アルベドになったモモンガさんの一人旅   作:三上テンセイ

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平和回


10.発覚

 

 

 

 

 

 

「それならそうと言っておいてくださいよ……」

 

 

 ゴブレットを傾けながら、モモンガは愚痴る様にそう零す。じっとりとした視線を躱すガガーランの代わりに、ラキュースが申し訳なさそうに頭を下げた。

 

 

「ごめんなさいねモモンさん。ガガーランが説明不足だったみたいで」

 

「あぁ? 俺ぁ、きっちり説明したつもりだぜ。これやるから来いってよ」

 

 

 ガガーランは酒をかっ食らいながら、例のジェスチャーをやってみせた。一杯やるぜの、例のジェスチャーを。

 

 

(……来るんじゃなかった)

 

 

 溜息の一つ、零したくもなる。

 

『八本指』を撲滅できた祝勝会と先に聞いていたら、モモンガは参加するつもりはなかった。彼は一人の冒険者として王都を守っただけに過ぎず、元より聞かされていたこの勢力と関わり合いになるつもりはなかったからだ。

 

 モモンガはあくまでも冒険者として中立の立場にありたい。故に現在この場にいるのは、彼は居心地が悪かった。

 

 しかしそんなことよりも、目下置かれている状況が更に居心地の悪さに拍車を掛ける。

 

 

「……ち、ちょっと近くないですか」

 

 

 モモンガは絞り出す様に言葉を吐いた。

 彼の脇を固めるのはイビルアイとティアだった。

 

 ティアは当然の様にぴったりと寄り添い、それに対抗する様にイビルアイがモモンガにつかず離れずの距離を保っている。イビルアイの棘のある視線を、ティアは素知らぬ顔で受け流していた。

 

 

「気にしないで、モモンさん。まま……飲んで飲んで」

 

「お、おいティア! あまりモモン様に酒を飲ませ……ああっ、おい近いぞ! 離れろ!」

 

「近くない。女性同士なら健全な距離。……ぴと」

 

「……こ、この……!」

 

 

 ティアになみなみと葡萄酒を注がれつつ、モモンガは内心ちょっとだけドギマギしていたりする。彼はこれほど女性に──ツアレを除けば──近寄られたことがない。まあそうは言っても、ティアとイビルアイ共にどちらも見目が若すぎる故、そういう感情を抱くには若干犯罪臭がしないでもないのでだいぶストッパーになっているのだが。

 

 

(なんか異常に懐かれてやしないか……)

 

 

 平静を装う為に、モモンガは葡萄酒をかっ食らった。

 

 空になったゴブレットに、ティアがすぐさま葡萄酒を注ぎ、器が満たされる。その手品とも見紛う鮮やかな酌には、モモンガをあわよくば酔わせたいという魂胆が見え隠れしていた。

 

 まあ、毒に対する完全耐性があるモモンガに対しては『酔わせてお持ち帰り作戦』など絶対に無理なのだが。

 

 

「おいラキュース。いいのかこいつら野放しで」

 

「分かってるわよガガーラン。でも作戦中というわけではないのだし、人の恋愛に口を出すのはなんというか……」

 

「甘いリーダーだなおい。あいつらがモモンに粗相しても知らねぇぞ」

 

「彼女達もそこまで愚かじゃないと思うけど…………多分」

 

 

 ティアの性癖は言わずもがなだしいつものことだ。

 

 問題はイビルアイだろう。

 起床して以来、モモンの話題が出るたびにパステルカラーのハートをホワホワと立ち上らせるイビルアイの恋愛感情を察知できない二人ではない。というか、イビルアイの挙動を見て察せられない者などいないだろう。

 

 イビルアイはモモンにガチ恋している。

 

 普段こういった席にこないイビルアイが、何故ここにいるのかというのは考えなくともわかることだ。彼女は遠慮なしに寄り添うティアに対抗するように、左手の薬指に収まる指輪を煌めかせた。

 

 

「あ、あの! モモン様……こ、これっ……ありがとうごじゃいま、ございました……っ」

 

