非きこもり、JDを拾う。そして、育てられる。   作:なごみムナカタ

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目標にしていたお気に入り1000件超えがたった四話で達成されてしまった……。
皆様には感謝しかないです!
評価と感想ありがとうございます!

そして前回あとがきで『基本一話完結形式で作っていきます』と宣言しましたが、すぐに覆す二話構成となってしまい、申し訳ございません。
前後編に分けさせていただきました。

初めてまともに材木座を出演させてみました。口調が難しすぎてヤバイ……。


2021.10.20 メイドカフェの設定変更に伴い、関連する箇所修正。




麗春の節
非きこもり、JDのバイトを危惧する。


「……比企谷、起きなって。今日一限からだって言ってたじゃん」

「……ん」

 

 優しく揺すられ微睡みを振り切ると、エプロン姿の川崎が膝立ちで俺を起こしていた。

 想像以上に顔が近く、どきっと心臓が跳ねる。若いのに不整脈かしら。

 

「……お、おう」

「ん、おはよ」

「お、おう」

 

 まるで前頭連合野が電気刺激されたような言語障害だ。きっと前の不整脈もそのせいだろう。でなければ動揺していると認めることになる。

 ……ごめんなさい、間違いなく動揺してます。

 

 同居が始まり、こうして何度も起こされているのだが全く慣れない。今ですらこれなのだから、夏とか薄着で朝テント張ってたらどうしようか戦々恐々としている。

 

 

「いただきます」

「どうぞ」

 

 一人暮らしになってから朝食などほとんどまともに摂っておらず、小町の有難みを痛感させられていた。それがあってか川崎への感謝もより強く感じられる。

 最初の頃は、味噌汁の味が実家と違って驚いたことを笑われたりもした。

 

 俺が味噌汁に口を付け、おかずを食べたのを確認すると、川崎はようやく手を合わせて食事を始める。

 川崎は何故か俺が食べるまで箸を付けようとしない。これじゃまるで『甲』を立てる『乙』のような立ち居振る舞い。甲乙を別の単語に置き換えると俺の動揺が加速するので理解してほしい。甲乙を用いることで夫婦よりも契約を匂わせたのは秀逸な表現だ。実際、金の貸し借りもしてるし。

 って、夫婦言っちゃってるんですが。隠す気ないだろ俺。

 

「そっちは今日の講義何時までだ?」

「あたしのが早く終わるけど、バイトで遅くなる。夕飯はおかず作ってラップしとくから帰ったら食べて」

「分かった」

 

 川崎は前に掛け持ちしていた職場を辞め、心機一転新しいバイトを始めた。時間給以外のインセンティブも付くいい仕事らしい。

 ……バイトでインセンティブってどんなんだよ?

 

「給料出たら家賃半分払うから」

「いや、別にいいんだが……」

 

 最近、事ある毎にこのやり取りが繰り返されていた。

 確かに生活費を受け取った方が川崎の心情的にも良いのだろうが、今までと家賃が変わったわけでもない。食費は折半だし、光熱費だって大差なく、何よりも家事全般引き受けてもらってるので逆に助かっているくらいだ。

 

「そう言ってくれるのはありがたいんだけど、もう充分お世話になっちゃってるし、ちゃんと払わせてほしい」

「……」

 

 正直なところ家賃には触れてほしくないのが本音であった。知られたら絶対に面倒なことになりそうだし。

 

「……じゃあ、どれくらい給料入るか分かってから考える、でいいか?」

「あ、うん……」

「……」

「……」

 

 それ以降は特に会話もなく、俺たちはゆったり食事をした。

 

 

×  ×  ×

 

 

 講義が終わり帰って来ると鍵が閉まっていた。朝に川崎の言った通り、俺の方が帰りが早かったので鍵を開ける。

 

 使える鍵が一つしかないので、俺たちは必ず互いのスケジュールを確認するようになった。賃貸だから勝手に鍵を複製するわけにもいかない。予備の鍵は何かあった時のため、実家に預けてある。あと一縷の望みを懸けて小町の通い妻を期待していた。

 しかし、その願いも空しく、年明け以来会っていない。川崎に同情していられないくらい俺も妹成分が足りない。次の充電はお盆だ。それまで妹に会わず生きていけるのだろうか……。

 

 

 ここに住むことで落ち着きを取り戻した川崎は、日に日に顔付きが良くなっていった。ぐっすり眠れたのは久しぶりだとこぼすくらい家賃滞納とバイト先の倒産に心を痛め続けていたのだ。

 だが、次のバイトが決まると、その日を境に疲弊していくのが見て取れた。

 

