スーパー薩摩人 IN 兄世代   作:充椎十四

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その6

 年の末にニシサツマ現住種の棲家に飲み込まれたドラコだったが、それから年が明けて――両親がイングランドに戻ったあとも、ニシサツマ島の一般地区にいた。ここでホームステイすることになったのだ。

 ホームステイを命じた祖父曰く「若者は旅をするもの。旅をして成長するのだよ、ドラコ」だそうだが、ドラコの知るグランド・ツアーは「十代後半から二十かそこらの青年が」「学業の締めくくりに」「フランスやイタリアへ」「家庭教師などと一緒に旅行する」ものである。「まだ九歳の少年が」「就学前に」「死と隣り合わせの土地(ニシサツマ)へ」「単身放り込まれる」ものではない。

 祖父の決断は孫息子を千尋の谷に突き落とすものであった。――蛇寮出身なのに獅子流の子育てとはこれ如何に。

 

 もちろんアブラクサスの決定があったからこそのホームステイだが、ルシウスとナルシッサに過信がなかったとは言えない。「自分たちが作り出した闇の時代の方が怖いに決まっている」「ニシサツマの観光地区の治安はあんなに良いのだから、一般地区もさほどではあるまい」。

 「怖がらせようとしている」人間が作り出す恐怖と「怖がらせているつもりはない」人間とその他が作り出す恐怖は全く別のベクトルのものなのだと彼らは知らなかったし、自分たちのもたらした恐怖は全世界を揺らがすものだと思いこんでいた。

 

 そんな彼らであるので――ポートキー場へ去ろうとする両親に絶望し、すがりつき、泣き喚き地面を転がりまわったドラコに彼らが掛けた言葉は、幼い少年を絶望に叩き落とすものだった。

 

「マルフォイ家の者として恥ずかしいことをするな」

 

 ドラコ・マルフォイはまだ九歳である。ドラコがニシサツマ島を無邪気に探検できたのは宿に両親がいる安心がゆえであり、親の愛を信じて疑わずに生きてきた。また、自立と自律を求められる貴族の子弟とはいえ一人っ子として大事にされ甘やかされて育った。

 そんな彼がホームステイを命じられたのは一家帰国前日の夜である。まさに寝耳に水、青天の霹靂であり、ホームステイに向けた覚悟などあるわけがない。ドラコは混乱していた。

 

 その混乱もあり、親に置いていかれる恐怖で泣き(すが)った結果告げられたのが「家の恥になる」である。――ドラコは地面に這いつくばり呆然と両親を見送った。

 まだ幼く親に甘えたい盛りの少年に対する仕打ちとしてあまりに酷い、一方的な別れであった。

 

 ポートキー場まで迎えに来たニシサツマ島民の一家に連れられるまま、ドラコは一般地区へ。観光地区から一般地区に出たとたん空には巨大キツツキが何羽も羽ばたき、草むらでは毒々しい色のカエルが虫ごと葉に穴を開け、川辺では牛にも馬にも見える四本脚の生き物が口から胃袋を吐き出して「ぶまー」と(いなな)いている。

 結界一枚でこの世とあの世ほども違う世界が広がっていた。

 

 断頭台に送られる罪人でもここまで悲痛な顔はしないだろう。ドラコの足は鉛よりも重かった。

 ……とまあ、そんな風に渋々ながら始まったニシサツマ島生活だったが、初日からさっそくの実りがあった。ドラコは新しい友人を得たのだ。ホストファミリーの息子、梅元勝久という同い年の少年である。

 

 彼に手を引かれ公園でジャングルジムに上ったり――襲ってくるキツツキは彼や年上の少年たちが斬り殺してくれた。

 「どうして自分がこんな目に」と喚く二本足のバイコーンを公園の子ども全員で追い回したり――ドラコ以外のほぼ全員が帯杖している。ここで友達が増えた。

 わざと馬……牛かもしれない……の背後に回り蹴り飛ばされたり――子供であれば5メートルほど滞空できる。非常に危険な行為だがニシサツマ島ではありふれた遊びである。

 

 言葉は通じなくとも遊びは通じるもので、冬休みが終わる頃には近隣の子供と打ち解けた。だが。

 冬休みが終われば三学期が始まり――ドラコは一人になった。仲良くなった誰も彼も、月曜から金曜は朝から夕方まで、土曜日は昼までいない。家からホームスクーリングの教材が届けられたとはいえ、大人数で共に行動する楽しさを知った身に一人での勉強は辛く、寂しいものに感じられる。

 新学期が始まったとたんドラコの食欲は落ちた。

 

 ホストファミリーの勝久は遊びから箸の持ち方から入浴法から、ドラコのニシサツマ島生活のほとんどについて指導する師匠だ。言葉が通じないとはいえドラコの寂しげな様子に感じ取るものがあったらしい、彼は父親が土間で杖を研ぎ終えるのを待ち――頭を下げた。

 

「親っどん、ドラコば学校に通わせてほし! おいがおらん間、ドラコは一人で勉強しちょっで……学校ン来たらきっと楽しかじゃろ」(ドラコは一人で勉強していて寂しそうだから、学校に通わせてやりたい)

