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第一章
バッドエンドフラグを叩き折れ 5

カリシュ公爵の令嬢、レミリア・カロル・ヴァザは今は廃絶された前王家の直系である。


旧王家は、ベアトリス女王に従っているとはいえ、己達が没収された財産や地位、名誉というものにいまだに執着している。

ベアトリスから権力を奪いとる日を虎視眈々と機会をうかがっているのだ。

更にはベアトリスの支持層である新興貴族や教会に対抗出来るよう、彼等は血族同士や旧王家支持の貴族達との結束を固めている。


つまりは、結婚、だ。


私はサロンの面々を見渡し、内心で大きく溜息をついた。

やっぱり居たか、やっぱりなぁ。

私が、まさか、ユンカーの養子にエスコートされてサロンに入って来るとは思わなかったのか、サロンがちょっとザワめく。

私を目敏く見つけた少年は、その場所から動かずに私の名を呼んだ。


「レミリア!」

「…………」


聞こえないふりをしていたいな、と思ったけれども、そんな事は許されない。私は礼儀正しくヴィンセントに別れを告げて、声の主の側へよった。


金茶の髪に、茶の瞳。

人懐こい笑みを浮かべた二つ年上の従兄弟はカウチソファに身を沈めて、当然のように彼の隣を指し示した。

彼の側で談笑していた貴族の子弟達は慌てて私に席を譲る。


「ごきげんよう、ヘンリク。いらしてたのね」

「君が来るって聞いたから。ねぇ、どうしてあの異国人と一緒に来たの」


嘲りを含めた口調を、私は無視をした。本人に聞こえてないといいけどな、と部屋の奥へ向かうヴィンセントの横顔をみる。

彼は無表情だけれど、この距離だから、聞こえているだろうなぁ。

「王女殿下にご挨拶はした?」

ヘンリクに尋ねると、彼はカウチソファに沈んだまま、首をふった。


「君と一緒に行くのがいいだろうとおもってさ。それに、今は王女殿下の側にシンがいるだろ?邪魔したら可哀相だ」

周囲にも聞こえているだろうに、シンの悪口めいた事を言うヘンリクに私はうんざりした。

しかも呼び捨て。

シンに様をつけろよ、と言おうかと思ったが、私は黙っていた。


従兄弟のヘンリクは、父上の姉君の息子だ。旧王家の血をひくひとりで、レミリアと最も年が近い。

だから、自然と顔を会わすことも多いし、多分親しいうちだろう。


「座らないの?」


彼は甘い顔の少したれ気味の瞳をゆるめ、ニコリと笑みを浮かべた。


「先に、王女殿下にご挨拶に行こうかしら」

「じゃあ、僕も行こうかな」

「……シン様に会いたくないんでしょう?」

「君が行くなら、僕も行かなくちゃ」


私は舌打ちしたい思いで、背の高い従兄弟の秀麗な面を睨んだ。

彼は面白そうに笑う。


「だって僕たち、婚約者だろ?」

彼はさすがに声をひそめて、けれど楽しげに言った。

「決まってないわ、そんなこと!」

小声で、やや憤慨して言うと、ヘンリクは面白そうに笑う。

「決まったようなもんじゃない。他に誰が君と釣り合うのさ、お姫様」


皮肉な口調に苛々する。


「やめて、その言い方」

「世が世なら……イテッ」

母上の口癖を真似たヘンリクの足を、私は踵で思い切り踏む。

「……悪かったよ、レミリア。照れないでよ」

へらへらと笑う馬鹿の横っ面を平手で殴ってやりたいなぁ、と思いながら私は足を進めた。


そう、全く本意でないことに、私とこのヘンリクは婚約者なのである。

といっても、この時点ではあくまで母上とヨアンナ叔母上の口約束だから、正式なものではない。


(正式なものではないけど……)


残念ながら、私は、知ってしまっている。レミリア嬢は14の誕生日にヘンリクと婚約して、18で嫁ぐ。

確か、ゲームの中盤だったかな。


幸せな結婚だったかって?


