非きこもり、JDを拾う。そして、育てられる。   作:なごみムナカタ

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……なにが起きたのか?
二年以上連載してる別作品のお気に入り数を10日で凌駕したんですけど……。

本当にありがとうございます!
感想も頂けてメチャクチャ嬉しいです!


比企谷八幡と川崎沙希の物語。

家事のほぼ全てを沙希が担当することになり、そんな申し訳なさもあってか彼女を気遣う八幡。
導入部の総仕上げで詰め込んだため、ちょっと文字数多めです。



非きこもり、JDと初めての出逢いを思い出す。

『消費者金融借入未遂』

『家賃滞納からの強制退去で引越』

『元クラスメイトの同級生と同居』

 

 という三大事件があったにも拘らず、川崎は今日の夕飯から腕を振るうらしい。

 負担を考えて出前でも取ろうと提案したのだが、頑なに作るからと拒まれた。

 だって食材も全然ないんだよ? これから買い物行くのとセットになってるじゃん……。

 

 

 まだ全部は話し合っていないが、食材費は折半ということで落ち着いた。

 家事はあくまで自分がやるべきだと主張する川崎に申し訳なさを感じている。利子分とか冗談だったんだが、こんなにも拘るとは……。いまさら取り下げたらますます気にするかもしれん。完全に失言だった。

 

 その罪悪感を少しでも埋めるため、買い物へ行く川崎に同伴……同行していた。

 最初は遠慮からかまたも拒否られたのだが、少し食い下がると『じゃあ、頼める?』と折れてくれた。

 

 引越の時もそうだが、この遠慮が『ただ謙虚』なのか『マジ拒否』なのかを判断できないのは意外とストレスを感じる。小町相手なら、この手のクイズには多少自信があるのだが。

 

 

×  ×  ×

 

 

 スーパーに着いた俺たちは互いにカゴを掴んで顔を見合わせた。

 

「荷物は俺が持つから、カゴ戻していいぞ」

「え、いいの?」

「そのために来たからな」

 

 料理するのが川崎だし、何を買うかも分からない俺の存在意義は荷物を持つくらいしかあるまい。

 カゴを戻した川崎は、当然のようにカートを利用しようとする。

 

「……それいる? そんなに買うつもりなのか?」

「え、あ、いや、そこまで買わないけど、軽くてもあった方が楽だし、あと……なんでもない」

「だから途中で止めるなよ、気になるだろ。他に理由あんのか?」

 

 俺は一人で買い物する時、カートを使ったことはない。男女の筋力差が影響しているのかもしれないが、カートで減る労力よりも煩わしさのが勝っていた。

 

「……け、けーちゃんと買い物行く時の癖で……いつもカート使うから……」

「そ、そうか……」

 

 さすがに子供用カートに乗るような年齢ではないにせよ、子供ってカート好きだもんな。

 

「けーちゃんか、懐かしいな。元気なのか?」

 

 その言葉が川崎の表情に影を落とす……どころか絶望の淵に叩き落とした。

 またも失言であったと自覚せざるを得ない。

 

「……もう四ヶ月くらい会ってない……」

 

 四ヶ月といえば、川崎が家賃を滞納し始めた時期である。日々の生活に一杯一杯で、実家に帰る余裕も交通費もなかっただろう。

 やばい、めっちゃ不憫に思えてきた。この子やっぱり(さち)薄子(うすこ)さんなのでは……。

 

 名は体を表すと言うが、逆説的にはその性質から名前が決まるとも言えるだろう。つまり、幸薄子と呼ばれる日は近いのかもしれない。

 俺の中では現時点で『川崎(かわさき) (さち)薄子(うすこ)』だしな。せっかくだし、出身地も付けとくか。

 

川崎(かわさき)(さち)薄子(うすこ)・フォン・千葉』

 

 よし、名前だけは貴族になったわ。逆説的に貴族だ。彼女には、このまま幸せになってほしい。幸薄子って時点で没落してる気がしないでもないが。

 

 千葉に没落貴族が誕生した喜びに浸っていたため、目の前の川崎を放置してしまった。なにかフォローをしなければ申し訳が立たん……。

 

「今年のお盆くらいは帰れるだろ。なんだったら(いとま)をやるから帰れ、帰ってあげてください、お願いします」

「ん、ありがと。……交通費貯まったらね」

 

 もー、サキサ()ったら幸が薄い永久機関やめてよー!

