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悪役令嬢は、ドラゴンとは踊らない 作者:やしろ慧

第一章

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序章

 **ゲームチャプター 4章 幕間神官長編***


 薔薇の宮、とその屋敷は呼ばれていた。



 屋敷の主であるヴァザ家の娘、レミリアは美しい形の眉をひそめた。

 蜂蜜を溶かしたかのような黄金の髪、晴れた空を写した水色の瞳。

 ツンと反らした細い顎と、すっと通った鼻。旧王家の血を引くものはみな美しい横顔をしている、と評判の、さらにその中枢に位置する娘は気に入らない男を視界に……薔薇園の中に見つけて、不快を表すために横を向いた。


 「レミリア嬢」


 男が、彼女の視線に気付いて名を呼ぶ。

 何故ここに、という問い掛けと、気易く呼ばないでいただきたいとの不満を舌にのせかけたが、娘は言葉にする前に口をつぐむ。

 男が柔らかく笑ったからだった。


 「綺麗な薔薇だな。…噂には聞いていたが」


 紫と金の、左右色違いの瞳が慈しむかのように細められる。

 まるでアメトリンのようだ、と侍女たちが騒ぐ、その宝石を月あかりの下で鈍く光らせながら彼はひとりごちた。


「貴方に花を愛でる趣味がおありとは」

 

 娘は、いつものように男を小馬鹿にして笑う。

 男が困ったかのように首を傾げると、美しい髪がさらりと落ちて月光を弾いた。


 「そうだな――似合わないだろ?」

 「ええ、そうですね」

 「だけど、綺麗だな」


 無礼な物言いにも態度にも、たいして気を害された風もなく庭に見惚れている男に、娘……レミリアは唇を噛んだ。

 段々といたたまれなくなってくる。


 「いくら美しくても、何の役に立つと言うのです?父は外界の一切に興味を持たず、庭づくりだけに腐心しました。その結果が、我が一族の惨状ですわ。情けないこと。……こんな夜更けに何をしにここへ来られたのです、大公殿。敗者を嘲笑いに?それとも、陛下の下知を伝えに来られたのですか?」

 男は何も答えず、レミリアを見つめた。

 「俺は、何も。ただ、庭を愛でに来ただけだ。貴方の父上には、宰相が対峙しているだろう」

 「……!」

 レミリアは反射的に振り返って屋敷を仰ぐ。

 屋敷は静まり返っている。

 客人が。

 この男と宰相が訪問したというのに、恐ろしいほどに静まり返っている。


 「……お父様は、どこ?」


 震える声で確かめるが、男は何も言わなかった。

 ただ、レミリアの腕を掴む。恐ろしいほど強い力で。


 「離しなさい、無礼な!!」

 「君は、ここにいるんだ。レミリア」

 「どうして――嫌よ。屋敷に戻るわ」


 抗議すると、苦悩に満ちた表情を浮かべた男は

「君は、俺とこの庭で花を愛でているんだ。だから、君の父上の様子にも気付かない」

 全てが終わるまで。

 男が囁いた台詞の裏をレミリアは正確に理解した。

 屋敷の中で、何が行われているか、を。


 無表情を掻き消して、離してと叫ぶ。

 大公は、レミリアを離さず、すまないとつぶやきながら娘を抱きしめた。



 彼女の父にして唯一の肉親、カリシュ公爵はその夜、毒をあおり。レミリアは旧王族の、最後の一人になった……。




◆◆◆

「ありえないよね――!?」



 私は、ファーストフードのポテトに嫌というほどケチャップをつけながら喚いた。

 「声大きい!!」

 周囲を見渡しながらあきちゃん。あ、ごめんごめん。

 ついヒートアップしてしまった、いかんな。

 「何がありえないって?」

 あきちゃんは声を潜めて私にとうた。もう、わかってるくせに!


 「カリシュ公爵の処刑シーン!」

 「だよねぇ、破綻してるよねぇ」


 仕事帰りの、ファーストフード店。

 私たちが話してるのは、人気ゲーム『ローズガーデン~陛下の花婿は誰だ~』のことである。

 欧州風の架空の国の若き女王を主人公にしたゲームだ。

 彼女は母の急病により、慌ただしく王位を継ぐ。

 国は度重なる天災で政情不安。人心を安定させるためにも、彼女は様々な候補達から夫を選ばなければならない。慶事は国民を安堵させるのに有用だ。

 そして、政情不安の怪異の原因を、夫候補とともに探って行くのだが……。


 まあ、その候補達がこらまたカッコイイこと。 


 幼なじみで竜族ハーフの青年、野心家の若き宰相、ドラゴンに乗る騎士や神官長、など、髪色から境遇まで多岐に及んでいるが、共通点はズバリ! 


