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第一章
フランチェスカ 2

フランチェスカ王女は、庭を巡りながら私に温室の設計や、植物達をわかりやすく説明してくれた。


この薔薇園は、硝子の天井もそうだけど、気温や湿度の調節がきちんと出来るようになっているのが、すごい!

ここは薔薇ばかりだけど、陛下はもう一棟、異国の植物ばかり集めた区画もお造りになりたいらしい。

異国の植物か。…ちょっと楽しみだな。

自動で水やりが出来る設備は、カルディナの科学水準で、どうやっているんだろう?

魔法だろうか、と尋ねると、王女は魔法ではなく単にいくつかの歯車で水圧を変えて水をやっているのだと教えてくれた。

とても不思議!


「ヴァザ家の屋敷に温室はないの?」

「ありますけれど。父も母もあまり興味がないので、庭師達が定期的に見回っているだけです」


父上は花は出来る限り野にある方が好ましいと言って、あまり温室の花には心惹かれないみたいだし、虫が苦手な母上は、人の手が加えられた切花以外に興味がない。

私は虫も土もあまり気にならない子供なので、父上に近いかもしれないけれど、出来れば温室の中で、時間や天気を気にせずに花を育ててみたい。

王女のローズガーデンのような見事なものは無理でも、屋敷の温室にも少し手を加えられないかなぁ。

温室の隅にテーブルを置き、お茶を飲みながら陽光を浴びて読書が出来たら、どんなに楽しいだろうか。



庭を歩く彼女の楽しげな様子に、温室の話をするために私を呼んだのだろうか、と思いはじめた頃、王女は無造作に置かれた古びた木製ベンチの前で足を止め、ドレスの汚れも気にせず、腰かけた。

私を手招く。

私は薄い色のドレスだったので腰かけるのを一瞬、躊躇した。

私自身はさほど頓着しないが、母上お気に入りのドレスを汚して、彼女の不興を買うのも、侍女達が鼻に皺を寄せながら私のドレスを洗うのを想像するのもなにかと億劫だ。

私の様子に気付いた王女はハンカチを広げると、私が座れるようにしてくれる。


「すまないな。ここまでは修繕が行き届いていなかった」

「ありがとうございます、殿下」

「うん、どういたしまして」


王女は膝の上に頬杖をついて、私を見る。

水色の視線が、じぃっと私に固定されているので、私はなんだか決まりが悪い。


あの、と言いかけると王女はうん、と頷いて口を開いた。


「レミリアと私の瞳の色は同じだな」

「え?」

「亡くなった父上と、私の瞳は同じだと母上は言うけれど、レミリアと私の方が近い気がする……」

「そうでしょうか?」


私は首を傾げた。

私の瞳より、王女のほうが、透明な気がするけど。


「シンがそう言っていたから、間違いないんじゃないかな」

「それは……そうかも、しれません」


王女の事ならなんでも知っていそうなシンが言うのだ。自分が思うより、同じ色味なのかも。

けれど、それはそれで、ちょっぴり切ない話だ。

王女と私の瞳の色が同じだからと言って、私が王女になれる訳ではない。


「お話と、私の瞳の色は関係がありますの?」

話の意図が見えずに、私は首を傾げた。あまり迂遠な言い方を好まない王女にしては、なんだかもどかしい。

つい、レミリア特有の冷たい言い方になったけど……まあ、急に人が変わったかのようにフレンドリーになりすぎるのもなぁ。と思うので、まあいいか。

王女は苦笑した。

私に、というより、自分に呆れたという風だった。


「私達の類似点と、私がしたい話の共通点は……」

「はい」

「実は、ない」


ないんかい!


私は脳内で盛大にずっこける。なんなのー。

王女と二人きりでお話イベントなんて「レミリア」的にも「私」的にも、真逆の理由でめっちゃくちゃ緊張してたのに!


思わず半眼になった私に、王女はコホン、と咳ばらいをした。話を切り出すのは難しいなぁ、とぼやく。


「あんまり、関係が無いのはないんだが、……つまり、私はレミリアの瞳と私の瞳は同じ色だなぁ、と思っているんだ」

「はあ」

「だから、私はレミリアに、勝手な親近感を抱いているんだが」

「…はい」


そうなのか……!


