【12話】 留置場は娑婆より愉快なユートピアだったときのレポ 【大麻取り締まられレポ】
夕食を食べ終わり、持参していた村上龍の「限りなく透明に近いブルー」を読む。ヘロインを打った村上龍が黒人女と騎乗位でセックスをしながら、黒人男にイラマチオをされ、黒人男に口内射精をされると黒人女にイカせてくれと叫んでいる。
僕は(この本は一体なんなのだろう…)と考えていると、担当の弁護士が来たらしく、面会室に向かった。弁護士はすでに面会室におり、当番弁護士から国選弁護人に移行する手続きとして必要な用紙を机に並べていた。
弁護士はそれらの用紙を見せながら、「無事に国選弁護人として就くことができましたので、あらためて不起訴を目指して一緒に頑張りましょう」などと言って僕を励ます。僕がやれることは黙秘だけとはいえ、やはり味方の存在は非常に心強いし、安心感を与えてくれる。
※ちなみに、国選弁護人選任の資力申告はちょろまかすことができます。
国選弁護人制度は、資産が50万円以下の人が依頼できる制度ですが、裁判所が得られる被疑者の資産情報は被疑者が自己申告した情報のみで、しかも裁判所はその情報の真偽を調査する専門の部署を持っていません。また、そもそも被疑者は身柄を拘束されているので、「自分の資産が50万円以下だと“勘違い”していた」と言い訳がきくのです。
弁護士は続けて、「ご両親には事件について説明済みです。ご両親は初めは非常に動転していましたけど、黙秘していれば不起訴になる可能性はあると伝えたら、とりあえず安心していました。それに、不起訴を狙うことを応援するとも言っていました」などと報告してくれた。
父親はともかく、母親は無駄に規範意識の強い人だったので、今回の事件において、正直に罪を償うことよりも、前科をつけないために罪を隠蔽した方がいいと考えてくれているのはかなり意外に思えた。
また、両親は警察署の近くまで来て、漫画を30冊くらい差し入れしてくれていた。僕は両親から受けた恩をありがたく思ったが、それよりも親の過保護的行為を気恥ずかしく感じてしまい、3分くらい静かに悶えていた。
弁護士は最後に「前に留置場から送られていた手紙の通りに、お父様からお勤めの会社に冤罪で勾留されている旨を連絡されたそうですよ。会社としてはとりあえず問題なさそうで、今は休職扱いになっているそうです」などとも報告してくれたので、僕は(仕事先の方は不起訴さえ獲れればなんとでもごまかせそうだ)と一安心できた。
――逮捕から5日目。朝食を食べ終わり、自分のロッカーの中を確認すると、昨日両親が差し入れしてくれた漫画が5冊入っていた。差し入れされた書籍は1日5冊までしか場内に持ち込めないルールなので、約30冊ある漫画は、6日に分けて、留置官によって僕のロッカーに入れられるシステムになっていた。
漫画は、偶然かねてから読みたいと思っていた「ゴールデンカムイ」の1~5巻であった。僕は活字しか娯楽のなかった状況も相まって、幼年の頃にゲームを買ってもらった時以来の昂揚感を覚えた。
僕は早速、ゴールデンカムイを手に取って居室に戻る。僕はうつ伏せで肘をついた状態でゴールデンカムイを読む。疲れたら横向きになって、それも疲れたら、仰向けに寝転がって足を組み、両手を上に上げた状態で読む。
ゴールデンカムイは食事のシーンの描写がリアルで、肉汁や湯気などがすこぶる美味そうに表現されているので、読んでいるだけで唾液が分泌されてくるし、猛烈に腹が減ってくる。
腹の減りすぎで頭が回らなくなり、一旦読むのをやめて横になっていると、留置官がやってきて「5番。今日から違う居室に移ってもらうから準備して」などと唐突に言われ、僕は漫画とチリ紙を持って鉄格子の前に立った。
移動となる居室は、不法滞在で捕まったがコロナのせいで入管が満員なために約6カ月間留置されている不憫なベトナム人青年のいる居室であった。僕はこのベトナム人とは、運動の時間に何度か話していたので、すぐに打ち解けることが出来た。
そうしてベトナム人のいる居室に入り、ベトナム人と身の上話などをしていると、昼食の時間になった。今日は自弁の日で、僕は前日に500円のカツ丼を注文しており、ゴールデンカムイのせいで猛烈に腹が減っていたので、非常に楽しみであった。