……もしそうなら、レミリアはさっさと、初恋の君、シンへの恋心など忘れ去っていただろう。

蝶よ花よ、と甘やかされて育ったヘンリクはとにかく始末が悪い。

教養も勉学も人並み以上に出来たようではあるが、飽きやすく、無責任で、何ひとつ物にはならない。

更には酷く残酷で嫉妬深い。かつ選民思想の塊のような青年だ。

自分は飽きやすいくせに、シンや他の候補者達が努力で何かを為すと途端に不機嫌になって足を引っ張ろうとする。


「そういえば、どうして異国人と一緒に来たの?」

私は訂正した。

「ヴィンセント・ユンカー様よ」

ヘンリクはつまらなそうに肩を竦めた。直す気ないな?

ユンカー卿の前では卿が怖くて、ぜっったいに彼の養子であるヴィンセントの事を異国人なんて呼べないくせに。

「……ここへは、シン様が連れて来て下さったのよ。シン様は先に殿下へご挨拶に行くからって、ユンカー様がエスコートを引き受けてくださっただけ」


(なんで、よりにもよって、ヘンリクが婚約者なんだろう)


うんざりだ。


ゲームの中でだって、レミリアはヘンリクのことを少しも好きじゃなさそうだった。

けれど、彼がレミリアを除いては一番旧王家の血が濃い従兄弟だったから、血筋命、なレミリアは彼を選んだのに過ぎない。

と、思う。


陛下のお怒りフラグがきちんと折れたら、絶対この婚約フラグもへし折ってやる。


私の不機嫌に、ヘンリクはなおもへらへらと笑ってみせた。


「そういえば、この前はシンが君を助けてくれたんだって?」

「ええ、そうよ。ありがたい事ね」


知ってたのか。

婚約者候補の私が寝込んだと言うのに、ヘンリクからは見舞いの一つもなかったけど。ヨアンナ叔母上からいただいた通り一辺倒の見舞のみ。


「わざわざシンが、蜴にのって助けに来てくれたんだって?」

「ドラゴンよ、とても綺麗だったわ」

「へぇ、ドラゴンが?それとも乗り手が?」


ドラゴンの事を蜴と呼ぶのは、ヘンリクがドラゴンに乗れないからだ。

竜族ならいざ知らず、ただ人があの高貴な生き物を乗りこなすのは、とても難しい。

ヘンリクは早々に諦めると、ドラゴンの事を醜いとか、蜴とか言っておとしめるようになった。そうすれば、自分が傷つかなくていいものね?


私はただただ、むっとして、答えない。

ヘンリクはわざとらしく眉をひそめた。


「ねぇ、奴らが君を助けたのって、偶然?」


はぁ?

私が足を止めてヘンリクを見返すと、彼はちょっと得意気に言った。


「馬車に細工がしてあったんだって?最初からあいつ、知ってたんじゃないの。……それで、君を助けた」

「何の得があるの、それは」

「もちろん、君に恩に着せたいのさ」


馬鹿か、コイツは。


私が崖に落ちなかったのは、単に素晴らしく運がよかったからに過ぎない。母上好みのゴテゴテのドレスを着ていなかったら馬車が倒れた瞬間に落下していただろう。

私に恩を着せたいだけなら、効率が悪すぎるし、なんでシンがわざわざ私の機嫌をとらねばならないのだ。

あの竜公子の頭には、虚しいことにレミリアのレの字もない。


「ヘンリクあなた」

「賢いだろ?褒めてくれる?」

「ええ、ええ。いまだかつて、私がみたことがある人間で一番賢いんじゃないかしら!荒唐無稽過ぎて笑ってしまいそう!また馬鹿な芝居でも御覧になったの?……誰に聞かれているかもからないのに、冗談でもやめて。私は今日はお二人にお礼に来たのよ」

ヘンリクはふん、と鼻を鳴らした。

「あいつらに阿るの?」

私はまた立ち止まって、ヘンリクを真っすぐに見た。

「私は、礼儀知らずになりたくないの。それ以上その話がしたいならまたにして、今日は私から離れて……!」

せっかく陛下がイケメンと薔薇効果で許してくれそうなのに、馬鹿が言った讒言で降り出しに戻っては堪らない。

私が睨むと、ヘンリクはわざとらしく溜息ついた。


「ヒステリーだなぁ、そんな所は君の母君そっくりだね、品がない」


なーんだーとぉー!!


私は青筋を立てた。

確かに母上はヒステリーだし意固地だし神経質だし選民思想だし!あんまりいいとこないけどね!!

