“朝ドラ”「舞いあがれ!」の物語もいよいよクライマックスへ! さまざまな人々と交流を深めながら、前に進んでいくヒロイン・舞(福原遥)の物語は、はたしてどんな結末を迎えるのか——。
今作の脚本を手がける桑原亮子さんに、執筆を終えられての心境や、福原遥さんが演じる舞、赤楚衛二さんが演じる貴司の魅力、そして今後の見どころを聞きました。


――執筆を終えられてのお気持ちをお教えください。

「舞いあがれ!」の登場人物たちと二年間一緒に過ごしてきましたので、脚本を書き終えた今、とても寂しいです。ただ先日、クランクアップの際にスタジオにお邪魔したのですが、その場にいらっしゃった俳優さんもスタッフさんも口々に寂しいとおっしゃっていて、少し気持ちが軽くなりました。一人で転校していく寂しさが、全員で卒業する寂しさに変わったような感じでした。

最近はご感想をいただくことも増え、嬉しく思っています。ドラマをご自身の体験と重ね合わせてご覧下さっている方も多いようで、おたよりには大事な思い出が書かれていることもあります。さまざまな方が観て下さっているのだと、放送されてはじめて身に染みました。それまでは頭でしか理解していなかった気がします。毎日15分間をたくさんの方と共有する、朝ドラというものの不思議さをかみしめています。

――舞の成長と変化を描くうえで大切にされてきたことはありますか。

幼少期の舞は、人の気持ちを考えすぎて熱を出すような繊細な女の子でした。そんな舞がばんばや五島の人たちとの出会いで変わっていき、少しずつ強くなっていきます。舞の成長は、「かつての弱さが完全になくなって強くなる」というふうには描きたくありませんでした。人の気持ちを考えられることは舞のすてきな特質で、そのよさを失わないまま強くなってほしい、そう思いながら舞を描いていきました。

そのため成長した舞が、子どもの頃のような弱さを見せることもあります。貴司に気持ちを伝えられない時がそうでした。それでも、弱いところがあるからこそ周囲の助けを借りて、最後には思いを遂げます。

――これまでの福原遥さんの演技をご覧になっていかがですか。

このように、舞は「いつも元気いっぱいで、目標に向かって猪突猛進する」というヒロインではありません。悩みながら一歩ずつ、周囲の人と協力し合って進んでいきます。リュー北條なら「また地味だねぇ」とため息をつきそうな人物像ですが、私が描きたかったのはそういうヒロインでした。そして、福原さんはその難しいヒロインをこの上ない表現力で演じ切って下さいました。

脚本を書いている時、徹夜して朝になることもありました。そうするとテレビで「舞いあがれ!」の放送が始まります。疲れ切ってかすむ目でぼんやり眺めていると、画面の中で舞が力強く「ペラ、回します!」とスワン号のペダルを漕いでいるのです。懸命に頑張る舞の姿を見ているうちに涙が溢れ、また執筆に戻りました。舞に力をもらい、未来の舞を描く――そんなことが何度もあったのです。

福原さん演じる舞に励まされたのは、私だけではないと思います。優しさと芯の強さ、内に秘めた思いと行動力、複雑な舞の内面を福原さんは的確に表現され、しかもその苦労を表に出されませんでした。航空関連の用語を覚えることもロードバイクの訓練を重ねることも、そしてなにより朝ドラのヒロインとして長期の撮影をこなすことも、とても大変なことです。それなのに現場での福原さんは常に笑顔で、周りを明るくされていました。福原さんご自身の個性が、舞をきらきらと輝く女性にしてくれたのだと思っています。

――「舞いあがれ!」の世界観を作り上げるうえで大切にされてきたことをお教えください。

毎日観ていただくドラマですので、皆さんが「今日も会いたいな」と思えるような登場人物を出すことを第一に考えていました。ところが今回、すべての俳優さんがそれぞれの役柄を魅力的に演じて下さるので、正直なところ脚本家としてすることがありませんでした。