私は内心で驚いた。

記憶をたどるけれど、王女は大抵一歩離れて私に接していたし、私を厄介な親戚筆頭くらいに思っているんじゃないかと……勝手に悪意にとっておりましたが……。


「だから、馬車の事故で、レミリアが怪我をしなくてよかった、と思っている、心から」

「ありがとうございます」

「だから、蒸し返すのはあんまり本意ではないんだけども……ああ、謝罪の事じゃないぞ、あれは、もういい」


私がますます困惑していると、王女は言葉を選ぶように私をみた。


「少し、聞きたい事があって……。レミリアは、あの日どこへ行こうとしていたんだ?」

「あの日、ですか?」


私は思い出しながら、口にした。


「祖父の屋敷から、戻るところでした」


母方の祖父、カミンスキ伯爵の屋敷へ赴き、帰るところだった。


「あの細い道を抜けてか?」

「祖父の屋敷への近道なのです」

「レミリア一人で訪問したのか?」


私は首をふる。

もちろん、私のような子供が一人で外に出るなどあってはならない。御者に、家庭教師のミス・アゼル。祖父が用意した護衛の者達も数人。


「従者はそうだろうが。その、レミリア一人でカミンスキ伯爵の屋敷へ?公爵や奥方は?」

「本当は母上と一緒に行く予定だったのです。けれど、母上は、都合が悪くて。けれど、祖父がどうしても私に会いたいと」


母上は、孔雀ドレスの仮縫いが終わらなかったんだよなぁ、と内心で思い浮かべていると、王女はうーん、と考え込んだ。


「馬車は公爵家のもの?それてもカミンスキ伯爵からのお出迎え?」

「……祖父からですわ。馬車も御者も全て揃えての誘いだったので、母がいなくても安心だろうと」


そう、と王女は頷いて、「変なことを聞いて悪かった」と立ち上がった。

私は目を瞬く。


「それだけですか?」

「うん、それだけなんだ。すまない。……実は、私も新しく馬を購入しようと思っているんだけれど、購入先が、カミンスキ伯爵と同じ商人なんだ。同じような……、癇癪を起こす馬を売られたら怖いなと思って」

「そう、なんですか」

王女はそれだけだよ、と笑って再び私の手を引いて立ち上がらせてくれた。ハンカチを畳んで、私のドレスの後ろをみる。


「大丈夫。どこも汚れていないから、安心して」

私は軽く吹き出してしまった。


「レミリア?どうかした?」

「……殿下、まるで騎士様みたい」


王女は少し気まずそうに唇を曲げた。


フランチェスカは背も高いし、顔つきも凛々しい。ドレスを脱いで礼服を来たら、素敵な王子様になりそう。


彼女がお腹の中にいた頃、ベアトリス陛下の顔つきやお腹のはりかた、はたまた占い全てが「王子」だと示して居たので、誰もが王子が誕生すると思っていたらしい。

そんな話を聞かされ続けて育ったせいか、王女はどこかしら中性的な雰囲気を纏っている。


「女性らしくしようとは、思ってはいるんだけど。なかなか上手くいかない……小さい頃は、王子になりたいと思っていたからかな……」


フランチェスカが王子でないことを、ベアトリス女王はともかく、家臣達が残念に思っているのは知っている。

どこか、苦い表情に私も曖昧に笑った。

フランチェスカがもし王子だったなら、新旧王家の緊張感は今よりもっと緩和されていただろう。

女王の結べる縁はひとつだけだが、王なら幾つもの家と婚姻で関係を深めることが出来る。


その場合、私はヘンリクではなく、フランチェスカの婚約者候補だっただろうな。


「殿下は、馬がお好きですか?」

私は話題を変えた。

「うん、好きだ。馬というより、乗馬が好きかな。風をきる感触が癖になる。母も得手だし、遺伝かもしれない」

「そういえば、シン様もお上手ですね」

先代国王も優れた乗り手だと聞いたことがある。


「シンは乗馬というより、なんだろう、一緒に走っているみたいと言うか……あれは反則だ。レミリアも乗馬が得意になったら教えて。一緒に遠乗りをしよう」

「……光栄です、殿下」


あたり障りなく話ながら、薔薇のアーチの下へ戻る。

シン達がお帰り、と笑顔で王女を迎え、傍らで、ヘンリクは口元を手の平で抑えて青くなっていた。


あ、ひょっとして飲んだのね、シンの紅茶。




残りの時間はサロンで、ヘンリクや他の従兄弟達と過ごした。


ヘンリクは王女の命令に逆らわず(外したら許さない、と笑顔で念を押されていた)薔薇の花をおめでたい感じで髪にさしていたが、意外にも周囲から褒められ(曰く、王女自ら花を賜るなんて素敵とか、カリシュ公爵の薔薇を貰えるなんて、だとか、お似合い過ぎです、とか)、終わりがけには、大変気を良くしていた。

