三山五岳調査団(SGC) 活動記録

 学生時代、「場所貸し犯罪における犯人の行動心理と地理的特徴 -群馬県利根沼田地域を事例に」とのテーマで論文を書くことを計画していた。結局退学せざるを得なくなったのだが、その際に調べたものをデータ化して残そうと思う。現在も調査は続けている。なお、テーマから外れるケースも、参考のため幅広く調べることにしている。


  深山で起こる様々な事案を調査し、
  真相と深層の追究を目的に結成された法律外の非公式団体。

    “三山五岳調査団”(SGC)

  人は事に及ぶ時、意識的にも無意識的にも場所を選びます。
  あの場所で何かが起こるのは、偶然の要因だけではありません。
  行動と場所を結びつけた視点のもと、当調査団は生まれました。

  活動の舞台は人里離れた山の中。
  大自然に囲まれたい人、都会を離れたい人、
  人間界と自然界が織り成す現実のミステリーに挑戦したい人、
  日常と非日常の境界を体感したい人が集まりました。

                  三山五岳調査団 団長 折原臨也


   前橋本部:群馬県前橋市大手町1-1-1
   桐生支部:群馬県桐生市梅田町5丁目 梅田レイクサイド
   片品支部:群馬県利根郡片品村花咲字大沢32-47
   軽井沢支部:長野県北佐久郡軽井沢町発地字大原1061-141


<活動記録> 利根沼田地域に関連する事件を中心に記録しています。

●栃木2少女連続殺人事件
 殺人の前科を持つ上野惣吉が、栃木県内で2人の少女を殺害し、妻と逃亡した。逃亡中、妻・文子とともに水上町湯桧曽の旅館「林屋」に無銭宿泊したほか、新治村永井の知人から金を騙し取って詐欺容疑で逮捕されている。上野は死刑確定、後に執行された。

●銀座路上2人強盗致死事件
 1974年6月15日未明、銀座の路上で廃品回収業者の男性2人が暴行を受けて倒れているのが発見された。片品村出身の星野繁さん(当時66歳)は既に死亡。茨城県新治郡出身の鈴木清さん(同61歳)も17日未明に病院で死亡した。警察は丸山泰史と少年2人を強盗致死容疑で逮捕した。同年11月5日、東京地裁(林修裁判長)は丸山に懲役13年判決(求刑同20年)。「社会の片隅でひっそりと暮らしてきた老人の命を無残にも奪った責任は軽くない」と断罪した。

●市谷タクシー運転手強盗致死事件

発生日  1948年3月1日
犯 人  原米一・角田精一・菅沼照良・白石政幸
遺棄現場  
移動経路  
場所選定理由  
犯人と現場の関係  
動 機  
概 要  
捜査上の課題  
裁判結果
 1956年11月19日、東京地裁は以下のとおり判決。
 原:懲役13年(求刑同15年)、角田:懲役12年(求刑同13年)、菅沼:懲役12年(求刑同13年)、白石:懲役10年(求刑同12年)。
備 考
 菅沼は片品村出身。

●別子銅山妻子殺害・愛人宅ダイナマイト爆破事件(『薄化粧』事件)

発生日  1949年1月25日(妻娘殺害)、同年2月13日(次男殺害)、1950年10月13日(愛人宅ダイナマイト殺傷)
犯人  西村楠義(41=最初の逮捕時。逃走後の逮捕時は51歳)。偽名は「山本春夫」「川島一夫」「河合新四郎」「川合新四郎」。『薄化粧』の作中では「坂根藤吉」。
遺棄現場  
逃亡経路  以下のとおり、各地の飯場を転々。新潟県糸魚川市小滝(ダム工事)、群馬県利根郡片品村白根温泉奥(同)、同村鎌田の奥(同)、神奈川県相模湖湖岸(同)、岐阜県不破郡関ケ原町(鉄道トンネル工事)、福井県敦賀市付近(同)、石川県能登半島穴水の東方約15キロ(同)、岐阜県恵那郡坂下町(ダム工事)、山梨県大月市笹子町(道路トンネル工事)、群馬県利根郡月夜野町(ダム工事)、長野県西筑摩郡王滝村(用水隧道工事)、群馬県利根郡水上町利根川上流(トンネル工事)、静岡県島田市身成・同県榛原郡金谷町(ダム工事)、埼玉県秩父郡大滝村大血川大陽寺(同)、高知県幡多郡佐賀町川奥(鉄道工事)。
場所選定理由  沼田が故郷(本籍地・高知県高岡郡大桐村大字桐見川字津江野、現・越知町)の風景と似ていることか?
犯人と現場との関係  なし。
動 機  不倫が原因で夫婦間が不仲になったため自宅で妻(当時36歳)を殺害。その際に起き出した長女(同1歳)も殺害。養育を放棄するため翌月、実家へ帰る途中の高知県佐川町山中で次男(同6歳)を殺害。さらに愛人の母との金銭トラブルや、交際をやめるように迫った愛人の弟を殺害すべく、ダイナマイトを爆破。家主の義妹(同13歳)が死亡、同義弟(同19歳)が重傷を負った。
概 要  愛媛県別子銅山の坑夫だった西村楠義は、1949年から翌年にかけて、妻子や愛人の家族計4人を殺害した容疑で逮捕、起訴された。ところが、起訴後の1951年10月23日、松山刑務所西条拘置支所から脱獄した。西村は一時期沼田市薄根町のアパートに住み、片品村東小川のダム工事現場や新治村に潜伏していた。1960年9月19日に逮捕されるまでの9年間の逃避行は西村望『薄化粧』によって小説化され、後に五社英雄監督、緒形拳主演で映画化されている。ただし、逃亡生活の後半に焦点を絞っているため、沼田市でのアパート生活を除き、片品村や新治村での生活は描かれていない。
捜査上の課題  最初の犯行から最後の犯行まで1年以上間隔があること、脱獄、長期逃亡、一審一部無罪判決など、問題点は多い。
 1940(昭和15)年1月20日、当時住んでいた台北で長女(当時数え年で8歳)が急死しており、殺人の疑惑がもたれていたが、死亡地が台湾であることや、他の関係者が死亡していることなどから、真相は掴めなかった。
裁判結果
 1961年2月10日、松山地裁西条支部(横田吟裁判長)は、ダイナマイト事件について証拠不十分で無罪とし、妻子3人殺害の罪のみで懲役15年判決。
 双方が控訴し、翌年1月31日、高松高裁(加藤謙二裁判長)は一審を破棄。全て有罪としたが、逃亡中比較的真面目に働いたことなどが考慮され、検察が求刑した死刑は回避、無期懲役判決。死刑回避については、一審で一部無罪だったため、万一の冤罪を恐れて量刑面に影響した部分もあるとみられる。
 同年10月26日、最高裁第二小法廷は被告側の上告を棄却する決定を出し、無期懲役が確定した。その後、西村は服役し、既に仮釈放されているという。
備 考
 現在では長期逃亡は刑を重くする要因にはなるが(オウム真理教の平田信に対する判決に顕著に表れている)、軽くする要因にはまずならない。しかしこの時代には、自業自得なのだが逃亡中に困難な生活を強いられたことが酌まれたり、逃亡中に通常人以上に真面目に稼働したり、他人のために尽くしたことが評価されて減軽された判決がいくつか見受けられる。東京小石川の「生き仏」事件や、神戸の「和製ジャン・バル・ジャン」事件がその代表例と言えよう。ほか、徳島の強盗殺人犯・鎌田武則や、近年でも資産家老女ら連続殺人の岡下香の一審判決(控訴審では否定され死刑)が挙げられる。

●片品村造林小屋同僚傷害致死事件

発生日  1955年3月21日
犯 人  相内秀夫(36)
遺棄現場  
移動経路  
場所選定理由  
犯人と現場の関係  
動 機  酒に酔った上でのケンカ。
概 要  片品村土出の木工所造林小屋内で、作業員約20名が飲酒中、島中定一さん(青森県東津軽郡今別村出身)が鉈で斬り付けられ死亡した。犯人は同僚の相内秀夫。島中さんとは同郷で、日頃仲は悪くなかったが、酒に酔った上での口論が原因だという。
捜査上の課題  
裁判結果
 1955年6月8日、前橋地裁は懲役3年判決(求刑同)。
備 考
 

●水上町除雪人夫強盗殺人事件

発生日  1956年2月6日
犯 人  板倉徳太郎
遺棄現場  
移動経路  
場所選定理由  
犯人と現場の関係  水上町藤原の除雪人夫小屋で犯行。
動 機  強盗殺人。
概 要  栃木市出身の板倉はかつての飯場仲間だった被害者を殺害し、金品を奪った強盗殺人事件。被害者と連絡が取れなくなったことを不審に思った交際相手が遺体を発見した。
 被害者は沖縄県国頭村から出稼ぎに来ていた。
捜査上の課題  現場は雪深く、車両が進入できないため、捜査員は積雪の中を数時間かけて現場に到達した。
裁判結果
 1956年7月13日、前橋地裁(河内雄三裁判長)は死刑判決。翌年5月24日、東京高裁で無期懲役に減軽。6月8日に上告を取下げて確定した。
備 考
 前橋地裁管内では豊秋村(現渋川市)4万円強殺事件の須藤嘉祥、豊岡村(現高崎市)主家3人殺害の岩下祐三、桂萱村(現前橋市)警察官連続殺傷の近藤才治に次いで、戦後5人目の死刑判決とされる。このうち死刑が確定したのは近藤のみだが、サンフランシスコ講和条約締結に伴う恩赦で減軽されている。県内で死刑が確定、執行されたのは、大久保清が初である(1973年2月22日死刑判決、76年1月22日執行)。

●沼田市長男睡眠薬殺人事件

発生日  1966年10月20-21日(11月17日別件逮捕)
犯 人  和泉憲児(37)
遺棄現場  なし。交通事故を装う。
移動経路  なし。
場所選定理由  なし。
犯人と現場の関係  自宅(沼田市高橋場町)で犯行。
動 機  妻の家出に加え、長男を引き取ってくれる親族がおらず、足手まといになったため。
概 要  保険外交員だった和泉憲児は、酒乱や暴力により妻に家出され、残された子どもを持て余していた。妻や親族に相談したものの、最終的に長男(当時5)は自分で養育せねばならず、生来の怠け癖から疎ましく思うようになった。
 2か所の薬局で睡眠薬を購入し、幼児の致死量を超える薬を飲ませ、殺害。その後、交通事故で頭を打って死亡したように偽装した。
 長男200万円の生命保険がかけられていたことから、当初は保険金目当ての殺人と目されていたが、裁判で否定されている。
捜査上の課題  事件は子どもの死に不審を抱いた妻の通報で明らかになった。和泉は事件後、複数の開業医に死因の特定を依頼するなど不審な行動をとっており、開業医が死因に不審を抱いて通報したり、警察と連携が取れていればもっと早期に解決できたと思われる。
裁判結果
 1967年6月21日、前橋地裁(三橋裁判長)は懲役8年判決(求刑同10年)。裁判長は「子どもは親の所有物ではなく、一個の崇高な人格として尊重されるべきで、親はわが子のいのちを守りとおす義務がある」と述べている。
備 考
 妻の家出直後、長女も不審な死を遂げており、殺人の疑いがかけられていたが、遺体が火葬されており、立件できなかった。
 保険外交員時代に、顧客から集金した金を着服した余罪がある。