 「声とイラストが素敵」


 これにつきる。


 私は特に、竜族ハーフの青年が好きだ。鋭い面差しに反してめっちゃ純情で優しいんだよ!そもそもハマったきっかけがアニメだったし。アニメはメインカプの女王と彼が主役なんだよなー。


 ローズガーデン、略して薔薇庭は(発音するとレバニラのよーだ)ユーザーの熱狂的支持を受けアニメやミュージカルに展開されている。ボーナス注ぎ込んで通った薔薇ミュ、最高だったなあ。


 らんららんららーん♪やみがーひろがっていくーぅ、このにわにぃー♪


 いかん、いかん、歌いそうになったわ。

 私はゲームはあまりしない性質だが、うっかり動画サイトにまとめられたアニメのあまりの面白さにどはまりして、ついついスマホアプリに手を出し、更には課金し、通勤時間と昼休みを費やし、せっせとクリアしてしまった。



 メインカプを早々にクリアするとそこはオタクの悲しさ。


 別カプにまで手を出してしまう。神官ルートもよかったなあ。神経質な神官様の不器用にでれるシーン、萌えー。

 さて、ゲームにはやはり悪役というものがいて、昨日はそのレミリアがまるで主役かのようなシーンをプレイしていた。

 神官ルートも佳境だったのだが、悪役令嬢レミリアの屋敷へ婚約者候補達が赴く。そして、女王暗殺を企てた彼女の父親に、神官と宰相が死罪を言い渡すのだが。


 「なんで、レミリアを慰めにシンが駆り出されるのか理解しがたくないですか!あきさん!」

 「だよね!」

 「しかも、なんで薔薇に囲まれた庭で慰めてもらうのレミリア!」

 ヒロインかおまえは。

 「やっぱりそう思うよねえ」

 あきちゃんが同意した。

 「そもそも、父親のカリシュ公が殺されたのって暗殺仕組んだからでしょ!自業自得じゃん!しかも殺害決定したのヴィンセント!と神官なのに、なーんでシンちゃんが駆り出されるかな!?ヤダー!」

 「レミリアとシンの抱きしめスチルなんて誰得?って感じだよね!!」

 「宰相もサクッと公爵殺してほしいよう!シンちゃんに何故きづかれる。そして連れていく。わけわからん!おかげでレミリアを抱きしめるシンちゃんとか言うイベントがぁぁしかも、レミリア、何故シンを恨むのー!そこは神官長だろぉ」

 あきちゃんが悲しげにそれは、と虚空を見つめた。

 「レミリア様だからさ」

 「くっ……」

 「でも、あのシンのスチルってめっちゃ美麗だったよねぇ」

 「うんうん」

 私はあきちゃんとみつめあって、うっとりする。


 レミリア。王族の一員で女王のハトコ。

 美人で高慢ちきな彼女は、候補者を落とそうとするたびに手を変え品を変え邪魔してくれる、悪役キャラ。女王が怪異を解決して結婚式をあげると、彼女は大抵非業の死を遂げるか、下人エンドになる。レミリアのゆくえは、誰も知らない…。


 下手に王位争いが絡んで来るから、薔薇庭って結構ハッピーエンド以外はエグイし、ハッピーエンドでも悪役の末路って容赦ないんだよなー。

 こともあろうに、私の愛する幼なじみルートの隠しエンドでは、レミリアは幼なじみの青年、シンを竜族だと忌避するふりをして、その実、深く愛しているのだ。

 しかも、混乱に乗じ彼を麻薬付けにし、密かに思いを遂げてしまう。

 エンディングでは幼なじみとレミリアの間に生まれた赤ちゃんを残して、レミリアは父親と同じように自殺するのだが、ライバルであった女王夫妻に、自らの子供を托すのである。

 ………。

 勘弁して!やだよぅ。

 自分の旦那と浮気相手(不可抗力だけど)の子供なんて幾らかわいくても育てらんないよう!

 うう、トラウマルート。地雷だ地雷。殿方相手でも無理矢理はダメ、絶対!私は仕事の癒しにゲームで可愛い男の子に癒されたいのだ。変なトラウマは抱きたくない。


 しかし、通称レミリアルートと呼ばれるこのルートは、一部のオタク少女達に熱狂的な人気がある。切ないもんな、レミリア。

 レミリアがツンデレ可愛いのもあるし、アニメもレミリアとシンのシーンはやたら気合い入っている作画。

 なんでもアニメの作画監督がシンレミ推しらしい。

 ぐぬぬ。

 認めぬ、私は熱狂的な陛下とシンちゃん派である。


 「でも、薔薇庭も神官ルートクリアしたら宰相ルートしか残らないよー!」

 「うわぁ、楽しみだねぇ。はやくクリアしてよ。私、はやく両輪の萌えトークしたいぃ」

 「ええー!?腐トークはできないよぅ」

 腐傾向のあるあきちゃんがウキウキと言う。

 宰相ルートでは、やたらと宰相とシンが絡む。らしい。陛下を支えるという意味で両輪と呼ばれるこの二人の組み合わせも人気で、なんと密かに薄い本のイベントまで単独で開催されてるらしい。