 朝話していた通り、無利子借金と居候――家事はしてもらってるが――で後ろめたさを感じているらしく、早く返済しなければ、早く生活費を支払わねば、との焦燥が見られた。

 その様子と疲弊具合から、川崎が無理なバイトを選んだのではと疑念を抱き始める。

 

 初めて出逢った時もそうだった。こいつは自分ではなく家族のために労を厭わない。再会の様子を鑑みると俺に相当の恩義を感じていることは疑いようがなく、それ故無理をしないかが気掛かりでもあった。

 

 そして、その不安は的中する……。

 

 

 ある日、バイトを終え帰ってきた川崎の目には生気がなかった。

 余程のことがあったのだろうと心配で訊いてみるが、大丈夫の一点張り。

 

 以来、それとなく何度か訊くも頑なに打ち明けてはくれず口を開けば、

 

『大丈夫、慣れたらなんてことないから……』

 

 と余計に不安を募らせる言葉が返ってくる。

 嫌な予感が頭から離れなかった。

 

 

 大学の課題を終えてシャワーを浴びても未だに川崎は帰っていない。

 もう日付が変わっているのに遅過ぎる……と娘を心配するお父さん目線。ウザがる川崎の姿が目に浮かぶが、それでもお父さんは怒らなければならないのだ。また高校の時のような朝帰りをさせるわけにはいかない。

 

『シュポッ』

 

 スマホから特徴的なSEが鳴る。もしやと表示(剣豪将軍)を確認すると、あまりの落差にスマホを投げつけそうになった。

 

「……川崎かと思ったじゃねえかよ」

 

 昔、千葉原人という汚名を着せられ、それを払拭するために交換してしまったIDである。今となっては川崎とLINEで連絡するのに役立っているが。

 画面には見たことを後悔する内容が表示されていた。

 

【八幡よ、良き情報が手に入ったのだ! 刮目せよ!】

【実はな、魔界神殿(パンデモニウム)に棲まう大悪魔長アンジェリナが強力な女悪魔(リリン・デーモン)を召喚したようなのだ!】

【最寄り転移魔法陣から二つ先の近さぞ! 魔王として、どんな女悪魔(リリン・デーモン)なのか視察するのは魔王軍を統べる者の役目であろう!】

 

 未読ならまだしも、こいつに既読スルーは面倒くさい。生来の構ってちゃん気質に加え、こうした目的のある文面だと返ってくるまで送りつけてくるのだ。全く迷惑極まりない中二botである。

 仕方なく返事はするのだが、口調が素に戻るまではスルー安定だ。

 

【ゴラムゴラム、急な報せに言葉も出ぬか。だが、新たなに召喚された悪魔で軍備を増強することは、地上世界征服のための必然なのだ!】

 

 魔王って誰のことですかね。違う意味で衝撃を受けてるわ。

 あと、我ら(・・)って複数形にするの止めてもらっていいですかね。こっち見んな。

 

【うぬぅ、ここは既に魔界外……奴ら人間どもの結界内であったか! 交信が届かぬ! 答えよ、八幡!】

【……おーい? 八幡?】

【ごめん、実は『魔界の憩い』っていうメイドカフェが八幡のアパート最寄り駅の二つ先にあるんだけど、そこのメイドさんが可愛いから行かない?】

 

 初めからそう言えよ。厨二ネイティブを辞めさせないと解読が面倒だからってのもあるが、少し焦らせてやろうという含みもないわけではない。

 

[悪い、寝てた。お前とメイドさんの時間を邪魔しちゃ悪いから遠慮しておく]

 

 解読を不要にした結果、同行も不要だと判断した。しかし、すぐ次のメッセージが飛んでくる。

 

【は、はちまーん! 一人だと緊張してメイドさんと上手く話せないから一緒に来てくれ、という秘めたる想いを解読できんのか⁉ 我とお主の仲であろう!】

 

 悪い、知ってた。

 お前こそ、分かった上でなるべく傷つけないよう気遣った俺の想いを解読しろよ。俺とお前の仲なんだろ?

 

[俺はそれほど暇じゃない]

 

 昔なら、このあとアレだからという言い訳にもならない理由で回避を試みるが、今は本当にバイトと大学で手一杯だ。

 

【そこをなんとか!】

 

 食い下がるなよ面倒くせぇ。

 

[いいか材木座。お前はなぜメイドさんと話すのに緊張するんだ?]

