挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

婚約者の溺愛が始まらないので、壁の華修行を極めて一人でやってみた。

作者:安堂深栖

あまり執着心のない女の子と、自覚無しの彼女大好き婚約者君のすれ違い恋愛です。


誤字修正しました。報告ありがとうございました。

パーティ会場の壁の華はそれなりに居る。


その内の一輪の華、マリアは定位置になった壁を見渡した。


ここなら余計なモノは見えず、余計なコトは聞こえない。

見える風景は、

昼でも室内を明るく照らすシャンデリアの光。

反射する調度品や人の装い。


「余計ではないかも…」


一人だから、ゆっくりとした時間を楽しむ事も出来るのかしら?

一人だから、自分を優先する贅沢を享受してもいいのでは?


マリアは考え込んだ。




 ◇




「マリア、アルバイトをしないか?」


夏休みも一週間を過ぎた、ある朝。

マリアの兄、ユーゴが言った。


「アルバイトですか?」

「そうだ。学校休みの機会にやってみないか?」


ユーゴが言うには教会を建て替えたいが、金が無い。

そこで期間限定機密の部屋をやる事にしたそうだ。

いわゆる懺悔とか、ゆるしの秘跡である。

心を開いて悔いを解き、最後に寄付箱へお心のままに施してもらう。


この国の宗派は懺悔を秘跡(サクラメント)と捉えてはいない。

ゆえに他宗派より専門資格として厳格ではなかった。


「聴罪師でなくとも良いから……」

「さすが妹よ。利点がわかるか。

 お前を野放しにしておけない。かと言って、家に帰れとも言えない

 自分の食い扶持の足しになれば良い。」


ユーゴは『良い考えだ』みたいな顔をしている。


「なにより、お前。

 言い方は悪いが人間に興味が無いだろ?