●沼田市飲食店マダム殺人事件

発生日  1966年12月9日
犯 人  川向茂蔵(25)
遺棄現場  なし。
移動経路  なし。
場所選定理由  なし。
犯人と現場の関係  被害者が経営する飲食店内(沼田市坊新田町)で犯行。
動 機  交際していたホステスを雇い主である被害者が匿っていると邪推し、被害者の言動に腹を立てたため。
概 要  現金が奪われていることから、当初は強盗殺人とみられていた。
捜査上の課題  当初は確たる証拠がなく、被疑者は「最後に訪れた客」で重要参考人にすぎなかったため、全国指名手配ができなかった。被疑者の故郷の岩手県や、土地鑑のある地域など、広域捜査を依頼したものの、結局被疑者は渋川市内の旅館に泊まっており、2日後にアパートに戻ったところを捜査員に逮捕された。被疑者は新聞を全く読んでおらず、自分が疑われていることにも気付いていなかった。警察の捜査に特にミスはないが、間抜けな犯人が実はすぐ近くに潜んでいたという、なんともお粗末な結果ではあった。
裁判結果
 1967年3月13日、前橋地裁(三橋裁判長)は懲役13年判決(求刑同)。
備 考
 実子殺害事件で揺れる沼田市で、立て続けに起きた凶行。

●沼田市喫茶店内青年刺殺事件

発生日  1967年1月9日
犯 人  安谷金一郎(19)
遺棄現場  なし。
移動経路  なし。
場所選定理由  なし。
犯人と現場の関係  喫茶店内(沼田市下之町)で犯行。
動 機  被疑者が交際しているホステスを、被害者が無理やり店から連れ出そうとして口論になったため。
概 要  そばにあった肉切り包丁で被害者を一突きして殺害。
捜査上の課題  現行犯逮捕なので、これといって無し。
裁判結果
 1967年5月2日、前橋地裁(三橋裁判長)は懲役6年判決(求刑は懲役5年以上8年以下の不定期刑)。求刑から判決の間に成人し、実刑判決になったものと思われる。
備 考
 実子殺害事件、マダム殺害事件に続き、3か月連続で沼田市で殺人事件が発生した。
 逮捕の容疑は傷害致死だが、判決時の記事では殺人となっている。

●水上町熊狩り誤射・殺人事件

発生日  1970年10月20日
犯 人  永田袈伊太郎(38) ※のち「園部」に改姓
遺棄現場  犯行現場は水上町湯原字蛇喰1894の山小屋(東京電力須田貝線巡視路より数10m)。遺棄現場は山小屋より東方約10mの斜面。
移動経路  徒歩。
場所選定理由  なし。
犯人と現場の関係  近隣の山中。
動 機  山小屋の中で動いた黒い影を熊と誤認し、被害者に猟銃を2発発砲(業務上過失傷害)、狼狽したためと、悶え苦しむ被害者を早く楽にしようとさらに1発発砲(殺人)。
概 要  水上町議であった永田は、被害者を含む3人で山中に狩猟に入った。3人は別行動を取り、永田は被害者を熊と間違えて発砲した。被害者は最初の2発の発砲で、既に手の施しようがない致命傷を負っていたという。止めを刺したのち、犯行発覚を恐れて遺体を山林内に運んで放置。その後、何食わぬ顔でもう1人と落ち合い、被害者を捜していた。
 永田は自殺も考えたが死に切れず、遺体発見後の事情聴取で犯行を自供、逮捕された。その後、水上町議を辞職した。
捜査上の課題  猟銃所持や狩猟免許の安易な交付、素人のハンターの増加とモラルの低下が問題となっていた。人間を動物と誤射してしまうケースも後を絶たず、被害者を放置して逃走する悪質なケースもある。しかし、本件のように確定的殺意をもって射殺したケースは珍しい。
裁判結果
 検察は業務上過失致死罪と殺人罪、死体遺棄罪で起訴したが、最初の発砲行為を業務上過失傷害罪、2発目を殺人罪と認定した。1973年9月26日、前橋地裁(高山政一裁判長)は懲役4年6月判決(求刑同6年)。1975年5月26日、東京高裁(石田一郎裁判長)は被告人側控訴棄却判決。1978年3月22日、最高裁第一小法廷(岸盛一裁判長)は上告棄却決定、確定。

 控訴、上告とも退けられているが、事案の特殊性から、審級ごとに微妙な判断の相違があり、非常に難しい裁判だったことが伺える。一審では検察官主張の業過致死罪を否定。控訴審では被告人の注意義務に一部事実誤認があるとしたが、判決に影響を及ぼすものではないとした。上告審では業務上過失傷害罪と殺人罪を、責任条件を異にする関係上併合罪の関係にあるとした罪数判断につき、その理由に首肯しえない点があるとしたが、結論において正当とした。(最高裁決定文
備 考
 永田以外の2人は狩猟免許を持っていなかった(被害者は間もなく免許交付予定)。狩猟の禁止されている未明に山に入ったほか、永田は前夜からの飲酒でかなり酒に酔っているなど、問題が多かった。

●大森勧銀強盗殺人事件【冤罪】

発生日  1970年10月17-18日
被疑者  近田才典(こんた・さいすけ=1949年9月5日生、事件当時21歳)
遺棄現場  
移動経路  都内→横浜→神奈川県足柄下郡湯河原町→都内→(環七・国道17号線)→沼田市→新治村→新潟県北蒲原郡中条町
場所選定理由  
犯人と現場の関係  
動 機  
概 要  東京都品川区南大井(国鉄大森駅東口)の日本勧業銀行(後の第一勧業銀行、現・みずほ銀行)大森支店で宿直行員が殺害された事件。被疑者として手配された近田才典さんは都内から湯河原、さらに都内に立ち戻り、17号線で群馬県を通過、新潟県北蒲原郡中条町関沢の実家に帰ったところを逮捕された。後述のとおり、冤罪である。
捜査上の課題  被疑者の車のナンバーが手配されていたのに、群馬県警本部は管内所轄署に通達を出しておらず、結果として県内を通過させた。近田さんは群馬県新治村内で車を乗り換えており、被疑者を取り逃がした群馬県警の失態は大きく、逮捕直後に本部長が謝罪している。
 結局は冤罪であったとはいえ、群馬は現場の東京と被疑者の実家がある新潟の経路上で、有力被疑者が県内に立ち回る可能性があった当時の状況下では、この失態は大きい。ただ、この広域捜査での失態が、後の事件の教訓として活かされたと考えることもできる。
裁判結果
 1973年3月22日、東京地裁(坂本武志裁判長)は有罪として無期懲役判決(求刑同)。ところが1978年10月30日、東京高裁(岡村治信裁判長)は、物的証拠も目撃情報もない中で、自白の信用性を否定し、数々の証拠の捏造を指摘、無罪判決を言い渡した。一部で「純白無罪」と報じられたほど、無実の証明は鮮やかである。1982年3月16日、最高裁第三小法廷(伊藤正己裁判長)は検察側上告棄却決定。晴れて近田さんの無罪が確定した。(上告審決定文
備 考
 現場の状況から、本件は複数犯で、内部に精通した者の犯行の可能性が高い。にも関わらず、勧銀や被害者と無関係の近田さんを被疑者としてマークして以降、捜査本部は近田さんを犯人と決め付け、強引に自白に追い込み、彼の無実を証明する状況証拠からは目を逸らすという杜撰な捜査を行った。結局、犯人は未だに判明していない。
 余談だが、被害者は作家・山本周五郎氏の甥とのことである。

●連合赤軍山岳ベース事件

発生日  1971年12月-72年2月
犯 人  連合赤軍メンバー。
遺棄現場  迦葉山ベース(沼田市上発知町)事件の犠牲者3名は白沢村高平の山林(2か所)に遺棄。国道122号線旧道の栗生峠付近。以下に詳細を記す(日付はいずれも1971年12月~72年2月)。

〔各ベース等所在地〕
 ・榛名山ベース 北群馬郡伊香保町湯中子字蛇ヶ嶽991-2 群馬県有林4林班12小班
 ・迦葉山テント 沼田市上発知町字迦葉山丙350-1 迦葉山国有林15林班ろ小班イ2小班 通称タンク岩付近林道脇
 ・迦葉山ベース 同所 迦葉山国有林14林班ほ小班
 ・妙義山テント 碓氷郡松井田町五料中木山4460 中木山国有林5林班い小班 林道脇
 ・妙義山ベース 同所 中木山国有林13林班い小班 通称籠沢洞窟

〔榛名山ベース〕
 ・尾崎充男(21) 12.19-12.31 榛名山ベース
  1.1 榛名山ベース北西約90m雑木林 のち掘り出し
  1.5-6 群馬郡榛名町榛名山字沼ノ原甲845番地先路上 手製担架から自動車に乗せ換え
  同郡倉淵村水沼字中尾十二塚2854-1付近杉林
 ・進藤隆三郎(21) 1.1 榛名山ベース
  1.1 榛名山ベース南東約130m雑木林 のち掘り出し
  1.5-6 前同
 ・小嶋和子(22) 12.27-1-1 榛名山ベース
  1.3 榛名山ベース南東約91m雑木林 のち掘り出し
  1.5-6 前同
 ・加藤能敬(22) 71.12.26-72.1.4 榛名山ベース
  1.5-6 前同 直接沼ノ原へ
 ・遠山美枝子(25) 1.2-1.7 榛名山ベース
  1.9 前同
 ・行方正時(22) 1.3-1.9 榛名山ベース
  1.9 前同
 ・寺岡恆一(23) 1.17-1.18 榛名山ベース
  1.19-1.20 前同
 ・山崎順(21) 1.19-1.20 榛名山ベース
  1.23-24 前同
 (遺体は4か所に遺棄。尾崎・加藤・進藤・小嶋と、行方・遠山はそれぞれ同じ穴に遺棄)

〔迦葉山ベース〕(白沢村に遺棄)
 ・山本順一(28) 1.26-1.30 迦葉山テント・迦葉山ベース
  2.2-2.3 迦葉山国有林17林班つ小班先林道 車に乗せ換え
  利根郡白沢村高平字小芝2253付近杉林
 ・大槻節子(23) 1.25-1.30 榛名山ベース・迦葉山テント・迦葉山ベース
  2.2-2.3 前同
 ・金子みちよ(23) 1.25-2.3 榛名山ベース・迦葉山テント・迦葉山ベース
  2.4-2.5 迦葉山国有林17林班つ小班先林道 車に乗せ換え
  同村高平字黒岩2197-1付近杉林
 (大槻と山本は同じ穴に遺棄)

〔妙義山ベース〕
 ・山田孝(27) 1.31-2.12 迦葉山ベース・妙義山テント・妙義山ベース
  2.15-2.16 中木山国有林6林班ち小班先林道で車に乗せ換え
  甘楽郡下仁田町西野牧字上野出口甲15264-3付近杉林
移動経路  沼田市上発知町→白沢村高平。自動車を利用。
場所選定理由  人目に付かない山林。
犯人と現場の関係  なし。
動 機  
概 要  山岳ベース連続リンチ殺人事件の犠牲者12人のうち、3人が迦葉山ベースで死亡(いずれも榛名山ベースから寝袋で運ばれた)。遺体は白沢村の山林に埋められた。
捜査上の課題  
裁判結果
 永田洋子と坂口弘は死刑確定(永田は病死、坂口は再審請求中)。吉野雅邦が無期懲役と罰金40万円(千葉刑務所服役中)、植垣康博が懲役20年(出所し、静岡県でスナック経営)、以下有期懲役判決。森恒夫は獄中自殺。坂東國男はクアラルンプール事件の際、超法規的措置で出国。現在国際手配中。(1993年2月19日 永田・坂口・植垣 上告審判決文
 ほか、青砥幹夫(懲役20年)、前沢虎義(懲役15年。一審懲役17年から減軽)、瀬木政児(懲役15年)、加藤倫教(懲役13年)、杉崎ミサ子(懲役12年)、寺林真喜江(懲役9年)、中村愛子(懲役7年)、伊藤和子(懲役7年)、奥沢修一(懲役6年)、岩田平治(懲役5年)、山本保子(懲役4年)、加藤元久(中等少年院送致)。
備 考
 

