ゴヲスト・パレヱド:Re
雅彩ラヰカ
序幕 千年前の決戦
狐を
日本霊異記上巻第二より
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山を飲み込むほどに巨大な龍が大地をのたうち回り、近隣の邑を踏み潰して舞い上がる火炎と粉塵を飲み込み、怒号をあげた。
「弓兵、放てぇーッ!」
号令と共に丘から無数の弓矢が放たれ、風を切って飛翔するそれが龍の鱗を削り、砕き、貫いた。けれどあまりにも巨大な肉体に比して細すぎる矢は、さながら毛糸のようなものだ。龍はさして痛がるそぶりも見せず平然と大地を這いずり、森を文字通りすり潰し、削り取っていく。
青黒い肉体には雨に濡れててらつくような鱗がびっしりと生えそろい、百足のように大木のような足が生えそろっている。九つある尻尾はそのうちの五本を落とされ、潰され、夥しい量の血をこぼして血の川を形作っていた。
槍衾を作っていた屈強な妖怪の兵士たちがなす術なく巨体に轢き殺され、術師が攻撃を加えるが、手負であるというに龍は止まることなくばく進し続けた。
——この世には
ヒトの負の感情から湧き出した生き物で、場合によっては受肉してまで人畜を襲う人類・妖怪の敵である。
今ここで、この裡辺の土地にて暴れ回る邪龍こそが魍魎の王とも渾名されるヤオロズであり、この平安の世においてヤオロズと月白御前と呼ばれる九尾の大妖怪・
五〇〇〇の兵と一〇〇〇の術師を動員し、一般人将兵合わせて二万人の死者を出した戦い。十日間続いた激闘の末、柊はヤオロズを手負と言える状態まで追い詰めていた。
その気になれば裡辺の海を干上がらせ、陽の本の国を支配し我が物とすることだって可能な柊をしてこの状態である。並の術師では束になっても敵わぬことは、そんな柊がいてもなお二万の犠牲が雄弁に物語っている。
紫紺の狐火が宙を舞い、邪龍の顔面で爆ぜる。爆音が轟き、口元に生えた無数の触腕をちぎり飛ばして血を飛散させた。そこに一人の銀髪をした初老の男と、年若い人間の術師が降り立つ。
それぞれ邪龍ヤオロズに手痛い一撃を喰らわせた猛者だ。千年に一度あるかないかの逸材が、今の世に三人もいるのは奇跡というほかない。
「長い戦いもようやく終わりか」
「
「わかっている、
鬼の男・狭真と柊の旦那にして当代きっての術師・善三がそう言った。彼らは十日間満足に眠ることなく戦っていた。肉体的にも精神的にも、妖力的にもとっくに限界である。それでも共に戦ってくれた二人の仲間を頼もしく思いながら、柊は柏手を一つ打つ。
「この暴れん坊を封印する。妾の力を楔にし、永劫陽の目を浴びられぬようにしてやろう。少しおとなしくさせてくれんか」
狭真が突進してくるヤオロズをがっぷり四つで踏みとどめ、大地を踏み砕きながら大質量を踏みとどまらせる。その怪力はまさに鬼神の如くだ。
善蔵が数珠を取り出して妖力を込め、振るった。
「〈
本来は術師一人で一本、多くても数本しか出せない鎖を単独で数百単位で顕現させ、善蔵は狭真が食い止めているヤオロズを縛り上げた。
大地に縫い付けられたヤオロズが苦鳴をあげ、必死に暴れて拘束から逃れようとする。しかし繰り返された戦闘による負傷で消耗しているのは、向こうも同じだった。
その間に柊は術式を組み、妖力を練り上げていた。
ぼう――と柊の九つの尾が紫色の輝きを帯びた。それは次第にはっきりと強く大きくなり、そして傷つき倒れ伏したヤオロズを包み込んでいった――。
かくしてヤオロズは十日十晩の戦いの末、柊の力の一部を楔とすることで裡辺の土地に封じられた。
その後千年余りものあいだ、なんら問題もなく封印は守られ続け、最盛期の力を失った柊は表舞台から静かにその姿を消した。
以来、柊と善三の家系は、途中で短命になる世代が続くという災難に見舞われながらも三十四世代にわたって繁栄し、鬼の男についてもまたその子孫が思わぬ形で柊の子供たちと関わっていくことになる。
けれどもそれから時間が経ち――。
芽黎五十二年の春。一人の少年が己の内側で脈打つそれに自覚した時、物語は動き出す。
これは千年にわたる因縁と、妄執と――そして、絆の物語だ。
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