 誰が浮気したとか、ダレかを殴った、それは私です。とか

 奴のカツラを毟ったのはアテクシよとか。」

「う、うん、まあそうかし…ら。」


マリアは兄が言った最後の例には心動かされたが、興味が無いのはそうだ。

数か月前までは色々あったが、今は自分の為に時間を使える贅沢を知ってしまった。


もう、戻れない。


「それでも野放しって……」

「初日は川で砂金を攫うと言ってビショ濡れで此処に来たな。

 一昨日は本で読んだと言って、無人の粉引き用水車小屋で

 粉袋を叩いていたな。アレはどうするつもりだった?」

「やります!」


兄の圧迫面接でアルバイト契約を即決した。




 ◇




伯爵家の令嬢マリアは、外交官であるユーゴが赴任している領土の教会へ向かった。


「初日は見守ろう。」

「あら、そんな悪いでs」


『兄の務めだ』と喰い気味に牽制されて、保護者同伴で仕事をする教会へ着いた。


確かにボロ…かわいらしい建物だが、マリアは以前とは違う。

『倒壊したりしないかしら』なんて気にしない。



中に入ると神官が歓迎してくれた。

ユーゴより年は上だが、外交省の元同僚だったそうだ。

現在は神の道に入り、この地に赴任して兄と再会したらしい。


「同僚って、あっという間に役職を越されたよ」

「それは…」

「適材適所だ。」


思わぬ神官の告白に、若干の居心地が悪いが、

その割にユーゴの軽口も気にしていないようなので大丈夫なのだろう。


「人がいないからね、そのうえ無償だなんて」

「えっ!」

「えっ?」


神官から【無償】は良く聞く言葉の上位ランクだが、この流れの無償は当然マリアのバイト代の事だろう。

マリアはユーゴに確認の視線を投げかけると、


『建て替えの金が無いから当たり前だろう

 我が家からの寄付はお前の労働力だ』と、兄は言う。


何が当たり前なのか。


まぁ、いいわ。


マリアは気にしなかった。





 ◇




「あ、あの、こんにちわ!」

「はい、こんにちわ。」


クリクリした栗色の巻き毛の少年が来た。

かわいい。

人生初バイトのマリアの返事に少年は驚いた顔をした。


『しまった、無言だったっけ』

マリアは少年が可愛いあまりに、事前の注意を忘れて返事をしてしまった。


本来、機密の部屋で心の悔いを聴くのは、

神、もしくは聴罪を許された人間、いわゆる聴罪師だが

この地の宗派は聴罪師が必須ではない。

しかし厳格な線引きはなくとも『資格無しは黙っとれ』って事よね、と、マリアは解釈していた。


君は諭せるだけの能力があるのか?と問われれば無いからだ。


最初は驚いた少年だったが、ここは期間限定機密の部屋

───告解者と聴罪担当をパーテーションで囲っている

告解者側からは相手は見えないようになっているので、

今回の少年は女性で安心した様子だった。


なぜ見えないようになっているかは、マリアが未成年も一因だ。


残念ながら聴罪師がひ弱な分類だと、強盗やなんやに変身しちゃう系事案が多い。


聴罪師側だけに相手が見える、結構な性能のパーテーションで相手の変身前に先に気づく為らしい。

期間限定もお試しで、試行錯誤中なのだ。



「あの、ボクはお姉ちゃんのお菓子を食べました。」


あら。

あらあら、まあまあ。

食べちゃったかー


最初とは違い、マリアが無言になったので戸惑った少年だったが、

なんとなくマリアが『うんうん』と、頷く気配を感じ取ったのか、

少年は持ち直した。


「あ、あやまろうと思うので、れんしゅうに来ました。」


少年は『謝罪の練習台なのね。いいわよ』の、マリアの頷きを正確に解釈した様子で


「がんばりますっ!」と、帰って行った。


寄付箱には飴玉一個。


お菓子が食べたくて食べちゃったんだし、お心だから仕方が無い。





 ◇




翌日は兄の同伴が無かったので、マリアはのんびりと過ごそうと本を持参した。

結局、昨日は栗色巻き毛少年一人だけだったので、待ち時間が長く

神官から『ページを捲る音をさせなければ読書してもいいよ』と、お許しがでたからだ。


「おはよう…」


マリアは絶賛無言推奨なので、無言でお辞儀をしながら

『あれ?どっかで聞いたような声だわ』と思った。


まぁ、マリアが一瞬思い浮かべた人はここに来るはずがない

マリアは速攻で気にしなくなった。




 ◇




マリアは学園で少し浮いた存在だった。

途中はどうであれ、

これはマリアが原因ではないと、皆が認める事情があったからだ。


マリアには家の為の政略で、一つ年上の婚約者がいる。

もうすぐ十七歳なのにすでに婚約期間は十年になる。


そこまでくると、婚約者の人間関係もある程度出来上がる。


婚約者のクロードは侯爵家の嫡子だ。

マリアはお嫁入りするので、早くから侯爵家と親交を持っていた。

努力家のマリアは侯爵家とは良い関係で、結婚後も妻の婚家との諍いは考えられずクロードは安泰だった。


今から思うに、クロードは安泰な座に胡坐を掻いてしまっていた。


クロードはアレクサンドラ王女の幼馴染だ。

幼い頃は『サンディー』と呼べるほどの仲だった。


マリアも度々『サンディー王女』の話は聞いていたが、

お互いの成長と共に環境の変化で、クロードは一時期は王女の話をしなくなったので

