無垢の少女と純粋な青年   作:ポコ

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 あけましておめでとうございます(激遅
 本編は、ほぼ1年ぶりですね!(白目
 遅れて本当に申し訳ありません。


13話 真実

 日が真上に上り切るかどうかという、正午前の時間帯。

 バチカルの街中をヤナギとアリエッタの二人は、買い出しの為に手を繋ぎ歩いていた。

 文句なしに美少女と言える二人だったが、傍には護衛のライを連れており、いくら使役魔獣の証である首輪を付けていると言ってもライが強力な魔獣という事は変わりなく。下心を持った輩が二人に近付く事は無かった。

 

「ヤナギ。次は何処に行くの?」

「うーん。服は屋敷に届けるようにお願いしたし、頼まれてた屋敷の備品も注文したし。そろそろお昼御飯に何か食べようか」

「うん!」

 

 二人は珍しくもメイド服では無く、ヤナギは空色のワンピースに紺色のカーディガン。アリエッタは桃色のミニスカートにニーソックス。卵色と若草色のチェック柄のセーターという私服で過ごしていた。

 と言うのも、買い出しとは名ばかりの休息日だからである。日々の修行やメイド業に追われて忙しいアリエッタを見かねたヤナギとシュザンヌが、買い出しと言う名目で半強制的にアリエッタを連れ出したのだ。

 尚、アリエッタはメイド服と最初に着ていた導師守護役の制服以外は自分の服は一着も持っておらず。就寝時に着る寝間着も今着ている私服も、全てヤナギのお下がり。今日の外出には、アリエッタの私物を買うと言う目的もあった。

 

 アリエッタは後ろ髪を引かれながらも今日の買い出しを楽しみにしていたが、それが面白くないのはルークだ。

 自分は屋敷から出る事が出来ないのに、アリエッタはヤナギの同伴が絶対条件とは言え外出出来るという事も面白く無かったが、一番の理由は単純にアリエッタと二人で遊びに行けるヤナギが羨ましかったからだった。ルーク本人は後者の理由に関しては無自覚だったが、アリエッタ以外にはルークの不機嫌の理由はバレバレだった。尤も、アリエッタではなくヤナギを羨ましげにジト目で見ていては分からない方が可笑しいというものだが。

 そんな不満たらたらのルークだったが、出かける際に笑顔のアリエッタにお土産を買って来ると言われると、先程までの不機嫌があっという間に引っ込み、照れくさそうに頬を掻きながら、気を付けろとアリエッタを送り出した。護衛のライに何度も絶対にアリエッタを護るように念を押しながら。

 自分も同行すると言うのに完全にアリエッタの事しか頭に無く、一切心配されなかったヤナギは流石に口元を引きつらせていたが、お前も護ってやるとばかりにヤナギに向かって吼えたライを見て、溜息を一つ吐くと気分を落ち着かせると、アリエッタの手を引きファブレ邸を後にした。

 

「アリエッタちゃん。何か食べたいものはある?」

「アリエッタは別に無い、けど……」

 

 何か言いたげに言葉を切ると、チラリとライを一瞥するアリエッタ。

 それを見たヤナギはすぐにアリエッタは何を言いたいのかを把握し、彼女の頭を撫でながらライも一緒に食事が出来る屋台に行こうと笑いかけた。

 

「良いの?」

「うん。下の方に降りたら、色々な屋台があるから一緒に見て回ろっか。串焼きとかならライ君も食べれるだろうし、私達はクレープとかにする?」

「……クレープ?」

「……えっ。もしかしてアリエッタちゃん、クレープを食べた事無いの?」

「え、えっと…………クレープって、何?」

 

 クレープと言う聞いた事が無い食べ物に、首を傾げるアリエッタ。

 ダアトに居た頃は身体の弱いイオンに合わせた、野菜や粥がメインの消化の良い食事

を主食にしており、ファブレ家の使用人としての生活が始まってからは、他の使用人と共に規則正しい生活、決められた時間、決まったメニューの食生活をしており。

 これまでのアリエッタの生活では、クレープのような間食を知る機会が全く無かったのだ。

 

 クレープどころか、間食という文化そのものを知らないという内容を申し訳無さそうに告げるアリエッタに対し、ヤナギは一瞬で決壊しそうになった涙腺を気合で押し込めると、笑顔で彼女の手を引き屋台村へと歩き出した。

 

「じゃあ、今日はアリエッタちゃんの間食記念日だね! 色んな屋台があるから、沢山見て回ろう!」

「う、うん……」

 

