乙女ゲーム、ローズガーデンの舞台はカルディナという王国である。
豊かな大地という意味の名をもつこの国は、豊かな中央部、山高き北部、水害と肥沃な大地が入り混じる南部。そして、異国との国境をもつ南西の砂漠から成り立っている。
ゲームのヒロイン、女王陛下はその王国のほとんど唯一と言っていい後継者として生まれる。
ほとんど、というのは現在の王朝の歴史がわずか数十年しかないからだ。
いくさ上手と名高く、北部を異民族から守護する辺境伯だった女王フランチェスカの祖父は、前王朝を乗っ取り、廃絶し、そして直系の姫を后として子を産ませた。
その子が前王ベアトリス。
ベアトリスは父親にならって旧王家から婿を迎え、そして
しかし、夫婦仲は両家を象徴するかのように冷えきっていたらしい。
よって、夫妻の子供はヒロインひとりだけ。
更には、現王朝の初代国王が、現王朝の血を引くものにしか王位継承を認めないと定めたものだから、旧王家の人間の継承権は剥奪されている。
しかし、初代は側室と呼ぶのも憚られる身分低い女に産ませた庶子以外にはベアトリスしか子供に恵まれなかった。
だからこの国には、女王陛下しか、正当な王位継承者はおらず、女王陛下は母親が病に臥すと、彼女を政治的にも支えてくれる男を伴侶にしなければならない。
愛とか恋だけではないのである。
例えて言うなら豊臣秀頼の女の子版みたいな状況かな。
豊臣政権存続のために、五大老の誰と結婚しますかー、みたいな。
初代って明らかに秀吉みたいなエピソードてんこもりだったし。そこは意識されてるかも。
さすが発売会社が歴史ゲー老舗だ、とどちらかと言えばゲーマーというより歴史オタクな前世の私は、ツッコミながらやっていた。
あんまり恋にメーターが振り切れすぎると、足を掬われて、旧王家にのっとられエンドになるし。毎日の行動パターンも政務、経済、恋愛とかから選ばないとダメなんだよね。
うーん、厄介。
そして、「私」。
カリシュ公令嬢、レミリア・カロル・ヴァザは王族といえども、現王朝の人間ではない。
旧王家の直系、夭折した前王家の王子、マテウシュの孫娘なのである。旧体制側にとってはレミリアのその従兄達こそ正当な王家。
旗としてかつぎたくなろうというものだ。
しかも、レミリアは性格はキツイが、どちらかと言えば正々堂々とした努力の人。
旧体制が素晴らしいと信じ、ひたむきに復権を狙う。本家の娘という自負があり、世が世なら私が女王だ!という強烈な思いがあるから、まあ、ヒロインへの当たりはきついきつい。
私個人としては、女王陛下の臣下になって、国のために能力生かしたらいいんじゃない?と思っていたけど。王族だ、という思いだけが彼女の拠り所だったみたいだし、そうはいかないんだろう。
「正義は我等にあるのです」
とか
「偽りの歴史を私が正してみせる」
とか結構な名ぜりふ多いんだよな。悪役の癖に。
しかし、旧王家に正当性はあっても、国民からの人気がない。
なんせ、長年、富を独占してきた一族だし、選民と放蕩と無策で国土を疲弊させた原因。
女王の御世が安定していくに連れ、彼女たちの取り巻きは去り、支援者にも裏切られ。領地は没収、一族は離散していく。天災が領土で起きたりするし。運がないんだよ、レミリア一派。
レミリアも酷いときには(宰相ルート)処刑され、メインカプの時は自殺を選び、ノーマルエンドでさえ、身分を剥奪され、ひとり、闇に消えていく。
ああ、無情。
そして、なんで、そんな薄幸の悪役に生まれ変わっているんだろう、私……。
さて。
天蓋つきのベッドで、頭上に描かれた花の数を数えながら「私」ことレミリア嬢御歳十歳、は苦悶していた。
落ちたショックからなのか、はたまた前世の記憶が脳みそに入りきらなかったからか、私はそのまま高熱を出して寝付いた。
あの日、家庭教師のミス・アゼルと出かけて事故にあった日、私を助けてくれたのは竜族の血を引く少年、シンだった。
レミリアと同じくらい複雑な生い立ちのこの少年は、現在王宮でヒロインの女王陛下(今は王女殿下か!)と共に養育されている。
彼はたまたま彼の目付役であるヴィンセントと共にドラゴンで飛空をしていたらしい。
(ドラゴン、あんな近くでみたの初めてだったけど!綺麗だったなぁ。うう、私も乗ってみたい)
山道を爆走する馬車に気付いて、私を助けてくれたというわけだ。
うう、君は現王朝側の人間なのに、なんていい人なんだ!