今はあまり覚えていない。




現在クロードは王女と共に最終学年で、学園の生徒会の一員だ。

王女は副会長で、王族の仕事も熟しながらの運営に生徒達の信任も厚い。

そんな王女を補佐する生徒会役員は、王女の側近候補と噂されていた。


『いや、側近でしょう』と、マリアは思う。


本当に、いつも一緒にいるようだから。


マリアが学園に入るまでデートの誘いをすっぽかしても

『サn…アレクサンドラ様の補佐で仕方ないだろう』と言われて

ホントかしら?と疑問だったが


本当だった。


王女の擁護をするならば、サンディー王女はしっかりしたタイプだった。

キリリとした女性で、どちらかと言えば公私混同も無いように見える。

まぁ、親交はないので分からないが。




 ◇




その日のマリアは、学園の謝恩会に参加していた。

王族や貴族が通学するこの学園は、彼ら彼女らの卒業後の社交界を意識して

月一で謝恩会等が開かれている。


もちろん学園内で婚約者がいるなら、同伴で参加が常識だった。


最初はマリアもクロードに交渉した。


『謝恩会のエスコートをして欲しい』と。


別に高望みではない筈だった。

婚約しているならお互いの務めと教わっていたからだ。


だが、クロードは断った。

アレクサンドラ王女の補佐をする為に。


『それはクロード様がしなければいけないの?』と、尋ねるも

アレクサンドラ王女は大変な時期なので支えが必要らしい。


それからのマリアは、

なぜか『王女に張り合おうなんて』や『嫌ねぇ、構ってちゃんの婚約者って』と

言われなき嘲笑を受けるようになる。


そして、あの日の謝恩会だ。

いつものように一人でパーティ会場へ入場し、一人で帰る。

壁の華を極めしマリアは気づいた。


子供の時から、自分の為の時間ってあったかしら。


婚約が決まってから、貴族の教養の勉強や侯爵家と交流。

クロードが学園に入学する前は、それなりに会って会話もしていた。

為人は分かっている心算だ。


デートもすっぽかされたし、エスコートも忘れるが

意外とクロード様はイジワルな人ではない。

すっぽかしは一回のみで、クロードが自力で気づいて謝って来たからだ


だが、彼には、マリアより大切な方がいる。




 ◇




「クロード、婚約者殿の様子はどうだ?」


アレクサンドラの問いかけにクロードは顔を上げた。


婚約者。


「サバーファ殿下ですか?」


アレクサンドラ王女は、他国のサバーファ殿下と結婚が決まっており

学園を卒業すると婚約が発表される。

相手国とは海路で貿易の強化を図っており、この国からも数名の外交官が赴任している。


「クロード、君の婚約者殿だよ。」


クロードは気づかなかったが、同じ生徒会のメンバー達はアイコンタクトを取っていた。


「…マリアですか?なにかありましたか?」


マリアの事を王女が口にしたのは珍しい。クロードは疑問に思った。


「いや、最近マリア嬢の事を話題にしないじゃないか。」


王女の指摘に『そう言えばそうかな』と、クロードは思い立った。


「謝恩会はどうした?そろそろ私達も卒業だから、

 在学するマリア嬢のエスコートをする機会がなくなってしまうぞ。」


生徒会は謝恩会の運営側だから、つい裏方になりパーティを楽しむ事が少ない。

クロード以外の生徒会男子生徒は、そこのところは巧く調整しているようだ。

だがクロードは自分が不器用な事を知っているから、

王女をサポートすると決めて、徹底していた。


マリアにも説明して分かってくれたはずだ。


「そう言うが、君はマリア嬢と会っているか?」


アレクサンドラ王女の指摘にクロードは答えることが出来なかった。


マリアと話したのはいつか?


「学園ではどうだ?

 もし、会えなくても手紙は送っているか?」


どうだろう。思い出せない。

王女の問いかけに反応出来ない。




 ◇




茫然としたクロードにアレクサンドラは妥協案を出した。


「早い内に…出来れば明日でもマリア嬢と会ってみよう

 私が学園のランチを誘うよ。準備があるから悪いが先に退出する。


 クロードは…」


「俺たちは、もう少し仕事を片付けますよ。」


生徒会長がクロードの肩を叩く


「あ、あぁ分かりました。」


了承するクロードに『マリア嬢には、こちらから連絡するよ』と王女が告げて退出した。


この一連の行動、実はクロード以外の生徒会一同の計画だった。




 ◇




アレクサンドラは、この国で、ただ一人の王女として生まれた。

上に二人の王子があり、後継者問題もなく育った。


そうなると王女教育になるが、それには一つ問題があった。

アレクサンドラは活動的だった。

ついでに嗜好の傾向が男性寄りだった。


乗馬が好き。剣術が好き。

服は動きやすいトラウザースを好む。


ドレスは動きづらく、子供の頃は重くてツラかった。


頭も良いので、周囲を振り回す事も少なかった。

───嫌でもドレスで着飾る事になるからだ。


本人も判っていたので、誕生日が来る度に一つ一つと手放した。


初めは騎士になる夢を。

翌年に模造剣を。

次はトラウザースを。


手放した後をドレスや宝飾品が埋めていく。



 