「あ、ああ……いえ。私が持っていても役には立ちませんし、貴女が持っていた方が余程生産的ですから」

 

「そ、そそそ、それでも、嬉しい……です」

 

 

 しおらしいイビルアイの態度は、モモンガは強烈な違和感しかない。初めて会った時は、テーブルの隅で腕を組んでむっつりとしていたのに、まるで本当に人が変わったようだ。その温度差に、若干引き気味にはなってしまう。二重人格ではないかと勘繰ってしまう程には。

 

 

(いや……こっちが素なのかもしれないな)

 

 

 あの時はもしかしたら緊張していただけなのかもしれない、とモモンガは思い至る。見た目通りの、甘えん坊で可愛らしい少女──今の姿がイビルアイの本質なのかもしれない、と。そう無理矢理軌道修正すると、微笑ましく思えないでもない。

 

 

「あれからどうですか? お体の方は」

 

「お、おかげ様でこの通り大丈夫です! あの時モモン様が助けてくれたおかげです!」

 

「そ、そうですか。ラキュースさん達の介抱がよかったのでしょうね」

 

「モモン様が助けてくれたおかげです!」

 

「そ、そうですか……」

 

 

 何だこの温度感。

 モモンガはそう思わずにはいられなかった。同業者というよりは、まるでアイドルとファンの間の様な熱量感。

 

 妙に湿度の高いティアとはまた別の矢印が、モモンガに突き刺さっていた。

 

 

「あ、あの……モモン様は、私のことを知って気味悪く思わないのですか?」

 

「え?」

 

「あの、ほら、私って……」

 

「あー……」

 

 

 アンデッドだから。

 そう言いたいのだろう。

 

 もじもじとしているイビルアイに対し、モモンガは差別意識など勿論持ち合わせていない。彼の心の拠り所は今でも『異形種動物園(アインズ・ウール・ゴウン)』なのだ。今更身綺麗な吸血鬼相手に思うところなど何もない。寧ろ、悪魔たる彼には差別意識よりも同族意識の方が勝るくらいだ。

 

 モモンガは一つ咳を払った。

 

 

「気味悪いだなんて思いませんよ」

 

「何故……なのですか」

 

「私にとっては、種族の違いなど大したものではありません。良い人間がいれば悪い人間もいる。良いドラゴンがいれば悪いドラゴンだっているでしょう。中には友人になれるアンデッドだっているかもしれない。ただ、それだけの話ですよ」

 

「はひゃわはぁ……」

 

「うわっ!?」

 

 

 何が琴線に触れたのか。

 イビルアイは脊髄を引っこ抜かれたが如く、モモンの腕にしな垂れかかった。

 

 表情の変わらないティアがそれに追随する様に、モモンの逆側の腕を引いて体をくっつける。

 

 目を白黒させて彷徨わせると、ラキュースと視線が重なった。彼女は困ったような笑みを浮かべた。

 

 

「ご、ごめんなさいねモモンさん。この子達、モモンさんのことを慕ってるんです」

 

「あ、いえ。それは良いんですけど……」

 

 

 慕ってるというには余りにも距離が近く、湿度が高くないか。そう言いたいが、女性同士の距離感などモモンガには分かるわけもない。これがティアの言う通り、仲のいい女性同士の距離感だというのならば振り解くのも野暮だろう。

 

 

(いや、やっぱり近いわ。なんだこれ)

 

 

 懐いた子犬のように頬を腕に擦り付けてくる二人の距離感には流石に違和感しかない。ティアはそんなモモンガと目が合うと、細指をツツツ、と胸甲に這わせた。

 

 

「ただ懐いてるんじゃない。私はモモンさんのことを性的な目で──」

 

「──そ、そういえば! モモンさんの鎧はいつ見ても凄いですよね! こんなに見事な鎧は長く冒険者をやってきた私達でも見たことがありませんよ! ね、ガガーラン!」

 

「お、おう」

 

 

 露骨に話題を逸らしてくれるラキュースの善意が眩しい。何か妙な空気を嗅ぎ取ったモモンガがそれに乗っからない手はない。空気を変えなきゃやばいという、謎の警鐘に彼も突き動かされた。

