スーパー薩摩人 IN 兄世代   作:充椎十四

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ウィザーディングワールドの魔法の呪文はラテン語由来なのに、どうしてクラム君はハーマイオニーの名前を発音できなかったんでしょうか。
ラテン語は発音できて英語が無理な理由がわからんです――ということで発音は本当に重要なのか疑問。


その4

 この世は、肌の色の系統では白人黒人黄色人の三種類、国籍では190余、民族では数え切れぬほどの数に分けられる。数多の国があり、民族があり、言葉や文化がある……にも関わらず、欧米の現代魔法使いたちが学ぶ魔法の呪文言語は一種類だけ。ラテン語だ。

 

 ケルト史学を専門とし研究を続けてきたボウル教授が「魔法の発動に必要とされる正確な発音」に疑問を抱くようになったのは二十余年ほど前からである。

 

 イギリスが誇る名門校ホグワーツ魔法魔術学校には欧州各国から生徒が集まり、大広間はギリシャ語からスウェーデン語から様々な言語が飛び交う。二十年も勤めれば、方言を合わせ百を越える言葉に触れられるだろう。

 Hの発音が苦手だとか、口の中で音を籠らせるとか、エンジン音のような巻き舌をするとか、生徒の母語は様々な癖を持っていた。その誰もが――多少発音に問題があっても――きちんと魔法を使えた。

 

 彼女が学生時代に受けた指導「正確な発音でなければ発動しない」という教えが、日々、揺らいでいった。

 

 更に彼女を揺さぶったのは彼女の専門とする学問、ケルト史だ。ケルトの時代を生きた人々は現代とは異なる体系の魔法を用い、文字自体が意味を有するルーン文字やオガム文字を操っていた。記録にわずかながら残っている呪文も現代のそれとは異なっている。

 

 現代の魔法とケルトの魔法は違う。呪文も、魔法の発動のさせ方も違う。

 

 であれば。正確な発音にこだわらなくても良いのではないか? 音節が一つ欠けても、一つ多くても、きちんと発動するのではないか?

 この仮説が正しいのなら、どこまで発音を歪めて構わないのだろう。呪文学の論文や指導書を読み漁ったが誰も研究していないようで、どの学者も「正確な」発音を前提としたものばかり書いている。そうとも、驚くなかれ、誰も研究していないのだ! こんなに大事なことを研究していないのだ!

 

 ならば我こそがその謎を解き明かさんと、ボウル教授は決意した。とはいえ彼女は呪文学について専門外。呪文学の教員であるフリットウィック教授に共同研究を打診し――「生徒を実験台にはできない」と断られた。

 断られるなど想像もしていなかったボウル教授は唖然とし、必死になって言葉を重ねた。事実であれば呪文学の根幹が揺らぐ。教育界にも激震が走る研究だ。まだ「正確」な発音が定着していない子供だからこそふさわしいデータを得られるはずだ。これが証明されれば革命が起きる。教科書が変わる!

 彼女は自らの主張の正当性を信じていた。

 

 しかし――おお、なんということか。フリットウィック教授(あのヤロウ)は「初学者だからこそ正確な発音に触れなければならないのです」などと綺麗事を抜かして、ボウル教授の高尚なる知的好奇心を斬り捨てたのだ。全く信じられない発言だ。ふざけている。学問に対する裏切りだ……背反だ。進化を忘れ停滞を選ぶなど、校長が許してもわたくしは許さない。

 以来二十年、彼女はじっとりとフリットウィック教授を憎んできた。

 

 一方的な恨みのジェンガが年々積み重ねられ、そろそろ崩れそうになっていた、そんな時。一年生の呪文学担当の席が空いた。二十年ネチネチ恨み――もとい願い続けてきたボウル教授に天が微笑んだとしか思えない出来事だ。彼女は嬉々として手を上げた。彼女の担当するケルト史学は高学年向けの選択授業、一年生の一単元の担当をする余裕はある。

 

 そして、その授業で、彼女は二人と出会ったのだ。

 

「ああ、素晴らしい、素晴らしいわ……ミスター・イワヤ。わたくしの理想そのもの……」

 