 ◇




王女の遊び相手として、登城していた現在の生徒会役員のメンバーは

夢を手放すツラさを王女を通して、子供時代に見てしまった。


王女の夢との別れは

悲しいかな、まだそういう時代であり、身分なのだ。


だから王女の幼馴染は、王女を敬愛している。

敬愛より戦友の心境かもしれない。


生徒会長の彼は、王女の幼馴染の一人と婚約出来ていた。

だから彼の彼女は事情が分かる。


生徒会の会計担当はこまめに根回しをしていた。

彼女にも埋め合わせはバッチリだ。

マリアの現状を知らしめたのは、会計氏の婚約者からだったのだ。




 ◇




「マリア様。

 クロード様の婚約者のマリア様でしょう?」


街のカフェで、マリアは見知らぬカップルに声を掛けられた。


「?…ああ生徒会の……」


マリアは、彼らが生徒会役員の内の誰かは分かった。

誰だったか思い出せないが。


「ごきげんよう、マリア嬢

 今日はクロードと一緒かい?」


その優しい物腰に、彼は会計担当だったかしら?と思い出してきた。

『クロード様と反対でモテそうだな』と印象的だったからだ。

あくまで未確定だけど。


「いえ?一人ですよ。」


クロード様はモテないんじゃないけど、不器用なのよね。

顔はもちろん、性格が真面目なのも良いけれど。

クロードの話をされたので、久々にマリアは心中でクロードを思う。


「ああ、侍女と一緒だったのかな?」

「いいえ?一人ですわ。」


ここまできて、会計(仮)カップルの様子がおかしくなった。


彼は一瞬『すんっ』と真顔になった。


『ね?でしょ?』と小声で彼女の方が呟き、

『マリア様、相席をお願いしても?』と可愛らしく

しかし返事を待たずにマリアのテーブルに相席する。


『あら、見かけに寄らず強引な』と驚いたが、街のカフェで相席はあるので了承した。


「それはクロードから借りたのかな?」


会計(仮)はマリアが読書中の本を尋ねる。


「いいえ。先ほど購入しましたの。」


『そこの本屋で』とカフェに併設された店を指さす。


「…そうか。

 僕は新刊の時期にクロードから借りたからね。君もそうかと……」

「あら、そうでしたの。」


マリアは素で返答した。





「その後、辻馬車で伯爵家まで同行して送ったよ。

 マリア嬢は固辞していたけど、一人にしておけないじゃないか」


会計の彼は、一昨日の出来事をクロードに伝えた。

先にアレクサンドラへ報告済みだ。


昨日、クロード以外のメンバーが集まり、相談した結果

今日はアレクサンドラが退出して、男子生徒だけになり

そこでマリアの現状を伝えようと生徒会メンバーが計ったのだ。


アレクサンドラに敬愛しかないのは、皆も分かっているが

原因になっている本人を同席させては、不味いだろうと判断したのだ。

男は異性の前では、格好をつけたがるから。




クロードは驚いた。

マリアが一人で街へ繰り出している?

貴族の令嬢だから、そんな事を思いつくなんて考えられなかった。


それに以前なら『生徒会の方とお会いした』とか『クロード様の話題がありました』なんて言って

会いに来てくれたり、会えなくてもそんな手紙の遣り取りもあったと思う。

だが、昨日は手紙なんて無かった。

一応今日、手紙が届く可能性もあるけど…


いや違う、昨日だけじゃない。

先刻から思い返しても、このところマリアとの接点が何もない。


「実は俺達もさ、マリア嬢について確認したい事がある。」


生徒会長と、その婚約者である書記の彼女が進み出た。




 ◇





マリアは職員室から退出したが、重い封筒を胸に抱いているので

扉の開閉をどうしようと思った。


「あっ、お待ちになってマリア様」


一学年上のタイをした女生徒が扉を閉めてくれた。


「ありがとうございます。」


お礼をしたが、女生徒に心当たりがない。

先に名前を呼んだという事は、伯爵令嬢のマリアと同等かそれ以上だ。


「クロード様と幼馴染で、生徒会の書記をしていますの。」


紹介を受けて、確か同等の伯爵令嬢だったと思い出す。


「ご紹介まで、ありがとうございます。」と、再度礼をする。

ヨカッタ、同等で。



マリアの心中も気づかず、書記嬢は

『重そうな封筒ですわね。

 もし、教材の配布ならお手伝い致しましょうか?』と、手伝いまで名乗り出てくれた。


「いえ、これは私が頂いたカタログです」と丁重にお断りしたマリア。


『あら、そうでしたの…』と封筒を見る書記嬢だが───



「その封筒って留学のパンフレットだったわ。」

「ハァ───っ?!!」


今日、何度目かのクロードの驚きだ。


「ど、どどっ、どこの?!」

「サバーファ殿下のお国です。」

「えっ?」

「ええ……」


な ん で?