 歩くほど地雷を踏むと判断し、買い物に集中しよう。そう固く心に誓うのだった。

 

 

 

「……なにか食べたい物とか、ある?」

 

 平静を取り戻した川崎は、青果コーナーを見渡しながらそんなことを訊いてきた。何をカゴに入れるのか身構えていたが、何を作るのかも決まっていなかったようだ。

 

 「まかせる」とか言うと嫌な顔されそうだなぁ。女子の言う「なんでもいい」みたいにウザがられそう。

 

 世の主婦たちのお悩みランキング一位は『日々の献立が決まらないこと』らしいが、女子の「なんでもいい」は男子の提案内容で男のレベルを測るためなので、意味合いが違う気もするけど。

 ただ、どちらもプラス査定にはならないであろう。試しに言って反応を見てみた。

 

「……まかせる」

「そ、わかった」

 

 短いやりとりに拍子抜けして、余計に続けてしまう。

 

「ずいぶんあっさりだな……実家の頃、小町に言ったら不機嫌にさせるワードナンバーワンだぞ、これ」

「……シスコン。まあ、うちも大志で慣れてるから、男ってそうなんだろうなって思ってさ」

「ブラコンめ。……で、大志がなんだって?」

「『なに食べたい?』って訊くと『なんでもいい』って返ってくるんだよ。お陰で迷ったら京華に訊くことが多くなった。京華はちゃんと決めてくれるし」

 

 それを聞き、己の言葉がいかに浅はかであったか得心させられる。

 俺が毒虫と同類……つまり、俺にとって駆逐する対象にまで堕ちてしまったことを意味した。

 小町の手は汚させないから俺が駆除するんですが、となるとやっぱりゴミの日に俺も捨ててくるで解決ですね、ありがとうございます。

 

「ま、言ってくれると作り甲斐があるのは確かだけど、献立決めるのもあたしの役目だって……」

「……川崎の得意な物が食いたい」

「え?」

 

 すぐさま心を入れ替えた俺はそう宣言する。

 そもそも俺は川崎がなにを作れるのか分からないのだ。こいつの料理を知っていく上では、このチョイスが最善であろう。

 

「……な、なな、なにいって、っ!」

 

 一拍置いて意味を理解したのか、徐々に慌てふためいていく。釣られて動揺しないよう、努めて冷静に質問を続けた。

 

「なにが得意なんだ?」

 

 えーっと、何処かで聞いたことがあったような……。

 記憶をサルベージしていると、川崎の顔はみるみるうちに赤く染まっていき、消えそうな声で答えた。

 

「……さ、さと、里芋の、にっころがし……」

「……」

「……」

「……地味だ」

 

 地味という言葉に反応して、涙目になる川崎。

 

 あ、俺このやりとり知ってる。

 確かバレンタインの相談で奉仕部へ来た川崎に、同じ反応をした覚えがある。

 振り返ると、あれが奉仕部最後の対外的な依頼だった。プロムは生徒会案件であり、一色もほぼ奉仕部みたいなもんだからな。

 あれ以来、俺たち初期メンバー三人が卒業するまで依頼はなかった。

 はっきりと記憶が呼び起こされ、ノスタルジックな気分にさせられる。

 

「あ、いや……んじゃ、それで頼む」

「……ん」

 

 恨みがましい目で俺を睨め付けながら短く返事をした。

 

 野菜を吟味する川崎を眺めながら、ふと高校時代を思い出す。

 二年の頃は同じクラスだったこともあり、こいつとはたびたび顔を合わせていた気がする。

 三年に進級し、別クラスになっても予備校でよく見かけた。

 