※留置生活の現金について(飛ばしていいやつ)
現金は警察が領置しており、自弁や日用品を購入すると領置されている金額から各購入代が引かれる仕組みです。また、逮捕時に持参していた現金か差し入れでもらった現金からのみ購入することができるので、予め現金を持参できる環境であれば持参するに越したことはないです。
カツ丼は、この留置場のある警察署の食堂で出ているものと同じようで、500円にしてはかなりクオリティーの高い弁当だった。かたやベトナム人は自弁を頼んでおらず、事情を聞くと現金がなく買えないそうなので、僕は同情してカツを食べるか聞いたが、ベトナム人は「大丈夫。貰うと怒られるから」と言って断っていた。
コッペパンを割り、中に小さいミートボールを砕いて入れて食べているベトナム人の隣で、僕はあったかいカツ丼を食べる。カツ丼は涙が出るほど美味かった。
昼食後はベトナム人と駄弁っていた。僕がベトナム人に「大麻吸ったことある?」と聞くと、「群馬のカラオケにベトナム人に大麻を吸わせてくれる店長がいたから、友達とよく大麻を吸いに行ってた」などと話していた。
しばらくして、互いに身の上話をするのに飽きてくると、今度は便せんとペンを使って一緒に五目並べを始める。留置場では文字を書くこと以外にペンを使用してはいけないという謎ルールがあったので、互いにコソコソしながら○×を書いていたが、ベトナム人が何度も想定外の手で僕を詰ませてくるので、僕は反射的に「うわー」などとデカい声を出してしまう。
そうして留置官に「文字を書く用途以外でペンを使うな」と叱られると、今度はベトナム人に日本の各風俗システムについて便せんを黒板代わりにして講義したり、猥語の漢字の書き方を教えてあげたりする。
ベトナム人に猥語を教えるのに飽きて、再びゴールデンカムイの続きを読んでいると夕食の時間になり、頼んでもいないのに勝手に飯が出てくる。食べ終わった食器は配膳口に置いておくと勝手に回収されている。
夕食後はベトナム人と便せんの紙を破いて紙相撲をする。紙相撲をしてはしゃいでいると、やはり留置官に見つかって「文字を書く用途以外で便せんを使うな」と叱られる。
程なくして、留置官から弁護士が来たと伝えられたので面会室に行くと、担当の弁護士ではない女の弁護士が座っていた。女弁護士は細い眼鏡をかけて皺のないスーツを着ており、生真面目さが窺える見てくれをしていた。事情を聞くと、女弁護士は父親が仕事関係で世話になっている弁護士で、父親に依頼されて来たそうだ。
女弁護士は「お父様は国選弁護人の方に少し不安があるということで、一応私とも面会してから担当の弁護人を決めてはどうかとおっしゃっておりました」などと言っていたので、僕も一応、これまでの経緯と不起訴を狙いたいという主張を述べてみると、女弁護士は「たしかに私も最初の弁護士の方と同じように、罪を認めて情状酌量を求めるのがご自身のためにいいと思います」などと私選にもかかわらず役立たずなことを言っていた。
僕はそもそも、被疑者段階では黙秘するだけでいいわけだし、弁護士費用がもったいないと考えていたので、「でしたら僕の主張と食い違っているので、国選の方にお願いしようと思います」などと言ってきっぱり断った。
その後、入れ違いで担当の弁護士がやってきた。言われてみれば、たしかにこの弁護士はどこか抜けているところもあるが、実際毎日のように面会に来てくれていることに救われているし、その熱心さによって完全黙秘をする精神性が補強されているのは間違いないので、僕には最適だと思った。
面会が終わると消灯時間を過ぎていたので、睡眠薬を貰い、用意されていた布団に入る。僕は気の合う友人と楽しい漫画、自動で出てくる飯と薬、働かなくていい環境を手に入れて、娑婆のくだらない日常よりも断然愉快な思いをしたことに至極満悦しながら就寝した。
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つづく
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この物語はフィクションです。また、あらゆる薬物犯罪の防止・軽減を目的としています( ΦωΦ )