「牛大宏」って誤字あるよと報告下すった方へ。
牛大宏は七孔噴血して死んだという人の名前だから誤字じゃないんだ、すまない。
想定の範囲内の問題を起こす悪戯小僧と、想定の範囲外の問題を起こす模範生。罰則から逃げる双子と、罰則に取り組む従兄弟。グリフィンドール生と、スリザリン生――ウィーズリーの双子と留学生の二人。彼らは様々な点で対照的だが、どちらも問題児で人の目を引き話題を攫う者たちであるという点は似ている。
彼らがホグワーツ生の口にのぼらない日はない。どっちの二人組も同じくらい面倒だ、と。
龍平たちが温室を破壊しスプラウト教授を半殺しにしたという連絡を受け、彼らの寮監スネイプ教授は大股で養護室へ向かっていた。二人は一体どうしてそんな事故を起こしたのか――スネイプ教授には、スプラウト教授が昏倒するに至った原因は
養護室の扉を高速ノックして中に入れば、丸椅子に彼の寮生が座っていた。
「イワヤ、トーゴー、大丈夫かね」
二人が怪我をしたという連絡はなかったが、これがスネイプ教授の第一声だった。スプラウト教授が昏倒したことの確認など後回しで良いという内心が透けて見える。
「スネイプ教授!」
「教授……」
言葉も文化も違う国・日本から来た少年たちは、スネイプ教授の顔を見るや直立したが、安心して肩の力が抜けたのが見て取れた。
さもあらん、彼らは素直で、目上に礼儀正しく授業態度は真面目、裏表がなくさっぱりした性格で何事にも真剣。彼らは性格が良いのだ。人を傷つけて平気でいられる悪人とは違う。カルチャーギャップのせいで時々事故を起こすが、同じ過ちを繰り返さないよう努力している姿には好感を覚える。
なお、被害を受けるのはたいてい他の寮の連中――教員含む――である。
二人の元気な姿を見たスネイプ教授の顔に笑顔が浮かんだ。普段の陰険で陰鬱な表情とは大違いだ。常にこの笑顔を浮かべていれば生徒からも好感を得られるだろうに。
ここにマダム・ポンフリーがいたなら「もっとそういう態度をしてください」と嘆き詰ったろうが、彼女はいま救急治療室でスプラウト教授の看護に当たっている。
「見たところ怪我はないようだな……養護室にいると聞いて肝が冷えた」
スネイプ教授は二人の肩を優しく叩き、椅子に座るように促す。自分用に丸椅子をアクシオして二人の前に腰掛けた。何が起きたんだ、と訊ねる声は落ち着いて優しい。他寮の生徒が聞いたら二度見しそうな声だ。
そうして引き出した二人の証言をまとめると、スプラウト教授が七孔噴血し救急救命処置を受けたのは、二人が「地元の薬草が法で規制されているとは知らなかった」ために起きた事故によるものだった。思った通り
彼らは頻繁に問題を起こすが、それは彼らが人を虐めているためでも、他者に悪戯などの迷惑をかけようとしているためでもない。彼らは単に異国の常識や文化を知らないだけなのだ。だからスネイプ教授はいつでも機嫌良く「許してやりましょう」「彼らは今この国の常識を学んでいる途中です」と言える。
――「君はもちろん、彼らも未来がある若者じゃ。許してやってくれんか」とは、スネイプ教授が在学中、校長から頻繁に言われたセリフである。ジェームズ・ポッターがスネイプ少年を湖に突き落としたときも、ジェームズ・ポッターがスネイプ少年を逆さ吊りにしたときも、シリウス・ブラックがスネイプ少年の尻に火をつけたときも、ジェームズ・ポッターらに様々なリンチを受けたときも、ダンブルドアはこう繰り返した。
「彼らはまだ若いのだ。許してやれ」。
スネイプ少年は許し続けねばならなかった。不貞腐れた顔で、嫌々言わされていることが明らかな態度で「すいませんでしたー」と謝罪するポッターらを許さねばならなかった。「許す」と言わねば、僅かな平穏すら奪われると分かっていたからだ。
そして今年度に至り、スネイプ教授は熱烈に語るのだ。「イワヤとトーゴーは彼らの常識で正しいとされることをしただけだ」「広い心で許してやれまいか」「まだ若い彼らの未来を信じてほしい」「求める者に知識と経験を与える、それがホグワーツの理念ではありませんでしたか」と。まさしく神の愛を体現していると言える――なおスネイプ教授はクリスチャンではない。魔女狩り全盛期に多くの魔法族がキリスト教以外の宗教に改宗しており、プリンスの家系もそうだ――彼の姿に多くのスリザリン生が感涙し、レイブンクロー生は黙り込み、ハッフルパフ生は微笑み、グリフィンドール生は自ら聖マンゴを受診した。
