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紡

工藤家長女はまた爆弾に遭遇する。

工藤家長女はまた爆弾に遭遇する。 - 紡の小説 - pixiv
工藤家長女はまた爆弾に遭遇する。 - 紡の小説 - pixiv
8,123文字
工藤家長女は毒を抱えて生きている。(完結済)
工藤家長女はまた爆弾に遭遇する。
いいね、コメント、ふぉろー、タグ付けありがとうございます。
以下、読了後推奨。

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「松田さん」

観覧車からようやく地上に降りたあいつは、ひどく穏やかで、だというのになぜだか壊れそうな危うい笑みを浮かべて俺の名前を呼んだ。

「私、松田さんとなら心中してもいいなって本当は思いました」

は、と思わず声を漏らした俺を気にも留めず、ふらふらと俺から離れる。事情聴取をお願いします、と話す刑事の言葉に素直についていく後ろ姿は華奢だった。
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2195192342169
2022年6月26日 13:21

 
 「部署異動?」
 
 私の素っ頓狂な声に、そーそーぶしょいどー、とさつまいものデニッシュ(秋の新作)をかじりながら萩原さんはおうむ返しした。イートインスペースでパンを食べている萩原さん。…暇なのかな。おまわりさんって忙しいイメージしかないけれど。こっそり失礼なことを考える。唇についた粉砂糖をぺろりと舐めた萩原さんは、長い襟足も相まっておまわりさんっぽくない。


 ニコイチに思われがち、というか実際あなた方前世双子でしたよね?というくらい仲良しな松田さんと萩原さんだが、パン屋に来るのは意外と一人だけ、ということもある。不規則な仕事だし、日によって勤務内容も変わるのだろう。暇なんか?とつっこみたくなるほど私とだらだら話すのは共通しているが。

 そういえば最近は萩原さん一人だけの来店が多いなぁ、と思っていたら告げられたのがしばらく不在の松田さんの部署移動。


 サングラスに、あの柄の悪さに、喫煙者の肩身が狭いこのご時世でヘビースモーカー。



 「…とうとう何かやらかしたんですね」

 「侑里ちゃんってナチュラルに失礼だよね」

 
 おかしいな。萩原さんってとにかく女子に優しいって聞いたのに。いや、優しいけれど割とストレートな物言いを対私にはしてくる。解せぬ。


 「まぁ当たらずとも遠からず、かな」

 「上司ぶん殴ったり?」

 「そうそう、警視総監を一発KO…ってそうじゃない。侑里ちゃんの陣平ちゃんに対するイメージひどいな」

 「で、結局何したんですか」

 「あー、まぁそもそもの原因俺なんだけど」

 萩原さんは気まずそうに人差し指で頬をかく。原因が萩原さんで、最近松田さんは来店しない。なるほど。


 「萩原さん、罪を親友に着せるなんて最低ですね」

 「待って、なんで急に俺ディスられたの。この数秒間でどんな考えに至ったの」

 「萩原さんが何かやらかして、それを松田さんがやったように仕立て上げたのかと」

 「どんな鬼畜だよ」


 そうじゃなくて、とコーヒーをすすってから気まずそうに視線をそらした。


 「侑里ちゃんと会った事件、あったでしょ。あのマンションの爆発の」

 「はい」

 「知ってると思うけど、あの犯人まだ捕まっていないんだよ」

 当事者、と言えるほどのものではないが、巻き込まれたと言えば巻き込まれた出来事なので事件の詳細はなんとなく把握している。


 「陣平ちゃんはその犯人追ってんの。で、爆弾事件を担当する部署に異動届をずーっと出してたんだ」

 「じゃあその部署に?」

 「いんや。どう考えても冷静じゃない奴の希望聞くほど馬鹿じゃないよ。ぜーんぜん希望とは違う部署飛ばされたっぽい」


 まぁまぁ裏事情を話されている気がするが、部署名まではぼかしているあたり、この人を社会人として信頼できる。こういうところの線引きは、二人ともてきとうに見えてちゃんとしてるんだよね。


 「陣平ちゃん、ぶっきらぼうに見えて懐に入れた人間には甘いし、相当情に厚いタイプだから。侑里ちゃんのおかげで無事だったとはいえ、俺を殺しかけた犯人を許せないっぽいんだよね」