帰りの廊下の姿見で、ニコニコしながら薔薇の位置をチェックする従兄弟をみて、私は婚約破棄への決意をより深めた。

あんたそれ、気に入ってるでしょう。


さすがはヘンリク。

切替はやきこと、疾風の如し……。





父上は、女性達のダンスの相手を散々陛下にさせられたらしい。馬車で私を迎えると、ぐったりと背をもたれかけていた。

一緒に乗り込んだ侍従のスタニスに、これから半年は十人以上人間が集まる場所には行かない、と断固たる決意を口にして、早速呆れられている。

普通、侍従は主人達と同じ馬車には乗らないものだが、スタニスは父上の護衛も兼ねているから特別だ。


「お若いのに何をおっしゃいますか、旦那様」

「体がきついのではない。親しくない人間に近寄りすぎると、心が摩耗するからね。いいか、スタニス。私の心は脆くも擦り切れてしまった。半年は回復しない!全く、酷い夜だった……!」


また、引きこもりみたいなことを言っているよ、この残念父上は。三十と、侍従長としては若いのにも関わらず白髪の多いスタニスが、思い切り渋面で額を抑え、また若は我が儘を!と苦悩している。

庭師のミハウは坊ちゃん、スタニスは若。

父上が我が儘なのは、それを許す人たちがいるからじゃないかなあ。と、若の娘は思うのですが。


「お父様、申し訳ありませんでしたわ。それに、あんなに沢山の夜明けを……ありがとう、ございました」


私が恐る恐る言うと、父上は口を尖らせて私の髪をぐちゃぐちゃと乱し、ちょっと笑った。


「レミリア」

「はい!」

「シンと仲直りはしたのかい」

「許して、くださいました」

私はこくりと首を縦にふった。

「ふーん。じゃあ、よかったね」

薔薇を気前よく全部切ったことは全く気にしていないみたい。本当によかった。


憧れの君との進展は何かあった?と揶揄され、全くです!と自棄になって元気よく答える。

進展があるどころか、殿下とシンの仲の良さを再確認しましたよ…。


「ユンカー様のご子息も、多分許してくださった…と、思いますし。本当に、ありがとうございました」

父上はニコニコと笑う。

「そう、それは、なおよかった。私もヤドヴィカも身を削った甲斐があったというものだ」

父上はともかく、母上…?

首を傾げた私の耳元に、父上は、とある植物の名を囁いた。


母上の!腹痛の原因の……!


ギョッと固まる私に、父上は、素人が薬を作るのも禁止だし、二度と、人に毒を飲ませるような真似をしたら駄目だよ?と言い渡す。


ば、ばれていた……!


冷や汗をかいてコクコクと頷けば、父上は楽しそうに小さな窓の外を流れる景色を眺めていた。


「まあ、ヤドヴィカの鉄の胃腸に勝つ野草がある事がわかったのが、今回一番の収穫かもね……」


ち、父上、人に毒をもったら駄目ですよ。

試そうかと考えたりなさっていませんか…?



「ねえ、スタニス」

「なんでしょう、お嬢さま」

気を取り直して、私は、有能な護衛兼侍従に聞いた。

「あの馬車の……逃げた馬は、どうなったの?」

スタニスは眉をしかめる。

「ご安心ください、お嬢様。二度とお嬢様にあのような馬は近づけません」


ええと、そうじゃなくて。


「責めているわけではなく、どうなったのかしら、と。崖に落ちて死んでしまったの?……もしそうなら、可哀相ね」


スタニスは、レミリアの口から出た慈悲深い台詞に、少し面食らっている。い、いつも傲慢でごめんなさいね。悔い改めますから、はい。


返答に困っているスタニスをちらりとみて、父上はアッサリと口にした。


「毒を盛られていたんだろうね。駆けて駆けて、……水場の側で溺れていたよ」

「旦那様!」

子供の耳に入れたくなかったのか、スタニスが、僅かに声に非難を滲ませた。私は父上を見つめた。

父上は、「事実を曲げたって仕方がない」とぞんざいな口調で言い放つ。


「我々、旧王族の敵は多いと言うことだね。レミリアもよく気をつけるんだよ」

「はい、父上。……馬が毒を盛られたのは、間違いないのですか?」

「それ以外に考えられない」

「そのことを、アゼルは知っていますよね…?」

歩く我が家の広報、ミス・アゼル。

「当然ね。私達家族のことについて彼女が知らないことは、何もないんじゃないかな?」

そ、それは凄く怖いんですが、父上…。


「まあ、気をつける事だ」


私は、はい、と殊勝に頷きながら、サロンでの王女の言葉を思い出した。


アゼルが知っているなら、もちろん王女も私の馬が暴走した原因が、馬の癇癪などではなく、毒だと知って居たはずだ。


なのに、なんであんな言い方をしたのかな。

王女は、一体何を私から聞きだしたかったんだろう?

私は考えこみながら、屋敷へと戻った。

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