事情を説明し終えてしょんぼりと肩を落とす二人に、スネイプ教授は愛情の籠もった声をかける。
「スプラウト教授は死なない、心配しなくとも大丈夫だとも――お前たちの寮監は何だ? 魔法薬学の専門家だ」
傷害事件では「殺意があったか否か」は重要である。殺意があったフリットウィック教授の件は殺人未遂、殺意がなかった今回のスプラウト教授の件は過失致傷。前者は非親告罪、後者は親告罪。
法的には前者こそ悔いるべき罪なのに、松平も龍平も「スプラウト教授が心配です」「申し訳ないことをしました」と、後者ばかり悔いている。あまりにちぐはぐな態度でスネイプ教授もつい笑ってしまった。
とはいえ、二人がスプラウト教授をこそ心配するのも分かる。薩摩マンドラゴラの叫び声を猿叫で打ち消すのは日本の本国はもちろんニシサツマ島でも常識なのだという。彼らの猿叫でスプラウト牛大宏が七孔噴血し倒れるなど二人は想像すらしていなかったに違いない。
想定外の出来事だったのだ、彼らの受けたショックが大きいのは当たり前だろう。
「たしかに魔法薬学は目立たず、地味で、『呪文を唱えれば一瞬で目的の効果を得られる』といった即効性はない。だが……呪文ではどうにもならないことを叶えるのが魔法薬学であり、私はその専門家なのだ」
二人が萎縮してしまわないように、元気を取り戻せるように、スネイプ教授は言葉を重ねる。
「魔法薬学は死にすら蓋をする学問。私が煎じた魔法薬を飲んでいるのだから、スプラウト教授はすぐに元気を取り戻すとも」
スネイプ教授のその姿は――有り様はまさに教師の鑑といえよう。
「薩摩マンドラゴラの育成については……うむ、お前たちはそれが禁輸品だと知らなかったのだろう? あまり思い詰めるものではない。お前たちはまだ若いのだ、知らなかったこと自体は悪いことではない。……失敗を嘆くより、こうして学ぶ機会を得られたことを喜びなさい。同じ失敗を繰り返さないことが大事なのだからな」
スネイプ教授の表情は弥勒菩薩もかくやあらむ、慈愛に満ちていた。間違いない、今年のアルカイック・スマイル賞はセブルス・スネイプのためにある。
「さ、流石はスネイプ教授……! はい、気張ります!」
「はい。見ててください、おいはスネイプ教授のような大人になります!」
表情を明るくした少年たちの肩を叩き、「吾輩からはそれだけだ。さあ、ニ限目の授業には間に合う時間だ」と言って背中を押した。養護室を去っていく二人の背中を見送るスネイプ教授の目はダンブルドアの目よりもキラキラと輝いている。
目立ちたがりの悪戯小僧より、才能を鼻にかけた天才気取りより、悪意なき問題児の方が
++++
フリットウィック教授の切創も、スプラウト教授の鼓膜その他粘膜裂傷も、魔法薬を飲めばすぐに元通り――とはいかない。いわんや
「魔法を使えても……万能になれるわけではない、か」
今年度に入ってから続く教員の大怪我について、ホグワーツの用務員アーガス・フィルチはしみじみ呟いた。
呪文学の専門家であり、決闘王として名を馳せるフリットウィック教授は日本のカタナなる剣で怪我を負った。
植物を育てる緑の手の持ち主である薬草学教授のスプラウト教授は少年二人の大声で体中の穴という穴から流血して昏倒した。
そのどちらにも魔法の力は関わっていない。
フリットウィック教授の腕には傷痕が残るという。
スプラウト教授の鼓膜その他の内臓は治るそうだが、二週間の入院が必要らしい。
――ホームスクーリングの教材は様々な会社が出しており、脳みそが溶けるほどレベルが高い
魔法を使えねばならない。魔法を使えねば何にもなれない。魔法が使えなければバカにされるのが世の中だ。フィルチの両親は様々な会社のホームスクーリングのテキストを彼に買い与え……彼はその度に土を舐め、砂を噛んだ。
いくら正しい発音をしても、いくら強く願っても、フィルチが唱えた呪文は一つとして発動しなかった。初心者用の杖を投げ捨て口汚く罵倒した。杖が悪い――私はスクイブなんかじゃない――違うんだ――憐れむな――クソが――どうして私をスクイブに生んだ?