 「あぁ、自分のせいってそういうことですか」


 物言いは乱雑だし、お世辞にも人当たりが良いとは言えないし、基本的に柄は悪いが、自分の懐に入れた人間には割と甘いのは仲良くなった私にもわかる。うん、知っていたけれど。
 親友のかたき討ち、といったところか。かなり重い友情ですね。そういう嗜好の人間からしたらハスハス案件になりそうだ。


 「かなり苛立ってるから、最近ここにも来てないんだと思うよ」

 「そんな時こそ甘いパンとか食べればいいのに」

 秋の食材はパンによく合う。
 さつまいも、栗、エトセトラ。試食しすぎて体重がちょっと危ない。人間、甘いものと肉を食えばわりかしどうにかなるというのは、相変わらずクールなシッターさんの言葉である。


 「んー、ああ見えて陣平ちゃんもかっこつけだから」

 「かっこつけ」

 「侑里ちゃんには陣平ちゃんも恩を感じているから、余裕のある大人に見せたいんだよ」

 
 萩原さんが苦笑いで言う。
 7つも上の彼らを子どもだなんて、当然思ったことはない。でも。











 「初対面は萩原さんにブチギレていて、意外とパンのチョイスが可愛いのに余裕のある大人に見せたいってかなり矛盾しているのでは」

 「ぐうの音も出ないド正論」

 けらけら笑ってからおしぼりで手を拭いて、萩原さんは腰を上げた。そろそろ寮に戻るのだろう。イートイン用のトレーを萩原さんから受け取る。


 「落ち着いたらまた二人で来るよ」
  
 「ニコイチですもんね」

 「それ陣平ちゃん聞いたら嫌な顔しそー」


 ひらり。
 軽く手を振った後ろ姿に、ありがとうございましたぁ、と一応店員らしくあいさつする。落ち着いたら、とは言ってくれたが、さていつになることやら。店の壁に掛けられたカレンダーを見上げる。来週はポッキーの日かぁ、なんて考えて焼き立てのパンを追加で並べた。



























 松田さんと次会うのはだいぶ先のことになりそうだなぁなんて思っていた時もありました。そういうのフラグって言うんですよね、知っています。身をもって。




 「あ?侑里?」




 珍しくぽかんとした表情で、なんならトレードマークのサングラスもずれちゃった松田さんは、なんだかかわいいなと思ってしまった。








 にいなちゃんがもうすぐ誕生日らしいのでプレゼントを杯戸町のショッピングモールに買いに来た。彼女との付き合いもなんだかんだで4年目だ。お互い大学生になり何かと忙しいが、息抜きもかねてシフトには定期的に入っているので顔を合わせることも多い。
 晴れて大学生となりにいなちゃんは一人暮らしを始めたし、とアロマディフューザーを購入してウィンドウショッピングを楽しんでいれば、後方から聞き覚えしかない声が二重に重なって聞こえた。お察しの通り弟とその幼なじみである。いや、デートなら二人で楽しんでくれ。頼むから関わるな。声をかけるな。

 声に気づかないふりをして歩く速度を上げたが、なおも二人はついてきた。ストーカーされているよー、助けておまわりさーん、と知り合いのおまわりさん二人を思い出しながら心の中で叫ぶ。それくらいふざけておかないと精神状態保てないんだって。

 とにかく逃げたい、という思い一心で目の前の赤い箱に飛び込んだ。

 








 観覧車に乗るの久しぶりだなーとか、ムスカの気分味わえるなーとか(私のジブリ最推しはドーラである)ぼんやり考えて、しかししっかり観覧車の到着地点に弟たちが居ないことを確認して地上に降りようとしていたら、最近ご無沙汰の松田さんが乗り込んできた。

 ここで陰キャの生態について説明しておくと、久しぶりに会う人物はたとえそれまで普通に話せていても緊張するものなのだ。だから学校の長期休み明けとかすごく疲れる。私の場合、行きたくもない海外で連れまわされ、かと思えば放置され、みたいなことが恒例行事だったというのもあるけれど。

 だから当然、最近会っていなかった松田さんと久々の対面による緊張と驚きで、一周したから外に出る、というお約束などすっかり頭から抜け落ちたのである。松田さんがびっくりして私のことを見ているから、出るに出られなかったことも理由の一つだ。






