[5-8] 抑圧の同盟
浮遊城塞都市が旧シエル=テイラ地方に到達する、二日前。
ディレッタ王宮の遠話室は、一般的な遠話室の例に漏れず、石造りの地下室に魔方陣を敷いたものだ。
だが、サロンのように飾り立てられ落ち着いた雰囲気の遠話室というのは珍しい。
美しい半裸の(しかし下品ではない)女神を描いた宗教画。
神の教えによる世界の調和を表した、幾何学的紋様の金糸タペストリー。
地下室だというのに壁には大きな窓があり、そこから目映い光が差し込んでいる……壁に魔力灯照明を設置し、その上に窓をはめ込むことで、差し込む日差しを再現しているのだ。
繊細な彫刻が施されたテーブルや椅子、酒棚は、エルフたちの作る民芸品だ。
エルフの木工技術は人間の間でも広く認められており、最上級の家具などは、行商人がエルフの森で買い付けたときの二十倍以上の値段で取引されている。この通り、宮廷にも置かれるような逸品だった。
なお、贅沢は人族繁栄の証なので、神の教えに反していないというのが主流の解釈だ。貧しい者に恵みを分け与えた上でなら、だが。
「魔石原料を即座に国中から買い集めよ。
通常なら廃石扱いになるような、粗悪な鉱石でも構わぬ」
クリストフォロは、玉座のようにゆったりした椅子に座り、豪奢なティーカップで紅茶を飲みながら虚空に語りかけた。
床の絨毯には魔方陣が縫い取られていて、そこがぼんやりと輝いていた。
『地脈の魔力を奪われる前に魔石に変えてしまう、という作戦ですかな』
「その通り」
遠話室に声が響いた。
相手は遠く北の果て、シエル=テイラ総督ことサミュエルだ。
立場上、サミュエルは神殿から派遣されているので、クリストフォロが言葉を伝えているのだ。軍事を担当する廷臣たちが同席し、必要ならクリストフォロに助言する形となっている。
魔石とは、鉱石に魔法的加工を施し、魔力を充填することで作るもの。
いわばマジックアイテムのための燃料タンクだ。
大量に魔石を製造することで、地脈に溜まっていた魔力を、地脈と切り離して保存することもできるのだ。鉱業国シエル=テイラなら、その原料に事欠かないだろう。
「攻める旨味が無い、ということ自体が敵の手足を縛る筋書きだな。
あの空飛ぶ城は、少なくとも、魔力の補給を必要としている。
地脈を持たぬ城であることが、あれの弱点だ。奪い続けなければ成り立たぬ」
『なるほど。しかし懸念がございます。
第一に、いかに急ごうとも奴らの到達までに全ての魔力を魔石化することは困難です。
第二に、魔石を奪われてしまえば結果としては同じではないかと』
「結論を急くな! 考えておるともさ。
魔石は、今すぐには使わぬ。
まずは緊急措置として、王都テイラ=ルアーレと旧ジェラルド公爵領領都ウェサラに隣接する、周辺都市の地脈を枯渇させよ。魔石にせずとも良い、魔力投射砲を昼夜無く打ち続ければ消費は間に合う」
遠話の向こうで、寸の間、サミュエルは考え込む。
そして合点がいったようだ。
『む……ああ、成る程。
王都やウェサラを奪われたとて、防衛戦で地脈は空っぽ。
その時に周囲の都市まで地脈を枯渇させていれば……敵は地脈の回復を待つ間、繋ぎの補給すらできなくなると』
「王都とウェサラは、シエル=テイラ全体でも頭抜けた規模の
守り切れぬなら、奪っても意味が無いようにしてしまえば良い」
口角を釣り上げ、クリストフォロは笑う。
罠と知って攻め込んでくるか、諦めるか、どちらか。“怨獄の薔薇姫”に選択を突きつけるのだ。
今、ディレッタは“怨獄の薔薇姫”に勝てないかも知れないが、攻め込んできて消耗した“怨獄の薔薇姫”になら勝つ見込みがある。
「中期的にはシエル=テイラ全土で魔石を製造し続け、魔力を管理するのだ。
枯渇状態を維持せよ。防衛に必要な魔力は魔石として拠点都市に集約し、余った魔石は魔物どもへの攻撃に使う。湯水のごとくな。浪費すること自体が目的だ。
足りなくなれば本国からの補給も視野に入れる」
つまりそれは民間の魔力使用に激烈な統制を掛けるということでもあるのだが、クリストフォロもサミュエルもそれを理解していて、その上で問題ないと、気にとめるまでもないと即断したのだ。
シエル=テイラ王国には、これから厳しい冬が来る。市民の命を繋ぐ『暖炉石』は、都市内の魔力供給によって燃えるマジックアイテムだ。
そして、あまりにも当然すぎることだからクリストフォロは何も言わずサミュエルも確認しなかったが、この状況でも在シエル=テイラ邦人や、本国に利益をもたらす事業には、魔力を優先供給することになるだろう。
シエル=テイラを植民地にしたのは、そのためなのだから。
「飛び込めば逃げ出せぬ蟻地獄よ……
勝つのは我らだ。“怨獄の薔薇姫”には地獄への片道切符をくれてやろう」
* * *
シエル=ルアーレが旧シエル=テイラ地方に到達する、一日前。
「焦土作戦……」
シエル=ルアーレ
主立った者が集まり、記号の書き込まれた地図を囲んでいた。
旧王都テイラ=ルアーレと、ウェサラに隣接する都市には、ことごとくバツ印が付けられている。
