が拡充できなかったとしても、コロナで亡くなる人をできる限り減らす。そのための戦略を練るべき」と指摘する。
「ワクチンも抗体カクテル療法のようなモノクローナル抗体療法も経口治療薬も、上手く使うことができれば今後の感染拡大で重症化する人を大幅に減らすことができます」
まず第一に基礎免疫の2回のワクチン接種率をできる限り高め、免疫不全者や重症化リスクが高い集団にはブースター接種(3回目)も進めることが重要だ。
その上で、免疫不全の人やポリエチレングリコールへのアレルギーなどでワクチンをどうしても接種できない人など重症化リスクの高い人へモノクローナル抗体療法や経口治療薬も使っていく。
「確実に効果を発揮するワクチンが行き渡り、モノクローナル抗体療法や治療薬も揃いつつある。だから、今後は波を遅らせるだけではなく、波の質そのものを変えることができます。次の感染拡大の波の質をしっかりとコントロールしていく努力が求められています」
岡氏はこうした全体像を描き、実際に運用可能な仕組みを構築することが「政治の役割」とした。
炙り出された感染症対応の脆弱さ

コロナ禍が炙り出したのが、感染症や集中治療の専門的な人材の不足、そして感染症対応の脆弱さだ。
岡氏は「医療にビジネス的な視点を求めすぎた側面がある」と取材に語った。
経営の健全化は重要だ。しかし、その裏で救急医療や小児医療、感染症医療といった採算性の低い部門をどのように維持していくのかが課題となっている。
「僕も以前勤務していた半公的な病院で『HIVなどの感染症は診ないでほしい』と言われたことがありました。『感染症の患者を診たら患者が来なくなる』『職員も嫌がるから』と」
「ですが、本来、公立病院の存在意義はこうした医療をしっかりと下支えしていくというところにもあるはずです。そして、民間の病院も採算性は低いが、地域において重要な医療を提供し続けていくための体制を作るべきでしょう」
同時に専門的な人材育成の仕組みの整備も急務だ。岡氏は「実効性のある中長期的な取り組み」が必要と強調した。
コロナ治療においては、その負担が一部の医療機関へと集中している。開業医との役割分担はなかなか進んでいない状況だ。
これは医療機関の問題だけでなく、制度の問題でもあると岡氏は言う。
医療現場において風邪っぽい症状で受診をした患者が、実は別の感染症であることが判明するケースは数え切れない。つまり、本来は地域の診療所やクリニックであっても、常に感染症への対策が必要となる。
新型コロナがどのような病気か明らかになり、ワクチン接種が進んできた今、「かかりつけ医の役割を担うはずの開業医が熱や咳というよくある健康上の問題で受診するコロナ疑いの患者を診れない理由はない」というのが岡氏の意見だ。
「仮に目の前の患者がいかなる感染症に感染していたと後でわかったとしても、対応できるようにハード面もソフト面も整えているのが本来の病院のあるべき姿です」
例えば、空気感染することで知られる肺結核患者は、必ずしも最初から結核病院を受診せず、長引く咳や微熱で空気感染を予防する陰圧設備がない一般病院を受診している。
「感染対策の知識や最低限の設備は車で言う『シートベルト』のようなものです。感染症はコロナだけではなく、手術の後や通常の入院でもどこの病院でも日常に頻発しているのです。院内感染を起こさないためにも、そのシートベルトがあることが望ましい。しかし、陰圧室がない、感染症の専門医がいないなどの理由で受け入れができない病院、つまり『シートベルトのない車』が病院として認められてきました」
今後はこうした制度面の課題にも向き合う必要がある。
日本だけ「一人勝ち」は絶対不可能
現在、感染状況は非常に落ち着いている。
ワクチン、抗体カクテル療法をはじめとするモノクローナル抗体薬、治療薬といった新型コロナと戦うための武器が揃いつつある今、「しっかりと対策を進めていけば新型コロナが季節性のインフルエンザ程度のものへと変わる日は近いのかもしれません」と岡氏は語った。
こうなると今までと違い必要なのは重症患者を感染症専門医のいる病院で、軽症患者は街のクリニックや軽症を担当する一般病院で診るといった役割分担の適正化だ。
しかし、コロナが「インフルエンザ相当」になったとしても、私たちはこのウイルスともうしばらく付き合い続ける必要がありそうだ。
「この新型コロナウイルス感染症は世界的に感染拡大しています。よって、日本だけが『一人勝ち』をするのは極めて難しいでしょう」
「ビジネスや観光など社会経済活動を再開させていけば、海外との往来も増加します。今後の日本国内の感染状況はかなり低く推移する期待ももてるかもしれませんが、さらなる変異ウイルスの出現とともに、『輸入感染症』として新型コロナ自体は今後も残り続ける懸念が続くでしょう」
分科会「医療倫理の問題も議論を」

政府の対策に提言を行う新型コロナ対策分科会も11月16日、医療提供体制の改善点についての考え方を示した。
神奈川県医療危機対策統括官の阿南英明氏は記者会見で「コロナへの対応も大切ですが、他の疾患もなくなるわけではない。医療倫理の問題をしっかり捉え、どうすべきかを考えていく必要がある」と指摘した。
特に第5波では感染状況の悪化に伴い、通常診療の制限や手術の延期などが行われた。
しかし、阿南氏は「一般医療を抑制してでも、コロナに対応する」という取り組みの結果として起きる問題についても議論が必要であるとした。
「イギリスでは入院できない患者が増え、数ヶ月から年単位で入院待ちとなっている場合もあります。がん診療が止まったことで、この先大きな影響が出てくることも懸念されている」
「医療の仕組みはこうあるべきだと話をする際、患者さんである市民がどう感じるかということは非常に大切です。ここが噛み合っていなければ何もできません」
コメント0件·