 急に上がったヤナギのテンションに少し気後れしながらも、しっかりと握られた手を見たアリエッタは、小走りでヤナギの後を付いて行く。

 そんな大切な友人の姿を見て、ライはどこか楽しげに喉を鳴らした。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「クレープも他の屋台も、美味しかったね!」

「うん、すっごく美味しかった!」

「ウォフッ!」

 

 食事を終え、満足げに歩く二人と一匹。

 目当てだったクレープと焼き鳥は勿論、アイスクリームやたこ焼きと言った定番の屋台も数多く揃っており、最初は立ち並ぶ屋台に目を奪われ戸惑っていたアリエッタも、屋台を回っているうちに場の雰囲気に充てられたのか、ヤナギに普段はあまり出さないような大声であれは何、こっちから良い匂いがすると最初とは逆にヤナギを引っ張りまわした。

 普段見ないアリエッタの様子に面食らったヤナギだったが、普段からどこか遠慮がちだった義妹の楽しそうな様子に目を細め、彼女の屋台巡りに意気揚揚と付き合った。

 

 その結果、少々食べ過ぎたヤナギは後日後悔する事になるのだったが、ここでは関係の無い話なので割愛する。尚、同量を食べていたアリエッタは身に付きにくい体質だと聞かされたヤナギは、初めて義妹に怒りを感じたのもまた、別の話である。

 

「もうお腹いっぱいだし、屋敷の買い物もアリエッタちゃんの服も全部買ったし。そろそろ帰ろっか?」

「……えっと、あの……」

「ん?」

「その…………アリエッタ、買いたいモノがあるんだけど、何を買えば良いのか分からないから……えと、ヤナギにも考えて欲しくて……」

 

 そろそろ屋敷に帰ろうかを提案したヤナギだったが、それまでのご機嫌な様子から一転して恥ずかしそうに何かを頼もうとするアリエッタの様子に足を止めると、アリエッタが言いたい事を全部言い終わるまで急かさずに待つことにした。

 ヤナギの無言の気遣いが伝わったのか、アリエッタは一度大きく息を吐くと、ヤナギへの頼み事を言い切る。

 

「…………ルークにお土産を買いたい、んだけど。その、何をあげたら良いか分からなくて…………ヤナギなら、何をあげたらルークが嬉しいか、分かるかなって、思って……」

「あ、ルーク様にお土産を買うんだ。お土産ならさっきの屋台で売ってたお饅頭とかじゃダメなの?」

「…………ダメ」

 

 ルークへの土産を買いたいと言うアリエッタに感心するヤナギ。買い物の土産なら簡単な食べ物で充分じゃないかと提案するが、アリエッタは少し迷う素振りを見せるも、何か譲れない事でもあるのか、それでは駄目だと首を横に振る。

 

「アリエッタは、ルークに助けられてばかり、だから。アリエッタも、ルークに何かお返しがしたいの。食べ物だと、すぐに無くなっちゃうから……」

「アリエッタちゃん……」

「だから、ルークの役に立つ、喜ぶモノを上げたいの。ヤナギは何か知ってる……?」

「ルーク様の役に立つ物かぁ……うーん」

 

 アリエッタの、ルークに対する感謝の思い。

 それを形にしたいという願いに、アリエッタは迷わず協力する事を選んだが、剣術以外にこれと言った趣味が無いルークへのプレゼントとなると、中々に難しい案件だった。

 

「本とかは……ルーク様は勉強以外では字なんか見たくない人だから駄目だね」

「服は?」

「ルーク様と旦那様、奥様の服は、全部専属の職人さんがオーダーメイドで作ってるから……」

「……えっと、ハンカチ、とか……」

「ルーク様が使ってるとこ、見た事ある?」

「……無い」

「「うーん……」」

 

 食べ物以外にこれと言ったものが思い浮かばず、揃って首を捻る二人。

 取りあえずは、店を見て回りながら考えようという結論に達すると、上層の商店街へ向かう事にした。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「あ、このスカーフとかどうかな?」

「んー……ルークは首元とかお腹とか出してるし、着けないと思う」

「(アリエッタちゃんがあげたら、着けそうだけどなぁ……)」

「ヤナギ?」

「な、何でもないからっ!

