過酷さ記した軍医の書簡 未解明の北朝鮮抑留に光
戦後、旧ソ連に抑留された人のうち、病気やけがのため、現在の北朝鮮の古茂山に移送された人々の過酷な体験について記した元軍医の書簡が、平和祈念展示資料館(東京)で初公開されている。シベリアでの抑留と違い、北朝鮮についての史料はほとんどなく、加藤聖文国文学研究資料館准教授(日本近現代史)は「未解明だった当時の状況に光を当てる貴重な史料。収容所全体を見渡せる立場の人の書簡はこれまでない」と話している。
書簡は1947年7月15日付で、文語体の候文。古茂山の収容所にあった療養所の元所長で元軍医の松信孝市さんが、療養所で亡くなった抑留者の遺族の問い合わせに回答している。
強制労働のためにシベリアへ連行されたが、病気で働けなくなった人が北朝鮮に送られた状況を説明。「患者は多発し、衛生部員は僅少」で、医薬品の支給は言葉にできないほどひどい、食糧は量質ともに全く話にならず、住環境も想像がつかないような状況と記述している。
患者約2万人のうち、約840人が亡くなったとし、患者は「続々出入」し、一人一人の最期は分からないが、「病名は栄養失調症」と思われるとある。
旧ソ連当局が「(抑留者への)虐待の事実を隠蔽」するため「遺骨遺髪を押収し」「諸種の名簿を取り上げる」など検閲が厳しい中、ひそかに「死亡者の報告」を長崎・佐世保まで持ち帰ったとしている。
全国強制抑留者協会(東京)によると、北朝鮮での抑留について体験者の証言はあるが、史料はないという。抑留関連の史料を収集、展示している平和祈念展示資料館は「所蔵品の中で、北朝鮮に抑留された元日本兵の史料はこの1点しかない」という。
書簡は、抑留者の遺族が昨年、同館に判読を依頼し、内容が判明。同館に寄贈された。




