『貴方が分からないなら、私達もムリよ』と、書記嬢は首を振る。


「な、クロード。

 確かに俺達は幼馴染だし、王女を中心に纏まっている。

 でもさ、それは同じ空間で過ごさなければ分かりづらいと思う。

 俺達も考え無しに、お前に色々と押し付けていたかもしれん。」


生徒会長の言葉にクロードは項垂れた。





 ◇




マリアはアレクサンドラ王女にランチに誘われた。

困った。


クロードは王女と幼馴染だが、マリアは違う。


学園に入学した時にクロードと生徒会で活動すると聞き、

一応、挨拶した方が良いかクロードに相談したが、

『忙しい方だから、時間を取らせるのはどうだろう?』と言われて

その内お会いする事もあるだろうと、今日まで何もしなかった。



待ち合わせた学園の貴賓室に入る。


「マリア嬢!よく来てくれた。」


最近こういうの多いなとマリアはカーテシーで返礼する。



王女のお誘いは、ランチというよりアフタヌーンティだった。


マリアのいつもは制服だが、今日は王女とご一緒なのでそれなりに

頑張っておしゃれをしたが、間近で拝謁したアレクサンドラ王女は美しかった。


マリアは『やっぱり王女はお美しいな』と、感心する。

そりゃ、幼少から見ていたら靡くわよね、と。



一頻、軽い話題でお茶を濁していると


「マリア嬢、私は貴女に謝らなければならない。」


アレクサンドラが切り込んできた。


「なんの事でしょう?」


マリアの問いに、


「私が至らないばかりに、貴女の婚約者殿に頼り切りだった。

 マリア嬢の貴重な学園生活に、不要な苦労を強いてしまったと思っている。

 

 まずはそこを詫びたい。」


アレクサンドラの凛とした佇まいと真摯な言葉に、マリアは心を動かされた。



「とんでもないです。一番必要な事とクロード様が選択されたのですから

 私もお邪魔はしませんわ。」


壁の華修行で真理に到達したマリアは、心からの気持ちを王女に伝えた。




最初に一人で街へ繰り出した時はドキドキした。

しかし学園は平民も通学しているので、彼らに情報提供をしてもらおうと

話しかけたら友達も増えた。


彼らはマリアが一人の理由を聞くと

『ヒドイ…』『そんな事だったなんて』と憤ってくれたので

有難いがマリアは酷いと思ってないので擁護しておいた。


平民の友人たちはマリアが街へ繰り出そうとすると

同行や案内役を買って出てくれたが、それも有難いが辞退した。


用心すれば、結構一人で出来るのだ。

この国は平和で素晴らしい。


そんな国を治めている王家、そして当然王女へも敬意の気持ちは強くなった。




「あ、遅くなりましたが、ご婚約おめでとうございます。」

「…それはどこから?一応は卒業後に発表だからね。」


話題を変えようとしたが、王女の返事にマリアは目に見えて慌てた。

情報漏洩に当たれば、真っ先にクロードが怪しまれるからだ。

一応、婚約者だから。


「学園内で噂になっていましたから……申し訳ありません。」

「ああ、そうだね。」


アレクサンドラはクロードからの情報なら、マリアと交流があるなと少し安心した。

婚約は正式発表はなくとも、周知の事実なので漏洩に当たらないと言おうとして。


「最近クロード様とは会っておりませんので

 クロード様は関係ありません。」


マリアの言葉に動揺した。



 ◇




アレクサンドラ王女が、マリアとの会合から生徒会室へ帰って来た。


クロードを含む面々は、青褪めた彼女の顔色に驚いた。


「あの、どうされましたか」

「クロード」


『すまない、事態は深刻だ』と崩れ落ちるアレクサンドラ。


「な、なにがっ」


すわっ何かの修羅場かとクロードは焦る。

昨日一晩考えて、クロードは自分達より『普通の女の子のマリア』が、

もしかして王女に嫉妬したのかと結論づけていたのだ。


学園内で噂されているように

『クロードが王女に恋焦がれている』と信じているのではないか?と。


マリアの事は落ち着いて理性的な女の子だと思っていたが

それは学園に入る前の、子供の時の印象だったので、

思春期を迎えて気持ちの変化があったのかと思い立ったのだ。


それだけなら、まだチャンスはある。

マリアに三角関係と誤解されても、他の二辺が成り立たない

つまり、自分と王女は本当に恋愛じゃないし

誤解を解く為には、生徒会のメンバーも力を貸してくれるだろう。


───だが。


「もうマリア嬢はクロードに、何もないのかもしれない。」


クロードは王女の言葉を理解出来なかった。



「……そうなんです。

 マリア嬢の中にクロードという選択肢が見えないんです」


会計氏が王女に同意する。

クロードは、マリアが侯爵家との交流で忙しいので

無意識に生徒会とマリアの交流をしないようにしていた。


気づいた会計氏が指摘をしたら、

クロードはマリアが傍に居ると仕事を頼んでしまいそうだと釈明した。


なるほど納得したが

そんなクロードに『本人(マリア)に言えよ』と思ったし、

ついでに自分の婚約者との話題に使った。


そう、会計氏は婚約者との話題に困った時にクロードをネタにした。


その結果、同じ話題は反応が良くない場合でも、

他人の恋愛ネタは、時間をおいて話題にすると婚約者のほうから

喰いついてくれる事に気づいた。


『その後、どうなったの?』とか、積極的に会話を繋げてくれる。


『女の子って恋バナが好き』の一端を垣間見たのだ。

自分の婚約者から異性の名前が出るのは本来は複雑だが、

適度なタイミングに調整すると、いいアクセントになった。



そんな友人の彼女として『知人』と思っていたマリアとカフェで話して違和感があった。

クロードの話題を振っても反応が無い。


最初は第三者と目線が違うからかと思ったが、次第に違和感の正体に気づいた。

彼女の『行動の選択肢』にクロードが無い。


そう言えば、クロードからマリア嬢の話題が消えたのはいつだ?