●桐生市梅田町・女子高生殺人事件

発生日  1979年11月23日
犯人  山崎正雄(27歳=1952年4月1日生まれ、北海道上川郡風連町出身、住所不定、無職)
遺棄現場  桐生市梅田町1丁目1270番地(城山林道終点から約270m下った地点)の林道南崖下約13m、檜林内。林道沿いの運送会社駐車場から遺棄。県道から西方約1キロの地点。
移動経路  犯人の前日から犯行、逮捕に至るまでの経路を記す。
 横浜市港南区最戸町の身を寄せていた組事務所を組員のクラウン車で飛び出す→妻子が住む東京方面へ車を走らせるが、今更会っても仕方がないと断念→埼玉県羽生市に至り、同市内の利根川河原で一泊→かつて勤務したことがある行田市で、以前親しい関係にあった女性に会うために電話をかけるが相手にされず→館林市の金物店で強盗用(漠然と自殺に用いることも考え)のアイスピックを購入→強盗または自殺を漠然と考えながら山岳方面へ→桐生市に至り、桐生駅前のパチンコ店で時間を潰す→同市梅田町5丁目丙397番地のダム工事現場(県道上藤生本町線沿い)で工事用ビニールロープを窃取した。

 桐生市街地へ引き返す途中、「桐生檜杓山城址入口」看板を見て時間潰しに城址を見ようと城山林道へ→同林道行き止まり広場(1丁目1320番地)でサニー車のアベックを発見<A地点>⇔(広場から約120m下り)1丁目1270番地、林道上(「遊歩道」の看板がある所)で強姦・殺人の犯行<B地点>⇔(広場から約270m下り)前同番地、運送会社駐車場前付近林道上に、他の車が上ってこないように材木でバリケード、この場所で死体遺棄<C地点>
 A・B・Cの3地点を行き来して犯行を終え、被害男性にサニー車を運転させるが、男性が桐生警察署に駆け込み、犯行が発覚。
場所選定理由  彷徨った結果。
犯人と現場との関係  なし。
動 機  自暴自棄。性格異常。辻強盗が性犯罪、殺人へとエスカレート。殺人の動機は口封じではなく、激しく歪んだ性格によるもの。
概 要  1979年10月5日、甲府刑務所を仮出獄(強盗未遂罪等で懲役2年10月)した山崎正雄(27)は、2日後に更生保護施設を抜け出し、横浜の組事務所に身を置いていた。しかし、いざこざから事務所を飛び出し、クラウン車で当てもなく彷徨った結果、自暴自棄から辻強盗を漠然と思い描き、アイスピックを購入したり、ロープを盗むなどした。

 偶然立ち入った桐生市梅田町1丁目の城山林道終点A地点で、大学生(19歳、同市錦町2丁目、足利工業大学2年生)と女子高生(16歳、同市菱町上菱=現5丁目、桐生商業高校2年生)が車内デート中のサニー車と遭遇(14:00頃)。その後、C地点でクラウン車を壊してしまったことなどから、サニー車や現金を強奪しようと思いつき、A地点に戻り2人をアイスピックで脅した上、緊縛(14:30頃)。一旦C地点に戻って林道上に材木でバリケードを設置(15:40頃)。A地点で大学生をクラウン車に残し、サニー車で女子高生を拉致してB地点で強姦した(16:40頃)。その後、サニー車に女子高生を乗せたままA地点に戻り、2人を放置して逃走を考えるなどし(17:45頃)、さらにB地点に下って女子高生の緊縛を解いて話をするなどしていたが(18:00頃)、そこへ自力でロープを解いた大学生が駆けつけたことから(19:00頃)、再び2人を縛り、女子高生を絞殺(19:30頃)。サニー車を運転してC地点に赴き、極度に畏怖している大学生に手伝わせて遺体を崖下に遺棄した(19:40頃)。さらに現金を強取した(19:50頃)。
 大学生と女子高生は前年夏の桐生まつりで知り合い、交際していた。
捜査上の課題  
裁判結果
 山崎は強盗、強盗強姦、強盗殺人、死体遺棄の罪で起訴された。1981年3月31日、前橋地裁桐生支部(荒川昂裁判長)は死刑の求刑に対し、無期懲役判決。判決言い渡しにあたり、裁判長は死刑判決の際に慣例となっているように主文を後回しにした。検察側は計画的犯行を主張したが、強盗については一定の計画性を認めたものの、強姦と殺人とについては認めなかった。そして、本件が2度目の殺人であることから、再犯可能性について検討。歪んだ性格異常は成育環境に由来するもので、更生の可能性は5割との鑑定結果を支持した。遺族の心情は察するに余りあり、検察官の死刑求刑も理解できるが、被告人の性格や心情を加味して死刑を回避した。無期懲役の主文言い渡し後、荒川裁判長は山崎に対し、「判決文の中に裁判所の考えが全て織り込んである。十分理解するまで熟読し、人生を真剣に考えなさい」と説諭した。
 この判決を受け、地検は控訴を検討。同時に遺族は、死刑を求める署名活動を展開。県内外から計6315人分の署名を集め、地検桐生支部に提出。署名表の表紙には「山崎の無期刑を死刑に」「第三の犠牲を防げ」と書かれていた。地検は死刑を求めて控訴した。(被告人側は控訴せず。)
 しかし、遺族の訴えもむなしく、1983年9月6日、東京高裁(桑田連平裁判長)は控訴棄却判決。上告せず、無期懲役が確定した。
備 考
 山崎は高校入学直後(15歳)の1967年5月11日、当時住んでいた北海道旭川市で女子中学生(当時13歳)を強姦しようとして殺害し、中等少年院に送致。1969年5月に仮退院した。この件を含め、3度の少年院送致の前歴と、1度の服役前科を有する。
 犯行動機や態様は通常の強盗や性犯罪の域を超えており、ここに全てを記すのは不可能(プライバシーの問題もあるが、要約するのが困難)。私の調査の主眼はあくまで「(犯罪が行われる)場所」であるため、上のとおり偏った記述にとどめた。複雑な犯行内容、各時点における被告人の心情、被告人が異常な性格を形成するに至った成育歴等は、第一審判決文に極めて詳細に記されている。「判例時報」1012号に登載されているので、詳細を知りたい方はそちらを参照されたい。

●桐生市梅田町・喜代美ちゃん殺人事件

発生日  1983年10月18日(翌日発見)
犯人  不明。
遺棄現場  桐生市梅田町5丁目、桐生川左岸。県道から5mほど崖下の川岸。被害者宅からは県道を挟んですぐの地点。
移動経路  不明。
場所選定理由  不明。
犯人と現場との関係  不明。土地鑑のある変質者との見方があった。
動 機  不明。
概 要  1983年10月19日朝、桐生市梅田町5丁目の桐生川左岸で、前日夕方から行方不明になっていた同所、桐生市立梅田南小学校6年生、喜代美ちゃん(当時12歳)が遺体で発見された。死因は扼殺による窒息死。仰向けで、上半身が水に浸かり、胸の上に2個の石(重さ約10kgと4kg)が置かれていた。乱暴された形跡はなく、衣服の乱れもなかった。
 喜代美ちゃんは18日午前7時半、自宅前からスクールバスで登校。桐生球場で行われていた国体高校野球の準決勝を観戦した後、午後3時20分頃、同バスで帰宅した。その後、2人の妹と家の前で遊び、午後6時過ぎ、妹らが家に戻った後、消息を絶った。喜代美ちゃんは用心深い性格で、知らない人に付いていくような子ではなく、また、一人で無断外出することもなかったが、妹らと別れる際、「ついてきちゃダメ」と言っていたらしい。理由は不明。午後7時過ぎ、付近で女性の悲鳴を聞いた住民がいるが、関連は不明。
 被害者宅が恨まれるような事情はなく、性的な暴行を受けた痕跡もないため、動機は不明。
 当時県内ではあかぎ国体が開催され、現場から6キロ上流の旅館に横浜商業高校と宇部商業高校の選手が宿泊していた。普段は静かな山村だが、選手らに会いに訪れる少女らで賑わい、県道の往来も普段より激しかった。その少女を狙う変質者がいたとの情報もある。
捜査上の課題  
裁判結果
 1998年10月18日午前零時、公訴時効成立。(殺人の犯行が10月19日の可能性もあることから、当初は1日でも長く捜査できるよう時効を19日午前零時に設定していたが、仮に被疑者を逮捕しても18日の犯行だった場合、処罰できないため、直前に時効を変更した。)
備 考
 桐生市梅田町は林業従事者が多い静かな山村。桐生川沿いに県道が通るが、上流は行き止まり。5丁目は最奥部にあたる。事件前年(1982年)に桐生川ダム(梅田湖)が完成。民家59戸が水没し、ダム以南との交流が途絶えた。現地集落を訪れる部外者は、日用品の行商か釣り人くらい。しかし、ダム完成後にダムサイド(現場以南)から栃木県田沼町へ抜ける県道が整備され、暴走族が足を延ばすようになった。現場から1.5キロ北の廃校、梅田北小学校を改築した「梅北山の家」(現在は閉鎖)は夏場に多くの小中学生に利用されているほか、事件当時は旅館「清風園」が高校野球選手の宿舎として利用されていた。
 当時は県内で少年少女の死が相次いでいた。9月18日早朝、伊勢崎市内の路上で、高校進学を目指していた新聞配達の少年(当時15歳)が刺殺。10月18日、本件発生。同月22日、前橋市内で小学6年生の男児(当時11歳)が自殺。同日、渋川市内で女子高2年生(当時17歳)が交際相手の高校生(同、中学時代の同級生)に殺害された(24日発見、25日逮捕)。
 本件は「足利事件」をはじめとする「北関東少女連続殺人・失踪事件」と同一犯であるとの見方もある。

●新治村元家政婦保険金殺人事件

発生日  1985年7月1日
犯 人  小野塚陽一(51)、小野塚マス子(52)
遺棄現場  新治村相俣、国道17号線赤谷湖に架かる橋よりやや東京方の道路端。生き倒れを装う。
移動経路  新潟県六日町美佐島の現場(被害者宅)から、塩沢町石打の自宅に立ち寄り、新治村相俣へ。国道17号、三国峠経由。
場所選定理由  深夜に犯行に及んだが、遺体運搬中、夜が明けてきたことと、人里が近づいてきたことから、国道沿いの適当な場所に遺棄。
犯人と現場の関係  マス子が沼田市出身であることと関係か。
動 機  保険金と身内トラブル。夫婦が経営する民宿の改築費等で借金があった。また、被害者(マス子の実姉)の借金問題をめぐるトラブル。どちらが主目的かは争いあり。
概 要  塩沢町石打で民宿「一休」を経営する小野塚陽一、マス子夫婦は、以前よりトラブルのあったマス子の姉(当時59歳)を殺害し、その保険金を入手しようと計画。85年6月30日、軽トラックで六日町美佐島の被害者宅を訪問。被害者の借金問題について話し合ったところ口論となり、陽一がタオルで絞殺した。遺体は軽トラの荷台に積み、毛布でカモフラージュして運搬。国道17号線を東京方面へ走り、三国峠を越え、群馬県に入ったが、夜が明けてきたことや、人里が近づいてきたことから、発覚を恐れ、道端に遺棄。遺体はすぐに通り掛かりのトラック運転手に発見された。生き倒れを装ったが、絞殺の跡がくっきりと残っていたためすぐに殺人と判明。サンダルに書かれた「ナグモ」姓から被害者が特定され、マス子らが確認した。しかし、その際の対応を不審に思った群馬県警は、小野塚夫婦の身辺調査を開始し、間もなく夫婦は逮捕された。
捜査上の課題  当時群馬県警は、関越道全通を間近に控え、広域犯罪への対応を急いでいた。本件では当初、被害者の「ナグモ」姓以外に身元確認の手掛かりがなく、主に17号線沿線を中心に隣県(新潟・埼玉)を含めて同姓の人物の調査にローラー作戦をかけた。身元が判明して以降は、被害者の行動範囲や交友関係が広かったことから、警視庁や他県警と連携しての広域捜査を余儀なくされた。身内による犯行で、被疑者逮捕が比較的早かったことは県警にとって不幸中の幸いであったが、今後増えるであろう広域捜査への対応としてはまずまずだった。この経験が、約1年後に月夜野町で発生した殺人事件の捜査の参考になったと思われる。捜査員らは直後に現場近くで発生した自動車強盗にも頭を痛めたが、こちらも無事解決した。
裁判結果
 1986年1月29日、前橋地裁(小林宣雄裁判長)は陽一に懲役15年(求刑同18年)、マス子に同10年(求刑同15年)判決。
備 考
 

