米フロリダ州タンパの眠気を誘うようなじめじめとした木曜の夜、わりと高級な飲食店の、さらに眠くなりそうな落ち着いた店内で、私はカウンター席に1人座っていた。周囲のテーブルは数組の家族連れ、初めてのデート中と思しきカップル1〜2組、いい色に日焼けした幾人かの年配者によってまばらに占められている。ここに芸能人──たとえば、歴代最高の興行収入を記録した映画に出演した俳優、もしくはかつてレッスルマニアのヘッドラインを飾ったプロレスラー──が突然ドアを開けて登場したら、店内のエネルギーが一瞬にしてすべてその方向に向けられるだろう、と予想するのは理にかなっている。
だが、レスラーから俳優となったデイヴ・バウティスタがゆっくりとした足取りで入店しても、誰もお皿から顔を上げることはなかった。店のマネージャーでさえ、この店の最も有名な常連客にすぐには気づかなかった(そしてバウティスタと握手を交わし、「今日は(アイアン・)メイデンを観に行っているものと思っていましたよ」と言った)。堂々たる体躯を引き立てるロールネックセーターに身を包み、色褪せた赤のジーンズを穿いたバウティスタのファッションが映画俳優らしからぬというわけでもなく、意識的にスターのオーラを抑えているのが原因だろう。彼は53歳にして、フィットネスアプリを日常的に使う大人のハイイログマ並みの体を維持しているが、公共の場にいる彼は体を小さくすくめ、なるべく目立たないように動いているように見える(ここがロサンゼルスどころかマイアミですらなく、タンパであるせいもあるだろう)。
誰もいない隣室の隅にあるテーブルにつき、好奇の目にさらされる心配がなくなると、バウティスタはようやく新聞配達の少年のようなキャップとサングラスを外し、テーブルの手の届く位置に置いた。またいつ瞬時に必要となるかわからない、というように。「これがあると安心なのです」とサングラスを指して彼は言う。こちらの警戒心を溶かすようなバリトンの声はあまりにもソフトだったため、私は遠慮がちにレコーダーを彼の方に近づけた。「この状態だと、丸裸のように感じます」と、サングラスを外した顔について彼は説明する。「だけどメガネを着け、帽子を被れば守られている気分になる。自分を隠して守られていたいですね」