歯科界を牽引して来た先達の先生方が心血を注いで歯科を好転させるべく頑張って来られたにもかかわらず、長期にわたる歯科界の低迷傾向に未だ歯止めがかからず、厳しい現状の打破には至っていない。私は、残りの人生を歯科再興に懸ける覚悟で立候補を決意した。
「歯科界」に身を投じて50年、臨床の現場での学生教育、研究(歯冠色修復材の開発、接着歯学の普及・啓発)、保険審査会、日歯社保委員会、日歯生涯研修、都歯・日歯での連盟活動と様々な分野で仕事をさせていただいた。
従前より「歯科界を良くするために」粉骨砕身務められた先達の日歯会長の先生方に感謝しつつ、歯科を憂う強い危機感を持って改革に邁進する所存である。歯科医師が国民から感謝され尊敬され誇りを持って診療ができるように!また、歯科界に働く者が正当な社会的評価を受けるために!
我が国の医療はいわば「国家統制医療」である。国家試験、医院の開設、管理、そして診療報酬改定、請求、指導、監査等々全て国家により管理され、全て国策により定められている。医師としての裁量権は制限され、ほぼ自由度のない医療体制の下で、医療関係者は苦悩しながら国民のための医療を必死で守っている。我が国は自由主義国家でありながら医療に関しては社会主義国家の様相を呈していると言える。
令和3年の国民総医療費は44兆2千億円、その中で歯科医療費は3兆1千億円である。総医療費に占める歯科の割合は7.1%に過ぎない。以前は10%を超えていたが年々低下している。一方、調剤は7兆7千億円、総医療費の17.5%を占めるまでになっている。平成8年には、歯科と調剤の医療費は、歯科が2兆5千億円、調剤が1兆4千億円であったが逆転し、26年が経った今、何と調剤が歯科の2倍を大きく超えているのである。
医師は約30万人、歯科医師は約10万人が医療に従事しているが、総医療費に占める歯科医療費は7.1%という事実、この背景として次の二点を指摘したい。
一点目は、歯科が「世界一」と揶揄される低レベルの対価で医療を担っていることである。例えば、歯内治療は、歯牙の存続に大きく影響し、歯を残すための基礎工事とも言えるが、対価は驚くほど低く設定されている。根管治療を320円でおこなっている国がどこにあるだろうか。
二点目は、投機対象金属を公定価格で請求する仕組みの矛盾である。投機対象金属である「金」「銀」「パラジウム」「銅」が主成分の歯科用金銀パラジウム合金は、2022年に入り暴騰した。この異常高騰は、今回のウクライナ戦争による世界経済の混乱に起因するものであるが、国が定めた公定価格で、投機対象金属を用いて診療する仕組みが続く限り、今後も影響は避けられない。
しかも、施術のたびに発生する多くの赤字を歯科医師が負担していることはほとんど国民に周知されていない。我々の訴えが届いた結果、金パラの公定価格が見直され、ようやく赤字が減少するも、今度は材料価格の見直しに伴う患者窓口負担の上昇を招き、「この値上げは歯科医師の利益になる」との誤解を生じてしまっている。金パラを用いた歯冠修復だけではない。CAD/CAM冠をセットするのに使う殆どの接着材料は、1歯当たり数百円かかるが、受け取る対価は170円である。
なぜ、このような状況になってしまったのか。
「歯科の当然の主張」が自己中心的行為のように見なされてきたのではないか。国の制度であっても、不合理な点は改正を働きかけ主張し、変えていくという気概が不足していたのではないか。その結果、長期にわたって歯科界が低迷し、将来の明かりが見えず、優秀な若人が歯科に対し見向きもしなくなって来た。毅然と、かつ粘り強く主張しなければ、誇りを持ってこれからの「歯科」を背負って立つ有能な人材が枯渇してしまう。
追い打ちをかけるような新型コロナウイルス感染症流行による来院患者激減、急上昇する感染対策経費、スタッフの負担激増、歯科材料のみならず物価高による経費増大等、医科と違って「歯科」を取り巻く環境は日に日に悪化の一途をたどっている。
このまま歯科界が疲弊していくのを私は看過できない。日本歯科医師会を「物言う歯科医師会」にし、この流れを是正しなければならないと強く思っている。臨床家として全国の会員と同じ視点に立ち、新たな道筋を立てることが喫緊の課題であると思っている。そのためには公益社団法人といえども、歯科医療整備のため、今まで培ってきた経験と人脈を糧に「政治」とも向き合っていく所存である。私は常に周囲の人材を生かし協力して活動してきた。その経験を活かし「物言う歯科医師会」を創っていきたい。
歯科の社会的評価が下がることは、国家の損失である。良質な歯科医療を国民があまねく享受できるのは国民全体の利であり、良質な歯科医療を担う優秀な歯科医師なくして、国民の健康は支えられない。その矜持をもち、我々は声をあげていくべきだと考える。私は大学に25年奉職し、約5、000人の教え子を送り出した。先が見通せない厳しい現状の中で、あえぎながら歯科医療を担っている彼らに、つまり、歯科界の未来に光をもたらしたい。全ての歯科医師が、人生最後の日に「歯科医師になって良かった!!」と思える歯科界を目指して!!