 私、どっちかというと、ノマカプスキーなんだよなぁ。

 うう、友との間に厚い壁が。

 あれやこれ話していくと確実に時間は過ぎていく。


 「どっちにしろ、はやくクリアしてね!」

 「オッケー。また、クリアした頃に遊ぼうよ」


 大学を卒業してから数年、お互いの環境も変わって疎遠になる友人が多い中、わたしとあきちゃんは定期的にあっている。それは、何よりもお互いが人には言えないオタク趣味の友達だからに他ならない。


 「両輪の本出そうよー」

 「ええ、やだよー、それならあきちゃん陛下とシンの新婚現代パロ書いてよー!」


 二人でどっちもやだ、と言いながら手を振る。

 またね、と挨拶して…。


 まさかこれが、最後の挨拶になるなんて、思いもしなかった。

 まさか帰り道で交通事故に巻き込まれるなんて、夢にも思わなかったのだ。





 ◆◆◆

 と言うことを、「私」は、全身の痛みとともに思い出した。

 大きな衝撃が体中に走ったかと思うと投げ出され、宙に浮いた。


 これは、死んだな……。


 ぼんやり思っていると、頭上から金切り声が聞こえて来る。

 ミス・アゼル。声高いなぁ。 

 あははー、あちゃ。イタ。笑うと痛い。

 脇腹の痛みにたまらず薄めをあけ、私はギャッと声をあげそうになった。ぱらぱらと小石が落ちていく先。

 落ちた音は、聞こえない。

 崖だ。まごうことなき、崖だ。

 思い出した。アゼルと共に馬車に乗って、1時間ほどたった際、突然馬が、暴れ出した。馬は暴走した挙げ句山道を走り、逃げようとした私は馬車から投げ出された。


 嘘…っ!


 混乱しつつ、私は身を縮こまらせた。ビリ、と背中から音がする。

 私はギギギと首を曲げ、凍りついた。なんか、枝にドレスかわひっかかってるよう。

 枝にひっかかった幾重にも布を絡ませたドレス。それが私をいまだ落下から防いでいた。

 でも。

 今にも破れそうだよう。ひぇぇ、恐すぎる。

 前世で事故で死んで、今まさに事故で死のうとするなんて、あんまりだ。あんまりだよう!


 私は泣きべそをかきそうになる。頭上ではアゼルが誰かぁ!と半狂乱で叫んでいる。

 叫んでたって助からないよう!

 混乱したま、私はなおも泣きべそをかいた。

 記憶を思い出したせいなのか、色んな感情がどっと去来して、あふれてなみだつぶになって零れる。


 夢かな、これも夢かな。

 きっと夢だろうな。

 だって、あんな簡単に死んじゃうなんてやだよう。お母さん、お父さん、お兄ちゃん。あきちゃんともまだまだ話したりなかったのに。


 「死にたくない」

 メソメソとした私に、「死んだりしないよ」と心配気な男の子の声が聞こえた。

 続いて、パタパタという、ドラゴンの羽音も。


 思ってから私は、うん?と首を傾げる。


 ドラゴン?なんだ、ドラゴンって。


 恐る恐る顔をあげた私は、大きなトカゲ……に羽がついた生き物を目にして、ぎゃぁ!と叫んだ。ガラス玉のような黄金の目をしたトカゲは私の襟首をひょいと噛むと、一回転させた。

 「……!!!」

 なにごとぉぉぉ!!

 背中にたたき付けられる、と思った私の心裏腹、優しい手つきで私は受け止められ、ドラゴンに跨がらされてしまう。


 だから、なんなのドラゴンって!?