【決まっておる。幼少の頃から女子(おなご)に接する経験がなかったが故、我のステータスに『対女子×』のマイナススキルが付与されてしまったのだ。八幡にも同じく付与されているはずなのだから分かるであろう】

 

 昔はそうかもしれないが、最近は元クラスメイトの女子と同居できるくらいに体質改善がされている。

 まあ、わざわざ言わないが。それどころか小町を以ってしてもアクセスレベルが足りないほどの機密情報だ。

 

[俺にそんな弱点はない。それはお前だけのものだ。大事にしとけ]

【ほげっ】

 

 リアクションまで返すのかよ。電話じゃなくメッセージなんだぞ。

 

[だったら尚のことメイドさんと話す方がイージーモードだぞ]

【なに? それは一体どういうことなのだ、比企谷八幡】

[いかにお前がデブでキモくて発汗量が人の三倍あるキモい中二病であろうとも]

【不必要に貶してない⁉ キモい二回言ってるよね⁉】

[六回言った方がよかったか?]

【なんで増やしたの⁉ まだ足りなかったの⁉ そこも三倍なの⁉】

[お前がどれほど女子に嫌われる体質なのか確認したまでだ。他意しかない]

【他意はない、の間違いだよね⁉】

[まあ聞け。そんなお前が女子と会話など出来る可能性があるだろうか? いや、ない]

【げふんっ】

[だがな、それを可能にするのがメイドさんという存在だ]

【ほう……その真意を問おう】

[メイドさんたちは『お客様に楽しい時間を過ごしてもらう』というサービスを提供している]

【ふむふむ】

[お前がいくら汗をかいてキモいオタク発言をしようと必死に我慢して聞いてくれるということだ。つまり『体質的に女子としゃべれない病罹患者であるお前を治療するセラピスト』という見方をすれば緊張もしないだろう]

【お客を飛び越えて患者になってる⁉ いや、違うぞ八幡、我は治療されたいのではなく癒されたい! 女子とお話をしたいのだ!】

[それならキャバクラの方がいいだろ。分類的にメイドカフェは飲食店であって接待業ではない]

 

 接待は風営法により厳しく規制されているので、実は長時間しゃべるのはメイドカフェとしてグレー運営なのだ。現に秋葉原でメイドカフェが一斉摘発されたという話もある。

 

 もし、執心するメイドカフェが摘発されてしまったとしたら……。こいつの入れ込みようを鑑みて『貴様の心も一緒に連れて行く……』と断末魔を残し、精神崩壊してしまうかもしれない。それだと材木座が死んじゃう側だった。死因は機動隊のジュラルミンシールド突撃。現在はポリカーボネート製だった。

 

【貴様という男は何も分かっておらん! 我は話したいのだ! メイドさんと‼】

 

 無駄な倒置法を使い、これでもかとウザく力説する材木座にイラっとさせられる。

 

【それにいきなりキャバ嬢とかハードルが上がっとるではないか!】

 

 そっちが本音だろと疑いたくなる悲痛な叫びを受け取った。

 

[ま、風営法で裁かれないよう頑張れ]

【なに⁉ メイドさんとおしゃべりすると法令違反になっちゃうの⁉ それって我だから⁉】

[がんばれ]

【ほんとに⁉ ねえ、ほんと? 教えて、はっちまーん!】

 

 この狼狽え様と、身の程を弁え過ぎた『我だから⁉』発言に笑いが込み上げ、少しは溜飲が下がる。風営法で裁かれるのは届け出をしていない経営者だから安心しろ。教えないけど。

 

[それはさておき]

【さて置かれるには致命的な要素を孕んでおるのだが……】

[とにかくバイトが忙しいから一緒に行くのは無理だ。暇で奢りだったら考えなくもないが]

【マジで⁉ 奢る奢る! バイト休みの日程ぷりーず!】

 

 キャラがブレまくる材木座にスケジュールを送り付けると、長いラリーがようやく終わった。

 

 他人の金で食う飯は旨い。心が痛まない相手だとなお旨い。よって材木座は俺の中で最高のシェフである。別に材木座が作るわけじゃないけどな。とはいえ、腹の足しになればいいやくらいにしか思っていないが。

 俺自身、メイドカフェを飲食店と区分したものの、風俗営業に片足を突っ込んだ接待料込みの料理に期待する方が馬鹿げている。それでなくとも最近は川崎の手料理に胃袋を掴まれ始めているのだ。奢りでもなければ絶対に行かない。

 

 

 そういえば川崎はまだ帰らないのか。そろそろ一時になるのに……。

 心配になり、LINEでメッセージを飛ばそうとすると玄関の扉が開いた。

 

「……ただいま」

 

 川崎は囁くような声で言うと、極力物音を立てない所作で靴を脱いだ。俺が寝てないことに気づくと普段の振舞いに戻る。

 