 うーん。やっぱり、ルーク様の好きな剣術で役に立つ物が一番かな? けど、木刀の良し悪しなんか分からないし、そもそも好きな女の子から貰う初めてのプレゼントが武器って言うのも……」

「好き?」

「る、ルーク様の好きな剣術関係のプレゼントが良いかなって!」

「……? 変なヤナギ」

 

 ヤナギが度々ルークの気持ちをバラしてしまうような危うい発言を呟きながらも、ルークへのプレゼントを悩む二人。

 そんな時――――。

 

 

 ドンッ

 

「っと」

「あっ。ご、ごめんなさい」

「いや、こっちも不注意だったから」

 

 考えに没頭しすぎていたヤナギは、前から歩いてきていた人物と肩がぶつかってしまう。

 慌てて謝るアリエッタに、ぶつかった少年から青年になりつつある年頃であろう男性は、気にしていないと苦笑しながら手を軽く振った。

 

 互いに謝り歩き出そうとする両者だったが、その足がすぐに踏み出される事は無かった。

 アリエッタとヤナギのすぐ後ろを警戒しながら歩いていたライが、男性に鼻を近づけ、スンスンと匂いを嗅ぎ始めたからだ。

 

「ライ。どうしたの?」

「えっと、このライガは君の……?」

「う、うん。ライはアリエッタのともだ……じゅ、従魔だから」

 

 友達と言いかけたのを、慌てて従魔と言い直すアリエッタ。魔獣と友達と言って白い目で見られては、ファブレ家の評判悪化にも繋がるかもしれないという考えからの訂正だったが、男性は特に気にする様子も無く話を続けた。

 

「ふぅん。こんな強そうなライガを従属させるなんて、君は凄い魔獣使いなんだね」

「え、えっと……」

「ご、ごめんなさい! 門限が近いから早く買い物を済ませないといけないので……」

 

 返答に詰まるアリエッタを見かねたヤナギが助け舟を出すと、アリエッタは無言で何度も首を縦に振り同意する。

 あからさまにこの場から早く離れたいという態度を見せるアリエッタに男性は何とも言えない表情になるが、その流れに乗り別れを告げた。

 

「あー……買い物を邪魔して悪かったね。前には気を付けなよ?」

「ありがとうございます。じゃあアリエッタちゃん、行こうか」

「う、うん……」

 

 そう言葉を交わすと、やや早歩きでその場から離れる二人と一匹。

 青年はすぐには立ち去らず、その後ろ姿を――――正確にはアリエッタの背中を、姿が見えなくなるまで見つめ続けていた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「あー、ビックリした。ちゃんと前を見て歩かないと駄目だね」

「うん……」

「……? アリエッタちゃん、どうかした?」

「……ううん。何でもない」

 

 先程ぶつかった男性にライが興味を持っていた事が少し気になったアリエッタだったが、首を横に振るとルークへのプレゼント探しに戻る。

 

「けど、本当にどうしようか。剣術に役立ちそうな物で、武器以外って言うと……訓練器具? ……武器よりも駄目かな」

「うーん…………あっ」

 

 中々男臭い発想から離れられないヤナギを余所に、キョロキョロと周りを見回すアリエッタだったが、ふと視界に入った小物屋が目に入ると、そちらへと駆けて行く。

 

「アリエッタちゃん? 何か良い物があったの?」

「うん。これ、どうかな?」

「これって、髪紐?」

「うん」

 

 アリエッタが見つけた物は、鮮やかな黄金色をした2~30cm程の長さの髪を結うための髪紐だった。

 

「ルークは髪が長いから、速く動いたら邪魔そうかなって思って……。だから、結んだら動きやすくなるかもって、思ったんだけど……」

「へぇー。うん、良いと思う! これならルーク様もきっと喜ぶよ!」

「ほんと?」

「うん。絶対喜ぶよ!」

 

 ようやく納得のいくプレゼントを見つける事が出来た二人は、ルークの喜ぶ笑顔を思い浮かべると、顔を見合わせて笑いだし、退屈で欠伸をするライを促し、屋敷への帰路を急いだ。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「「ただいま帰りました」」

 

 日が落ちかける夕暮れ時。

 門番に挨拶をしながら門を抜け、玄関ホールに入ると帰ってきた事を報告する二人だったが、その声に応える者は誰も居らず。二人が上げた声が広いホールに響くだけだった。

 

「あれ? 何でホールに誰もいないんだろう」

「分かんない……」

 

 いつもと違う雰囲気の屋敷に戸惑いながらも、取り敢えずはメイド服に着替えようと、自分たちの部屋へと向かう二人。

 そして貴賓室の前を通ろうとした時、バンッと音を立てて扉が内側から開かれ、二人は思わず足を止める。

 そして、壊れんばかりの勢いで扉を開けて飛び出してきたのは誰かと思い目を向けた先に居たのは――――。

 

「ルーク様!? ど、どうされたんですか!?」

「……ルーク、様?」

「――――ひっ」

 

 まるでこの世の終わりかのように憔悴したルークだった。

 今にも倒れそうな程に青白い顔色のルークは、ヤナギが視界に入っても何の反応も示さなかったが、アリエッタと目が合った瞬間、怯えたような声を出し、必死とも言える形相で何処かへと走り去った。