今の生徒会は、アレクサンドラ王女の幼馴染で構成されている。

蒸し返すが、マリアが入学した頃に一度は生徒会で顔合わせをしようと

王女が提案した時があった。


『幼馴染の婚約者殿と交流したい』と。


結局、実現できず話は流れてしまったが、

大衆小説のようにドロドロした理由じゃないので

『いつか実現出来るだろう』で終わってしまった。


確かに当時は、そのうち時間が出来ると高を括っていたが、

アレクサンドラ王女の婚約が浮上し、王女の補佐に時間を取られるようになってしまった。


「ここまでの話は、俺達の側だけの視点なんだよ」


生徒会のメンバーである自分達は事情を知っているが、マリアはどうだ?


一学年下なのに、未来の婚家と親交を頑張っている

『忙しいマリア』

その心遣いは、マリアにとって

一人だけ仲間外れにされた気持ちになるのではないか?


クロードは不器用と理解しても、あまりにも向き合っていなかったのではないか?

これには王女を含む自分達も、そしてクロードも責任がある───


会計氏の言葉に、両手で顔を覆うクロード


アレクサンドラも頷く。


「そうなんだ……彼女はね。」





 ◇




「良かったです、情報漏洩に当たらなくて。」


『安心しました~』と、ホッとしたマリアに王女は高速で考える。

安心できない。


「そういえば、マリア嬢こそ留学希望の申請をされたとか…

 すまない。希望国がサバーファ殿下の国だから気になってね。」


生徒会の書記嬢からのタレコミ情報を、マリアに確認する。


「えぇ、ご存じかもしれませんが

 私の兄が赴任しておりまして興味を持ちました。」


王女はマリアの兄が外交省に勤務しており、

サバーファ殿下の国へ赴任した内の一人であるのは確認済みだった。


「ですから、クロード様について行こうと思っておりません

 ……そうですね。目障りでしたら婚約解消でも構いませんわ」



───婚 約 解 消



『ガシャン』と音が鳴ったので、

マリアは顔を上げると王女がテーブルに手をついて立ち上がっていた。

その勢いで食器が鳴ったようだ。


「そ、それは…その話は進んでいるのか?」


王女の動揺した姿にマリアは驚いた。


「いいえ。ただ、クロード様も良い方ですし、私の都合を押し付けるのもと思いまして。」

「つ、都合とは?」


これはマズイと焦る王女に


『あの国は留学生でも独身女性が働く事が出来ますから』と、マリアは答えた。




 ◇




「お、俺、婚約解消なの……」


茫然自失のクロード。

そもそも侯爵家を継ぐので、アレクサンドラが結婚しても

今のような『側近』にならない。


王女が結婚すれば他国へ、サバーファ殿下の国へ入るからだ。

おいそれとお会い出来なくなるし、それは当然と納得済みだ。

クロード達は。


この国の国交も絡んだ王女と、

結婚確定していて、この先は幾らでも同じ空間で過ごすマリアと

比較した場合、つい王女を優先したが事情もあるのだ。

クロードには。



「初めから政略だったから白い結婚も考えたが、

 兄を頼って他国で生きるのもいいと思いなおしたそうだ……」


そう言って頭を抱える王女。


『うわっ!』『ヒッ!』と声を上げる生徒会の面々、またの名は幼馴染達。


全員が考える最悪結果に爆進中で恐ろしすぎるが、

とにかくクロードには、ぜひともマリアに寄り添うようにとアドバイスした。


クロードも異論はなく、さっそくマリアをデートに誘った。





 ◇





デートの翌日、待ち構えた生徒会でクロードの報告が始まった。




 ◇




「えっ、ここ来た事あるの?」


クロードはリサーチした最近人気のカフェにきたが、すでにマリアは来店したそうだ。

一人で。


「それは…一人はダメだ。俺を誘え」

「ナゼですか?」


マリアは納得しない。

今まで何度も『忙しいから』と、断られたからだ。


「卒業するし、今だって生徒会は引継ぎに入るから時間は出来る」


クロードは言うが、マリアは『はぁ……』と反応が鈍い。

最初からすれ違いが起こっている。



以前の知識でマリアが好きそうだとリサーチしたデートプランだが、散々の結果だった。


美術館も、休憩に入ったカフェも既にマリアは見学済みだった。

一人で。


それにマリアが興味の無い事への反応が変わっていた。

『ふぅん』だけ。


以前は『クロード様はお好きなのね』とか、会話を繋げる努力を───

