>みえるサー
新年度の授業初日――それも二限目という初っ端に起きた殺人未遂事件についてどう対処すべきか。
今日の授業は自室での自習に変更、教員室には治療中のフリットウィック教授を除く全教員が集まった。フリットウィックと親しい教員らや――正義感あふれる教員らは「犯人二人に罰を与えるべき」と鼻息が荒い。
他の寮の生徒が起こした事件ならまた別の反応をしただろうが、行為者である岩谷龍平と東郷松平はスリザリン寮生だ。
本を踏み台にした方が悪い。二人は正しい。二人の行為はスリザリン寮生として模範的かつ理想的なものだ。スネイプ教授は胸を張ってそう主張した。
「多くの人々が受け継ぎ大切にしてきた書籍を、仮にも子供の手本となるべき大人が……それも教員たる立場にある者が、平気な顔で踏みつける。吾輩は、二人の行為が正当なものだったと考えますな」
違いますかな、と教員を見回したスネイプ教授に、眉を怒らせたマクゴナガル教授らが反論する。
「セブルス。理由はどうあれ、二人は人に対して武器を向けたのですよ? 人を傷つけることにためらいがないというのは大きな問題です」
「我々には口があり、話し合うことができる。それが人というものでしょう。それを、あのように野蛮な……」
「ほう。我々の杖は武器ではない、と。そう仰りたいのですかな?」
杖先から様々な魔法を繰り出す魔法族のものだとは思えない意見だ。スネイプ教授はその意見を鼻で笑い飛ばした。
「呼び寄せ呪文で人の頭を殴ることも、浮遊呪文で人を逆さ吊りにすることも、錯乱呪文で人の名誉を傷つけることもできる……。それをよくご存知な方々の発言とは思えませんな」
かつて受けた仕打ちの数々を思い出しながら、スネイプ教授は口の両端が引き攣りそうなほど深い笑みを――いや、単に引き攣っていた。ためらいなく他者を傷つけていたのはどの寮の生徒だったのか、彼女たちが覚えていないはずはない。
「人に杖先を向けてはいけません」という常識を守れない生徒をさんざん庇っておきながら、「人に武器を向けるのは悪いことだ」とはダブルスタンダードが過ぎる。政治を行う際には舌の数が二枚でも三枚でも五枚でも構わないだろうが、ここは学問の場だ。
寿命の長い魔法族ゆえ、この場にいるのはスネイプ教授の学生時代から教員をしている者がほとんど。彼の発言には説得力がある。
「スネイプ教授の仰るとおり、杖を持つことは武器を持つことです。ホグワーツにおける近年の指導要綱にはそれが抜けていると思いますよ」
「魔法をおもちゃだと誤解している者が増えたことは確かだ。最近の若者は礼儀もだが常識が足りないと前から感じていた」
中年から老年に差し掛かろうという歳の教員二人がスネイプ教授の意見に同意を示す。
「ミスター・イワヤとミスター・トーゴーがフリットウィック教授に杖を向けたのは、指導者という立場にある者としてあるまじき行為を見て義憤に駆られたため……なのでしたね? ならば、若者の瑞々しい正義感を褒めこそすれ、罰を与えることにわたくしは反対です」
ケルト史学担当のおっとりした老齢の教授が、柔らかな口調で言う。
「杖があれば、食器を洗うことはもちろん、人を殺すこともできます。杖に刃先が付いているという程度のことで彼らを危険視するのは理論的ではありません。……まだ彼らは十一歳なのですよ? わたくしたちがすべきことは、彼らが道を踏み外さぬように見守ることでしょう」
ケルト史学教授は教員歴が長く、ダンブルドアとほぼ同期だという話だ。彼女を味方につけられれば勝ったも同然といえよう。スネイプ教授はこっそりと握り拳を歓喜に揺らす。
「――わしはニシサツマ島とサツマから生徒を迎え入れるに当たって、過去の日誌を読んだ。かの島から生徒を受け入れるのはこれが初めてではないからじゃ……とはいえ、まだ三度目なのじゃが」
教員らの論戦を黙って見ていた校長が、重い口をようやっと開いた。
「ニシサツマ島からの留学生についてのは記述は、こうであった――『彼は勤勉で、年長者を敬い、愛情深く、天に愧じない。我々とは異なる道理の下に生きているとはいえ、人として尊敬に値する』。わしはミスター・イワヤもミスター・トーゴーも、この文言に違わない快男児であると信じておる」
いたずらっぽくウィンクして、校長――ダンブルドアは「罰は無し! 口頭注意で良いじゃろう」と議論を締める。
「しかし……フリットウィック先生には今年の新入生の担当から外れて頂いた方が良さそうじゃ。自分を殺しかけた生徒と他の生徒を平等に扱うのは難しいからの」
授業の振り分け変更のため、授業開始初日とその翌日は休校となった。
この休校騒ぎは、「薩摩人伝説の始まり」として永く語り継がれることになる。