 「おま、なんでここに、」

 「と、逃走中…?」

 「相変わらず意味わかんねぇ。もうおろせる距離じゃねぇし」



 ぐしゃぐしゃと苛立ったようにく癖っ毛をかきまぜ、松田さんはため息をついた。き、機嫌わる。甘いパンでも食べればいいのにって無責任なこと言ったけれど、この状態では来てほしくないわ。店の治安が悪くなる。




 「おい、端に座ってろ」

 「は、はい」




 できるかぎり観覧車の椅子の端っこに移動し、体育座りをする。今日スカートじゃなくてスキニー履いてきてよかった。息もしづらいくらいこの空間の空気が重苦しい。物理的な理由ではなく、松田さんの機嫌のせいで。

 松田さんは、私が座っているのとは逆サイドの椅子の下を工具で開けていく。器用なものだ。手際が良くて、何をしているのか分からないがほれぼれしてしまうほど。

 「おい侑里、」

 松田さんが何か言いかけたと同時に、



 ボン!




 あの日と同じような爆音が鳴り響いたと思えば、観覧車が大きく揺れて完全に止まった。反射的に閉じてしまった目を開けると、景色が一定の高さから変わらない。


 「と、止まった…?」


 松田さんは苛立ちを隠そうともせず舌打ちした。ち、治安わるぅ。
 


 「水銀レバーか」

 「え、それってちょっと前に萩原さんと話していた爆弾の、」

 「あぁ、よく覚えてたな」

 「え、え、ってことはこの観覧車に爆弾が仕掛けられている…?」

 「ご名答」

 


 正解しても嬉しくない。人生で爆弾に遭遇することってそうそうなくない?二回目ってどういうこと?爆弾の神に愛されてるって?どうせ愛されるならダイエットとかの神が良いです。




 「私死にます?」

 「心中するか?」

 に、と松田さんはようやく笑ってくれた。笑う要素は一切ない会話だよ。

 「私、太宰治ってあまり好きじゃないです」

 「心中に失敗しまくってるしな」

 そんなことを話しつつも、彼の手は止まらない。すいすいと設計図が頭に入っているかのように迷いなくコードを切っていく。存外、私も落ち着いている。現実味がないからだろう。体育座りのまま、彼の邪魔をしないようにぼんやりと器用に動く手を眺めた。

 指が長くて、きれいな手だ。

 粗雑な印象を与える人だけれど、体のパーツやふとした仕草なんかは、息を漏らしたくなるほどきれいだったりする。あと、サングラスをかけているのは童顔をごまかすためっていうところとかは可愛いと思う。



 「おい、視線がうるさい」

 「理不尽」


 
 爆弾からは目を離さずに言い放たれた言葉に思わず言い返すが、現在の私の無事は松田さんにかかっていると言っても過言ではない。大人しく彼から視線を外し、窓の外に移す。ほぼ一番上で止められているから見晴らしが良い。
 家と、病院と、スーパーと、色んな建物が見える。実は視力2.0なので看板なんかも読み取れた。


 「侑里」

 「はい?」

 呼ばれて視線を松田さんに戻すと、なぜかスマホの画面を見せられた。


 『盗聴器がつけられてる 聞かれて困るやり取りはおまえも携帯使ってやれ』


 いいな、と目で言われよく理解できないまま頷いた。肩から下げていた鞄からスマホを出す。


 『観覧車に乗った時不審なやつとか見てないか。そいつは他の場所にも爆弾を仕掛けている』

 画面の文字に首をふった。申し訳ないがこちとら逃走中の身だったのだ。周りを気にする余裕なんてない。松田さんはそもそも私の証言など当てにしていなかったのだろう。大して落胆もせず、そうか、と頷いて考え込んでしまう。

 私も手持無沙汰になり、窓の外の景色をまた眺めた。

 ここに爆弾があるという事は、犯人もこの観覧車に乗ったはずだ。わざわざ一定の拘束時間がある観覧車に乗ったのはなぜだろう。

 一定の高さから変わらない窓の外は、たくさんの建物が並んでいる。


 『どこかの病院に仕掛けられていると考えてる』


 追加で見せられた画面に浮かぶ病院、の文字がやけに頭に残った。


 もし、私が爆弾を複数仕掛けたら。
 仕掛けた場所が気になって仕方ないと思う。何かミスをして自分の決めた時間以外で爆発したら?爆発に巻き込まれる人間はどれくらい?

