そう、私もできない人です。
それと私は難聴でありますから、様子も分からず下手に元気炸裂すればピエロになりかねません。
現実世界では、相手の様子を窺いながら、慎重に行動を起こすしかないのです。
私の母は、元気炸裂の人でしたから、いつも母に「あなたはマイナス思考ね」と言われていました。
が、これが私なのですから、それをみとめてもらうしかありません。
私の性質は父似でした。
父は外で活躍するより家で静かに本を読むことを好む人でした。
父は心の優しい人でもありました。
それを見て育ったせいか、あるいは、父から受け継いだその遺伝子のせいか、私も、家で本を読んで過ごすことを好む人になりました。
また心臓が弱かったことも、聴覚に障害を負ったことも家にいることの好きな性格に拍車をかけたと思います。
私は、それでいいと思っています。
この世は陰陽でなりたっていると思いますから。
お見合いで結婚した父が、母を選んだのは、スポーツウーマンであった、母の明るさに惹かれてであったでしょうし、その父に母が惹かれたのは父の暗さだったかもしれません。
私達夫婦もそうでした。
夫が私を選んだのは、夫は意識はしていないかもしれませんが、たぶん私の暗さに惹かれてだったと思います。夫は明るい前向きな人ですから。
私は、それでいいのではないかと思っています。
夫は、良く言えば明るくて行動的、しかし、私から見たら、単純な人のように見えるときもあります。
単純と言うと語弊がありますが、単純だから良いのです。
昔から「下手の考え休むに似たり」と言われているくらいですから、余計なことで心を煩わせることは何もしていないことに匹敵します。
実際夫は行動的で考えるより前に身体を動かしている人ですから仕事も早いです。
一方の私は考えるばかりで仕事の捗らない人ですから、ことわざ通りだと思います。
が、私も無用の用くらいの価値は、ひょっとするとあるかもしれません。
この世には無駄な人は一人もいないと言われていますから。
私は、問題なのはこういう個々の人のあり方ではなく、自分の生き方と違う人の非難をすることだと思います。
自分が元気炸裂の人であっても、そうでない人を非難することは間違っていると思うし、逆もしかりだと思います。
大事なことは、お互いを認め合うことです。
私自身は元気炸裂な人は好きです。
私自身、夫の明るさ、実行力に助けられていますし…。
が、夫も、あるいは、私の暗さに助けられているというところもあるかもしれません。
人が生きていることは損得だけで計れるほど単純なものではないからです。
だから元気炸裂である人も、元気炸裂でない人間のことも理解していただきたいと思います。
「ソクラテス」の検索結果 - Yahoo!検索の妻は、ソクラテスが日がな議論ばかりして世間的な仕事をしなかったことを責めました。
ソクラテスの妻クサンティッペにはクサンティッペの言い分があったのですが、しかし、ソクラテスが生活の足しに成らない議論を日がなしたからこそ今の哲学という分野は発達したのですから、無用の用は大いに役立っていると言えると思います。
★その人はいつもいつでも元気かもしれぬがそれのできぬ人もゐるべし
★元気ではゐられぬ人もこの世にはゐて陰陽のこの世と思ふ
★自慢することではあらぬ生まれつき元気な人が元気なことを
★努めてもだうにもならぬことのあるこの世と思ふたとへば元気
★難聴のわれは聞こえずわからずに元気炸裂すればピエロに
★元気ではあらぬ人らもゐることを認めて初めて元気の価値は
★己とは違ふ身体を持つ人の元気のなさも認めるべけれ
★元気なき人を責めるは元気なき人を苛めることにもならむ
★元気ある人が一番価値あると考へるこそ奢りなりけり
★元気なき人も元気のある人と同じ価値ある人間である
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今日も一心様が死ぬほど私を苦しめたブロガーの記事を書いてくださっています。
一心様、いつもありがとうございます。
この私が死ぬほど苦しんでいるときに、私の被害妄想だと断じた方もいらっしゃいましたが、これは自分が体験しないとわからない苦しみです。
苦しむのが悪いと言われましても苦しむのが正常だと誹謗中傷された私は言いたいです。
犯人の誹謗中傷は勿論ですが、こういう誤解にも死ぬほど苦しめられました。そのため私は身体を壊しかけました。
🍀
★金縛り怖いと話す人らゐてそれより怖い誹謗中傷