ゲーム内ぶっちぎりいい人、シン様は、ぶっ倒れた私、腰を抜かした御者とさらには家庭教師を、屋敷まで運んでくれたという。
嗚呼、なんで意識手放したのよ、私。
宝石のよう、と言われるシンの左右色違いの瞳を間近で拝みたかったなぁ。
娘の命の恩人に碌に礼もしなかった(と、アゼルが侍医に話しているのを私は夢うつつで聞いた)私の家族にこだわる事もなく、シンはヴィンセントとともに帰途についたという。
いくら敵対してるとはいえ、私を含め、礼儀知らずな一家で、大変申し訳もございません。
人がいいシン様はともかく、ヴィンセントは怒り狂ってたかも、それは想像がつくよ。後の宰相、ヴィンセントは旧王家の人間を唾棄すべしと嫌悪している。
シンが側にいなかったら、レミリアが崖に落ちるのを見ないフリしてたに違いない。
あー、でも昨日のあれって、メインカプのバッドルート、通称「レミリアルート」のはじまりなのかも。
馬に薬をかがされ、レミリアは暗殺をしかけられる。
たまたま通り掛かったシンに助けられ、しかも説教をされたレミリアは屈辱を感じて、彼の頬を打つのだ。
(汚らわしい孤児のくせに、私に触れないで!)
なんという選民思想。
しかも命の恩人になんて無礼をするのです、レミリア。
シンは苦笑して許してたけど、私は許しがたいな。
しかし、その実、レミリアはその出来事でシンに心を奪われてしまっているのだ。
悲しげな美形の異人種、しかも誰もが腫れ物のように扱うレミリアを彼だけは対等に時には優しく扱ってくれる。
そんな彼に密かに心ときめかせ、そのたびに思い止まろうとするレミリア。
しかし、鈍感なシンは彼女の心の動きに気付かず、いともたやすく彼女の心に踏み込んでくるのだ。けれど、シンが愛しているのは陛下だけ。
うう。残酷。
あー、あの笑顔可愛い。レミリアルートは嫌いだけど、あの笑顔はみたいよー。
と、考えた所で私は首を傾げた。
レミリアルート。
反乱を企てたレミリアの叔父が女王の婚約者となったシンを拉致して、一時的に麻薬づけにする。
そして、旧王家の敗戦が濃厚になり、夫(!)も失い、死を覚悟し自棄になったレミリアは前後不覚になった彼の元へ赴くと、長年の思いを無理矢理遂げるのだ。
無理矢理ダメ、絶対。
(シン様は好きだけど。嫌だなぁ。麻薬づけも、無理矢理好きな男と思いを遂げるの、ましてや子供を残して自殺エンドはちょっと)
三日三晩、熱にうなされて、私は決意した。
やめよう、レミリアルートは回避だ。
正直、媚薬で乱れて超絶色っぽかったシンとの一夜、は心惹かれまくるエロイベントではあるけど(というか運営、何故悪役とメインヒーローのそんなスチルを特典として入れたの……?)、哀しい死に方はしたくない。
そもそも、私は陛下とシン推しなのだ。
せつないせつない、素直になれない二人がやっと思いを通わせたあのスチル!!あれをみたいー!!
ぜぇはぁ。
でも、最初のイベントで、シンちゃん、なんて呼んでしまったし、泡吹いてぶっ倒れちゃったし。平手打ちもしてない。
シンに気位の高いお姫様だと苦笑され、ヴィンセントから嫌悪されるきっかけとなったフラグは折れた、のだろうか。
この時のレミリアの振る舞いは王家の耳にも入り、直後の舞踏会でレミリアの父母は現女王とシンに謝罪させられる。
そのことが後々、大きな禍根を残すのだ。
レミリアは無礼を働かなかったけど、アゼルの話を聞く限り、母上は礼もそこそこに二人を追い払ったみたいだしなぁ。
まずいよなぁ。
私は熱にうなされながら記憶を整理する。そして、誓った。
やめよう、悪役。
諦めよう、初恋。
立直そう、実家。
せっかく記憶を持って、生まれ変わったのだ。出来たら、没落せずに、幸福に暮らすレミリアルートを開拓したい。
私はそう決意して、半身を起こした。
「ミス・アゼル!」
掠れた声で呼ぶと、アゼルは飛んできた。
「まあ、お嬢様!目が覚められたのですね。ようございました!!」
アゼルは泣きださんばかりに喜んで私の手を握った。
(あら、喜んでくれるの?ええ、そうね。私が死んだら貴女の身もただではすまないものね)
頭の中で、レミリア思考が喋る。
厭味たらしいなあ、仕方ないよそれは。
レミリア嫌な女の子だし、アゼルはただの家庭教師でレミリアに忠誠を誓ってはいない。高慢ちきな雇い主の生死より、自分の保身が気になるって。
むしろお家騒動に巻き込んで、ごめんなさいくらい、言わないとだよね。私はまとまらない思考に、ため息をついた。
「ごめんなさいね。私、どのくらい眠っていたかしら」
「三日でございます、お嬢様」
アゼルが服を変えますか?と尋ねてくれたので、頷く。それと同時に便箋を持ってきてくれるよう頼む。
便箋?と不思議そうな顔をしたアゼルに、私はそっと俯いてみせた。私がやっても単なる眠いの?って仕種だが、レミリアくらい美少女ならはかなげにうつるだろう、多分。