高畑淳子さんの「ばんば」はどっしりとした存在感で、強風にさらされ続けるこの物語の揺るぎない重しでした。

高橋克典さんの「お父ちゃん」からは温かい人柄が滲み出ていて、亡くなってなお家族や親友、IWAKURAの従業員たちに慕われ続けることに説得力がありました。

永作博美さんは途方に暮れた若い母親がやがて凛々しい社長になるまでを演じて下さいましたが、「めぐみさん」の心が震えると見ているこちらの心まで震えて涙が出てくるという、まるで美しい楽器のような俳優さんだと感じました。

――舞と貴司の関係性、また貴司を描くうえで印象に残ることはありますか。

舞と貴司が結ばれることは早くから決まっていましたが、貴司というキャラクターが視聴者の方々に受け入れられるかどうか不安もありました。人の「スペック」が重視される世の中で、放浪して短歌を詠む男性は異色の存在だからです。

不安が消えたのは第7週を観た時でした。大瀬崎灯台の展望台で、貴司は胸の内を語ります。その貴司を演じる赤楚衛二さんが、独特な貴司の言葉をご自身の言葉として発しておられるのを目の当たりにして、きっと愛されるキャラクターになると思いました。それからはもう、安心して赤楚さんに貴司の言葉を託すだけでした。歌が詠めなくて苦悩する姿さえ人を惹きつけてしまうのは、赤楚さんが演じて下さったからではないでしょうか。

舞と貴司の思いが通じ合う第20週は、脚本を書き上げた後しばし呆然としたのを憶えています。お互いを大切に思うがゆえに一歩踏み出せない二人の背中を、周囲の人たちが無意識に、あるいは意識的に押していきます。物語のはじまりである第1週から、公園での告白シーンに辿り着くまで、登場人物の誰一人として欠けてはならなかったと思います。第20週は、二人の幸せと、他の人々の思いが詰まった長い5日間でした。

――執筆を進めるなかで、筆が進んだ登場人物はいらっしゃいますか。

舞の兄、悠人です。悠人役に横山裕さんが決まったと伺った日から、頭の中の悠人は横山さんの姿でした。

第14週で悠人が父・浩太に言うセリフ、「『損切り』て知ってるか」「なんでみんな損切りでけへんのか教えたろか」などは、横山さんを想定していたことで自然に出てきました。自分の仕事に誇りを持っていて、父に対してキツいことを言うのですが、誰にも見せない愛情深い一面もある悠人。そんな悠人を横山さんは、投資家としてのシビアな顔と、なかなか素直になれない少年のような顔を持つ素敵な男性にして下さいました。

第19週で悠人が遺影の中の浩太と向き合うシーンは、「難しいシーンを描きましたが、どうかよろしくお願いいたします」という気持ちで脚本を提出しました。そして放送された朝、横山さんのお芝居に胸を衝かれました。

――当初より想像が膨らんだ人物はいらっしゃいますか。

●笠巻久之

IWAKURAの場面で古舘寛治さんが映ると、安心感がありました。実直な職人である笠巻のセリフはおのずから短くなるのですが、古舘さんが話しておられるところは本物の職人のようでした。

●結城 章

気のいいあんちゃんとして登場した結城が、時の流れとともに落ち着いて、立派な職人に成長します。本当に年齢を重ねていくような葵揚さんに驚かされました。

●リュー北條

川島潤哉さんの熱演で癖の強さが倍増し、忘れられないキャラクターになりました。

――最後に、視聴者へのメッセージをお願いします。

これまで歩んできた曲がりくねった道を滑走路にして、舞が飛び立つときが来ます。どのように舞いあがるのか、見届けていただけると幸いです。

また、子どもの頃から人一倍頑張って生きてきた久留美も、人生の大きな選択をします。山下美月さんは、しっかり者で頼りになって可愛らしいところもある久留美を、絶妙なバランスで演じて下さったと思います。久留美の未来も、楽しみにしていただきたいところです。

ここまでお付き合いいただきありがとうございました。「舞いあがれ!」を、ぜひ最後までご覧ください。