様子のおかしい大公殿下
短編の主人公メイちゃんの続編になります。
異世界転生ものですが、この章は転生要素は少ないです。
また、短編の時間軸より数年前になりますが
短編を読まなくても、分かるようにしております。
ジャンルを異世界恋愛からハイファンタジーに変更しました。
今作には恋愛要素は無いです。申し訳ございません。
願わくば闇夜を照らす光となりて───
荒野を過ぎ行く旅人を護り給へ
例えその道が昏き闇に閉ざされんとも
我が雷が先を照らそう───
吹き荒ぶ雨風を切り裂き、
この雷雨の中、余程急いだのだろうか、御者が扉を開けようと駆け寄ったが
その前に大柄な男が馬車から出て来た。
激しい雨の中、同乗者の為に片手でドアを開きながら辺りを伺う男の姿。
同乗者が急いで馬車を降りる。
男の雨具の中には何か……雨風から隠すには片腕で足りる、小柄な体。
男の子供だろうか。
館から迎えの者が客人に集まる。
男と同乗者と御者、そして男が腕に
四人の客人を館に招き入れる為に、
男は館の執事に子供を託す………託そうとする。
子供は男に囁く。
『笑い声が聞こえる』
『聞こえない、風の音ではないか?』
子供の言葉に男は首を振る。
更に子供は囁く
『あそこに人がいる。』
『───……気のせいでは?』
男はぐるりと辺りを見回し子供に告げる。
館の執事に子供を手渡し、男は御者を手伝う為に子供から離れる。
子供は男に手を伸ばす。
『───お父さんっ…お父さん!!!』
悲痛な叫びを発しながら、子供は男に手を伸ばすも男は離れていく───……
後に残るは雨具を脱ぐ同乗者──女性と、客人たちを館に招き入れんとする者達。
高き場所から
「──────………雨は───」
◇
客人を歓待する為、館の淑女が進み出た。
「ようこそ、ハースト邸へ。
この雷雨の中、よくぞご無事でした。
私は前フェルトベルク大公夫人のエルヴィラと申します。」
淑女───エルヴィラ夫人は、その名の通りに
うら若き頃は淡く華やいだ色を好み、着こなすドレスもよく似合っていたのだが
近年は相次ぐ縁者の不幸を悼み、喪のような暗色のドレスで過ごすと噂されていた。
「こちらこそ悪天候の中に伺ったのにも関わらず、
このようなお心遣いに感謝しております。」
客人の中で一番爵位の高い
メアリーズローズ・ベルニス・ローゼッタ侯爵令嬢がエルヴィラ夫人に挨拶した。
◇
メアリーズローズ───メイ達はフェルトベルク大公家に招かれた客人だ。
春の終わりのこの時期に、メイの兄を通して招待を受けた。
父と兄に相談された時に、
恐れ多くも、メイは大公家に対し招待に応じる事に条件を出していた。
それはメイが選んだ者も一緒に招く事だ。
大公家はその条件を飲み、メイは招待に応じた。
◇
まさかの悪天候の為、身支度に時間が割かれたメイ達の希望で
夕食会はなくなり軽い物に変更された。
短い挨拶の中で、メイは前大公夫人をエルヴィラ夫人と呼ぶ許可を得た。
今、メイはハースト邸の応接室でエルヴィラ夫人の持て成しを受けている。
「ところで、お連れのご子息は大丈夫かしら?」
「ええ、普段は馬車に酔ったりしないんですが、
この天候でどうやら体調を崩したようです。
エルヴィラ様のお心遣いを感謝しておりました。」
メイが連れて来た同乗者の少年は、夕食も食べず用意された客室で休んでいる。
「小さな体には大変だったでしょう……あんなにお父様を呼んで」
「ヴェリー卿は彼の護衛官ですわ。エルヴィラ様。」
「あら、そうだったの。」
エルヴィラ夫人の労りの後、メイは気がかりになった事を質問した。
「今日は、大公殿下はいらっしゃいますか?
