【何かが起こるセンバツ記念大会(3)】昭和の怪物を倒した伝統校のマル秘作戦
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熱戦が繰り広げられている第95回選抜高校野球大会。今大会は5年ごとに開催される「記念大会」。一般出場枠が4枠増え36校出場の大会となる。過去の記念大会では後にプロ野球で活躍するレジェンドたちが躍動し、史上初の完全試合が達成されるなど数々のドラマが演じられてきた。「何かが起こるセンバツ記念大会」第3回は“怪物・江川の年”1973年の広島商と横浜。
~主役は怪物・江川 出場全球児が見た19三振~
1973年、第45回選抜高校野球記念大会。全国の野球ファンの注目を集めていたのは栃木・作新学院の剛腕・江川卓(元巨人)だった。1年生時からその名はとどろいていたが、3度の甲子園出場機会をことごとく逃し、その姿を目にしたものは少なかった。前年秋の栃木大会と関東大会。7試合に登板し53回無失点、94奪三振。ついに聖地への切符をつかんだ。
3月27日センバツ開会式。第1試合で北陽(現関大北陽)と対戦した。その時のことを広島商の捕手として入場行進をした達川光男氏は2019年スポニチ本紙連載「我が道」でこう語っている。
「開会式が終わるとおそらく全出場校の選手がネット裏に陣取った。お目当ては怪物・江川じゃった。その名は響いていたけど投げる姿は1度も見たことはなかった。一塁側ブルペンの怪物にくぎ付けになった。力を入れて投げたらボールが浮き上がる。試合じゃないのに銀傘が揺れていた」
江川は北陽から19三振を奪い完封。2回戦小倉南(福岡)戦で7回10奪三振無失点。準々決勝では今治西(愛媛)から20三振を奪い完封していた。
~名門の“待球作戦”粘って粘って5回100球~
4月5日準決勝、昭和の怪物に立ち向かったのは夏4回、春1回(当時)全国制覇の伝統校・広島商だった。
試合前、広島商の迫田穆成(よしあき)監督は「球数をどんどん投げさせて5回までは待球作戦をとって機動力勝負だ」と指示した。抜群の制球を誇る江川だったが、広商打線は簡単には打ち取られない。1、2回、6人の打者がフルカウントまで粘っていた。この試合3つの四球で出塁した1番で主将の金光興二氏はスポニチアーカイブス2012年3月号でこう振り返っている。
「試合前はあんな凄いボールを投げる江川君を打って攻略するのは無理だと思っていた。監督からはストライクゾーンから上半分は打つなと言われ、内角寄りの半分のストライクゾーンの球も打つなと言われた。打つのは外角いっぱいのボール1球分だけ。つまり、手を出すなということです。5回まで100球投げさせるのがポイントで5回までに実際に投げたのが108球だった。5回終わってから監督に“お前らの勝ちだ”といわれましたね」
待球作戦で怪物をぐらつかせたが5回エース佃正樹が捕まり1点を先行された。だがその裏に反撃。達川の四球をきっかけに佃が右前に適時打。練習試合、公式戦139回、江川の無失点記録をついに止めた。終盤に入り甲子園は張り詰めた空気に包まれた。
~もう一つあった秘策“スクイズ失敗作戦”~
広島商ナインが江川の存在を意識したのは前年72年の夏、迫田監督は新チームとなった達川らに語りかけた。
「栃木の作新学院に今すぐプロに行っても通用するような、物凄い速い球を投げるピッチャーがおる。カーブも投げる。お前らが得意なバントもできん。スクイズしても当たらんぞ。当たってもフライになる。お前らの目標はなんじゃ?全国制覇なら江川をやっつけんかぎりはいけんぞ」
そして続けた。「スクイズもできん。何か考えようや」。達川氏によるとそこで考案されたのは「スクイズ失敗作戦」。無死もしくは1死二、三塁で打者はスクイズを空振りする。スタートを切っていた三塁走者が三塁へ戻る間に二塁走者が一気に距離を詰め、捕手が三塁へ送球した瞬間に三塁走者はきびすを返して本塁突入。マウンド側に滑り込んでタッチアウトになる間に二塁走者がバックネット側に滑り込んで1点をもぎ取るという作戦だ。広商はこの作戦を毎日1時間練習。秋の広島県大会決勝、広島工戦で決行した。成功したと思われたが「二塁走者が三塁走者を追い越した」としてアウト。それでもチーム内に足で1点を奪う意識が高まった。試合は大詰め、迫田監督のゲームプラン通り「機動力」で江川を沈めにかかった。