――さて、口頭注意を受けただけの龍平と松平の二人がその休校のあいだ何をしていたかといえばだが、校舎を囲む森……いわゆる「禁じられた森」に入っていた。
臨時休校となり時間ができたのを幸い、彼らの地元では一般的な「鍛錬」の道具を準備しようと考えたのだ。
禁じられた森へ入ることは、その呼び名が示す通り校則で禁じられているし、入学式でも校長自ら注意をしている。しかし「禁じられた森」というものがどのあたりからどのあたりまでの範囲を言うのか明確な基準は示されていない。
禁じられた森への侵入というのは森の深部への侵入のことを言うはずだ。でなければ「うっかり投げ込んでしまったボール」すら回収できないことになる。そうとも、浅い場所ならば問題ない。
そんな屁理屈をこねてまで規則破りの危険を冒したのは、彼らの「鍛錬」に枝が必要だからだ。
枝と十把一絡げに言っても小枝の類ではない。求める枝の太さは直径7センチ以上、長さは2メートル以上のもの。それが何本も要る。
(彼らの理屈における)校則破りにならないようにと森の浅い場所を歩いていれば、適度な枝ぶりの木は何本も見つかった。二人は嬉々としてその枝を斬り落とす。
「キ↑ェ↑ェ↑ェ↑ェ↑エ↑エ↑エ↑イ↑!!」
「キ↑ェ↓ェ↓ェ↓イ↑ェ↑ェ↓エ↓エ↑エ↑!!!!」
禁じられた森から轟く怪物の鳴き声に多くの新入生は校則の遵守を誓い、在校生は森番ハグリッドの病気を疑った。
二人は日曜日の間に校舎の周辺を探索し、鍛錬に使える場として校舎の北側に目をつけていた。ホグワーツ城に日照を遮られたそこは、どんよりと空気がよどみ、苔と葉の大きな雑草が無惨に生え散らかす広い空き地である。二人は空き地の薄暗さなどなんのそのとX字の台を並べ、荒縄で束ねた枝――横木を渡す。準備は整った。
ここまで準備するために何度も森と空き地を往復した龍平たちだが、まだ十一歳とはいえ「あと数年すればいっぱしの薩摩
龍平の掛かり打ち――離れた場所から距離を詰めて横木に打ち込むこと――は見事な猿叫、「あれは首の長い怪物の声だよ。新種のドラゴンかも!」とドラゴン好きのグリフィンドール生が飛び出そうとして友人たちから取り押さえられた。
松平の続け打ち――その場で連続で振り下ろす――は猿叫よりも鶏鳴に近く、これを聴いて「3メートルの巨鳥が何羽も絞め殺されている。もしや夕飯の具材に?」と食事を摂ることに尻込みする生徒が続出した。
新たな騒音問題と学食の食材生搾り疑惑が発生したことを除けば休校の二日は平穏に過ぎていった。水曜からの時間割によれば、呪文学の担当教員は変更され――スリザリンとハッフルパフの合同授業が消えた。ハッフルパフとの合同だった呪文学はレイブンクローに変わっている。
噂では、ハッフルパフの純粋かつ純朴な一年生らは、生まれて初めて見た危険な刃物――殺傷目的であることが明白な武器――がトラウマになったらしい。廊下や大広間で薩摩人を視界に入れるたび震え上がり、泣き出し、過呼吸を起こし、心身の不調を訴えているのだという。
これについて他学年や別の寮、特にスリザリン寮の上級生からは「呪文一つで人は死ぬが?」「穴熊なのは寮章だけじゃなかったのか」「ホグワーツ辞めちまえ」という辛辣な意見が垂れ流された。しかし幸いにしてホグワーツはイギリスの誇る名門校。内心がどうあれ、弱った子犬もとい子穴熊に冷水を掛ける鬼畜生はおらず、ハッフルパフの一年生には毛布とチョコレートが与えられた。
しばらくのち、レイブンクロー生はこう述べた。
「ハッフルパフはクソ」
呪文学がスリザリンと合同になったせいで、全く
「ウィン↑ガ↑ァア↑ーディ↑ア↓ム↓・レ↑ビ→ゥ↑オ↑ォ↑ォ↑ォ↑ーズ↓アッ↑」
「もっと、もっとですミスター・トーゴー! 貴方ならもっと高次元へイける――大丈夫です、わたくしは信じています。さあ、敵の首級を土で汚さない戦士の誇りを、始めの『ウィン』にもっともっともっともっと込めてみてください!」
「ウィンガァァァーディアンマッ・ルェビオ゛オ゛ーグァッ!!」(高音)
「ああミスター・イワヤ、なんて素晴らしい! その声一つで敵は畏れ逃げまどう! あとは精密な魔力操作が加われば完璧と言って良いでしょう! スリザリンに10点!」
「うぃ、ウィンガーディアム・レビオーサ!」
「ミスター・ピューシー、そんな軟弱な発声で敵が尻込みしますか? 気迫がない、もっと狼のように吠えてください。そんな調子では即死ですよ! もっと腹から声を出してくださいスリザリン5点減点」
教室内を飛び回る生首の模型を見ながら、レイブンクロー生はハッフルパフ生への呪詛を吐いた。
――八つ当たりとはそういうものである。
おるやろ、ケルト史学の教授とか。