西山太吉のしたことを「プロセス」呼ばわりしているジャーナリストの江川紹子さんに、以下の文章を読んでもらいたいと思います。
目的のためには手段を選ばず――某カルト教団の”教是”であった。
自分たちは真理を実践している。この崇高な活動のためには、現実社会の法を犯すのもやむをない。多少の犠牲は仕方がない。そういう思い上がりが、人を騙したり、金を奪い取ったり、さらには命をも奪う犯罪を犯す根っ子にあった。
(中略)
いずれにしても、その行為に違法性の疑いがあれば、捜査の対象になるのはやむを得ない。人のモノを勝手に持ち出し、自己の支配・管理下に置くという行為が、「グレーゾーンには踏み込んだが、犯罪にはあたらない」(星川淳事務局長)[※注]」という主張はかなり無理があるのではないか。
それが通るなら、私たちジャーナリストが様々な問題を取材し、告発する記事を書くためだったら、人の家に忍び込んで、証拠になりそうなモノを盗み出したり、盗聴器を仕掛けたり、といった行為も許されることになる。
[※引用者注:2005〜2010年のグリンピースジャパン事務局長のこと。この文章はグリンピースによる鯨肉窃盗事件について2008年に執筆されたものである。]
(中略)
そのうえ「反捕鯨は正しい」「そのためには何をしてもよい」と言わんばかりの自信に満ちた態度を誇示されると、「あなたたち、何様のつもり?」と言いたくなる。違和感が高じて、何が何でも鯨を食べてやろうじゃないの、と好戦的な気分が湧いてくるのも、分からないでもない。
(中略)
環境改善にしろ、特定の動物を保護する運動にしろ、人々に反感を招くようなやり方をばかりしていたのでは、事態は改善せず、効果は上がらない。人々の共感を得てこそ、主張は浸透し、行動を伴うようになり、人の意識や社会の仕組みも変わっていく。捕鯨をやめさせたいという目的があるなら、それを効果的に実現する手段を考えた方がいい。
その点で、捕鯨に関するGPらのキャンペーンは、まったく逆効果であり大失敗だった。東京地検はおだてて見せながら、日本の人々の心情を軽蔑してみせる。これでは共感を得られるわけはない。そればかりか、彼らの「行動力」を誇示するパフォーマンスは、環境保護運動には「目的のためには手段を選ばず」という過激な側面がある、という印象を多くの人々に与え、こうした分野へ捜査機関が介入するハードルを引き下げたのではないか。
―引用ここまで―
すごく良いことを書いてありますね。
この文章を書いた人の名前は、江川紹子といいます。覚えておいて下さい。
【引用元】
http://www.egawashoko.com/c006/000264.html
名誉棄損で通報した
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事実陳列罪で通報した