●宮城村マッサージ嬢殺人事件

発生日  1985年12月16日
犯 人  石北彰
遺棄現場  宮城村柏倉の赤城山南麓山林内
移動経路  渋川市→宮城村か。
場所選定理由  不明。
犯人と現場の関係  
動 機  性的暴行の発覚阻止。
概 要  勤務先からの帰宅途上、渋川市内の路上で交通事故を起こし、立ち往生していた被害者に「送っていく」と声をかけ、車内で性的暴行。いわゆる送り狼。口封じのために殺害。他にも数件の性的暴行事件を犯していた。
捜査上の課題  遺体は数日後に通報を受けて確認されたが、それまでに数人が遺体らしきものを見ており、知人に話している。ところが、「マネキンだと思った」「まさかこんな所で…」といった思い込みから、通報しない人が多かった。都会の無関心が地方部にまで広まっていることが危惧された。
裁判結果
 1986年9月17日、前橋地裁(小林宣雄裁判長)は懲役20年判決(求刑同)。
備 考
 

●月夜野町スナック経営者強盗殺人事件

発生日  1986年7月28日(8月2日死体遺棄、同月14日発見)
犯 人  難波幸治(22)
遺棄現場  月夜野町上牧字朝倉、県道沿いの吉平川。石神峠(沼田市境)に近いが、現場より上に最後の大沼集落がある。
移動経路  豊島区池袋駅西口より、関越自動車道水上IC経由。
場所選定理由  被害者の元妻が新潟に住んでいるため、新潟の日本海で自殺を装って遺棄する予定だった。ところが、関越トンネル手前で渋滞が発生し、日帰りで新潟まで向かうのは無理と判断。トンネル手前の水上ICで降り、適当な山中を探したものと思われる。渋滞に加え、立ちはだかる谷川岳や関越トンネルの存在が犯人の心理面に影響したか。池袋と練馬ICが近かったことも、新潟行きを決意する理由の1つになったか。
犯人と現場との関係  不明。無関係と思われる。犯人は岡山県賀陽町吉川出身で、大学生になり上京。豊島区池袋3丁目在住。
動 機  強盗殺人と愛憎のもつれ。被害者は資産家であり、殺害後、板橋区熊野町の被害者宅で金品や家財道具を窃取している。また、被害者は同性愛者であり、その関係を疎ましく思っていたことも動機の一つとされる。
概 要  東洋大生の難波幸治は、池袋西口のスナック「園」でチーフとして働いていたが、マスター(当時40歳)との同性愛関係を疎ましく思っていたところ、いっそ殺害して金品を強奪することを決意。閉店後の店内で、関係に応じるふりをして殺害した。放蕩生活で日々の金に困っていた。遺体はロッカーに隠し、難波は平然と店を営業していたが、死臭が漂い始めたため遺棄することを決意。新潟の日本海で自殺したように見せかけようと、新潟へ運ぶため、レンタカーを借りて、全通して間もない関越道を走っていた。ところが、関越トンネル手前で渋滞に巻き込まれたため、水上ICで降り、沼田市へ抜ける県道の途中、峠に差し掛かる手前の沢に遺棄した。毛布にくるまれた遺体は12日後、近隣の集落の男性によって発見された。
捜査上の課題  新治事件の際、県警が危惧していた事件が実際に発生した。被害者の居住する東京、元妻の住む新潟、難波の実家がある岡山と、超広域捜査になったものの、岡山県警との協力のもと、岡山の実家に現れた難波を逮捕した。新治事件に続き、県警の威信を守ることに成功した事例といえよう。ただ、いずれの事件も被害者と加害者が近しい関係だったため、被疑者の特定に時間を要しなかった面もある。
 ほか、県警は遺体発見翌日までに、月夜野町内に該当する行方不明者がいないことを突き止めるなど迅速な対応を見せた。
裁判結果
 1987年3月30日、前橋地裁(小林宣雄裁判長)は無期懲役判決(求刑同)。同年11月11日、東京高裁(船田三雄裁判長)は控訴棄却判決。
備 考
 当初の報道では同性愛をめぐる事件であるとセンセーショナルに書かれたが、典型的な強盗殺人であったことが徐々に判明した。被害者のプライバシーへの配慮に欠けた報道が多く見受けられた。難波には罪の意識が全くみられず、捜査員をして「新人類の典型」と呼ばしめた。
 岡山での逮捕の際、群馬の上毛新聞が「張り込み中の沼田署捜査員が逮捕した」、岡山の山陽新聞が「群馬県警から要請を受けた高梁署員が逮捕した」と報じており、いずれも地元の警察を贔屓する内容となっている。
 難波の父親は地元町議で、名士であった。

●利根村林業経営者射殺事件

発生日  1989年9月19日
犯 人  青木利雄
遺棄現場  なし。
移動経路  なし。
場所選定理由  なし。
犯人と現場との関係  出身・居住集落。
動 機  口論と、解雇されたことなどへの立腹。当初の報道では、村議選で被害者が被疑者の身内に票を入れなかったことのトラブルとされたが、裁判時の報道では選挙のことについては触れられていない。
概 要  利根村根利で林業を営む男性が、社員の男に自宅で猟銃で射殺された。男は凶器の猟銃で自殺を図ったが、後に回復し、逮捕。
捜査上の課題  
裁判結果
 1990年7月23日、前橋地裁(円井義弘裁判長)は懲役12年判決(求刑同13年)。
備 考
 利根村根利(とねむら・ねり)は片品川支流の根利川上流部に位置し、かつては鉱山で栄えた集落。鉱工業が衰退の一途を辿る現在、主要な産業は林業と思われる。赤城山不倫殺人の共犯少年の父親も根利出身。2012年には根利の黒保根村境に近い山林で女性の遺体が発見され、父親が殺人容疑で逮捕された。

●利根村ホスト殺人事件

発生日  1991年8月15日未明(早朝に遺体発見)
犯 人  大橋繁幸(36=埼玉県坂戸市柳町)・菅野稔則(34=東京都新宿区富久町)・阿久沢文男(30=大阪府東大阪市高井田本通)・矢島範浩(25=大阪市西成区山王3丁目)・正田修一(21=住所不定)。(年齢はいずれも逮捕・手配時。)
遺棄現場  利根村砂川字大洞。赤城北面通りより、大洞川沿いの林道を少し入った地点。(現地殺害)
移動経路  不明。順当に考えれば、2つの経路がある。練馬ICから関越道へ入り、赤城ICまたは沼田ICを利用したか(当時昭和ICは未開業)。あるいは前橋ICを利用し、赤城南面有料道路(現在は無料化)で赤城山を越えたか。阿久沢が富士見村出身ということを考慮すると、後者の可能性が高いか。
場所選定理由  現場は昼でも林業関係者が出入りするくらいで、人けのない場所。深夜になれば目撃されるおそれはない。
犯人と現場との関係  阿久沢が赤城南面の富士見村出身(高校の途中まで居住)で、土地鑑があった。現場付近の県道を南下すれば富士見村である。
動 機  犯人らが所属する暴力団の組長の妻が、被害者であるホスト(当時25歳)に入れ揚げ、また、ホストから金を巻き上げられた挙げ句、組の金にまで手を付けたことから激昂。度重なる脅迫にも犯行的態度を示したことから、落とし前を付けさせる目的で被害者を暴行して拉致、殺人に発展したもの。
概 要  実行犯は新宿歌舞伎町の路上で被害者に暴行を加え、車で拉致。さらに中野区内で別の車に乗り換え、関越道を群馬方面へ向かった。詳細な経路は不明だが、車中で暴行を加え、さらに現場でも暴行を繰り返した挙句、矢島が頭部に拳銃を発射して殺害した。
捜査上の課題  犯人の特定には時間がかかり、群馬県警と警視庁の合同捜査本部は約1年後の1992年7月7日までに大橋、菅野、正田の3人を逮捕(正田は監禁容疑のみ)。矢島と阿久沢を指名手配した(阿久沢は8日逮捕。矢島の逮捕は他の共犯の公判が終了した1993年11月6日)。公判で主犯の大橋は共犯者に「組長の指示」であることを強調したことが明らかとなったが、組長関与の証拠はなく、背後関係が有耶無耶になった。1986年の大阪での殺人未遂や銃刀法違反で指名手配されていた金奎轍組長(東京都新宿区市谷仲之町)は1997年12月10日までに逮捕され、本件との関連も調べられたが、立件されていない。
裁判結果
 中野区で犯行から離脱した正田は起訴猶予処分。
 1993年2月25日、前橋地裁(円井義弘裁判長)は大橋に懲役16年(求刑同18年)、菅野と阿久沢に同10年(ともに求刑同12年)判決。1994年5月19日、同地裁(奥林潔裁判長)は矢島に懲役13年判決(求刑同15年)。
備 考
 本件での警視庁や他府県警との連携捜査が、後の愛犬家連続殺人事件の参考になったとされる。
 被害者は歌舞伎町の老舗ホストクラブのナンバー1ホストで、この事件は未だに業界でも有名な話らしい。

 2009年、既に出所していた矢島は渋谷の路上で覚せい剤を所持していたとして逮捕、起訴された。詳細不明(東京地裁、平成21年(特わ)第2174号)。
 金奎轍(別名・植野雄仁、山口組若中で同組三次団体「二代目兼一会」会長)はその後も数々の事件で検挙されている。
 2012年12月17日、埼玉県川口市の暴力団事務所で、組幹部の男性が銃撃されて重傷を負う事件が発生した。2014年1~3月にかけて金奎轍や大橋らが殺人未遂容疑で逮捕されたが、4月14日付でいずれも嫌疑不十分で不起訴処分となった。
 2018年2月7日、大阪ミナミで暴力団幹部らが暴行された傷害事件の証拠であるカメラの映像データを消去したとして、同年11月14日、組員10人と共に組織犯罪処罰法違反(組織的証拠隠滅)容疑で大阪府警に逮捕された。処分不明。
 2018年8月29日、逃走中の組員に逃走費用を渡したとして、翌年12月5日、兵庫県警垂水署は金を犯人隠避容疑で逮捕した。同月26日、不起訴処分(理由を明らかにせず)。
  2020年3月4日、前年の5月20日に東大阪市の山口組直系組織の組事務所で、組織への不満を口にした組員を暴行し、左目を失明させたとして、金ら6人が傷害容疑で大阪府警に逮捕された。2021年3月26日、金は懲役1年6月の判決を言い渡された。同年12月14日、大阪高裁(西田眞基裁判長)は控訴棄却判決。

