2021年5月30日、双葉町上羽鳥。この仮置場の入口には、「最大積上げ高さ 可燃物約2m 不燃物約5m」と書かれている。全ては原発事故の被害だ。 #なかったことにさせない
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再掲。2020年6月6日、双葉町新山。このクリーニング店の写真をSNSに掲載した新聞記者を、あるアカウントが口汚く罵った。しかし今、この光景は絵となって双葉駅脇のステーションプラザふたばに展示されている。震災後の光景であっても、記憶と記録に残して欲しい町民がいる。 #なかったことにさせない
2022年5月1日、双葉町細谷。中間貯蔵施設エリア。除染も解体もされずにただ朽ち果てていく家屋。決して東電や国には土地を明け渡さない、そんな町民もいる。 #なかったことにさせない
2022年5月1日、双葉町細谷。中間貯蔵施設エリア。避難指示解除された場所からはだいぶフレコンバッグは減ったものの、帰還困難区域や中間貯蔵施設エリアなどのあまり人目につかない場所にはまだまだ黒い袋が溢れている。全ては大切な財産だった。 #なかったことにさせない
2022年5月1日、浪江町権現堂。震災後11年間この土地を見守ってきた大楓が、今年5月に伐採された。愚かな人間の姿を、どんなふうに見ていたのだろう。樹齢約100年の楓は、彫刻とデッサンと映像作品と僕のイラストへと姿を変え、永遠の命を手に入れた。 #なかったことにさせない
2021年10月24日、双葉町長塚。これは、震災直後ではなく、震災から10年半経った水産工場の姿。ひとたび原発事故が起きれば、仕事も暮らしも奪われてしまう。 #なかったことにさせない
2021年10月24日、双葉駅前にて。「東京2020オリンピック聖火リレー記念碑」。浪江町では聖火リレースタート地点となった浪江小学校は既に解体されたというのに、双葉ではこんな記念碑が建っている。強烈な違和感に思わず声を出して笑った。 #なかったことにさせない
2021年10月24日、双葉町新山。原発事故から10年半を経て、植物に覆われる家屋。放射能で汚染された町を癒すかのような自然に対して、畏怖を感じる。ルンバのような芝刈り機をイノベーションと称して有り難がる人間の愚かさよ。 #なかったことにさせない
2022年6月5日、大熊町下野上大野。大野銀座と呼ばれた商店街も、11年以上放置された末に今は影も形もない。全ては原発事故が奪った。 #なかったことにさせない
2022年6月5日、大熊町下野上大野。家屋が解体され更地となった場所に墓標のように立つ立札と、これから解体されるのを待つ家屋。11年遅れて大野駅前にやってきた解体の津波。 #なかったことにさせない
2022年5月1日、双葉町長塚。解体途中の正福寺。併設されていたまどか保育園とともに、5月に姿を消した。創立1831年。原発事故は歴史をも破壊する。 #なかったことにさせない
2022年6月5日、大熊町下野上大野。自然が、放射能で汚染された家々を癒すように呑み込んでいく。しかしここも除染と再開発のため消されていく。ここだけ綺麗にしても、すぐ北にある小山からいくらでも放射性物質が降り注ぐのに。 #なかったことにさせない
2022年6月5日、大熊町熊新町。震災から11年と3ヶ月、当時のままのファミリーマート。人間と動物に荒らされて中は荒れたまま。原発事故さえなければ、ここまで放置されることはなかった。全ては「放射性廃棄物」として処分される。 #なかったことにさせない
返信先: さん
2022年1月22日、大熊町下野上大野。原発事故によって震災後約11年放置。いずれ解体され除染され更地になり、再開発され、震災前の面影は消える。そこに東電の天下り企業が金儲けにやってくる。事故さえもムラにとっては美味しい。くそくらえ。 #なかったことにさせない
2021年5月29日、大熊町熊旭台。住宅街は次々と解体され、あちこちに更地ができ雑草が生える。原発事故で失われた土地を、国も東電も買い取らない。曰く「汚染されているから」。事故を起こした当事者がどの面下げて言えるのか。 #なかったことにさせない