 クリスマス休暇。

 九割の生徒が帰宅しひっそりとしたホグワーツ城内の一角、ケルト史学教員室は暖炉に火が灯され、テーブルにはいくつもの燭台が置かれて明るい。はじめ卓上にあった羊皮紙は何度となく探られ、崩され、床にも転がっている。

 

 その羊皮紙のメモ――初学者らの発音データをまとめつつ、ボウル教授は夢見心地に呟いた。

 

 はるばる日本から留学してきた岩谷龍平の呪文は全く「正しくない」発音だし、岩谷には劣る――客観的に言えばマシということだ――とはいえ東郷もなかなか(・・・・)の発音。浮遊呪文では"dium"が"diamma"になったり"sa"が"zha"や"gwa"になったり、二人揃って悲惨を極めている。なのに、魔法が発動している。

 元気いっぱいに大声でゴミ発音を繰り返す岩谷や東郷に引きずられ、他の生徒らもかなり愉快な発音になっている。しかし彼らも魔法を使えている。

 

 そうとも。呪文学の前提が覆ったのだ。ボウル教授だけがそれにたどり着いたのだ。フリットウィックめ、今更後悔してももう遅い。

 先日まで、ふつふつと湧き上がるのは怒りだった。今は笑いが湧き上がっている。

 

 休暇中にこれを論文としてまとめてしまおうと、彼女は羽根ペンをインク壺にじゃぶじゃぶと浸す。

 

 そしてクリスマス休暇から約二ヶ月後、生徒らが朝食を取る大広間に――発売された月刊マジカル・サイエンス3月号を抱きしめながら高笑いするキャスリン・ボウル教授の姿があった。

 

++++

 

 ポモーナ・スプラウト教授がそれに気づいたのは、その芽を初めて見かけてから二週間が過ぎた頃だった。

 

 彼女は温室の一角を開放し、生徒が自由に植物を育てられるようにしている――むろん温室の他の植物と交配が起きないように隔離しているが――ため、そこにはいたずら好きの生徒が植えた噛み噛み白菜から研究熱心な生徒の育てるバイアン草まで様々な鉢が置かれている。

 スプラウト教授はハッフルパフの精神を体現した人物だ。隣人が喜べば共に喜び、悲しむ誰かを見れば側に行って慰める善意の人であり、人の良心を信じ生徒らの自主性を重んじる人格者。……ゆえに、温室の一角に増えた新たな鉢に何が植えられているのか確認しようと思ったことすらなかった。

 

 ある朝、生徒用の鉢植えの一つから生えた屈強な茎を見た彼女は「まあ」と小さく呟いた。生徒が何を育てていようが――それが少々法を犯していようが――未来ある若者たちの自主性を信じて見なかったフリをする彼女だが、病気を広げられては困る。ウドンコ病やら灰色かび病やらが起きていないかだけは定期的に確かめている。

 

 彼女が今向き合っているのはニ週間ほど前に増えたばかりのニューカマー。

 茎とも根ともつかないゴツゴツした薄茶色の部分(クラウンという)や葉の形から、この鉢に植えられているものがマンドラゴラであることは明白。注意が必要な植物をこんな場所で育てるとは困った生徒がいるものだ、とため息をつきながら鉢に手を伸ばし――気づいてしまった。

 

 この鉢の植物はただのマンドラゴラではない。

 

「これを一体、誰が……?」

 

 毎日の土いじりで黒く染まった指が鉢の上を迷う。

 鉢の土は水はけが良いようで表面が乾いている。葉に指先が触れたと思えば茎が嫌がるように震えた――栄養状態がいいのだろう、反応が良い。

 

 間違いない。これは薩摩マンドラゴラだ。

 薩摩マンドラゴラはニシサツマ島民が日本に持ち込み悪魔的改良を加えて生まれた品種で、普通のマンドラゴラより葉が多く小さいことが特徴だ。また、普通のものとは桁違いの攻撃力を有しており、引き抜けば猿の叫び声に似た音波を発し半径80メートルのありとあらゆる生命体を塵にするという。まさしく音響兵器だ。

 あまりの危険性からイギリス魔法省はもちろん欧州各国の魔法省はこれを禁輸品としている。

 