「私達を助けてくれたのは、シン様とヴィンセント殿だったのでしょう?お母様達はきちんとお礼をしたのかしら?」
私の悲しげな問い掛けに、アゼルは上擦った声で、も、もちろんでございます!とうなずいた。
嘘が下手だなアニメ声家庭教師よ。
「けれどミス・アゼル、私は夢うつつで聞いたのです、貴女がサビア医師と会話しているのを」
アゼルの顔にしまった、と書いてある。
言ってたよねー、アゼルさん。私は夢うつつで聞いたアゼルとサビア医師の会話を思い出した。
『ありえませんわ。シン様とユンカー様がお嬢様を助けてくれたのに!まるで礼もせずに、追い返すなんて!なんて礼儀知らずな』
『しっ、ミス・アゼル。滅多なことを言うんじゃない』
『けれど!…普通はせめて当主自ら礼をするのが礼儀ではありませんか』
アニメ声、まじキンキンするー、頭痛にくるーと思いながら薄目をあける。
アゼルの話を総合すると
・応対は執事がした
・お礼は執事からのありがとうの一言
・お母様の指示だったみたい
・二人は泥だらけのままかえっていった
そういう事らしかった。
これが王宮にばれたらどういう扱いになるんだろう。
そして家にいたはずの薔薇狂いの父上は、ムスメの顔も見に来てないとみた。
「か、軽口を、お、お許しください、レミリア様」
アゼルは教養もあるし、知識は豊富なんだけど、口が軽いんだよなぁ。なんでレミリアの側近やってるんだろ。
まあ、終盤私は元からレミリアなど嫌いだったのです!って言って裏切ってたけど。
私は年長者の(前世プラスレミリアを合わせたら三十超えてるよ)余裕で笑って見せた。
「よいのです。貴女の言う通りだわ」
「レミリア様」
アゼルが疑わしげに私をみる。そりゃそうだよね。いつものレミリアなら、口のかるい忠誠心の薄いアゼルをボロボロに詰りそうだし。
「でも、私、このまま礼儀知らずでいたくないのです。けれど、表だってお礼をして、お母様に怒られるのも…」
ぐすん、と涙ぐんでみせる。
アゼルの手に白魚の手を重ねると、彼女の目をじっと見つめた。
「お礼のお手紙を書くわ。あなた、女官長とは懇意よね?」
だから、その経由で渡してちょうだいと頼むと、アゼルは息をのんだ。
「何故、ご存知なのです」
アゼルは隠している事を私に指摘され、少し狼狽する。
別に女官長は新旧王家に中立だから、懇意でも悪いことではない。でも、あんまり知られたくなかったんだろうなぁ。
レミリアの実家に、王宮の人間と仲よしとかばれたら厭味すごそうだし。
私は「私にも知ってる事はいろいろありますのよ」と笑って(ゲームの知識ですーとは言えなかった)首を傾げた。
「心をこめてお手紙を書くわ、だから、こっそり渡してくれるよう、頼んでくれないかしら」
アゼルは少し考えてから、それがようございますね、とうなずいた。
結局、手紙は二通書いた。
シンと――ヴィンセントではない。
あいつ、私からの手紙だと知った瞬間に、燃やしそうだからなあ。
それでは意味がないので、ヴィンセントの養父のユンカー卿宛てに書いてみる。
曰く、助けてくれてありがとう。
高熱のせいで、礼を言うのが遅れて済まなかった。
あらためて礼をさせていただくが、表だってお礼を出来ない事情もあるので、まずはお手紙にて云々。
十歳の子供が書くには、ちょっと固いか?と思ったけど、まあ、いいか。
私がすべきなのは、カリシュ公爵家がいま正に立てそうな、王宮の権威をふみにじったフラグ、を叩き折ることだし。
許してくれたらいいなぁ、ユンカー様はこれを問題にして、ヴァザ家に難癖を付けたくてたまらないかもしれないけど、手紙が来たとすれば、あまり公に責められまい。
アゼルに手紙を読ませて、了解をとると、彼女は慌ただしく部屋を離れた。
アゼルの妙に感動した横顔をみながら、私は再びベッドに身を横たえる。
アゼルは口が軽い。
それはもうフワフワしている。
悪い人じゃないんだけど、噂を主食に生きているような所がある。
だからきっと、手紙の宛先と内容をここだけの話、としてあのよく響く声で喋ってくれるに違いない。
すでに、レミリアがシンに助けられた話は一部の耳ざとい面子には伝わっているだろうが、続いて、聡明と名高いレミリア嬢が両親に背いて礼をしたと言う話が広がるだろう。
非公式であれ、旧王家の人間が無礼を謝罪したのだから、王宮も問題を大きくはしない、はず。
そうだといいけどな、と思って私は目を閉じた。
念には念をおしとくかなあ。
おもいついた事があったが、病み上がりの私にはそれが限界だった。
引きずられるような眠気が、頭の奥から広がっていく。
まずは、寝よう。
熱を下げてから考えなくちゃ。
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