 自分の知らない言葉が頭に浮かんでくる状態に恐怖していると、優しい手つきの持ち主が、心配したように話しかけてきた。


 「ドラゴンにのるのは、はじめて?」

 「ドラゴン…!?」

 「そうだ。噛んだりしないから、ちょっと落ち着きなよ」

 そういって、私はドラゴンの背に乗ったまま、飛空する。

 この大きさだとまだ子供のドラゴンだろう…って、なんでそんなこと思ってるの、私。


 呆然としたまま崖の上に着くと、黒髪に浅黒い肌の少年が不機嫌に立っていた。細められた翠の瞳が、私を通り越して、後ろの少年にそそぐ。


 「人がいいのも大概にしろ。馬車の事故なんてよくあることだ。ほうっておけばよかったんだ」


 そんな、お代官様、薄情な。

 少年の隣にいるアゼルはワナワナと震えてへたりこんでいる。それに頓着するそぶりすら見せず、少年は私をおおよそ友好的とは言えない瞳で射抜く。


 「薄情なことを言うなよ、ヴィンセント」


 私がヴィンセントと呼ばれた少年の顔をぼんやりと見つめていると、優しい手つきの、そして優しい声の持ち主は、私の頭を、ポンポンと叩くとゆっくりとドラゴンの背中からおろしてくれた。

 役目を終え、甘えるように仔龍がいななくので、かれは優しく首をなぜる。

 私はその場でへたりこんで、ただ呆然と目の前の人物を見上げた。

 まだ十を過ぎたばかりだろう。


 知ってる、と思う。

 いや、思い出した、と思う。


 私、も「私」も彼を知っている。


 銀色の髪、左右色違いのアメトリンが、心配そうに私を覗き込む。

 「大丈夫?怪我は?」

 まだ声変わり前の優しい口調で彼は尋ねた。


 薔薇庭のメインキャラ。幼なじみのハーフ君。

 (竜族の血を引く、王族の忌子!)

 いやぁ、近くでみるとめっちゃ瞳きれーだな、宝石みたい。

 (なんて忌まわしい、獣のような瞳…!)


 相反する思考がぶつかりかって、私は思わず口を滑らせた。


 「シンちゃん……!」

 「……ちゃん?」


 目の前で、男の子が首を傾げる。

 「私」、は嘘でしょ、と泣きたい気持ちで振り返った。


 目線の先には、黒髪の少年が、私を無感動に眺めている。


 「カリシュ公の御令嬢におかれては、頭でも打たれましたか?」


 この絶対零度の口調、私は絶句した。

 シンちゃんだけではない。

 私はこの男にも覚えがある、めっちゃある、すっごいあるよー!!

 ヴィンセントは鼻を鳴らすと、私に手を貸して、立たせた。


 「危ないところでしたね、レミリア嬢。僕達がとおりかかった事に感謝なされよ」

 幼少のみぎりより、俊英と名高い、後の宰相。

 ひぇえ、こんな子供の頃から目つき悪いのかあんた!そして、出たな、上から目線!

 (宰相の養子とはいえ、没落貴族の子弟がなんと無礼な!)

 私の中で「私」が唇を噛んでいる。


 (大嫌いな宰相派の少年二人に助けられるなんて、あのまま谷底に落ちて、死ねばよかったのだわ!)


 いやいやいやいや、何かんがえてんのぉ、「私」ぃ!死にたくないよ、谷底におちるなんてやだよ!

 混乱して押し黙ったままの私を、ヴィンセントは促した。



 「レミリア嬢。まさか口も聞けぬ程驚いておいでで?」

 「ヴィンセント」

 「シン様に礼くらい言うべきでしょう」

 「いいって」



 私は驚愕で目を見開いた。

 レミリア、レミリア……!

 (カリシュ公令嬢、レミリア・カロル・ヴァザ)

 私は、固まったまま、背後の少年二人を交互に見比べた。

 ヴィンセントはあくまで冷たく、シンは不安げに私を見つめている。


 「わたくし…」


 開いた口から出た声は鈴がなるように可憐だった。そういや、レミリアって、なんでかヒロインより人気の若手声優さんが声をあててたなー、なんでかなー、不思議だなー!!

 もう、わけがわからない。

 ついていけない。

 夢かなぁ。夢だろうな。

 最近、残業も多かったしな。

 ちよっと有給休暇とろう、そうしよう。


 「もう一度、寝ますわ…」


 目が覚めたら、日本で。また神官長様を攻略しにいかねば。

 そんなことをおもいながらも「私」が、そんなことあるはずがない、と激怒している。


 (私は、こんな所で眠ったりしないわ!なんと軟弱な)


 勘弁してよ、いきなり貴族とかムリだよ。

 「悪役ルートなんて、マジ勘弁……」



 「はぁ?」

 「何を?」


 いぶかしむ二人を尻目に、おやすみなさいと呟いて、私は後ろに倒れ込んだ。

 おやすみなさい。



 ああ、どうしよう。

 死んで、生まれ変わって死にかけたら。


 なんと、乙女ゲームの悪役令嬢になってしまいました。


1日だけムーンライトノベルズに掲載しましたが、18禁要素が全くないのでこちらに移転させました。使い方わかっておりませんでした。ごめんなさい。

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