お時間があればお目にかかりたく………」
「ごめんなさい、忙しいようなの。」
被せるようなエルヴィラ夫人の言葉に、
メイの後ろに立つ大柄の男───護衛官のヴェリーも少し眉を上げた。
暫しの歓談後、メイは疲れを理由に応接室を後にした。
◇
「護衛官と言えど、扉を閉めるのは不味いのでは?」
人払いをした客室で、ヴェリーはメイに忠告した。
本当は体調を崩した少年───トーマの部屋で作戦会議をする予定だった。
だが、今日はトーマの部屋には入れないだろう。
予定通りに行かないのは仕方がないと、
メイは自分に用意された客室で作戦会議を打診したが、護衛官のヴェリーは渋った。
それは異性に対する貴族令嬢への配慮だった。
「今日は大人しくしましょう。ローゼッタ嬢、貴女の安全が重要です。」
馬車二台で来ていたが、ぬかるみでローゼッタ家の馬車は脱輪を起こし、
メイはトーマの馬車に移動したのだ。
メイの侍女や護衛はローゼッタ家の馬車で後追いしている。
本来はトーマの護衛官であるヴェリーは、
今夜はメイの部屋の前で寝ずの番を務めるらしい。
「なんだか悪いわ……」
「大丈夫ですよ。
大公家でトーマ様にも護衛を付けていただけるとの事ですから。」
主人へのぞんざいな扱いに見えるが、
メイとトーマは同じ階の部屋を割り当てられたので
ヴェリーはどちらも警護する心算かもしれないと、メイは考え直した。
◇
トーマは辺境伯の次男坊だ。
この世界は魔獣と呼ばれる生物が存在する。
特にトーマの父が治める辺境領は【魔領】と呼ばれるほど、
魔獣との過酷な戦いがある地域だった。
トーマの父、辺境伯は幼いトーマを王都に住まわす事にした。
何れは王立学園に通わせて、王都と辺境領の懸け橋にと願ったのだ。
辺境伯に雇われたヴェリーは、常にトーマの護衛官として側にいた。
今、トーマは見知らぬ土地の館で一人、眠っていた。
───コトリと音がした。
誰も居ない筈の客室で、激しい雷雨の音も分厚いカーテンで聞こえぬのに。
トーマの艶やかな黒髪を何者かの手が漉いていき、浅く覚醒していく。
「………だれ?」
薄く開いたトーマの瞳に、糸のような銀が揺らめく。
眠れ───堕落の黒き果実は此処に置いて行こう
低く穏やかに紡がれる声に、トーマは再び眠りに落ちる。
もう一度、コトリと音がして後には何もない───
◇
晴れ渡った朝、メイ達はハースト邸の食堂で朝食の席に着いた。
雷雨は夜の内に止んだらしい。
体調を崩していたトーマも元気になったようだ。
幼子の心配をしていたエルヴィラ夫人が安堵した様子だった。
「凄い雨でしたが、今日は晴れて良かったですわ。」
「はい。………大公殿下は朝食には?」
「大丈夫よ。」
何が大丈夫か分からないが、今日もエルヴィラ夫人の子息である、
カイン・フェルトベルク大公殿下に会えないかもとメイは考える。
◇
「呪いですか?」
父から書斎に呼び出され、何の事かと応じたメイに
先に居た兄から呪いなんて言葉が飛び出すと思わなかった。
「うーん。そういう噂が出ているんだよ……」
曰く、
カイン・フェルトベルク卿は、成人を期にフェルトベルク大公家を継いだ。
だが、彼には一つの噂があると言う。
───呪われた大公殿下
現フェルトベルク大公領は、以前は別の貴族が治めていたが
主産業の炭鉱資源が枯渇して、領主が王国に返上した土地だ。
王家は、そこに臣下に降下した元王族を据えた。
それがフェルトベルク大公家だ。
だが、その後のフェルトベルク家は相次ぐ不幸に見舞われた。
当時の当主や嫡男を含む数名が、様々な原因で
───命を落としている。
近年は先代当主の妻が当主代行を務めていたが
ようやく成人した彼女の子息が当主になるそうだ。