 懐かしむ気持ちから、俺たちには特別な縁があるのではないかと感じていた。

 

 

 カゴに次々と食材を入れていく内に機嫌が直ったのか、その表情には笑みすら浮かんでいる。

 

 街で出逢った顔が嘘のような快活さに、見ているこちらも活力が湧いてきた。

 これが見れただけでも大金と宿を貸した甲斐があったというのに、(あまつさ)え夕飯まで作ってくれるなど楽しみでしかない。

 買い物を終え家路につくと、心躍るのは俺だけでなく俺たち(・・・)なのだと言わんばかりに、揺れるポニーテールが訴えていた。

 

 

×  ×  ×

 

 

「えっ、あたしが……?」

 

 料理を作っている最中の川崎に上から語りかけた。文字通り”上から”である。

 

「色々と考えた末に、ここはお前が使った方がいいだろうと思った。夏は暑いから強制はしないが」

 

 俺は寝室にしていたロフトを片付けながら説明した。夏はエアコンの冷気が届きづらいので下で寝ているが、このアパートで一番のベストプレイスは間違いなくここである。

 川崎も同じことを感じているのだろう。俺がここを明け渡すと聞くと、ただ驚くだけでなく驚怪すらしていた。

 

「いや、いいよ。そこってこの部屋で一番良い場所なんでしょ。あんたの寝床とっちゃ悪いし……」

 

 料理の手を止めず、見上げながら否む意思を示す。

 

「でもなぁ……ワンルームだし、最低限のプライベートを確保するにはこれしかないだろ」

「だったら、あたしが(洋室)で過ごせば……」

「ロフトからだと下が丸見えなんだよなぁ……」

「んなっ⁉」

 

 アラウンドビューだよ、ホークアイだよ、高所からだと敵を捉えやすく下方からは見えづらいんだよ、ってなんで戦場の優劣で語ってんだよ。アラウンドビューだけで伝わるだろ。

 

「ここなら着替えにも使えるからな。わざわざ脱衣所行くのも手間だろ」

 

 男の俺なら最悪パンツさえ穿いていればどうとでもなるが、川崎はそうもいかない。下着姿でもアウトだし、ちょっとした着替えで洗面所を独占されるのは俺が困る。しかも、うっかり見て気まずくなるのも俺であり、最悪通報までされる。地獄だ。

 想定する状況に思い当たったのか、考え込んでいる。

 

 確かにここは気に入っているが、今も料理をしてくれている川崎の負担を思えば、なるべく快適な環境を提供してやりたいと願うのも俺の偽らざる本心だ。

 

 なかなか首肯しない川崎を説得するため、奉仕部へスカウトされる切っ掛けとなった国語学年三位の実力を見せてやろう。物凄く良いように言ってるけど、実際は『犯行声明紛いの作文を見咎められて奉仕部へと隔離された』が正しい。

 うん、普通にやべーやつだった。あの頃に戻って過去の俺を殴ってやりたい。

 

「このロフトと洋室の関係性を二段ベッドで喩えると、上段で寝るのは体重の軽い方と相場が決まっている」

「……いきなりなに言い出すのさ」

「だが、これが兄弟で使うとなると話は別だ。上段の取り合いとなるが、兄という暴君に逆らえない弟は泣く泣く下段を選ばされる。弟の方が身体が小さく、上で寝るのが合理的であるにも拘らず、だ」

「……は?」

「そうして初めての挫折を知り覚えた忍耐力は、社会に出て社畜として働くための必要不可欠な要素となって自らを助ける。つまり、二段ベッドとは子供が理不尽を体験するための教材なのだ」

「……」

 

 途中から、俺の講釈と里芋のくつくつとした音だけが室内に流れるようになった。

 川崎の表情からは興味というものが失われている気がする。

 状況を打破するため、ここで質問タイム。

 

「お前も経験あるだろ、子供の頃の”二段ベッド内戦”」

「あたしは大志に上、譲ってんだけど」

 

