「寅にとって不幸な時代」日本社会が失ったもの 山田洋次監督が語る「男はつらいよ」の世界

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――寅さんに出会えて幸せだったと感じる観客は多いと思います。

寅さんの顔には、お坊さんの言葉でいうと「功徳」がある。あの顔は寅さんのキャラクターそのものなんだけど、何か、見ていて可笑しくなる。

単に面白い顔という意味ではなくて、見るだけで気持ちが楽になって、身体がリラックスする。それまで自分を苦しめていた桎梏が、ふっと消えていく。寅さんの顔には、そんな力があるんです。これはすごいことです。

――そういうキャラクターは現代にはいませんか。

いるとは思います。でも、残念ながら見つからない。

会社の経営者、組織のトップに立つ人はそういうことを気にする人が多いのではありませんか。会社で働く従業員が「この人なら安心できる」「支えていかなくちゃ」という人でなければならないわけだから。

トップに必要なのは業績を上げることだけではない。カミソリのように頭が切れる人はナンバー2にいればいいわけで、トップは「運と鈍」を持っていないと。運が良いことはもちろん、ちょっと鈍感で、抜けていて、自分の失敗を後悔してしまうような人間臭さを持っている人。そういう人がトップだといいですねえ。

「許容する力」が失われてきた

山田洋次(やまだ・ようじ)/1931年生まれ、大阪府出身。東京大学法学部卒。同年、助監督として松竹に入社。1961年『二階の他人』で監督デビュー。1969年、原作・脚本・監督を手掛けた『男はつらいよ』公開。以後、28年間にわたって続く国民的ヒット映画シリーズとなる。他の代表作として『家族』(1970年)、『幸福の黄色いハンカチ』(1977年)、『学校』(1993年)、『たそがれ清兵衛』(2002年)、『家族はつらいよ』(2016)など。2023年9月には、90本目の監督作『こんにちは、母さん』が全国公開予定 (撮影:尾形文繁)

――最近はコンプライアンス(法令遵守)が強調され、経営者も従業員も品行方正な人が増えている印象です。

コンプライアンスが叫ばれるようになりましたね。同時に、効率性がやたらと重視される時代になっていると感じます。

「効率」という言葉が経営の現場で使われるようになったのは、いつごろから?

――強く言われるようになったのはバブルが崩壊して、日本経済が苦しくなりだしてからだと思います。

効率という言葉には、どうも嫌なものを感じてしまう。効率的じゃないと言われると、あらゆるものを切り捨てなきゃいけなくなるような。寅は、役に立つのか立たないのかでいえば何の役にも立たない男です。効率という観点で言えば、もっとも非効率な人間ではないでしょうか。

でも、大事なことは、寅のような人間を含めて人間社会があるということ。「まったくしょうがねえなあ」と言いながら寅のような人間とも共存していくような許容する力が、社会や人間から失われてきている。そんな気がしてなりません。

――寅さんにとっては生きづらい世の中になったと。

生きづらいでしょうね。寅にとっては不幸な時代だと思う。 

山田洋次監督インタビュー第1回

山田洋次監督インタビュー第2回

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