 

「ルーク様!?」

「……えっ」

 

 思いもよらないルークの反応に、困惑する二人。

 特にアリエッタは、明らかに自分を見て怯えたルークの反応を受け入れられず、呆然と立ち尽くしていた。

 

「二人とも、帰って来たのですね」

 

 事態を全く把握できない二人に声を掛けたのは、ルークが飛び出してきた来賓室に共にいたであろうシュザンヌだった。その後ろにはクリムゾンの姿もあったが、二人とも何かを耐えるような表情をしており、ただ事ではない雰囲気を醸し出していた。

 

「奥様! 旦那様! い、一体何が!? ルーク様はどうし――――」

「ヤナギ。聞きたい事があるのは分かります。ですが、今は何も言わずに席を外して下さい」

「……アリエッタは残ってくれ。言わねばならない事がある」

「な……っ!」

 

 明らかに普通ではなかったルークについて聞こうと口を開いたヤナギだったが、シュザンヌの何も言わないで欲しいと言う言葉に口を噤み、続くクリムゾンのアリエッタだけ残って欲しいという言葉に絶句した。

 それはルークの姉代わりのヤナギからすれば、到底納得出来るものではなく。たとえ不敬になったとしてでも事情を説明して貰おうと息巻くヤナギだったが、シュザンヌの眼を見た瞬間、息が詰まった。

 

 ――――その眼に見える、確固とした覚悟を見て、何も言えなくなってしまった。

 

 自分では立ち入れない何かがあると思い知らされ、悔しそうに唇を噛むヤナギだったが、目を瞑り大きく一つ息を吐き、未だに呆然と立ち尽くすアリエッタを一瞥すると、悲しそうに一礼をし、来賓室の外へと去って行った。

 

「…………アリエッタ」

「……お、奥様! る、ルークが、ルークが、アリエッタの事!」

「――――落ち着きなさい!」

「っ!」

 

 ヤナギがこの場から去った事を確認したシュザンヌは、アリエッタに声をかける。

 ルークに拒絶されたと思い込んだアリエッタは軽い錯乱状態だったが、シュザンヌが一喝すると一先ずは話を聞ける程度の精神状態に落ち着く。

 尤も、これは一時的なものであり。アリエッタを完全に落ち着かせる事が出来るのはルークだけなのだが……。

 

「入りなさい。ルークについて大事な話があります」

「…………」

 

 ルークについて大事な話があると言われ、シュザンヌに促されるままに来賓室へと入るアリエッタ。

 室内にはシュザンヌ、クリムゾン、アリエッタの三人しか居らず、就寝時以外は常時数人が傍に控えている筈の執事やメイドの姿は、一切見当たらなかった。

 

「使用人達には、数時間の間離れから出ないようにと指示を出しています。今、本邸には私達三人と……ルーク以外は誰もいませんよ」

「何で……」

「……私達以外には、何があっても知られてはならぬ話をするからだ」

「……何で?」

 

 自分達以外に誰も居ない理由を訊くアリエッタだったが、それに答えたクリムゾンの言葉に対し、再度疑問を口に出す。

 ヤナギでさえ聞いてはいけない話を、何故自分は聞いても良いのかという意味を込めて。

 

「……今から話す事は、ルークの出生に関する重大な話だ」

「ルークはその事実を、すぐには受け入れられませんでした。

 そして、アリエッタ。貴女にとっても、間違いなく辛い……受け入れ難い話になるでしょう……。

 ですが、貴女には。ルークが最も心を開いている貴女にだけは、聞いて欲しいのです」

「それを聞いて、どう判断するかはお前の自由だ。ただ、口外だけは絶対にするな」

 

 夫妻の懇願とも言える発言に、状況を理解できないながらも黙って頷くアリエッタ。

 それを確認すると、意を決したように、クリムゾンが口を開く。

 

「……回りくどい言い方というのは苦手でな。最初に真実を告げておく」

 

 ――――大丈夫。アリエッタは、ルークに何があっても、ルークと一緒にいるから。

 

 そう自分自身に告げるアリエッタ。

 

 だが、現実と言うものは、得てして想像の下をいくものであり。

 

 アリエッタが最も聞きたくない単語を、クリムゾンは口にする。

 

 

「――――レプリカ」

 

「………………え?」

 

 

 

 

「――――――――今のルークは、本物のルークのレプリカだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 その言葉をを聞いた瞬間。

 

 アリエッタの手から、ルークへのプレゼントが零れ落ちた。




 新年初投稿が、いきなり重い展開で終わってすいません。
 次の投稿は、来月頭か来月終わりになります。仕事が忙しくて、気力がががが……!

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