2021年5月29日、大熊町下野上大野。震災後、柴犬通りと呼ばれた大野銀座。かつてここにはたくさんの置いていかれた柴犬が彷徨っていた。2022年10月の今、ここに写っている建物はほぼ全て解体された。 #なかったことにさせない
2022年1月23日、大熊町熊新町。原発事故から11年近く放置されたファミリーマート。レジは全開で、中は空っぽで何もない。震災後に散々喧伝された「日本スゲー」は幻想に過ぎない。 #なかったことにさせない
2022年1月23日、大熊町小入野西大和久。店舗も家屋も解体され木が伐採され除染のために土がひっくり返され更地となった大地と、発電することのない1Fと首都とを繋ぐ無機質な鉄塔。これは果たして「復興」なのか。 #なかったことにさせない
2022年1月23日、大熊町熊新町。双葉病院は今も帰還困難区域の中にある。避難の過程で45人が死亡した。ゲートに立つ警備員に声をかけて聞いてみるが、そのことは知らなかった。ちなみに福島市から通っているという。 #なかったことにさせない
2022年1月23日、大熊町熊新町。あぶくま信用金庫。震災当時のまま約11年が過ぎた。色褪せたアンパンマンのポスターが切ない。ここで働いていた人も、原発事故によって皆が散りじりになった。 #なかったことにさせない
2022年5月1日、双葉町細谷熊ノ沢。帰還困難区域。事故を起こした企業の当事者が避難者差別を煽りながら「少しずつ復興が進む」と喧伝する原発事故被災地だが、除染もされず、ここはずっと置き去りのまま。これの何が「復興」なのか。 #なかったことにさせない
2021年5月30日、双葉町長塚西宮下。原発事故により突然奪われた暮らしは、震災後一度も戻ることなく、全ては解体された。世間ではこれを「復興」と呼ぶ。 #なかったことにさせない
2022年1月23日、大熊町熊新町。自然に呑み込まれてゆく家屋。偉大な自然の前では、人間なんてちっぽけで無力なもの。 #なかったことにさせない
2022年4月30日、大熊町下野上清水。池田牧場。数十億円かけたハコものばかりが「復興」の象徴として紹介されるが、震災後11年以上、殺処分命令に従わず牛を育てた酪農家のことを忘れていないか。 #なかったことにさせない
2022年10月16日、富岡町本岡新夜ノ森。原発事故から11年7ヶ月放置されたファッションセンターしまむら。原子力緊急事態宣言は今も発令中。一部で「復興」が進むも、根本的な問題は何も解決されていない。 #なかったことにさせない
2022年10月15日、双葉町長塚寺内迫。ここは数百メートルに渡って1.5〜2.5μSv/hほどの高線量地帯。奥に見える山沿いに遊歩道(農道?)があり、1年前にそこを歩いたこともあるが、そちらはさらに高い。ここも8月30日に避難指示解除された。 #なかったことにさせない
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2022年10月16日、富岡町小良ケ浜市の沢。双葉で牛飼いをしていた人から聞いて訪れた双葉畜産組合跡地。更地になった大地にセイタカアワダチソウが生え、昼の12時半から秋の虫の声が鳴り響く。夜ノ森は静寂に包まれている。 #なかったことにさせない
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2022年10月15日、双葉町長塚観音堂。1年ぶりに訪れた漬物工場は、内部が片付けられつつあり、強烈な異臭も控えめになっていた。ここもまもなく解体され姿を消す。空間線量は1.5〜3.0μSv/h。作業員の被曝はどれほどか。 #なかったことにさせない
2022年10月16日、富岡町大菅川田。東京電力川田寮。東電社員寮にしては珍しく植物に呑み込まれるかのような様相を見せている。「放射能安全」というのであれば、東電上層部はここで暮らしてみてはどうだろう。 #なかったことにさせない