●埼玉愛犬家連続殺人事件

発生日  1993年4月20日-8月27日(95年1月5日逮捕)
犯 人  関根元(53=逮捕時。埼玉県大里郡江南町板井)・風間博子(37=同。同)・島永幸(38=同。山崎に改姓。埼玉県川越市大塚新田)
遺棄現場  解体現場:片品村花咲字栃久保1571(島宅)。
 遺棄現場:川場村川場湯原字木賊の薄根川上流(荒山沢=背峰橋、川場谷沢=仙之橋。金山平浄水場付近でも捜索)、片品村摺淵の塗川(赤谷橋下流の個人所有の木橋)、片品川(寄居山温泉付近)、片品村御座入字有久保57林班り小班の宇条田国有林等。このほか片品村越本の片品川(細工屋橋)でも捜索しているが詳細不明。
 証拠隠滅:東京駅八重洲東駐車場(東京都中央区八重洲)、関越道下り線三芳PA、埼玉県新座市中野の資材置場(所沢IC付近)、白沢村岩室の片品川文化橋上流崖下(当時輪組大橋は未開業)等。
移動経路  基本ルートは、熊谷市→関越道(花園IC→沼田IC)→川場村経由で片品村へ。本庄児玉ICを使用したこともあるという。
 証拠隠滅工作で被害者の車を東京に放置した際には、関越道や首都高池袋線(上里SA、東松山IC、練馬IC、板橋本町出入口、八重洲東駐車場、三芳PA)を利用している。関わった風間と島は埼玉県比企郡滑川町福田の当時の熊谷東松山有料道路上(森林公園西口付近、山田うどんの向かい)で待ち合わせている。
場所選定理由  島宅周辺に人家はなく、遺体を焼却しても発覚する恐れが低い。また、警察署や駐在所も遠い。
犯人と現場との関係  島の居住地。事件数か月前には関根も同居し、死体遺棄現場を模索していたとされる。また、風間も訪れたことがあるという。
動 機  関根と風間が共同経営するペットショップは、高額犬の売買で顧客とトラブルが絶えず、金銭トラブルや、殺害を知った暴力団員の口封じが主たる目的。
概 要  第一事件(埼玉県熊谷市佐谷田の車庫):1993年4月20-21日、不当な売買代金の返還を要求した会社役員(当時39歳=同県行田市)を毒殺。
 第二事件(同県江南町押切の被害者宅):同年7月21-22日、第一事件を察知し、関根らを脅迫してきた暴力団幹部(同51歳=同町)と、その場に居合わせた運転手(同21歳=同県妻沼町)を毒殺。
 第三事件(同県熊谷市・行田市付近=特定できず):同年8月26-27日、関根と愛人関係にあった従業員の母親(同54歳=同県行田市)に、株主になるよう持ちかけて現金を受け取り、株の話の嘘や、以前に販売した高額犬の本当の価値を知られることを恐れて毒殺。愛人関係を疎ましくなったこと理由の1つとされる。(関根の単独犯行と認定)
 いずれも殺害後、関根は島を脅迫し、島宅を遺体解体現場として提供させ、死体遺棄を手伝わせた。
捜査上の課題  本件は、この3件4人に対する殺人より10年以上前から埼玉県警が追っていた事案である。関根の周辺では10~20人前後の失踪者や変死者が出ていたが、遺体が発見されなかったことなどから決定的証拠を掴むことができなかった。
 93年の事件では島の自供により遺体の処理方法や遺棄現場が判明。現場から遺留品が発見されたことから立件に漕ぎ着けた。当時の技術では、高温で遺骨を焼却するとDNA鑑定が不可能で身元を割り出すことができなかったが、その他の所持品等で遺体の身元を特定した。塗川での捜索では、当初埼玉県警は投棄現場より下流での捜索を予定していたが、ある群馬県警捜査員の「金属は下流に流れず、岩場の間などにとどまっている」との助言を元に捜索したところ、当時は珍しかった携帯電話の基盤や義歯の一部など、予想を上回る物証を獲得するに至った。
 この発見で自信を付けた埼玉県警は、1984年に失踪した男女3人の捜索にも乗り出したが、結局、物証は何一つ見つからず、迷宮入りした。他の失踪・変死事件も闇の中である。
裁判結果
 2001年3月21日、浦和地裁(須田賢裁判長)は、関根(4名殺害)と風間(3名殺害)両名に死刑判決(求刑同)。2005年7月11日、東京高裁(白木勇裁判長)は両名に控訴棄却判決。2009年6月5日、最高裁第二小法廷(古田佑紀裁判長)は両名に上告棄却判決、死刑が確定。(上告審判決文
 これに先立ち、4名の死体損壊・遺棄に関わった島に対し、浦和地裁(羽渕清司裁判長)は1995年12月15日、懲役3年判決(求刑同3年6月)。「関根に脅され、期待可能性がなかった」との主張は認められず。翌年6月7日、東京高裁(佐藤文哉裁判長)は被告人側控訴棄却判決、確定。1998年8月28日、黒羽刑務所を満期出所した。
備 考
 裁判では島の供述を中心に犯罪が立証されていった。関根や風間の供述は、島の供述と一致する部分については信用でき、それ以外は信用できないという、半ば乱暴な認定であった。島は自身の公判で、司法取引があったことを暴露。検察庁内で当時の妻とセックスしたことなどを赤裸々に語った。これにより島は、極めて不自然な形で殺人については不問に付され、わずか3年で出所した。一方、関根はともかく、風間の関与を裏付けるものは状況証拠と島の供述のみであり(島は後の風間の公判で、風間の無罪を供述)、冤罪を主張する支援者もいる。
 一方、状況証拠から、判決では風間の第三事件への関与を強く疑い、検察側の主張より踏み込んだ内容となっている。当初、風間も死体損壊・遺棄の共犯として逮捕されたが、処分保留で立件されなかった。
 本件の遺体処理方法は、後述の片品村自衛官内妻殺人事件や、埼玉県江南町で起きた暴力団組員傷害致死事件(第二事件の被害者が所属していた組で起きた事件)でも模倣された。

●瀬田川主婦バラバラ殺人事件(新潟・富山・滋賀・群馬・長野 広域殺人死体遺棄事件)

発生日  1995年3月15日(16-22日、死体遺棄。17日、瀬田川で発見。25日逮捕)
犯人  般若禮士(はんにゃ・ひろし=52)
現場  ・新潟県三島郡寺泊町野積の大河津分水沿い県道159号分水寺泊線脇の空き地:殺害
 ・富山県婦負郡婦中町鵜坂の神通川左岸河川敷:死体損壊
 ・滋賀県大津市石山外畑町の瀬田川右岸(瀬田川洗堰下流7キロ、京都・滋賀府県境から上流1キロ、京滋バイパス南郷IC付近県道3号大津南郷宇治線沿い):胴体遺棄
 ・群馬県利根郡昭和村川額の利根川左岸(国道17号線沿い):両手首・両足首遺棄(ビニール袋に包む)
 ・長野県南佐久郡南牧村海尻の千曲川左岸急勾配斜面(国道141号線チェーン着脱場から約16m下):頭部遺棄(黒いビニール袋で包み、段ボール箱)
 ・長野県諏訪市豊田の諏訪湖沖合約10m(宮川橋北東)の湖底(深さ約1m):死体損壊に使用した手斧とノコギリ各1丁を投棄
移動経路  北陸自動車道等を利用。新潟県で殺害後、富山県(富山ICを利用したらしい)で解体。滋賀県での投棄後、各地で犯行に及ぶ。最終的に見附に帰る。
場所選定理由  富山県と滋賀県には土地鑑あり(下記)。帰路に他の場所にも遺棄。
犯人と現場との関係  本籍地は富山県八尾町福島(富山県生まれとの報道もあるが不詳)で、富山県に土地鑑がある。滋賀県については、かつて栗太郡栗東町のパチンコ店で働いたことがある。
動 機  以前から被害者に結婚を迫っていたが、拒まれたため。逮捕直後の段階で、「車内で話していて、発作的に殺した」との供述が報道されているが、真偽は不明。死体損壊・遺棄については、「身元が分からなければ、自分が殺したことも分からないと思った」と供述。
概 要  新潟県見附市今町5丁目在住のパチンコ店マネージャー・般若禮士(52)は勤務先の客で交際していた主婦(当時48歳=同市市野坪町)を自分の乗用車で連れ出し、1995年3月15日午前2時半頃、寺泊町の空き地に停めた車内でネッカチーフで絞殺した。遺体をトランクに積み、同日午後8時頃、富山県婦中町の神通川河川敷で手斧とノコギリで遺体を切断。16日午後9時頃、滋賀県大津市の瀬田川に胴体を遺棄したのを皮切りに、17日から22日にかけ、上記群馬県昭和村の利根川、長野県南牧村の斜面、同県諏訪市の諏訪湖に遺体の各部位や切断に使用した刃物を順次投棄した。

 17日午前11時半頃、瀬田川の遺体が通行人によって発見された。その後の捜査で、被害者の夫(51)が見附署に提出した捜索願の身体的特徴と一致。かかりつけの歯科医にあったレントゲン写真と、下顎の歯型が一致して24日に身元が判明した。
 被害者は14日午後9時半頃、長男(24)に「ちょっと出てくる」と言って出掛けたまま行方不明になり、19日に夫が捜索願を出していた。被害者の軽乗用車は見附市内のスーパー駐車場で発見されている。身元が判明した24日は被害者の47回目の誕生日だった。
 新潟県警幹部によると、「指紋から身柄が特定出来ないよう、手首を切るなど、被害者の身元が割れると困る人間の犯行の可能性が高い」として、被害者の交友関係を重点的に調べ、被疑者を特定した。
 25日、般若を瀬田川での死体遺棄容疑で逮捕し、三条署から大津署に移送。4月4日、殺人、死体損壊、(群馬・長野での)死体遺棄容疑で再逮捕した。同月25日、大津地裁に起訴。

 般若は1972年、本籍、住民票とも関西方面から富山県婦負郡八尾町福島に転入(富山県生まれとの報道があるが不詳。ただし、「般若」姓は富山県高岡市に多くみられる)。住民票は5年後に新潟へ移され、その後、79年から2年間は八尾に戻ったが、滋賀、埼玉、島根、大分など各地を転々としていた。91年9月頃から見附市に妻と居住。94年10月頃から市野坪町のパチンコ店に勤めていた。犯行後、「親が危篤で奈良にいる」と店に偽装の電話を入れている(実際に奈良に親が住んでいるかは不詳)。
 死体損壊に使用した手斧やノコギリは事前に新潟県内のホームセンターで購入していた。
捜査上の課題  
裁判結果
 検察側は「事前にノコギリなどを用意した計画的な犯行で、悪質きわまりない」と主張。一方、弁護側は「被告人は無理心中しようとして、被害者に頼まれて首を絞めた。被害者も抵抗した形跡がない」などとして嘱託殺人罪を主張した。
 1996年6月7日、大津地裁で開かれた判決公判で、中川隆司裁判長は「自己中心的な動機による計画的で残虐な犯行」などとして、懲役15年(求刑同18年)を言い渡した。嘱託殺人罪の主張については、「被害者は知人に『結婚を迫られて困っている』と話しており、心中する理由は認められない」などとして否定した。
 被告人側は控訴する意向を示したが、その後は未確認。
備 考
 群馬県内では3月30・31の両日、被疑者立会のもと、沼田市岩本町の利根川右岸(綾戸ダム上流数100mの現場から下流にかけて。投棄したとされる昭和村の対岸)を滋賀・新潟両県警捜査本部が捜索したが、4月5日時点では手首・足首は発見されていない(その後も発見されたとの報道は確認できず)。現場は同じ頃県内を賑わせていた愛犬家連続殺人事件で遺骨が投棄された片品村の下流で、埼玉・群馬両県警の捜査員も捜索を見守った。
 事件直後に地下鉄サリン事件が発生。その後、オウム真理教の強制捜査が開始されたため、本件はあまり報道されていない。