~必殺のダブルスチール 甲子園が沈黙した~
8回裏、金光が四球を選ぶと1死後、果敢に二盗。楠原基の内野安打で一、二塁とした。2死となったが「“そろそろ走りたいな”と思ってベンチを見たら、予想通り監督がダブルスチールのサインを出していました。まさにあうんの呼吸でしたね」(金光氏)マウンドの江川は小倉(後に亀岡)偉民に「投げるな!」と叫んだが、止まらない。送球は三塁手がジャンプしても捕れない高投となり金光はヘッドスライディングでホームに還ってきた。その瞬間、甲子園は異様な静寂に包まれ、金光がベンチに戻るとスタンドから地鳴りのような歓声が沸いた。真夏の新チーム誕生から8カ月。百戦錬磨の伝統校が会心の怪物討ち。決勝に進出した。
~横浜・渡辺監督の初舞台 広商と真っ向勝負~
「打倒・江川」を果たした広島商を決勝で待ち受けていたのは横浜(神奈川)だった。後年、98年の春夏連覇を含む夏2回、春3回の全国制覇を成し遂げる横浜だが、この年は4強となった63年夏以来の甲子園。センバツは初出場だった。監督は渡辺元(後に元智)28歳。血気盛んな青年指揮官、初の大舞台だった。エースは2年生の永川英植(えいしょく=後にヤクルト)。横浜市の潮田(うしおだ)中学に「怪物」がいると聞き、渡辺監督が通い詰め入学にこぎつけた逸材だった。前年72年秋の関東大会決勝、江川の作新学院に敗れたが準優勝。悲願の甲子園切符をつかんだ。
迎えた晴れ舞台。初戦(2回戦)の小倉商(福岡)戦は延長13回。4番の長崎誠が大会史上初のサヨナラ満塁本塁打を放って勢いに乗った。続く準々決勝の東邦(愛知)は永川が完封、準決勝の鳴門工(徳島)は長崎に3ランが出て決勝に進出した。
~拙守から生まれた奇跡の決勝2ラン~
0―0。西の伝統校と東の新興私立。がっぷり組んで延長に突入した。試合は10回から動き出す。達川氏はこの決勝戦を回想し「怪物江川に勝った達成感。横浜との決勝は腑抜けになっとったね」という。「0―0で迎えた延長10回1死二、三塁。スクイズを外したウエストボールを私が捕り損ねて先制を許した。記録は暴投になったけど本当はパスボールじゃった」
待望の先取点を奪った横浜だが、その裏、広島商の3番・楠原基が放ったライナーを左翼手の冨田毅が捕球できず(記録は安打)試合は振り出しに戻った。
渡辺氏はスポニチ本紙連載「我が道」でこのプレーのエピソードを明かしている。「ベンチの私は左翼の冨田が捕れると思った。しかし、打球はこぼれ同点に追いつかれた。私はベンチで怒りに震えていた。冨田の野郎、戻ってきたらぶん殴ってやると握り拳まで作っていた。だが、同点に沸く広島商応援団席から何かが投げ込まれたのか、その処理もあって冨田がベンチに戻ってくるのが遅れた。冨田も殴られるものと思っていたのか『すみません』と頭を下げた。その遅れた“間”が鉄拳ではなく『次の打席で打てばいいじゃないか』という激励の言葉を生んだ。言った私が驚いたのだから、言われた冨田はもっと驚いたのだろう」
11回、打席に向かう冨田は泣いていた。佃の内角に入ってくるカーブだった。打球が左翼ポール際に舞い上がる。祈るように見つめる横浜ナインの視線の先で白球はスタンドに消えた。決勝の2ラン。横浜が紫紺の大旗を手にした。初めての甲子園胴上げだった。
春夏連覇を目指した横浜は夏の神奈川大会準々決勝で敗退した。
センバツ決勝直後、広島商・畠山圭司部長は甲子園の土を拾うナインにいった。「夏はもう来ないのか。捨てろ!」73年夏、広島商は再び甲子園の土を踏みしめ、深紅の大優勝旗を手にするのである。
(構成 浅古正則)
※学校名、選手名、役職などは当時。敬称略
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