意図的に地脈を枯渇させる動きが見られた場所だ。
神聖王国の狙いはおそらく、守るべき旧王都とウェサラに魔力を残したまま周囲を焦土にすることで、仮に一都市攻め落とされても次が繋がらぬようにすること。
迂闊に攻め込んでしまえばドツボに嵌まる。消耗したところに攻撃を仕掛けられるのだ。
普通なら『焦土作戦』とは、攻め込まれて撤退していくとき土地を破壊して、侵攻してきた敵が拠点にできぬようにすること。
攻め込まれる前から焼き始めるというのは、なかなかの無茶だった。
ディレッタ神聖王国も、本国内ならここまでしなかっただろう。植民地だから思い切った真似ができるのだ。
「神聖王国は、同じ事を占領地中でやる気?」
「最終的にはそうでしょうね。
そしたら街を襲っても奪う魔力は無く、戦闘に使用した分だけマイナスになる。
もちろん、こっちが確保して待てば地脈は回復するけれど……」
空っぽになった
それも地脈を一切使わなかった場合の話だ。
都市をまともに動かしつつ回復を待つのであれば、さらに時間が掛かる。
「向こうの作戦も急ごしらえよ。
地脈が焼き尽くされる前に手の回ってない場所を確保し、こちらはそれを根拠とするのが次善かしら」
「城の
ルネとエヴェリスは同時に、旧シエル=テイラの南東部にある小さな平地を指さした。
手が届く範囲に中小都市が四つ。敵の本拠となる、旧王都やウェサラからは一歩離れた場所だ。東と南は険しい山で、まともに地面を歩く者たちは往来が制限される。
「そう。ここなら攻囲もされにくい、けれど……」
「予想……されてるわよね」
「誘導されてるみたいでやな感じ」
エヴェリスは渋い顔だ。
可能であれば一直線に旧王都を強襲・奪還したかった。
相手が混乱している状態なら、実力以上の戦果を得られ、被害も抑えられるものだ。
次善の策にサプライズは無い。
「一応、
直接シエル=テイラ入りするのではなく、近場の小国から地脈を奪うなり、さらに北側の不毛地帯を根拠とする手もある」
「それって問題の先送りじゃない?」
「と言うか賭けかな。
こっちが体勢を増強するのと、敵が守りを固めるの、どっちが早いかって話になるから」
「じゃ、ナシ」
ルネはすぐさま首を振った。
ここで日和れば、勝ちが遠のく。
「……こっちにも伏せ札はあるわ。
城の中は姫様の異界。城を飛ばさない限り、内部での魔力消費は抑えようがある」
「それは……やっても大丈夫なの?」
「正直言うと分からない。
まだ何かの確信を得られるほどのデータは無いから」
エヴェリスも、リスクを前提として提案している様子だ。
ルネは、この世ならざる異界を作り出せる。
シエル=ルアーレの内部構造は、ルネの力を使って空間をねじ曲げ、本来以上の広さとしているのだ。
だが現状、それ以上の事はしていない。
というのも、あまりに本来の世界とかけ離れた空間を作ると、良きにせよ悪しきにせよ、物語的な出来事を呼び込むからだ。
偶然と必然が織り合わさって、その場に居るべき『登場人物』は全て揃う。そして最もドラマチックなタイミングで最高か最悪か、どちらかの
現実離れした概念の世界だからこそ、そこは物語の必然に支配されてしまう。
それが吉と出るか凶と出るか、エヴェリスにすら未解明で予想できない……
『実験』の時の失敗が、ルネの脳裏をよぎった。
戦いの場で、心乱されるような出来事が起こりはしないかと、寸の間、躊躇った。
「流石に……私からは提案に留めるけれど」
「やるわ。
このまま順当に戦うよりは、いいはずだから」
「……了解」
それでも躊躇ったのは一瞬だった。
我が身かわいさに甘えた考えをして戦いの判断を歪めるのは、己が歩んできた道と、信じてきたものへの冒涜だと、そう思って。
エヴェリスはルネの判断に、それ以上何も言わなかった。
「ならば、その上でどう攻め込んでいくか、ね。
相手も目先の勝利より、こっちのリソースを削りに来るよ。
守りも同じく。敵の防衛目的は守り切ることではなく、攻めたら損をさせることになる」
「そう考えると……相手はちゃんとこっちを分析して、できる範囲で真っ当に対応してるって感じだよね。
この短期で」
真面目ったらしい顔をして、椅子ごとクルクル回転しながらトレイシーが唸る。
当たり前の話をしているようだが、実際それは再確認しなければならない事実だった。
敵は楽観論に陥らず、はたまた恐れ逃げ惑うのでもなく、劣勢を認識した上で勝利へにじり寄ろうとしているのだ。
「奴らがほんの一欠片でも、勝利への希望を抱いているのなら……」
ルネは手を握りしめた。
あの処刑の日に熱を失った、ルネの手に未だ宿るものがあるのだとしたら。
「希望の灯を目の前で吹き消すような、救い無き絶望を。
……それが、わたしの求める戦いだから」
怒りであり悲しみであり使命感であり。
即ち、闘志であった。
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