「まだ寝てなかったんだ。……なんで?」

 

 疲れ切った表情を見せられ柄にもないことを言いそうになるが、理性が押し止めた。

 

「観たいテレビがあったからな」

 

 うむ、俺らしい。

 ……これを自画自賛の返しだと思えてしまうくらい今の俺は冷静でなかった。

 

「? ……テレビ点いてないけど」

 

 観てないですからね! と正直なツッコミで詳らかにするところであった。誘導尋問すげえな。

 動揺を隠しつつ、それらしいフォローを捻り出すため、脳漿を絞った。

 

「……スマホでワンセグ観てんだよ」

「テレビあるのに? 観づらいでしょ。テレビ点ければ?」

「こっちのが電気代がかからんからな」

「あ、そ……」

 

 なんとか正論で返せたが、代償に川崎の心を抉ることに成功してしまう。

 ないわー、あれだけ生活費のことを気にしてたこいつに対して、これはないわー。

 しかし、マネーそのものどころかそれを匂わせるワードすら禁止となると会話難易度爆上がりである。ただでさえぼっちの俺は将棋でいう六枚落ちレベルに会話の手駒が少ないのだ。そこへこの禁止ワードが加えられては歩三兵並みのハンデ戦となる。藤井○太並みの棋力があれば……って、欲しいのはコミュ力なんだよなぁ。

 

 険のあるアプローチのせいでしこりを残したのか、以降なにも話せないまま川崎はシャワーを浴びに行ってしまう。

 どうにかして会話の糸口が欲しかった俺は、昔小町と仲直りの切っ掛けを作ったやり方を用いる。

 川崎が浴室から出てくるのを見計らいコーヒーを淹れた。

 

「川崎、コーヒー飲むか?」

 

 驚いた表情でこちらを向き、やがてジト目になっていく。

 

「……これから寝るのにコーヒー?」

 

 おおっと、正論で返されたよ。

 ですよねー、もう二時近いのにカフェイン摂取はなかなかの安眠妨害ですよねー。

 ……マジメか!

 

 風呂上りを迎えるにはやはりフルーツ牛乳一択だったか。だが、そんなものがうちの冷蔵庫にあるわけないだろ。かなり小さいから食材すらあまり入らないのに。

 

「ぎ、牛乳でいいでしょうか……?」

「……ん」

 

 変な空気にしてしまった後ろめたさからつい敬語になってしまう。

 長い髪を乾かすのにドライヤーを当てていたせいか、額に汗が浮き出ている。それに気づきカフェイン云々よりも、ホットはないなと省みる。

 

「……最近はどんな感じだ?」

 

 重々しい雰囲気の中、何かないかと話題を探し、発した言葉がこれだった。

 ただただ漠然とした質問内容。昭和の親父を彷彿とさせるコミュ障な言い方に川崎も同じことを感じたのか、牛乳を飲む音がピタリと止み、きょとんとする。

 

「なにそれ、親父くさ」

「ぐふっ!」

 

 材木座のようなキモい呻き声が漏れてしまう。内心思ってはいたが、改めて指摘されると予想以上にダメージを受けるものだ。ついでに言うと指摘の仕方も想像の遥か上であった。原稿を添削されている時の材木座はこんな気持ちだったのか。今後、添削を希望した時はもう少し優しく説いてやろうと心に誓う。それ以上にもう持ってこないで欲しいと願い続けているのは言うまでもない。

 

「つ、つまり、少しばかり帰ってくるのが遅いと感じ、このままでは門限などを設けねばならないかもと真剣に……」

「……ほんとに父親みたいなんだけど?」

「ぐぼぁっ!」

 

 やめてやめて、それ以上はしんどいからやめて!

 そうでなくても最近大学とバイトでほとんど家に帰れず社畜感醸し出しちゃってて親父のDNA引き継いでるの自覚してるから否定できない!

 っていうか門限てなんだよ、もう大学生だぞこいつ。苦し紛れにしても言葉選べ俺。

 

「……心配ないよ。今日より遅くなることはないから」

 

 先回りするように釘を刺してくる。ということは、バイト先の営業時間が0時くらいなのだろうか。だとすると昔のようにバーではないらしい。朝五時帰宅にはならなそうで、そこだけは安堵する。

 しかし、すぐに別の懸念が浮かび上がった。

 

「前から気になってたんだが、バイトって何やってんだ?」

 

 俺らしくない真っ向勝負。頭に浮かんだ不安がそう言わせたのだ。

 川崎は苦虫を噛み潰し嚥下したような――苦々しいものから虚無になる――顔で答える。

 