口下手と言わないが、話術がないクロードとの会話の努力をしていた。


───今なら判る。

あれは、クロードに歩み寄る努力をしてくれていた。

目の前にいるマリアはそれが無い。


「とにかく、一人はダメだ。せめて侍女や護衛と同伴だ」


必死にクロードはマリアを説得する。

何かあったら遅いのだ。


今回はクロードの失態なので、マリアの実家には頭を下げた。

困惑されたが、クロードの事情は分かってくれて復縁の協力は取りつけた。

おそらく今後、マリアが勝手に一人で出歩く事は出来ないだろう。


しかしジワジワと、クロードは問題点が理解出来て来た。


マリアの両親へ説明したのも、過去を報告したに過ぎないからだ。


今まであった出来事を精査し、問題点を簡潔にまとめた報告書。

たとえクロード側の視点のみでも、なるべく平等にした内容。

クロードの反省。


一先ず様子見になるだろうと、そうして欲しいと作成された報告書だ。




クロードもお年頃で、出来上がった人間ではないので、

否定されれば反発心が出てくるかもと、自分に危惧していた。


でも今日を過ごして思い知った。

嫌味でもなんでもない、全く関心が無い言葉はツラい。


「二人で一緒に街へ行ってもクロード様は、

 『生徒会が忙しい』『王女が好きそうだ』と仰ってました。

 それに『帰ったら学園に戻る』と言われては……


 確かに私も入学して、お忙しいのは理解出来ましたもの。しがらみが多い立場です。

 私に時間を使うより長く過ごした幼馴染の皆様の方が大切でしょう。」


ニッコリと微笑むマリア。

クロードが好きな『普通の女の子』のマリア。


きっと『今まで(マリア)に興味が無かったでしょう?どうしたのかしら』と

困っただけだ。

その表情に不満も憎しみも何もない。


「私も一人で行動するようになって、楽ですわ。」


マリアは純真に気持ちを伝えていた。

きっと『クロードに共感した』と思ったことだろう。

やっと、自分で考えて過ごす日常になったのだろう。




 ◇




「う、うわぁ………」

「ヒッ!」

「───」

「そ、そんな…………(バタン!)」


デートという名の断罪の報告を聞いた生徒会の面々は慄いた。


地獄。


幼馴染達はクロードがマリアに恋をしていると知っていた。

あまり自覚はなさそうだったが、

彼らの前では、マリアはクロードの【特別】だったからだ。



巷で話題の大衆小説のように高位貴族を惑わす『魅惑の令嬢』もいないし

きっとクロードとマリアは『鉄板』な関係だと思い込んでいた。

数か月前までは。


そして楽観視はしていない心算だった。

だった、が。


一人になって楽だったと言われたデート。


───結果は一撃死だ。



キツい。


余りのキツさに生徒会室は死屍累々と化している。




 ◇




「協力は惜しまないが、私は何もしない方がいいな……」


アレクサンドラの言葉に全員が……クロード以外の全員が頷いた。

クロードは真っ白に燃え尽きている。


「はい。マリア様のお気持ちを考えると

 王女や我々に表立って出来る事は無いと思います。」



ポツリと

「なんで大切にしていなかったんだろう。」

クロードは呟いた。





───後の賢帝サバーファと同列で謳われたアレクサンドラ皇后の言葉


 『私を成長させた一番の時代は学生の頃だ。

 己の愚かな振る舞いに気づくのが遅いと、

 本当に取り返しのつかない事は起こると学んだ。』



クロードの尊い犠牲の上で学習した、後世に伝えられる金言だ。




 ◇




「マリア、今日はどうだった?」


マリアのアルバイト生活二週間目に入って、ユーゴが尋ねた。


「どうって…何も?」

「感想なしか。」


マリアの様子にユーゴは渋い顔だ。


「悪くないわよ?楽しいと言ったら失礼ですが…

 人の秘密に関わるので、聞かないようにしていますもの」


マリアの返答にユーゴは頭を掻く。

そうだろうな、と。




 ◇




妹はあまり執着心が無い。

聡い方だから、生きる環境に求められた優先順位を理解している。

だから親の命じた婚約にも取り組んだ


行動力があるが、自制する理性が強い。

納得はせずとも自棄にならず、クロードの事情に理解を示した。


執着心があれば、相手はともかく恋に溺れる未来もあったかも知れないが

行動する原点となる執着心が無い。



「はい。分かります。