 そうだったー、こいつブラコンだったわー。

 

「そういうあんたは兄という暴君だったわけ?」

「俺が小町に対して暴君であろうはずがなかろう。小町を合衆国とするならば、俺は日本。ノーと言えないお兄ちゃん(日本人)だぞ。逆らうことなど出来ようはずもなく、上を寝床として献上し、下も荷物置きとして提供しそうになり危うく床で寝るところだったな」

 

 比企谷兄妹の関係性が妙に納得出来てしまう喩えだった。

 

「……シスコン」

「お前もだろうが……」

 

 ブーメラン発言を咎めても頑なに認めない川崎は、少しだけイライラした様子で詰問する。

 

「結局何が言いたいわけ?」

「つまり、二段ベッドでは兄弟という例外があるが、俺たちは兄妹でもなければ体重もお前の方が軽い。その上、男性よりも女性の方が冷え性であることは揺るぎない事実であり、ロフトの方が暖かいことを加味すれば川崎がロフトを使うのは、むしろ最適解と言わざるを得ない」

「……」

 

 盛大に逸れてしまった話がようやく本題に戻った。

 

「それ言うために里芋が煮えちゃうくらい長々と講説したってわけ? あんた、バカじゃないの?」

 

 川崎は菜箸で里芋を突き刺しながら罵倒してきた。

 字面だけ見ると、これから俺が里芋のようにされる禍々しさを孕んでいる。やべぇ超怖い。

 だが実際には、呆れ顔でおどけているような印象を受けた。菜箸が抵抗なくスッと入るのを確認した川崎は、ふっと笑みをこぼしながら言った。

 

「……ご飯、出来たから食べよ」

「おう……」

 

 『ロフトを使うのは川崎である合理性』を滔々とプレゼンするも、有耶無耶にされてしまった。

 夕飯を食べ終えたら『川崎がロフトを寝室にすべき100の理由』を巧説してやろう。

 

 

 ローテーブルに並べられた料理はご飯に味噌汁、チキン南蛮とサラダ、そして里芋のにっころがし。香ばしい匂いとタルタルソースが食欲をそそる。しかも、ムネ肉で材料費も抑えている。

 一人じゃ食べきる前に痛むので、摂るのを諦めていた野菜が食卓に上がるのはポイントが高い。

 そしてなにより、川崎が得意としている里芋のにっころがしだ。誤解を恐れず言うならば、ここだけお袋を通り越し、お婆ちゃんの風格が漂っていた。

 

「じゃ……いただきます」

「……どうぞ」

 

 まず、本人自慢のにっころがしから箸を付ける。

 実家よりも故郷然とした優しい味が、口の中にじんと広がっていく。郷愁を誘うその味は、一年以上御無沙汰である小町の料理を思い起こさせた。

 ああ……。寝に帰ってくるだけのこの部屋で、こんなにも温かく旨い料理を口にできるとは。自然と表情筋が緩んでいき、箸も止まらない。

 

「っ……⁉」

 

 すごい勢いで箸を伸ばしていると、川崎はそわそわと落ち着きがなくなっていく。

 どのおかずも、それぞれ一つの皿に盛りつけられているため、このままでは川崎が食いっぱくれる心配があった。

 

「……意地汚くてすまん。危うくお前の分まで俺が食うところだった」

 

 麦茶を飲んで落ち着いた俺は、軽く謝罪し川崎を見ながらペースを調整しようとする。

 だが、彼女は最初から箸すら持たず、俺の食事を眺めているだけであった。

 

「……食わないのか? このままだと本当に俺が食べ切るかもしれんぞ」

「え、あ、いや、た、食べる、けど……」

 

 勧めてみるが、箸を持つだけで料理に付けようとはしない。

 うーん、そわそわしてたのは自分の分が無くなる懸念からじゃなかったのか……。

 

 川崎の機微が掴めずにいた俺だが、その様子からようやく察しがついた。

 ただ、口にするのは酷く恥ずかしい……。

 