前大公夫人は子息の為に、
今一度、有力な高位貴族達と縁付を願い
子息の学友達を中心に、大公領に招待しているらしい。
しかし招待を受け、大公領に向かった学友達は、
以前とは比べられない程の様変わりした彼を目撃した。
【輝く月光】と形容された銀髪は無造作に長く伸び
昼夜を問わず、領地を彷徨う姿は幽鬼の様相を呈していた。
変わり果てた彼を憂いた学友達の言葉も届かず、
もはや意思の疎通も困難だったと言う者もいた。
特に招待された令嬢達の中には、
以前の彼に恋情を秘めた者もいたのだが、
そんな令嬢達が、まるで脱兎ごとく逃げ出したのだ。
今では大公領に招待された者達は、固く口を閉ざしてしまい
何があったのか分からない。
唯、誰ともなく噂が広まった。
───彼はあの土地に封じられたのだと
カイン・フェルトベルクは呪いを受けて
彼の地に封じられたのだと───
兄の言葉にメイは大きな瞳を屡叩せた。
「私に、お兄様の呪われたご学友に会いに行けと仰るの?」
絶滅寸前まで使い手が減少していると言われるが、
この世界は魔法が存在する。
「呪いは見た事が無いですがそんな噂で皆様がお逃げになる程恐れられているのに魔法も呪いも扱えない普通の人間の私に会ったこともないお兄様のご学友の招待をお兄様の代理で知人でもましてや友人でもない私がその呪われた大公殿下に会いに行けと?」
矢継ぎ早のメイの念押しに、兄は苦笑する。
「……メイには悪いけど。」
◇
和やかに朝食は始まった。
新鮮なミルクと数種類のチーズ、鮮やかなビタミン色の野菜。
淡い焼色にローストされた肉は薄くスライスされているため
今が収穫時期のチェリーを添えたソースが、さっぱりとした後味で引き締める。
炭鉱の採掘跡地で育てた牛を、その地名から
【シュヴァーベン牛】としてブランド登録が出来たのだ。
自慢のブランド牛がテーブルを彩る。
「エルヴィラ様、お聞きしても良いですか?」
「なあに? トーマ様」
トーマの稚い姿にエルヴィラ夫人は目を細める。
「夜、お休みしていたら、お部屋を尋ねて来た方がいました。」
「───っ!」
息を飲むエルヴィラ夫人を尻目に、トーマが続ける。
「僕が目を覚ますと、その人は黒き果実を置いて行くと
言って『そんなものはありませんわッ!』───」
トーマを遮り、エルヴィラ夫人が立ち上がる。
「───その黒き果実はこれかな?」
あぁ、この声だ───
昨夜眠るトーマの様子を見ていた人の声だ。
「この果実を口にすると、常に果実を求め続け
最後は……まるで堕落するがごとく溺れてしまう───」
ざわりと食堂にいる全員が波打つように息を飲む。
「…………貴方は」
今は前髪を後ろに流し、長い銀髪を緩く結んだ黒衣の青年。
手にしているのは、この土地の名産ダークチェリーの皿だ。
おそらく彼が大公殿下。
────カイン・フェルトベルク大公殿下
「おはようございます!
昨日、僕達が着いた時にバルコニーに居ましたよね!
夜も僕のお布団を掛けなおしてくださいましたね!」
「あ、あらぁ、そうだったのーー心配で見てたのねぇ!?」
トーマの勢いにエルヴィラ夫人も立て直す。
きっと『乗るなら今しかない』と思ったのだろう。
「そうだ。
闇の眷属が君達を狙っていたからな………」
シィ─ンと静まり返る食堂。
思わず俯いたメイ達三人は、
そっ……と、目線だけを動かすが
視線が有った人達は───エルヴィラ夫人も含めて
メイ達から目をそらす。
メイは確信した。
──────これは呪いではない。
彼は患っているのでは………
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