両親を罵倒し家を飛び出して、料理屋の下働きも、宿屋の掃除も、汚物の清掃も、様々経験した。それらのどの職種でも、自分が何時間もかけてこなす仕事は魔法なら一瞬でこなせるのだと、見せつけられた。
ダンブルドアに拾いあげられホグワーツの用務員になってなお、フィルチがその悔しさや苦しさから開放されることはなく、むしろ年々鬱屈が積み重なっていった。
いたずら小僧どもが爆発させたクソ爆弾の清掃は、屋敷しもべ妖精が指を振れば一瞬で終わる。「お前はしもべ妖精以下なのだ」と毎日罵られているように感じる。
魔法が使えない、絞り滓ほどの魔力しかないスクイブは誰にも認めてもらえない。魔法が使えなければ人権がない。とはいえ今更マグルの世界に飛び込む勇気はない。
――しかし、スリザリンのガキどもはただの大声でスプラウトを重傷にした。呪文がなくても、呪文を使わなくても相手を戦闘不能にできる。フィルチのことを馬鹿にしている連中にやり返せるのだ。
フィルチは自らの手を見つめた。年老いた手だ。それを握りしめてゆっくりと立ち上がると、ホグワーツ城の裏手――ニシサツマ島民が設置した訓練場へ向かう。彼らの訓練を見れば何か掴めるのではないかと……そう思って。
しかし、運が悪かったのか、それとも幸運の女神が彼に微笑んだのか。フィルチは日陰に引きずり込まれた。
「あ、あぁ〜!!」
フィルチの情けない声にボウル教授の指導が飛ぶ。
「声が前に出てませんミスター・フィルチ! あのカカシを憎い相手だと思ってもう一度!」
ボウル教授の指差す先には、黒い癖毛のカツラを被せたカカシが無言で立ち尽くしている。
「あぁあ゛ーっ!!」
「いいですね、さっきより倍ほど大きな声が出ています! 相手を殺す気持ちを明確にするために文章で叫びましょう! さあ、はい!」
「ウィたずら小僧どもはァ、皆殺しィぃぃぃ!!!!」
「素晴らしい! その調子でもっともっといきましょう!」
――少年らの気違いじみた訓練を物陰から観察していたフィルチは呪文学界隈に激震を与えた時の人・ボウル教授に見つかり、「どいつもこいつも呪文という形に囚われていて反吐が出る。真の殺意とは形を伴わないものだ」と吐き捨てる彼女によって第三の道を示された。曰く、強く固い意志と豊かな想像力があれば呪文なんていらない。魔力という燃料をエコに使えばフィルチでも魔法を使えるはずだ、とのこと。
むろん、彼女の言葉には根拠も証拠もデータもない。今そのデータを集めているところなのだ。
腹の底から殺意を迸らせるフィルチを陽向に寝転んだミセス・ノリスはじっと見つめ――口を大きく開けてあくびした。