「……あんたには関係ないから」

 

 かつて深夜バイトを咎めた大志に向けられた言葉だ。

 こう言われては大志に出来ることはなく、遣る瀬無さと無力感に打ちのめされていたことだろう。大志が味わっていた気持ちの一端を知り、今度会ったらもう少し手厚く扱ってやるかと俺の心は慈愛に満ちていく。当然、今後会わないと思われるからこそ湧いた慈愛だが。

 

「……関係なくはないだろ」

 

 しかし、今の俺はあの時の大志とは違う。金を貸し宿を貸して住まわせ、返済を督促せず、家賃すら要らないと明言しているのだから、立場で言えば川崎の両親や保護者のそれに近いだろう。

 ならば、どんな場所で働いているか教えてもらう権利くらいあるはずだ。

 

「っ! だから、ちゃんと借金と家賃払えるようなバイト選んで……」

「稼ぎがいいのか?」

「……そうだけど、それがなに?」

「それが心配なんだよ……」

 

 川崎は、ぐっと唇を噛んで目を逸らす。

 この憂惧が過去の深夜バイトを指していることに気づいたようだ。

 

 きっと無茶をする。

 いや、恐らくもうしているのだ。

 あの前科が、俺にそう訴えかけていた。頑なにバイトを教えようとしないのが何よりの証左である。

 

「別に無理して返済してもらおうとも家賃をもらおうとも思ってない。ただ俺は……」

「無理なんかしてない。無理なんか……」

 

 言い終える前にそう言い残し、川崎はロフトへ登っていった。

 

 

 分かり易く拒絶された俺は、冷めたコーヒーを啜りながら隠す理由を考察する。

 

 稼ぎがいい。

 インセンティブ。

 0時まで。

 慣れたらなんてことないから。

 

 それら断片的な情報を繋ぎ合わせていくと二択に行き着く。

 

 0時までということは職場が深夜酒類提供飲食店でないと推測できる。それは同時に風俗営業の可能性が成り立ってしまうことを意味した。この二つは兼業できないからだ。

 いや、稼ぎが良くインセンティブがつくとなると、むしろそれ(風俗営業)しかないまである。

 

 ――キャバ嬢

 

 不器用で口下手で、まるで愛想のない川崎に務まるだろうか。

 キャバ嬢に求められるのは容姿より愛敬や聞き上手であったりすると聞いたことがある。

 少なくとも川崎がお客を立てたり、笑顔で話を聞いている姿が俺には想像できない。

 『慣れたらなんてことないから』という言い方にも違和感があった。

 川崎には根本的に向いていないのだから『慣れたらなんとかなる』が正しいのではないか。

 些細な言い間違いならいい。

 しかし、それが言葉通りの意味だったら、もう一つの選択肢に辿り着く。

 

 ――風俗嬢

 

 キャバ嬢よりも、こちらの方が容姿とスタイルを活かせる。

 もしも川崎のプロフ写真を見せられたら、本人が登場するまでパネマジを覚悟するだろう。そのくらい抜きん出た容姿とスタイルを持った彼女に相手をしてもらえるのなら、テクが拙くても喜んで金を払う男は多い。

 最低過ぎることを言っている自覚はあるが、男にとって偽りようのない本心であり事実でもあった。

 

 女子大生が学費を稼ぐために風俗で働く話は、ニュースでも観たことがある。

 境遇があまりに似すぎているからか、憂愁に染まる表情でぎこちなくお客を持て成す。そんな生々しい姿を想像できてしまう。なんだったらその川崎は『慣れたらなんてことないから』と口にしても違和感がないほどだ。

 

 考えが良くない方向へと導かれ不安が増大していく。

 壁に掛かったカレンダーを見ながら、俺はある策謀をするのであった。

 

 

 

つづく




いかがでしたでしょうか。

溜め回だったのでサキサキ成分薄目ですみません。
材木座は今までのSS通して初登場ですが、しゃべり方が変に感じられたら申し訳ありません。

次話は完結編。
現在、当初用意していた展開をかなり変更して執筆中。
また話数増えないよな……増えないでくれよ……。

材木座の設定は以下の通りです。


◆材木座義輝◆

私立大学二年生。高校卒業後も実家暮らし。
未だ執筆活動に励んでいる。
『八幡案件』と称された原稿の添削は卒業後、自然と八幡だけに見せるようになった。
相変わらず女性としゃべるのが苦手なためと、雪ノ下と由比ヶ浜には個人的な関係性がないから。

13巻~のプロム案件には関わっていないので八幡以外の元総武高生とは疎遠である。


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