 日本でしか育てられていないはずの薩摩マンドラゴラが、何故ここにあるのか。

 

 スプラウト教授はぐっと唇を引き結び踵を返す。ちょうど朝食の時間で混雑した大広間に着くと喉に杖先を当てて声を張り上げる。容疑者は二人しかいないため視線をスリザリン寮に固定。

 

「温室でマンドラゴラを育てている生徒は、放課後までに私のところへ来てください!」

 

 いつまでも道具に頼り切りではいけないとして、授業以外では翻訳の魔法アイテムを使っていない龍平はきょとんと目を瞬いた。松平の脇をつついて「おいマツ」と声をかける。

 

「スプラウト教授は何ごて怒っちょとか」(なんで怒ってるんだ?)

「マンドラゴラ育てちょっモンば探しちょっごたる。おいどんだな」(マンドラゴラを育てている犯人探しらしい。俺達のことだな)

「マンドラゴラば?」

 

 二人は見つめあいながら首を傾げた。マンドラゴラを育てていることについてスプラウト教授が怒っている理由が二人には全く分からない。

 彼女は授業の際に「スペースを使いすぎなければ薬草を育てても野菜を育てても良い」と言っていたのだ。地元の味に飢えた子供が家庭菜園を始めた程度のことを怒るとは思えない。

 

「うーん、あや煮物にすっ以外使い道なかじゃろ? それがやっせんとか……」(煮物以外に使い道がないことが駄目とかそういう話か?)

「んにゃ、マンドラゴラんキンピラもうめ」(マンドラゴラはキンピラにしても美味い)

 

 朝食から一限目の開始までまだ余裕がある。二人は牛乳で薄めたかぼちゃジュース――そのままでは飲めないほど味付けがくどい――を飲み干し、席を立った。

 

 ――出頭した二人を迎えたスプラウト教授は、薩摩マンドラゴラ栽培の犯人が彼女が予想したとおりの顔であることに安堵すれば良いのか嘆けば良いのか決めかね、額を押さえてため息をついた。

 

「薩摩マンドラゴラを植えたのは貴方達でしたか」

 

 何ら後ろ暗いことはないと示すように、少年二人は真剣な顔で頷く。

 

「はい、そうです。おいどんで地元の野菜を植えました」

「教授が前に『温室で野菜を育ててもいい』と仰っていたので」

 

 "Vegetable(やさい)"という単語が聞こえた気がしたが、きっと"Herb(やくそう)"の言い間違いだろう。なんせ彼らの母語は英語ではない。

 

「そうですか。……ひとまず、悪意や害意があって植えたのではないようで安心しました」

「薩摩マンドラゴラに毒はありません、教授」

「煮物にすると美味しいです!」

「美味しい……? もちろん、毒がないことは私も知っていますよ。ですが、これを誰でも触れる場所に置いていては危ないでしょう? 薩摩マンドラゴラは『毒はないが一般のマンドラゴラより危険』として魔法省が禁輸措置を取っている植物の一つなんです。こうして育てることはもちろん、持ち込むことも罪になります」

 

 「煮物(シチュー)にするとデリシャスだ」というのは一体何の言い間違いなのか、スプラウト教授はその疑問を後回しにした。

 松平も龍平も、声が大きすぎることを除けば純粋で教師を敬う良い子たちだ。スプラウト教授の「禁輸品」という説明を聞くや、真面目な彼らは焦り顔で大声を上げる。

 

「持ち込みが禁止されていたんですか!?」

「そんな、知らなかった……! スプラウト教授、教えてくださり有難うございます!」

「ええ、ですからそれを燃やして処分しま――」

「燃やすんですね、わかりました! では抜きます!」

 

 龍平は鉢の薩摩マンドラゴラをガッと掴むとそのまま引っ張った――まだ若く細い薩摩マンドラゴラは土から顔を出すや否や表情をクシャクシャにして口を大きく開き――三点から轟く猿叫でスプラウト教授の鼓膜と温室のガラスは限界を超えた。




薩摩マンドラゴラの叫び声を相殺するのが猿叫の訓練の一つだってネタ元のマグロ先生が言ってた!

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