●片品村自衛官内妻殺人事件

発生日  1998年5月30日(翌日遺棄、10月発見・逮捕)
犯 人  星野兼男(40=埼玉県入間郡大井町亀久保)
遺棄現場  片品村花咲字武尊山国有林50林班付近、西俣沢(西俣林道終点の河原)。
移動経路  関越道(川越IC?→沼田IC)経由。
場所選定理由  河川の最上流の山林内で、目撃される可能性が極めて低い。
犯人と現場との関係  星野は花咲の出身で、西俣の地理にも明るかったものと思われる。同集落内で起きた愛犬家殺人事件と遺体処理方法が類似している。
動 機  被害者である内妻が、酒癖が悪いなど生活が荒んでおり、思いつめての犯行。「自分の人生がめちゃめちゃになった」と供述した。
概 要  埼玉県大井町の陸上自衛官(防衛庁情報本部大井通信所二等陸曹=事件後懲戒免職)だった星野は、泥酔して帰宅した内縁の妻(当時35歳)を絞殺。深夜の山林内の沢辺に遺体を運び、枯葉などを集めて焼却。骨灰は粉々に砕いて西俣沢に遺棄した。この骨片が5か月後の捜索で発見された。手口は愛犬家事件の模倣と思われるが、犯罪の素人の計画性の低い犯行であり、処理方法は徹底されていなかった。
捜査上の課題  
裁判結果
 1999年3月30日、浦和地裁(須田賢裁判長)は懲役9年判決(求刑同12年)。愛犬家事件と同じ判事が担当した。
備 考
 片品村花咲地区で、愛犬家事件の3年後に発覚した事件。愛犬家事件のほうが規模が大きく大々的に報道されたが、同事件はヨソ者(島は片品村に越してきて5年程度だった)の犯行であり、住民にとっては加害者をよく知る本件のほうが複雑な心境だったようである。
 星野が遺体を焼いているところを、離れた場所に車を止めた釣り人の男性2人に目撃されている。星野は口封じのために殺害も考えたが、相手が2人だったため断念した。このことは男性が報道でこの事件を知り、警察に届け出たことで発覚。星野の自供とも一致して裏付けられた。この件は、「奇跡体験!アンビリバボー」でも取り上げられた。つり人社出版部編『釣り人の「マジで死ぬかと思った」体験談2』つり人社(2005)P117-121に記事がある。
 現在、西俣林道の入り口にはゲートが設けられ、自動車は進入できないようになっている。

●JAわたらせ梅田支店強盗殺人事件

発生日  2002年3月11日(6月21日逮捕)
犯人  来栖勇(34)
現場  桐生市梅田町二丁目2番地の1、JAわたらせ梅田支店(現在は閉鎖)
移動経路  なし。
場所選定理由  自宅近くで土地鑑があり、夜間は人通りが少ない。(農協前の自動販売機で缶コーヒーを買った際、支店内にあるCD機が目に止まり、いかにも古い感じの機械であったことから、壊して数百万の現金を摂取できると考えた。)
犯人と現場との関係  近所。
動 機  会社経営の借金返済。
概 要  2002年3月11日深夜、清掃会社社長の来栖勇(34=桐生市梅田町1丁目)は窃盗目的で同町2丁目のJAわたらせ梅田支店に侵入。併設のガソリンスタンドから帰ってきた職員(当時49歳=同支店給油所係長、黒保根村下田沢字前田原)と鉢合わせたため、熊よけスプレーを吹きかけ、後頭部などをバールで何度も殴って殺害した。現金自動支払機(CD)を破壊して現金を奪おうとしたが失敗したため、被害者の財布(現金3万円入り)などを奪い逃走した。現場の支店では通常、最後に帰宅する職員が防犯装置をセットすることになっているが、深夜になってもセットされないため警備会社の警備員が訪れ、遺体を発見した。
 来栖は新里村でフロアマットのリースやオフィス清掃の会社を経営。1997年5月頃より現場南2-3キロの場所に居住。仕事熱心で真面目との評判で、事件後には子どもが通う保育園の卒園式で父母代表として挨拶をしていた。  事件当時は会社の運転資金等で約3千万円の借金があった。マスコミ報道で知ったCD窃盗をヒントに犯行を計画。現場を3度ほど下見をしていた。当日は建物内が薄暗かったことから、誰もいないと思い込んで侵入。残っていた被害者と鉢合わせたため殺害に及んだ。粘着テープを張った上で窓ガラスを割ったり、防犯カメラ(事件時は停止)にスプレーで塗料を吹き付けたりするなど、侵入盗の手口は綿密であった。犯行に関連した物は桐生大橋から渡良瀬川に捨てた。
 一方、被害者は2001年4月に梅田支店に異動。以来、給油所係長としてガソリンスタンドの責任者として働いていた。住んでいた黒保根村では草野球やPTAで活躍。娘想いの温厚な人柄で知られていた。
捜査上の課題  現場は桐生警察署梅田警察官駐在所の斜向かい。事件当時、巡査部長が駐在していたが、犯行には気付かなかった。駐在所の目の前という盲点を突いた大胆な犯行だった。
 熊よけスプレーの入手経路(前橋市内で購入)や、土地鑑のある多重債務者の洗い出しから被疑者を突き止めた。来栖は事件直後、「自分が疑われているようだが犯人ではない」との電話を警察にかけている。
 発生から逮捕まで3か月強を要し、その間に地域の有志による自警団が結成された。
裁判結果
 公判では殺意を争った。2003年2月4日、前橋地裁(長谷川憲一裁判長)は執拗な攻撃態様から検察の主張どおり確定的殺意を認め、無期懲役判決(求刑同)。同年7月16日、東京高裁(村上光鵄裁判長)は控訴棄却判決。高裁判決後、「刑に不服はない。ただ、刑を受けるのにまだ不安がある。弁護士と相談するための時間が欲しい」などとして上告。遺族に「申し訳なかった。刑務所の中で罪を償っていきたい」との手紙を書いた後、同年8月27日、上告を取り下げて確定した。
備 考
 

●埼玉県美里町連続保険金殺傷事件

発生日  1997年9月24日(姉殺害未遂)、98年8月31日(同)、99年3月12日(夫殺害未遂)、同年8月6日(姉殺害)。2003年発覚。
犯人  田中秀幸(大里郡寄居町桜沢=中古車販売会社社長)、深沢真智子(沼田市高橋場町=保険外交員)、剣持明彦(大里郡花園町小前田=会社役員)、深沢照子(児玉郡美里町猪俣=ホームヘルパー、元美里町役場職員)、三木栄二(深谷市大谷=風俗店経営)、田中孝文(東松山市下唐子=内装工)、伊藤忠雄(桐生市広沢町=美容師)、腰塚睦(深谷市中瀬=会社員)、島本(旧姓今村)直樹(桶川市南=無職)、桑原実(前橋市天川大島町=飲食店従業員)、島本(旧姓新江)隆(滋賀県彦根市後三条町=無職)
事件現場  (発生順に)美里町猪俣=照子・被害者宅前路上、本庄市緑2丁目=路上、美里町駒衣=踏切手前路上、美里町猪俣=照子・被害者宅前町道上(第一現場と同一か)。
移動経路  
場所選定理由  第二事件(本庄市の殺人未遂)については、第一事件と警察署の管轄が異なる場所を選定(第一事件は児玉署、第二事件は本庄署の管轄)。
犯人と現場との関係  被害者宅やその周辺。
動 機  保険金。妹殺害については被害者の借金問題が発端。夫殺害未遂については不仲のため。
概 要  埼玉県美里町(逮捕時は群馬県沼田市高橋場町に居住)の保険外交員、深沢真智子と母親のホームヘルパー、深沢照子は、(真智子の)妹の借金問題等に苦しんでいた。真智子は知人の中古車販売業、田中秀幸に相談。田中は妹を殺害して保険金を騙し取ることを提案し、真智子や照子も同意した。田中が集めた配下の男らが事故に見せかけて妹の殺害を試みるも、2度は重傷を負わせただけで未遂に終わり、3度目に殺害を遂げた。またその間、真智子と不仲だった当時の夫も保険金目的で殺害を試み、重傷を負わせる未遂事件を起こしている。
捜査上の課題  3年もの間に不審な事故が相次ぎ、近所では保険金目的を疑われていた。早期の捜査がなされていれば殺害は防げたはずで、非常に悔やまれるが、客観的に事件性を疑うほどのものであったのかは不明。主に真智子の供述で数々の事件の真相が明らかになった。
 当初は事故として処理されたため、本来殺人未遂罪で裁かれるべき加害者2人が業務上過失致傷罪で罰金刑が確定し、一事不再理で殺人未遂罪に問えない事態となった。この2人はそれぞれ、保険金騙取の共犯として詐欺罪のみに問われ懲役2年2月で済んでいる。
裁判結果
 ○量刑の重い順に列挙する。一審はいずれもさいたま地裁。年の記載のないものは2004年。
 ・主犯の田中秀幸に無期懲役(2005年4月22日、下山保男裁判長。求刑同)。(判決文
 ・依頼人で被害者の姉の深沢真智子に無期懲役(11月10日、若原正樹裁判長。求刑同。2005年8月17日、東京高裁中川武隆裁判長、控訴棄却判決)。
 ・被害者を轢殺した実行犯の剣持明彦に懲役20年(12月24日、下山保男裁判長。求刑同)。
 ・依頼人で被害者の母の深沢照子に懲役18年(8月4日、若原正樹裁判長。求刑同20年)。
 ・被害者の首を絞めて気絶させた三木栄二に懲役18年(11月16日、下山保男裁判長。求刑同20年)。
 ・運転身代わり役の田中孝文に懲役10年(7月12日、福崎伸一郎裁判長。求刑同12年)。
 ・気絶した被害者を路上に運んだ伊藤忠雄に懲役10年(同上。併合審理)。
 ・1998年10月の殺人未遂事件で、車から出て来た被害者をトラックで轢き殺そうとした腰塚睦に懲役6年(8月16日、福崎伸一郎裁判長。求刑同7年)。
 ・同事件で被害者を車外へ出すために自車を衝突させた島本直樹に懲役5年(上記と併合審理。求刑同6年)。
 ・1999年3月の真智子の夫に対する殺人未遂で、伊藤忠雄の身代わりで出頭した桑原実は詐欺罪のみで懲役2年2月(6月29日、今岡健裁判官。求刑同3年。殺人未遂罪については、業務上過失致傷罪で罰金30万円の略式命令が既に確定。一事不再理)。
 ・1998年8月の殺人未遂で実行役の島本隆は詐欺罪のみで懲役2年2月(7月14日、吉川昌寛裁判官。求刑同3年。殺人未遂罪については、1998年12月24日、業務上過失致傷罪で罰金20万円の判決を受けて既に確定。一事不再理)。
備 考
 真智子の沼田転居は事件後。2002年12月に夫と離婚後、子ども2人とともに美里町内の照子方に一時同居。その後、沼田市の知人方に移ったという。なお、未遂被害者である元夫は公判で真智子を宥恕する証言をしている。
 関係者に群馬県在住者はいるが、群馬とは特に接点のない事件。参考までに挙げた。