 できれば、近くで眺めたい。でも、近づけば自分が怪我をするかもしれない。

 だとしたら、遠くから、でも確実に見えるところから確認したい。
 そんなことを、犯人も考えていたとしたら?

 

 少しだけ、震える指でスマホを操作する。
 別に、ただの思い付きだ。私の意見を聞くかどうかは、プロの松田さんに任せればいい。
 くい、と彼の喪服のような真っ黒なスーツの裾を引っ張った。



 『もし、犯人が自分の仕掛けたもう一つの爆弾の仕掛け場所を確認するために観覧車に乗ったとしたら、この観覧車から見える病院は米花中央病院だけです』




 スマホの画面を見た松田さんが、目を見開く。
 稚拙な予想でしかない。論理的な考えなんかじゃない。ただの思い付きだ。

 それでも松田さんはふ、と口の端を緩めて笑う。そしてぐしゃぐしゃと私の頭を撫で、何やらスマホを操作してからまた爆弾に向き合った。複雑にコードが絡み合っている機械は、映画やドラマで見るものそのままで、だからこそいまいち現実味がない。


 パチン、パチン


 松田さんがコードを淡々と切る、軽い音だけが響いた。
 もう松田さんは私の方を振り返らなかったし、私がその姿を眺めることも咎めなかった。それをいいことに、意外と広い背中を見つめる。






 ずっと、このまま、いたいなぁ。





 現実味がないこの空間に、とどまりたかった。ここならこわいことも、いやなことも、何もない。あぁ、でも、松田さんは嫌だろうな。見た目ヤクザだし、物言いは乱雑だし、萩原さんには容赦なく手も足も出るけれど。周りの人を、助けずにはいられない優しい人だから。
 俺は警察なんてほんとは向いてねぇんだよ。
 カレーパンを頬張りながら仕事の愚痴をこぼして、決まって最後にはそう言うけれど、この人以上に正義感が強い、警察にピッタリな人を私は知らない。少なくとも、自分を正義と疑わない父や弟よりずっとすてきだ。

 
































 「侑里」

 ふいに声をかけられる。
 松田さんは解体をしていた手を止めて、私の隣に座った。

 「解体終了したぞ。盗聴器もついでにばらした」

 「あ、お疲れ様です」

 「…めちゃくちゃのんきだな。死んでたかもしれねぇのに」

 「松田さんいれば死なないってわかっていたので」

 松田さんも萩原さんも、警察学校時代に機動隊の爆発物処理班にスカウトされたらしい。それだけ優秀なら、心配する方が失礼だ。あとぶっちゃけ当事者意識がびっくりするくらいなかった。だって、弟たちから逃げていたら爆弾とランデブーだもん。自分で解体したとかならまだやべぇ、爆弾だ、くらいの当事者意識は持てたかもしれないけれど、松田さんが解体していくのを眺めていただけだし。
 そんなことを考えて返答すれば、松田さんは目を瞬かせた後またぐしゃぐしゃと私の頭を撫でた。なんだ、マイブームなのか。

 「おまえ、人たらしとか言われねぇ?」

 「根暗の陰キャに何を言っているんですか」

 ついでに卑屈さと奴隷根性もセットです。どんなハッピーセットだよ嬉しくない。








 「侑里が居なきゃ死んでたかもな」



 ぽつり
 もらされた言葉に、え、と聞き返す。



 「それくらいの覚悟はしていつも仕事してる」


 今更、背筋を冷たいものが走る。ジャケットの下の二の腕は鳥肌が立った。

 「でも、侑里がいたら死なせるわけにはいかねぇだろ」

 笑った松田さんは、何も話せないでいる私をしばらく見つめてから自分のスマホを見た。何か連絡が来たのだろう。画面を確認して、指を画面にすいすい滑らせて(クラスのギャル顔負けの速さだった)お手柄だ、と言った。