 

 

「それを言うならラキュースさんの白銀の鎧も素敵じゃないですか。勇ましい、ラキュースさんらしい装備だと思います」

 

「あー……『無垢なる白雪(ヴァージン・スノー)』のことですか……。あれは、ええ。見た目や性能は私もとても気に入っているんですけど……」

 

 

 下手な笑顔で何故か口ごもるラキュースは、自分の装備のことを余り語りたくなさそうだった。そんな彼女に対して、モモンガは違和感を抱いた。

 

 

「何かデメリットがあるとか?」

 

「あ、いえ。そういうわけでは……」

 

「実はあれは清らかな乙女にしか着用を許されない。よってラキュースは処女」

 

 

 しどろもどろとしているラキュースの横から、ティナが悪戯っぽい色を瞳に宿しながら、さらりととんでもない爆弾を投下した。

 

 

「ちょっとティナ!? 言わなくてもいいでしょうそんなこと!」

 

 

 瞬間的に赤面したラキュースは、ティナの肩をひっつかんで捲し立てた……が、当のティナはどこ吹く風だ。モモンガは口に含んだ葡萄酒を噴き出しそうになりながら、動揺を抑えてなんとかそれを飲み下した。

 

 ラキュースの見目は若く、余りにも麗しい。

 そんな彼女が処女だと明け透けに暴露されたのは、元男のモモンガとしては名状しがたい感情を得てしまうのは必至なわけで。

 

 

(マジか……いや、何で俺が動揺してんだ)

 

 

 モモンガの淫魔としての捕食本能が、刺激されてしまう。高揚を得たのはその所為だろう。

 

 だが、ラキュース本人からすれば堪ったものではないだろう。モモンガはせめてもの慰めとして、何とか話題を横に逸らそうと試みた。

 

 

「あー……その、女性用の装備って、何故かそういったセクハラじみたフレーバーテキスト……ゴホン、制約のものが多いですよね」

 

「モモンさんは『無垢なる白雪』以外にもそういったものをご存じなのですか?」

 

 

 若干涙目のラキュースを慰めるように、モモンガは自身の持ち合わせているセクハラ装備や実体験を頭に思い浮かべた。

 

 例に挙げられるのは兎化魔法や……やはり自身の取得しているスキルが浮かんでくる。

 

 

「ええ。武器や装備とはまた異なりますが、私の召喚魔獣にバイコーンというものがいるんです。これが中々厄介な特性でして、これも清らかな乙女の騎乗を許さないので私が召喚したところで全く意味を成さないんですよ」

 

「──え?」

 

「ん……? あっ──」

 

 

 言わなくてもいいことは、何故か口に出てしまうものである。

 

 それまで大人しく話を聞いていた周囲の人間の目が、面白い様にまんまるに形を変えてモモンガを捉えている。それはもう、穴が開く程に。

 

 聞き耳を立てていたらしい他の卓の人間達も、おっかなびっくりといった様子でモモンガのことを見ていた。

 

 会場が、冷や水を頭から被ったように静寂を得た。

 

 

 

 

『漆黒の美姫』──モモン。

 傾城傾国の美を冠すると名高い彼女()の処女バレが、その日のハイライトになったのは言うまでもない。

 

 静寂の後、ティアは雄叫び、イビルアイは隠れてガッツポーズをし、ラキュースは目を白黒させ、ガガーランは絵心のない人間が左手で描いたみたいな顔になっていた。聞き耳を立てていた男衆は不必要な咳払いで動揺を隠そうとしていたが、それがどれほどの効用があったかは言うまでもない。

 

 墓穴を掘ったモモンガただ一人、背中に変な汗をかきつつ謎の羞恥心で顔を赤らめていた。

 

 後にどこから溢れたのかは分からないが、モモンは処女であると言う噂も、実しやかに囁かれることとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





傾城傾国の漆黒の美姫モモン(元男)(元骨)(転生者)(淫魔)(子持ち?)(処女)

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