●猟銃強盗・女子学生ら連続拉致監禁事件

発生日  2002年7月20-23日
犯人  根本哲雄(46=桐生市菱町)
遺棄現場  
移動経路  前橋市富田町→宮城村(ぐんまフラワーパーク周辺で一泊)→国道353号線経由で大間々町→桐生市→桐生川ダム→田沼町→葛生町→鹿沼市→古峰神社付近(潜伏)→足尾町→清滝ICから日光宇都宮道路→宇都宮ICから東北道→佐野SA→佐野藤岡IC(確保)
場所選定理由  新興住宅地では隣家同士が接触し、110番通報される危険性があると判断し、郊外を物色。(被害者宅は)1階に明かりが漏れている部屋があるので、起きている者を脅せばよいと考えた。
犯人と現場との関係  
動 機  
概 要  2002年7月20日午前1時5分頃、前橋市富田町の農業Tさん(55)方に、桐生市菱町、無職、根本哲雄(46)が押し入り、現金を奪った上、Tさんの三女で専門学校生M子さん(19)に散弾銃を突きつけて車で拉致した。両親には「1キロ行ったら解放する」という言葉を残したが、500mも離れないうちに、暑さから覆面を外してしまい、顔を見られたために監禁を継続。M子さんに交通費2千円を渡していた上、栃木県から福島県、新潟県まで監禁しようとも考えていた。
 根本はM子さんを乗せて桐生市や栃木県足尾町周辺を連れ回した(21日夜は宮城村の宿泊施設に宿泊)。22日正午頃、鹿沼市周辺で、M子さんは根本が寝ている隙を見て脱出。登山道へ逃げ込み、鹿沼市草久、古峰ヶ原高原の通称三枚岩付近で登山グループと出逢い、助けを求めて救出された。
 一方、根本は自分の車が動かなくなったため、足尾町字内ノ篭で、渓流釣りを終えて帰ろうとしていた栃木県警真岡署地域課・郡司哲男巡査長(46)と妻・文子さん(45)を、警察官と気付かずに人質に取り、散弾銃で脅して郡司巡査長の車を運転させ、逃亡を図った。東北自動車道上り車線を走行中、機転を利かせた文子さんがトイレに行く振りをして、佐野SAで車を降り通報。その後、佐野藤岡IC料金所を出た所で郡司巡査は「警察がいるぞ!伏せろ!」と叫び、犯人が慌てて伏せた隙に郡司夫妻は車外へ脱出。検問中のパトカーに包囲され、根本は逮捕された。

 根本は同月12日から13日にかけ、桐生市西部で日本刀10本前後を窃盗。うち2本を、故郷の吾妻町原町に住む男性会社員(55)に売却。さらに16日、会社員宅から猟銃3丁を盗んでいた。当初はこの猟銃を売却しようとしていたが、弾がないと売れないことを知り、17日、桐生市(日本刀窃盗と同地区)の男性会社役員(72)宅から実弾約120発、ライフル弾80発、時計4点を盗んだ。しかし、思うような値がつかなかったため、強盗に切り替えたという。車は5月3日、東京都江戸川区本一色1丁目の駐車場で盗んだものだった。
捜査上の課題  いろいろあると思うが、最終的には警察官夫妻の見事な機転で死傷者を出すことなく事件の幕を閉じた。
裁判結果
 2003年3月28日、前橋地裁(長谷川憲一裁判官)は懲役12年判決(求刑同14年)。罪状は住居侵入、強盗、逮捕監禁、窃盗、監禁、銃砲刀剣類所持等取締法違反、火薬類取締法違反。(判決文
備 考
 前日の19日には隣接する大胡町で女子高生が誘拐され、殺害される事件が発生している。

●白沢村元組長銃撃事件

発生日  2002年10月14日
犯人  指定暴力団住吉会系幸平一家矢野睦会による組織的犯行。矢野治(矢野睦会会長)の指揮で、以下の4人が実行役となった。山田健一郎(行動副隊長)、土居春夫(行動隊長)、瀬谷貴信(傘下組長代行)、浦島功治(傘下組員)。小日向将人(行動副隊長)も参加する予定だったが、交通事故に遭ったため外れた。
現場  白沢村高平の村道。「沼田スプリングスカントリー倶楽部」(現「ゴルフクラブスカイリゾート」)から麓へ下る途中。
移動経路  白沢村高平の村道で銃撃後、逃走。昭和村貝野瀬と赤城村北赤城山で犯行に使用された車両が炎上しているのが発見される。
場所選定理由  なし。(元組長の帰宅時を襲撃)
犯人と現場との関係  なし。
動 機  住吉会系組長らが稲川会系幹部らに射殺された「四ツ木斎場事件」の報復。
概 要  本件は「前橋スナック乱射事件」へと向かう一連の報復の中で発生したもので、本件についてのみ特記すべきものは見当たらない。事件の経過のみを記す。
 ・2001年8月18日 東京都葛飾区白鳥の四ツ木斎場で住吉会系の葬儀に紛れ込んだ稲川会系幹部、吉川一三(前橋市城東町)と村上善男(宇都宮市宿郷町)が発砲。住吉会系組長ら2人を射殺、1人が重傷を負う。(四ツ木斎場事件)
 後に両組織上層部は和解するが、これに不満を持つ住吉会系矢野睦会が、以下のとおり次々と報復を決行する。
 ・2002年2月21日 前橋市朝倉町の稲川会系大前田一家(四ツ木斎場事件で破門)の小田建夫元総長宅に発砲。
 ・同月24日 元総長宅発砲に関わったが、抗争から離脱しようとしていた住吉会系のI組長が路上で銃撃され入院する。
 ・同月25日 東京都文京区千駄木の日本医科大学付属病院の集中治療室に入院していたI組長が、窓の外から狙撃され死亡。矢野の指示を受けた2人が口封じのために射殺したもの。(日医大事件)
 ・同年3月1日 小田元総長宅にガソリンを噴射して放火を試みるが失敗に終わる。
 ・同年10月14日 同一家後藤組の後藤邦雄元組長がゴルフ場からの帰途、白沢村の村道で銃撃され、肩に重傷を負う。(白沢村事件)
 ・2003年1月25日 小日向将人と山田が矢野の指示で前橋市三俣町3丁目の「すなっく加津」を襲撃。店舗前でボディガードの元組員を射殺。店内で拳銃を乱射し、一般市民3人を射殺。後藤元組長ら2人に重傷を負わせた。(前橋スナック乱射事件=三俣事件)
 ・2004年2月17日 乱射事件の実行犯を特定。別件で逮捕されていた矢野と小日向を再逮捕。後に山田を指名手配(5月7日逮捕)。
捜査上の課題  白沢村事件の失敗が、一般市民を巻き添えにした前橋スナック乱射事件へと繋がっている。警察は元組長の護衛を申し出たが断られている。
裁判結果
 前橋スナック乱射事件で矢野、小日向、山田は死刑が確定。小日向が逮捕後間もなく全面自供し、全容が明らかになった。自首による死刑回避を求めたものの、自首は成立せず。裁判長が「私としては君には出来るだけ長く生きてもらいたい。」と異例の説諭を行っている。
 以下の判決文が公開されている。山田第一審小日向上告審山田上告審矢野上告審
 白沢村事件の判決は以下のとおり。
  ・矢野治:2007年12月10日、東京地裁(朝山芳史裁判長)は死刑判決(求刑同)。2009年11月10日、東京高裁(山崎学裁判長)は控訴棄却判決。2014年3月14日、最高裁第二小法廷(鬼丸かおる裁判長)は上告棄却判決。死刑確定。
  ・山田健一郎:2008年1月21日、前橋地裁(久我泰博裁判長)は死刑判決(求刑同)。2009年9月10日、東京高裁(長岡哲次裁判長)は控訴棄却判決。2013年6月7日、最高裁第二小法廷(千葉勝美裁判長)は上告棄却判決。死刑確定。
  ・土居春夫:2006年6月19日、前橋地裁(久我泰博裁判長)は懲役15年判決(求刑同20年)。スナック乱射事件では当初実行役だったが、小日向と仲違いしたため、山田と交代。事件直後には身代わり出頭した。同事件でも殺人予備罪に問われた。
  ・瀬谷貴信:2006年6月19日、同地裁(同裁判長)は懲役15年判決(求刑同)。控訴して以降不明。
  ・浦島功治:2004年12月27日、同地裁(同裁判長)は懲役7年判決(求刑同8年)。白沢村事件では見張り役だった(殺人未遂罪)。スナック乱射事件で実行犯の逃亡を手助けした犯人隠避罪にも問われた。
 小日向将人については次のとおり。2005年3月28日、前橋地裁(久我泰博裁判長)は死刑判決(求刑同)。2006年3月16日、東京高裁(仙波厚裁判長)は控訴棄却判決。2009年7月10日、最高裁第二小法廷(竹内行夫裁判長)は上告棄却判決。死刑確定。
備 考
 被害者の遺族らは住吉会総裁らに対し、損害賠償を求め提訴。裁判所は総裁ら幹部の「使用者責任」を認め、賠償を命じている。
 白沢村事件で使用された盗難車は一時、埼玉県北埼玉郡騎西町道地の自動車板金塗装工場敷地内(ガレージ)に保管されていた。盗品等保管などの罪に問われた同工場経営者、K.Y(39歳=羽生市西)に対し、2003年12月3日、前橋地裁(久我泰博裁判官)は懲役1年6月、罰金30万円、執行猶予3年判決(求刑同1年6月、同30万円)。

●伊勢崎・太田パチンコ店員連続強盗殺人事件

発生日  2003年2月23日(3月18日発見)、4月1日(同月4日発見)。7月20日逮捕。
犯人  高根沢智明(1967年1月11日生=太田市東矢島町)、小野川光紀(1977年4月20日生=栃木県河内郡南河内町薬師寺)
遺棄現場  埼玉県行田市北河原の福川(水門下流に遺棄。第一事件被害者は同市酒巻、福川さすなべ排水口付近で発見。第二事件被害者は同市北河原、水門下流20m右岸近く(第一現場の約400m上流)で発見。)
移動経路  第一事件:伊勢崎市山王町→富士見村小暮の大鳥居(県道4号前橋赤城線)→宮城村柏倉の赤城山中(林道大穴線)→伊勢崎市山王町(店舗で窃盗の犯行)→刀水橋(国道407号線)→行田市北河原(福川水門)
 第二事件:太田市藤阿久町(県道323号鳥山竜舞線、藤阿久跨線橋高架下)→行田市北河原(福川)
場所選定理由  不明。第二事件については、第一事件の遺体発見を知らなかったため。
犯人と現場との関係  不明。
動 機  遊ぶ金欲しさ。第二事件は第一事件で強奪した金をほぼ使い果たしたため。
概 要  パチンコ仲間の紹介で知り合い、7年ほど前に同じパチンコ店で働いたことがある高根沢(当時無職)と小野川(当時コンビニ店員)は、遊ぶ金欲しさから内情を知るパチンコ店の売上金を強奪することを計画。高根沢のかつての勤務先「パーラーマリーン」(伊勢崎市山王町)に狙いをつけた。2003年2月23日未明、勤務を終えた顔見知りの店員Nさん(当時47歳)をドライブに誘い、宮城村の山林内で2人がかりで絞殺。奪った店の合鍵を使い、現金300万円を強奪した。遺体は埼玉県行田市の福川に遺棄した。
 高根沢らは奪った金をほとんど遊興費に使い果たしてしまったことから新たな事件を計画。4月1日未明、2人が常連客だった「タイガージャンボ」(太田市浜町)から金を奪うべく、自転車で帰宅途中の店員Iさん(当時25歳)に声をかけ、藤阿久跨線橋高架下に停めたワンボックス車内で絞殺。奪った合鍵で店に侵入し、金を奪おうとしたが失敗した。Iさんの遺体も同じ福川に遺棄した。
捜査上の課題  第二事件を阻止できなかったのが悔やまれる。犯人が意図したかどうかは不明だが、県警の管轄を超えた死体遺棄が捜査を遅らせた可能性が考えられる。群馬県内の事件だが、被害者2名の遺体が埼玉県で発見され、捜査の端緒となったため、さいたま地裁に起訴された。
裁判結果
 2004年3月25日、さいたま地裁(川上拓一裁判長)は両名に求刑どおり死刑判決。控訴するも、高根沢は翌年7月13日に取り下げて死刑確定(その後、取下無効の訴訟を起こすも棄却)。2006年9月29日、東京高裁(白木勇裁判長)は小野川の控訴を棄却。2009年6月9日、最高裁第三小法廷(堀籠幸男裁判長)は上告棄却判決、小野川の死刑も確定した。(小野川 上告審判決文
 犯行を主導したのは高根沢だが、小野川も安易に犯行に加担しており、責任に大きな差はないとされた。上告審段階で、Nさんの遺族は小野川については宥恕し、無期懲役で生涯をかけて償ってほしいとの意思を示していたが、上告は棄却された。
備 考
 第二事件の際、小野川は何度か跨線橋下でIさんに声をかけるのをためらい、犯行遂行に数日を費やしている。弁護側は「最後まで犯行を躊躇した」と主張したが、判決では「機会が訪れるまで執拗に狙い続けた」と断罪された。外形的には同じ事実を、どのように捉えるのが正しいのか、非常に考えさせられた一件であった。岩井信弁護人の弁論は非常に説得力があり、心に響くものであったことをここに記しておく。

