特殊詐欺に加担で男性自殺も
2023年03月18日 05時00分読売新聞
若者らを犯罪に誘い込む「闇バイト」について、政府の犯罪対策閣僚会議が17日、緊急対策に取り組むことを決めた。ひとたび手を染めれば犯罪組織から抜けられなくなり、人生を台無しにする。安易に募集に応じないよう、若者らに対する啓発の強化が急務だ。(大井雅之)
「一人暮らしをしている家族と連絡がつかない」。東京都内のアパートに住んでいた20歳代の男性について、警察に行方不明届が提出されたのは2021年5月のことだった。
警視庁が男性の生活状況を調べたところ、多額の借金を抱えており、SNSの闇バイトに応募して特殊詐欺グループの一員になっていた。さらに、詐取金の「持ち逃げ」を疑われ、組織から追われていた。
行方がわからないまま月日が流れたが、同年10月、大阪府警から警視庁に「男性が死んでいるかもしれない」との情報が寄せられた。府警に逮捕された特殊詐欺グループの男が、男性の名前を挙げて「やばいことをやってしまった」と漏らしたという。
その後の警視庁の調べに男は「(男性は)高尾山で死んだ」と明かした。男の供述に基づき、東京都八王子市の高尾山の山中を捜索したところ、同年11月、白骨化した男性の遺体が見つかった。近くにロープがあり、警視庁は男性が首をつって自殺したと判断した。
近くのホームセンターの防犯カメラには、死亡した男性と、府警に逮捕された男、別の男の計3人が共にロープを購入する様子が映っていた。警視庁は22年、男性の自殺を手助けしたとして、一緒にロープを買った男2人を自殺ほう助の疑いで書類送検した(後にいずれも不起訴)。
警視庁は男性が特殊詐欺グループの上役から自殺するよう迫られた可能性もあるとみているが、証拠は得られていない。仲間の1人は警視庁に「首をつった男性の画像がグループ内で共有された」と語ったが、画像も見つかっていない。
捜査の過程で、男性とは別のメンバーが上役から暴行を受ける様子を撮影した画像は見つかっている。警視庁は、詐欺グループがこうした画像を共有し、末端メンバーに恐怖心を植えつけていたとみている。
恐怖でメンバーを支配する構図は、関東など各地で相次いだ指示役「ルフィ」らによる強盗事件と共通する。東京都稲城市の住宅で昨年10月に起きた強盗致傷事件で逮捕された容疑者の1人は、取り調べで「話せばルフィに粛清される」と述べたという。
政府の緊急対策では、文部科学省を中心に今後、学生ら若者に対する広報啓発を強化するとしている。
東洋大の桐生正幸教授(犯罪心理学)は「高額報酬をうたうSNSの投稿には必ず裏があることを理解してほしい。闇バイトに加担すれば、後ろめたさにつけこまれて脅され、逃げられなくなってしまう。生活苦などの事情があっても、応募せず踏みとどまってほしい」と話した。
■弁護士らが若者に啓発活動
東京三弁護士会の民事介入暴力対策委員会(民暴委)の弁護士らは、都内の小中高校や大学などで21年から行っている「出前授業」の中で、闇バイトの恐ろしさを伝えてきた。
昨年12月には、墨田区の私立立志舎高校で約1時間の授業が行われた。1年生の生徒約30人を前に、「荷物を受け取るだけ」などと誘われた若者が現金受け取り役として逮捕されるケースが相次いでいることを説明。尾崎毅弁護士は「若者が“使い捨て”にされている。有罪になるだけでなく、賠償金を請求されることもある」と強調した。
共に授業を行った青木知巳弁護士は、今回の政府の緊急対策について「省庁間で議論を深め、若者が将来を棒に振ることがないよう教育現場を中心に対策を進めてほしい」とし、「例えば警察と弁護士が連携して全国の学校で授業を行い、啓発を続けていくことが必要ではないか」と指摘している。(木口慎太郎)