 いえ、思い知れされています。」


ユーゴの前に座ったクロードは項垂れる。

現在進行形で『分からせ中』である。


「俺が協力するのは夏休み中だけだ。

 別にお前の味方ではない。はっきり言えば打算だ。」

「はい、それでもありがたいです。」


クロードは首肯する。気持ちは分かる。

だが、兄として妹の幸せを願いたい。




地獄の断罪デートのその後もクロードは挽回の為に、マリアを構うようになった。

正確には、マリア引き留め作戦を敢行している。

強行や断行ではない。今の所は敢行だ。分が悪い戦いなのだ。


人間の、男女の機微を身近で目撃した幼馴染達にもマリアの評価は上々だ。

勉強させてもらったからだ。


だから押しつけがましくない程度にクロードを応援してくる。




クロード達は卒業し、アレクサンドラ王女は結婚の為に、この国に入った。

今、王女は王宮にいる。


夫のサバーファ殿下にも伝え、表に出ぬように細心の注意を払い、

クロードの支援をしている。


マリアは意図せずに己の地位を高めている。

人を巻き込む力があるとアレクサンドラ妃が認めたからだ。

女性の地位を高める象徴に、ピッタリな人物になるだろう。

兄のユーゴの打算はこれだ。



自由が利かなくなったマリアは己の為、戦略的撤退をした。

マリアは留学を視野にいれ、夏休みを利用して兄であるユーゴの元へ身を寄せたのだ。



 ◇



侯爵家当主の修行中のはずなのに、マリアを追って現れたクロードにユーゴは提案した。


マリアは自分の人生にクロードがいなくても良くなりクロードに情が消えた。

だが、クロードを嫌いになったわけじゃない。

だから。




 ◇




「俺はサンd…王…幼馴染達には彼女の話を

 彼女には幼馴染の話しかしなかった。幼馴染達に

 『どうして自分達に話すように彼女の事を特別だと、彼女に、本人に伝えなかったか』と

 言われました。」


マリアのバイト二日目から通ってくる男性はお金持ちだ。

日頃からこの教会には、あまり人がこないようで

期間限定機密の部屋は常連が二人しかいない。


その内の一人はマリアに年が近い男性だ。

だから、マリアはあまり見ないようにしている。

元々視力は悪い方なので、

逆光とか光が強いと、知人でも気づかない場合が多かった。


その彼は、どうやら婚約者とうまくいっていない様子だ。

どこもそんなのあるあると、マリアは気にしていない。

だが、彼は懺悔後のお心付がスゴイ。


回収に来た神官様が『今日は沢山いらしたんだね』と驚く。

寄付箱はずっしりと重いらしい。

それ彼一人なんですけど。


因みにもう一人の常連はクリクリ巻き毛の少年だ。


「うーんと、今日はお菓子をたべちゃいました」

また、食べたのかー


「えっ…と、今日は、木に登りました」

懺悔なの?



『なんて事があるわ』と、マリアの近況報告にユーゴは頭が痛い。


クロード、お前なにしているんだ。

俺が雇ったサクラの巻き毛少年に負けているぞ。



 ◇




ユーゴはクロードに

名前を明かさず、その上パーテーション越しにマリアと対話するように求めた。

それでマリアの関心を引く事が出来れば、まだ復縁の可能性がある。


元来優秀なクロードがマリアの前ではテンパるようになったが

パーテーション越しなら落ち着くだろう。



一度は政略結婚を納得して努力もして、そして傷ついた。

自覚の薄いマリアは両親に命ぜられると、クロードと結婚はするだろう。

それでは白い結婚に直行しそうだ。


それがマリアの幸せになれば良いが、

以前の彼らを知っているから、簡単な事ではないだろう。


だがクロードがマリアの心に戻れたら。

以前のように、お互いを思いやる事が出来るかもしれない。

マリアとクロードの温度差はどうしようもないが。


本当に、なんでこうなったんだ。


ユーゴはため息をついた。




閲覧頂きありがとうございます。

楽しんで頂けたら幸いです。

  • ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いいねをするにはログインしてください。
ポイントを入れて作者を応援しましょう!
評価をするにはログインしてください。

感想を書く場合はログインしてください。
イチオシレビューを書く場合はログインしてください。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。