 「お前の予想通り、米花中央病院で爆弾が見つかった。解体も終えたってよ」



 いつの間に、とかこんなどこにでもいる人間の言葉信じたの、とか言いたいことは色々あったけれど



 「ありがとう。侑里が、俺と、そのほか大勢を救った」



 ただ、真っすぐに向けられる感謝を、前よりは受け取るのが上手になったと信じたい。



























 「なぁ、今日侑里ショッピングモール居たろ。杯戸町の」



 事情調査はまた今度でいい、と言ってくれた松田さんの言葉を突っぱねて事情聴取を終えて帰宅したのはとっくに22時をまわっていた。疲労感と形容しがたい高揚感を携えてリビングの扉を開けば、そこには弟がなぜか怒った表情で待っていた。

 「うん、居たよ。それがどうしたの」

 「蘭と俺も行ってたんだよ」

 「デート楽しかった?」

 「デ、デートなんかじゃねぇよ!」


 途端に顔を赤らめるあたりはまだうぶだよね。可愛いとかこれっぽっちも思わないけれど。


 「声かけたのに気づかねぇから」

 「あー、イヤホンして歩いてたんだよね」

 「…あっそ」


 大層不服そうな表情を隠すこともしない弟に、さっきまでとは異なる疲労感が出てくる。
 父親似とも、母親似とも言える顔立ちは客観的に見て整っている。私とは、全然似ていない顔。その顔は感情を素直に表しても、許される。私のような仮面は、彼には一切必要ないんだろう。

 
 「あと、爆弾騒ぎがあったらしいけど侑里は巻き込まれてねぇか?」


 言葉だけ聞けば、家族を心配するものだけれども、じゅくじゅくした好奇心が見え隠れする。それに気づかないほど馬鹿じゃない。というか、私はそういう類に敏感な方だ。
 弟は、私が心配なわけじゃなく事件が気になるだけ。野次馬根性ばかりたくましい。


 松田さんは。
 目を閉じ、彼の綺麗な指と頭を撫でてくれた感触を思い出す。
 事情聴取を終えた私に、一人の刑事さんがココアを渡してくれた。だいぶぬるくなったそれに首を傾げた。

 「これを松田刑事が君に、と」

 意味が分からなくて再度首を傾げれば

 「疲れているだろうから、すぐに帰って休みなさいと言っていました。それと、もしこれから不眠などの症状が出たらすぐに相談しなさいと」

 
 事件の関係者は、多かれ少なかれ心理的なダメージを負う。それが身体的な症状として現れることがある。君のことをとにかく心配していたよ。
 そう続けた目の前の刑事さんは、優しい表情を浮かべていた。

 「事件の詳細も、あの子は巻き込まれただけの民間人だから不要なことは聞くなって。今日事情聴取をやること自体、良く思っていなかった。君を家まで送りたかったみたいだけど、彼が解体や別の爆弾が仕掛けられた場所を伝えてくれたからね。これから3日間は報告書の山に埋もれることになりそうだ」

 仕事は優秀だけど、あいつ事務仕事嫌いだからな。
 笑って、代わりに僕が送ります、と車に乗せられた。


 心がじんわりと溶かされていく。それに気づかないふりをして、すっかりぬるくなったココアを飲んだ。




 松田さんは、警察と民間人に明確に線を引く。
 そして、徹底的なまでに民間人を『守る側』に置く。今日の彼の言葉がそれを物語っている。民間人である私が居なければ死んでいた、と。彼にとって、民間人は事件に巻き込んではいけない対象だ。

 その境界線をずかずか超えようとするこの弟はなんなのだろう。
 私が巻き込まれていたとして、何を聞きたいのだろう。私は、彼の好奇心を満たすためのおもちゃではない。


 すぅ、と深く息をする。
 ひきつる唇の端には気づかないふりをして、首を傾げた。

 「そんなことあったの?知らなかった」

 嘘も、心を押し殺すことも、お前よりずっとずっと得意なんだよ。

工藤家長女はまた爆弾に遭遇する。
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以下、読了後推奨。

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観覧車からようやく地上に降りたあいつは、ひどく穏やかで、だというのになぜだか壊れそうな危うい笑みを浮かべて俺の名前を呼んだ。

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2195192342169
2022年6月26日 13:21
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