「――おう、おう。良う言た、勝久!」

 

 ぬらりと刃紋が輝く杖を鞘に収め、梅元は息子の肩をバンバンと叩いてその成長を喜んだ。流石はおいの息子よ、と。

 

 翌週からドラコは島の小学校に編入となった。ホグワーツに留学した松平のお下がりだという鉄板入りランドセルを背負い、勝久と一緒に集団登校。授業は教室の隅での自習だが、同い年の児童らと休み時間のたび校庭へ出て遊び、給食も食べた。

 そして学校に通い始めて一月も過ぎれば互いに片言のコミュニケーションが成立するようになり、二月過ぎれば遊ぶ際に困らず、三月でひらがなをたどたどしく読み上げ、四月もあれば罵倒に罵倒を返せるほどになった。自頭が良いに違いない。

 

 気がつけば三学期が過ぎ、新年度も、イースターも、ドラコはニシサツマ島にいた。同い年の仲間たちと行動を共にして過ごしていた。

 島の匂いがとうに肌に染み付いた七月の末。一学期の終業式を終えたドラコは、島の友達から貰った様々な物を探知不可拡大呪文を掛けた鞄に一つ一つ大事に仕舞っていった。――学期末でイングランドへ戻るよう祖父から命令が下ったのである。

 

 別れのその日、ドラコを見送らんとポートキー場まで来た勝久は、地面に置いたリュックから瓶を二本取り出す。

 

「おはんに王維ン詩ば贈る」

 

 勝久が取り出したのはフルーツ牛乳。それを一本ドラコに渡すと、目を丸くしているドラコに向かって自分のフルーツ牛乳を掲げる。

 

「渭城の朝雨、軽塵を(うるお)す。客舎青青、柳色新たなり。君に勧む、更に尽くせ一杯の酒。西の(かた)、陽関を出ずれば故人無からん!」

 

 それはドラコの帰国が決まった六月の始め、小学校の先生が暗唱した詩の一つだった。別れを惜しみ再会を望む詩だった。

 カチャンとぶつかった瓶と瓶、ドラコの涙腺は決壊した。フルーツ牛乳を飲み干すやおいおいと泣きだした我が子に「あらあら」とナルシッサ・マルフォイは微笑み、息子の心身に起きた変化に気づくことなくイングランドへ戻るポートキーを握らせたのである。

 

 マルフォイ家に――薩摩かぶれの怪物が帰還した。

 

++++

 

 ニシサツマ島には危険が多い。その危険の一つは「生態系やらサイズ感やらをまるきり無視した怪物が溢れていること」なのだが、これにはもちろん理由がある。

 三世紀半ば、魔法生物の違法な改造――どのような禁忌(・・)にも先ず行為があるものだ。規則や法は後追いで作られ、その当時は違法ではなかった――を行った魔法使いがいた。彼は探究心のまま魔法生物を肥大化させたり掛け合わせたりという実験を繰り返し、彼の作り出した危険生物が周辺の住民……魔法使いもマグルも関係なく襲うようになった。

 

 それら――危険な魔法使い本人と改造魔法生物ら――を善なる魔法使いや魔女らがどうにかこうにか押し込んだ先が、今で言うニシサツマ島である。

 

 ニシサツマ島は温暖でのどかな立地なのだが、土地が痩せていた点などから大人数での居住には向かなかった。そのためオブスキュリアルとなった子供が穏やかに最後を過ごせる療養所(ホスピス)として利用されていたのだが……人を一人閉じ込めるには最適な立地であったこと、危険な魔法使い本人が「暖かい場所でなら引きこもってやってもいい」とド厚かましい要求をしたこと、その魔法使いが有能過ぎて抑え込むのが大変だったこと等々の理由から、島は危険な魔法使いとその実験動物を封じる場所に変わってしまう。

 

 結界で閉じられたそこは魔法使いの死後に野生化した改造魔法生物の楽園となり、時折「処分に困る生き物」やら何やらが外から放り込まれた。ゴミ捨て場として利用されたのだ。そうして10世紀以上が過ぎ――出来上がったのが蠱毒の壺(このしま)である。

 

 誰も、かの島に人が住めるようになるなど思っていなかった。だから「国に帰れないならあそこを開拓すれば良い」と、遠い異国から来た魔法族に言えたのだ。

 

 さて。遠い異国、日本から欧州へ来た魔法族は名を梅元永久(ながひさ)といった。十六世紀はじめ頃に薩摩豪族の四男坊として生まれ、父が後妻を取ったこともあり家に居場所がなく、成人するや逃げ出すようにして諸国漫遊の旅に出た。

 その旅の途中で出会った非魔法族の貧しい農民の女にコロリと落ちて子を(こしら)え、結婚と子が生まれた報告をするため渋々薩摩へ戻れば、[[rb:郷里 > くに]]はタイミング悪くも戦の只中であった。「都合がいいときに帰ってきた!」とばかりに前線に放り込まれあっちへ連れて行かれこっちへ引きずられ二年が過ぎ、三年が経ち……。永久が妻子の元へ戻れたのは、帰郷してから片手以上の年を数えた頃だった。