「あー、えっと……旨いな、里芋のにっころがし」

「っ……そ、そう? それなら、良かった……」

 

 照れながらもにょもにょと感想を述べる俺に、へどもどとした返事をする川崎。

 なにこの『もにょもにょ』と『へどもど』の対決。泥仕合にしかならないじゃん。互いに言い淀む無限ループ。

 

 しかし、口調はともかく内容は正解だったようで、川崎もおかずに箸を付け始めた。

 

 

 シンクで食器を水に浸けながら『川崎がロフトを寝室にすべき100の理由』を思弁する。

 ……100は多過ぎたか。千葉の良いところじゃあるまいし、そこまでは出ないぞ。

 

 それにしても、あれだけ素晴らしいプレゼンをしたのに心動かないのは『マジ拒否』なのでは、との疑念が湧く。いや、きっとそうだ。そうに違いない。

 密かに自得していると背中に視線を感じた。多分、川崎だろう。そうじゃないとホラー案件なので困る。

 

「……ほんとにいいの?」

「え」

「あ、その、……ロフト、使っても」

 

 その言葉は、機微に触れたつもりでいた俺の背中に突き刺さる。

 またも読み違えた俺に、川崎の機微を語る資格などなかった。その蹴りが鋭そうな長くしなやかな脚で、過去の俺を蹴ってはくれないでしょうか……。

 だが、動揺などおくびにも出さず、川崎の要求を受け入れる。

 

「あー、もちろんだ。あれだけ見事なプレゼンが不発したのかと肝を冷やしたぞ」

「あれを見事って言っちゃうとことか、あんたらしいよね……」

 

 呆れを帯びた口調だが、その表情は目尻を下げた優しいものだった。

 

「じゃあ……使わせてもらうよ」

「どうぞ」

 

 脚立のように少し角度のついた梯子を登り、ロフトデビューを果たす。

 登り切らずに上体だけをロフトに乗り入れて中を確認する。梯子にお尻を残しているものだから、後ろ姿が妙に艶めかしい。ぴっちりとしたパンツがそのラインを強調し、気恥ずかしくなった俺は慌てて目を逸らした。

 

「カーテンレールもついてるんだ」

「元々が一人住まいだからカーテンは付けてないけどな」

 

 なくても下からは足場が邪魔でロフトが見づらい。奥の方にいれば、こちらからはほぼ見えないので着替えても問題なさそうだ。

 とはいえ機能的にも気分的にも必要なのは間違いない。

 浸けてある食器を見て、ついでにと思い付いた。

 

「近くに百均あるからカーテンと食器、買いに行くか?」

「え?」

 

 二人なのにシェアしないとやり繰りが厳しい皿の少なさや、個室にロフトを勧めたのにカーテンがないことを懸念し提案する。

 そんなに物は増やしたくないが宿を提供すると言った以上、責任は果たさねばならない。

 

「ロフト使えと言ったのは俺だし、飯はシェアだと川崎の分まで食っちまいそうだし」

「う、あ……」

 

 暗に川崎の飯が旨いと仄めかした科白になってしまい、身の置き所がない。川崎の反応もそれに気づいていると分かる照れ具合だ。なんとか話題を変えようと不自然に声を張る。

 

「ま、まあ、希望さえ言ってくれたら俺だけで買いに行ってもいいが?」

 

 慣れない声量だからか、俺の声ちょっと裏返ってたんじゃない? 大丈夫?

 

「えっ! い、いっしょ、一緒に⁉」

 

 川崎も負けじと声が裏返り、返ってきた答えが三つくらい前のもの。これじゃメッセージ三つ読んだ後の返事だぞ。いつから俺たちはLINEでやりとりを始めたんだよ。

 

「一緒は嫌か。カーテンなんかは現物見た方が選びやすいだろうが嫌ならしょうがな「い、いく! いくから!」っ……お、おう」

 

 叫ぶような声で了承を被せてきた。嫌じゃないなら早いとこ出掛けた方がいいだろう。

 

