タイラン・バッテンが経営しているガーデニング会社には、38人の従業員がいる。それぞれがカーキ色のオーヴァーオールを着ていて、グリーンとブラウンのバックパック姿だ。頭にかぶったキャップには社名の「WeedCo」のロゴが描かれており、「W」の文字は小さな緑色の雑草の形になっている。
バッテンのオフィスはしゃれた白い空間で、重厚なマホガニーの机が据えてある。バッテンはここで従業員を指揮し、従業員は客から電話が入るたびに非正規雇用の一種であるゼロ時間契約で雑草を抜き、庭の手入れをする。あまりに洗練されたプロの仕事ぶりだけに、このWeedCoが“本物”の事業ではないのが残念なほどだ──。
そう、この会社は人気のゲーム「あつまれ どうぶつの森」の世界にだけ存在している。
仮想世界で庭の手入れを請け負う人々
バッテンの事業は次のような仕組みになっている。花に水をやったり、雑草を抜いたり、木を掘り起こしたりといった作業を手伝ってほしいと、「あつまれ どうぶつの森」のプレーヤーがSNS経由でバッテンの会社に依頼してくる。こうした作業は、このゲームではほぼ避けて通れない手間のかかる仕事なので、できれば外注したいと考えるプレーヤーも存在するのだ。
仕事を引き受けたバッテンは従業員に仕事を割り当て、自身も週に3〜5時間を客のための仕事に割く。ひとつの仕事にかかる時間は10分から2時間近くまでさまざまで、1人のゲーマーのために7人の従業員が1時間半かけて花を掘り起こしたこともあった。この会社が誕生してからまだ5週間しか経っていないが、バッテンによると、彼のチームはすでに1,000件近くの仕事をこなしたはずだという。
「わたしが『WeedCo』に引き入れた人たちは、誰もがこういう仕事に参加できてわくわくすると言ってくれました」と、23歳のバッテンは言う。地元ヴァンクーヴァーの製材所で働くバッテンは、現実世界ではエッセンシャルワーカー(必要不可欠な労働者)に分類されている。
「することがほとんどない人たちが、たくさんいると思います。特に失業したり通学していなかったりする人たちは、自分を取り巻く世界から気をそらしてくれて、それでいてやりがいを感じられる前向きなことを探しているんです」
デザイナーやウェディングプランナーまで続々
「あつまれ どうぶつの森」のなかで会社を経営しているのは、バッテンだけではない。同じようにガーデニングや造園のサーヴィスを提供している人は多いのだ。
一方で、やや意外な“会社”も存在する。Nintendo Switchのキャプチャーボタンを使って客と一緒に写真撮影するゲーム内フォトグラファーもいれば、結婚式からハネムーンのスイートルームまで提供するウェディングプランナーまで存在しているのだ。
「Olivia’s」というインテリアブランドの場合、ゲームのなかで仮想インテリアデザイナーになる人に時給40ポンド(約5,300円)を払っている。このゲームの通貨「ベル」と引き換えにサーヴィスを提供する「あつまれ どうぶつの森」版のセックスワーカーすら存在する。
とはいえ、「あつまれ どうぶつの森」での事業のほとんどは、利益を上げるために運営されているわけではない。バッテンは新入社員のトレーニング(新人は大切な花を傷つけないようにしながら雑草を抜く能力があることなどを証明しなければならない)に多くの時間を割いているが、大半は「ベル」のためではなく、楽しみのためにWeedCoに入社する。