それでも、あんたに言われる筋合いはないっっ!


何か言ってやろうか、と思った時、後ろから、声がした。


「品がないのはお前の方じゃないの?」

振り向くと、黒髪の少年がニカッ、と笑っていた。


「キルヒナー」

ヘンリクが忌ま忌ましげに声の主をみた。

「出た…!」

「うん…?」

「い、いえ、なんでも」

訝しむ少年の姿に、私は思わず口を両手でふさぐ。


「何の用だ」

突然声をかけられて、不満なのかヘンリクが口を曲げる。


「レミリアが怒ってたみたいだったから。口喧嘩で親のことを悪く言うのはマナー違反。誰かに教えてもらわなかったか?」

な、と彼は親しみをこめて私に笑いかけたのは、イザーク・キルヒナー。

北部の新興貴族の息子で、シンと同い年の闊達な少年だ。

そして……。


「我等のことに口だししないで貰おう!」


我等?一緒くたにしないで!

私がギ、と睨むのにも自分の都合の悪いことには鈍感なヘンリクは気付いてもいない。


「そう?……なあ、レミリア。殿下の所に挨拶に行くんだろ。一緒に行く?」

差し出された手をヘンリクは小馬鹿にして指差した。

「何故、我々がおまえのような奴と一緒に行かねばならない。この成り上が……っっ!」


だから一緒にしないでくださる?


皆まで言わせずに、私はもう一度従兄弟の足を踵で踏んだ。よほど痛かったのか、ヘンリクは声もなくうずくまる。

やり過ぎた?まあ、いいや。望まない婚約者の好感度はこの際ガッツリ下げておこう。


「ええ。ご一緒してくださる?キルヒナー様」

「いいよ」

「レミリア、君!」

「話しかけないで。貴方の声を聞いていると、私またヒステリーを起こしてしまいそう!」

ふん、と私は顎をそらす。

少し離れた所まで歩いて、キルヒナーがクツクツと喉を鳴らした。


「ヘンリクとレミリアが喧嘩なんて珍しいな」

「そうかしら?いつもあんな感じです」

「仲良くないの?」

「従兄弟ですから」

仕方なく付き合ってます、とも仲良しです、ともとれる言葉を選んで返す。

イザークはふぅん、と興味深く黒い瞳をまたたかせた。

観察されているみたいだな、と私の心臓がドキリと跳ねる。

イザーク・キルヒナー。

彼は王女殿下やシンとも親しい。キルヒナーの子息はなかなか出来がいいと有名だったが、特に武勇優れた彼は軍に士官し、若き女王の信任を得ていく。


そう、乙女ゲームの攻略対象なのである。


貴族の子弟には珍しく、さっぱり切り揃えられた黒髪が目に涼しい。爽やかな外見に似合わず、ゲームの彼はなかなかの策士で、ヒロインの治世をもりたてて行く。

彼とヒロインが結婚すると、なんとヒロインは「私、普通の女の子になります!」と宣言して退位し、イザークが即位するのである。

イザークルートのノーマルエンドは、乗っ取りエンドと言われている。惚けた顔して、しれっと得してるタイプだ。


「どこから聞いてらしたの?」

「うーん、そんなには」

「どのあたりから」

私がしつこく尋ねるとイザークは笑った。

「馬車に細工…かな」

ほとんど全部じゃないか!私は頭を押さえた。

「ヘンリクの戯言ですから。どうか聞き流してくださいませんか」

イザークはシンや王女殿下と親しい。彼らの耳に入ったら、どうしよう、と考えて私はうなだれた。


バッドエンドフラグが叩き折れそうで、叩き折れない。折っても、折っても、レミリアに不利なフラグがそこらじゅうに立つなぁ。

難しい表情の私に、イザークはいいよ、とあっさり笑ってみせた。


「そのかわり、お願いがあるんだけど」

「お願い?」

なんだろう、イザークのお願いとか怖くて嫌だなあ。

私の疑うような視線を受けて、彼は更に笑みを深くした。


「後で言う。……ほんとは王女の使いで来たんだ。レミリアをはやく呼んでくるように、って。行こう」

「……はい」


キルヒナーに連れられて、私は王女殿下の元へと足を進めた。


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