「じゃあ、すぐ行こうぜ。遅くなってもやだし」

「ま、待って、着替えるから荷物とって!」

 

 川崎はロフトに登り切り、うつ伏せで下を覗き込む。

 早速、更衣室として使おうするところは八幡的にポイントが高い。衣類の入ったバッグを渡してやるとロフトの奥へと引っ込んだ。

 それにしても着替える必要とかあるのか? 冷えそうなら薄手の上着でも羽織れば充分だと思うんだが。

『で、デー、と……』

 それに何か言っているようだが、小声過ぎてよく聴こえない。

 

 その間、食器を洗うことにした。放っておくと家事全てを川崎がこなして何もさせてもらえなくなる。それが退転して押し付けてしまうことを恐れていた。

 

 シンクから右手上方を見上げれば、梯子が掛かるロフトの出入口がある。初めのプレゼン通り、ここからでは着替えなど見えやしない。遠慮なくちらちらと意識を向けるが、川崎はなかなか出てこなかった。

 

「……マジでなにやってんだあいつ」

 

 そも食器が足りなくて買いに行こうとしてるのだから、すぐに洗い終わってしまう。

 手に付いた雫を拭いながら声をかけようとすると、ちょうど川崎が梯子に現れた。

 

「お、お待たせ……」

「おせーよ、なにして、た…………っ⁉」

「ごめん、遅くなっ、て……?」

 

 着替え終えた川崎はロフトの縁に立ち不思議そうにこちらを見下ろしている。当然、俺は川崎を見上げていた。

 『ロフトからだと下が丸見えなんだよなぁ……』とはさっき言ったが、

 

 ――――下からでも丸見えだった。

 

「黒のレース、か……」

「え、……………………っ‼」

 

 パンツはパンツでも、長くしなやかな脚のラインを強調していたさきほどのパンツではなく、ショーツの方のパンツ。……何回パンツ言ってんだよ。

 川崎は、事もあろうにパンツスタイルからスカート(しかもけっこうミニ目のやつ)に着替えて来たのだ。

 俺は高校時代、初めて川崎に出逢った時と同じ言葉を漏らしていた。

 

 違うぞ。決してこうなりたいからロフトを勧めたわけでは断じてない。っていうか、なんでスカートなんだよ、そんなに見せたかったの? 露出魔なの? これで慰謝料なんて請求されたら完全な当たり屋だぞ? いや、ぶつけてないし露出だから露出屋?

 

 デコルテから、かーっと上っていくアニメのような赤面。冬なら湯気さえ立ち昇ってもおかしくない赤味加減と『え』という驚きが、露出屋の可能性を否定していた。よかった。新たな詐欺の手口が世に出回らなくて。

 

 バックステップするように飛び退き、俺の視線から逃れた! ……と表現すると厨二的カッコ良さなのに、目的がパンチラ回避なのがもうダメダメである。

 

「……ば、ばかじゃないの⁉」

 

 ロフトの奥から聞こえてきたその罵倒も、初めて出逢った時と同じであった。

 

 こんなところまで高校時代を再現しなくてもいいだろうに……。

 

 

 

つづく




いかがでしたでしょうか。

三年生の時、八幡と沙希が同じ予備校と回想しているのは原作と違いプロムに介入しなかったためです。
雪乃と付き合うことなく三年生となった八幡は予備校を替えませんでした。

これで序章終了です。
次話以降は、基本一話完結形式で作っていきます。


〇次回予告:沙希の新たなメインバイト(仮)

最近、沙希が疲弊して帰ってくる。何事かと心配する八幡だが、なんでもないと突っぱねる沙希。
もやもやが募った八幡は珍しく人に誘われ出掛けることになる。

そして……


はい、こんな感じですー。
この話は久々に挿絵を描きたいけど、CLIPStudioPaintの使い方忘れてるかもしれない……。

これを含めて、四話分くらいは骨組みが出来てますがそこから先がやばいです。
そのストックを書き切ると、元々見切り発車なので更新止まるかもしれません。悪しからず。


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