 

 しかし、永久がようやっと戻り着いた懐かしくも貧しいあばら家に、妻と子はいなかった。近所の顔見知りに聞けば、二人はつい数ヶ月前、奴隷として南蛮へ連れて行かれたのだという。恋女房と可愛い我が子――それも男児だ――がまさかそんなことになるとはと、永久は押っ取り刀で日本を経った。

 

 妻に渡した下げ緒――実は永久の髪が編み込まれている――を辿る空の旅が始まった。満州民族に侵攻を受けている明を右手に見下ろし、マカオで二泊して飯をかっ喰らい痩せた腹に肉を蓄え、ジョマはないのでマラッカで水に当たり一週間悶絶、ゴアでは疲労と飯の合わなさに耐えかねて(日本に生えている草に似ている)雑草を食む姿を現地人に見られ食事を恵まれた。親切にされたことで疲れがどっと出たらしい、二か月ほど現地人の世話になり――彼らへの恩返しとして、彼らに辛く当たるポルトガル人の男を頭パーにしてやった――そこから北西方向へ飛び立つ。

 天守が擬宝珠の形をした綺羅びやかな城を過ぎ、飛んで飛んで飛ばれて飛んで飛んで飛び潰れて落ちるまで飛んで。何度も箒を修理して飛び続け、彼が妻子と再会できたのはスペイン付近の海上であった。

 

 他人の目がない海上であるのを良いことに、錯乱呪文で船ごと奴隷商人の財産を手に入れた永久であったが、想定外の壁にぶつかった。まさかその船に女子供ばかり数十人もいるとは思いもよらなかったのだ。ボロボロの箒では自分と妻と子の三人で重量オーバーだ、五十人も抱えては帰れない。しかし、だからといって彼らを――女子供を見捨てて帰ることもできぬ。

 日本に帰るにせよここで定住するにせよ、この人数では拠点が必要。なれど彼にヨーロッパの土地勘はないし知り合いもいない。何のツテもないまま彼はナイト・バスで最寄りの魔法使い評議会に駆け込んだ。どうか助けてもらえないか、と。

 しかし当時のヨーロッパは魔女狩り真っ盛り。現地の魔法族は己と己の一族の身を守ることで精一杯であり、見た目からして明らかな異国人――つまり魔女扱いを受けやすい見た目の者たち――を保護できる余裕などない。

 

 そうして欧州魔法使い評議会の決定のもと提供されたのが、ゴミ捨て場の島、今でいうニシサツマ島である。住む場所は自力で作れ、と。

 「開拓できれば島を丸ごとやろう」と約束はしたが、永久らが生き延びるなど欧州の魔法族は誰ひとりとして想像していなかった。危険な魔法生物の巣窟なのだ、すぐ全滅すると思っていた。そう期待されていた。

 

 だが、魔法よりも速い攻撃を知る薩摩隼人はしぶとかった。

 なんと彼は島に上陸してから十余年、息子恒久(つねひさ)が遥か遠い東の母国へ助けを呼べるようになるまで、一人の武士として己の資産(のうみんたち)を守り続けたのである。

 

「……それを、お互いの都合と面子のすり合わせで『欧州魔法族が拍手で祝福し島を贈りまでした、愛し合う二人の波乱万丈ラブストーリー』って美化したわけ。ニシサツマ島が愛の聖地って名乗ってるのはこれが理由」

 

 甘く木の香りが満ちるマホウトコロの教室で、ぶっちゃけトークが人気の教員が「あははー」と笑いながら膝をバンバン叩いた。

 

「ニシサツマ島の人らはみんなこれ知ってるうえで『愛の聖地』を名乗ってるから良いけど、欧米からの留学生にこの話披露したら駄目だからね。いらん軋轢生むだけだよん」

「大丈夫よ、先生。私たちその話を外人に披露できるだけの英語力ないし、翻訳魔法も使えないから」

「それもそうだわ、あっはっはっはっは!!」

 

 マホウトコロは今日も明るい笑い声に満たされている。明日もそうに違いない。




ニシサツマ島なんてものをどうして設置したのかって、そりゃあ、こういうわけよ。


追記
岩谷と松平:鹿児島出身の煙草王から。恩賜の煙草を納めていたのはこの男。
東郷と龍平:つよそう!
南蛮に奴隷として〜:南蛮人に日本人が奴隷として国外に輸出された問題で秀吉がキレた。秀吉のキリシタン弾圧の理由の一つ。
梅元:慕って追いかけてくるといえば梅。
牛に蹴られて飛ぶ:子供なら5メートルは飛べる。良くて骨折、悪くて死亡が待っているから絶対に真似したらいけない。
島の小学校に転入:こういうところ昔は緩かったから、一時逗留先でも通えた。
フルーツ牛乳:今は牛乳を名乗れないからフルーツ・オ・レって名前で売ってる。
ジョマ:クレしん映画はいいぞ。

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