●高山村赤根峠女性死体遺棄事件

発生日  2003年9月7日頃(同年10月28日発見)
犯人  前原長吉(52)
遺棄現場  吾妻郡高山村中山の赤根峠(利根郡月夜野町境)付近。赤根トンネルから南西へ約400m、県道から約60mの山林内。
移動経路  草津町草津の自宅から運び出し、一旦新潟県内(詳細な場所不明)でシャベルを購入してから現場へ赴いている。ルートは報道からは特定できないが、新潟県から現場へは一般道なら国道17号経由、関越道なら月夜野IC(水上IC、もしくは大回りだが沼田ICの可能性もあり)経由と考えられる。いずれにせよ、利根沼田地域を経由しており、吾妻郡内で完結しない犯罪である。
場所選定理由  人目につかない場所か?
犯人と現場との関係  不明。
動 機  本人の弁解によれば、被害者は自殺で、警察が来ると覚せい剤使用が発覚するため遺体を遺棄した。殺人容疑が濃厚だったが立件できず。
概 要 ○経過
 2003年8月26日頃 被害女性(当時37歳)が草津町草津のラーメン店経営、前原長吉(当時52歳)宅で同居を始める。
 8月27日 被害者が前原の紹介で、草津の温泉旅館で働き始める。
 9月5日 被害者が体調不良を理由に勤務先を早退。以後出勤せず。
 9月6日 被害者が東京に住む母親と電話で話したのを最後に消息を絶つ。
 9月上旬(7日?) 死体遺棄。
 10月28日 高山村赤根峠付近の山林で、キノコ採りの男性が身元不明女性の白骨遺体を発見。赤根トンネルから南西へ約400m、県道から約60mの地点。
 11月5日 歯型から東京都練馬区出身の旅館従業員女性と判明。以前は老神温泉で働いていた。以前から県内の温泉旅館・ホテルを転々とし、東京に住む母親や子へ仕送り。
 11月8日 草津の前原宅を捜索。覚せい剤所持容疑で逮捕(同月28日、同罪で起訴)。
 12月2日 前原を死体遺棄容疑で再逮捕。容疑を認める。殺人については否定し、被害者の自殺と供述。
 12月23日 同罪で追起訴。
 2004年1月10日 前原を殺人容疑で再逮捕。
 1月20日 初公判。覚せい剤取締法違反について起訴事実を認める。
 2月1日 殺人容疑について証拠がそろわず処分保留。
 2月26日 第2回公判。死体遺棄罪について起訴事実を認める。
 4月6日 論告求刑公判。検察は懲役3年を求刑。
 4月9日 殺人罪につき、嫌疑不十分で不起訴処分。捜査は継続。
 4月15日 前橋地裁(吉井隆平裁判官)は前原に死体遺棄、覚せい剤取締法違反で懲役2年4月の実刑判決。

 前原が経営するラーメン店の客だった被害者と知り合い、8月26日頃から同居。就職の世話をするとともに、結婚を考える。
 被告人の供述によれば、被害者は自殺であり、遺体を隠したのは警察が来ると覚せい剤使用が発覚するため。遺体を載せたRV車を運転し、新潟県内でシャベルを購入。9月7日夕方に高山村内に遺棄したとみられる。
 一貫して殺害を否認したことや、遺体の損傷が激しく、死因が特定できなかったことから、殺人罪では立件されず。
捜査上の課題  以下のとおり、殺人を疑わせる事情が多数存在したが、殺人罪で立件できなかった。
  ・生前の被害者と最後に接触。
  ・被害者の首の骨が折れている(絞殺ないし扼殺を疑わせる。ただし損傷が激しく、死因は特定不能)。
  ・死体遺棄を認めている。
  ・「パイプハンガーに首を吊って自殺した」と供述するが、被害者の体重に耐えられない。
  ・自殺場所に関する供述を二転三転させている。
  ・殺害したのでなければ、死体を遺棄する理由がない(被告人は覚せい剤使用の発覚を恐れたと供述)。
  ・遺体を運んだRV車(被害者血液付着)を隠蔽しようとした。
  ・被害者の財布や靴を六合村の山林に投棄。
  ・被害者の失踪に別人の関与を仄めかす発言をした。
  ・殺害動機は前原の覚せい剤使用をめぐるトラブルか。
裁判結果
 上記のとおり、懲役2年4月判決。
備 考
 前原の素性は不明。草津ではラーメン店を経営し、評判は良かった一方で、すぐカッとなるとの声も。地元の人間か、県内他地域出身か、あるいは他県からの流入者か、不明。
 被害者は直前まで利根郡利根村の老神温泉で働いていたほか、群馬県内の温泉地を転々としていたと報じられている。かつては山梨県双葉町で稼働していたことや、群馬に来る数か月前には東京都北区に住んでいた時期もあった。
 公判を傍聴した被害者の母親(69)は判決後、前原の殺人であることを確信していること、死体遺棄罪の法定刑(3年以下の懲役)が軽すぎること、検察審査会に審査を申し立てることを、怒りと悔しさを交えながら語った。

●桐生市梅田町・三境山実母強盗殺人事件

発生日  2003年9月20日(2004年2月23日発見)
犯人  鶴貝政枝(37)、政枝の長男(19)、(証拠隠滅に岡部洋一(38))
遺棄現場  桐生市梅田町5丁目、林道三境線沿いの山林(崖)。県道分岐点から約3キロ勢多郡東村寄り。
移動経路  桐生市境野町7丁目の政枝宅(殺害現場)から、県道66号桐生田沼線、県道337号上藤生大洲線、林道三境線を順次経由。
場所選定理由  交通量や人通りが少ないこと、木などが生えていない崖のため遺体が途中で引っかからないことから、発見されにくいと考えた。車を利用し、2人でガードレール越しに崖下に投げ捨てる。
犯人と現場との関係  選定は長男。以前知人と夜景を見に行ったことがある。
動 機  政枝が幼い頃、両親が離婚。政枝は母親(被害者)に引き取られたが、母親は男性との交際などに夢中になり、政枝の面倒を見なかった。政枝はたびたび被害者に金を無心していたが、次男の非行を罵られたことから、自身の境遇に対する怨恨と、母親が貯めていた金について「自分をほったらかして貯めた金」との考えから強盗目的で殺害を決意。長男は政枝の強引な説得で犯行に加担した。政枝と母親は以前から不仲だった。
概 要 ○経過
 2003年9月20日 夜、桐生市境野町7丁目、無職女性(当時70歳)が犯人宅で殺害され、山林に遺体を遺棄される。翌日未明、被害者宅から現金約500万円を奪取。
 10月28日 次女のホームヘルパー、桐生市境野町7丁目(被害者宅の近所)、鶴貝政枝(37)が家出人捜索願。
 11月30日 政枝の長男(被害者の孫)のホスト、東京都新宿区、少年(19)の家出人捜索願が政枝から出される。
 2004年2月23日 夕方、桐生市梅田町5丁目、林道三境線沿いの山林(崖)で身元不明の女性遺体を狩猟中の男性が発見。現場は県道分岐点から約3キロ勢多郡東村寄り。人が立ち入る場所ではない。
 2月25日 歯型から身元判明。
 3月5日 長男が都内で保護される。同日、栃木県足利市のホテルで少女にわいせつ行為をしたとして逮捕。  3月10日 政枝と長男を死体遺棄容疑で逮捕。長男は容疑を認めたが、政枝は否認(後に単独犯行を主張するなど二転三転しながら、最終的に容疑を認める)
 3月30日 政枝と長男の死体遺棄容疑について処分保留とするとともに、強盗殺人容疑で再逮捕(のち、強盗殺人と死体遺棄罪で2人を起訴)。
 4月12日までに政枝の交際相手、桐生市広沢町、会社員、岡部洋一(38)を証拠隠滅容疑で逮捕。前年9月21日(犯行翌日)、凶器の垢すりや被害者宅のカーペットを桐生市内のごみ収集所に投棄した疑い。(のち起訴)
 7月7日 前橋地裁(吉井隆平裁判官)は岡部に懲役1年、執行猶予3年判決(求刑懲役1年)。
 2005年1月27日 前橋地裁(久我泰博裁判長)は政枝に無期懲役、長男に懲役15年判決(いずれも求刑通り)。
捜査上の課題  
裁判結果
 上記のとおり。判決では被害者の養育態度には問題もあり、境遇には同情すべき点もあるとしたが、金のために実の親を殺害したこと、被害者を騙して多額の現金を奪い利欲性が高いこと、実子を犯行に巻き込んだことなどから厳刑となった。
備 考
 

●みなかみ町金融業者2人殺人事件

発生日  2006年8月9日(同夜、三条市内から遺体を掘り起こし、10日未明、みなかみ町に遺棄。12日未明に出頭し、13日逮捕)
犯 人  田中富士夫(50=新潟県長岡市中条新田、露天商)、小林亮(33=三条市渡前、露天商)、宮島喜昭(31=三条市吉野屋、中古車販売業)、佐藤広樹(27=三条市四日町2丁目/同市下山2丁目、無職)、村上裕(26=三条市東鱈田、露天商)
遺棄現場  みなかみ町(旧新治村)永井の国道17号線崖下、約70mの谷底。三国トンネルから群馬側へ少し下った場所。
移動経路  燕市→三条市→みなかみ町永井。燕市内の路上で被害者を暴行して拉致。三条市内の山林で殺害して遺体を埋めたが、夜になり掘り起こし、みなかみ町で再度遺棄。関越道湯沢IC経由か?
場所選定理由  不明。
犯人と現場との関係  不明。
動 機  暴力団関係者同士の金銭トラブル。
概 要  山口組系後藤組源清田一家幹部の田中富士夫、小林亮らは、金銭トラブルがあった同組幹部で貸金業の2人(当時43歳、新潟市木場/同34歳、同市女池4丁目)を燕市内の路上で暴行。さらに三条市内の山林で手足を粘着テープで縛って暴行し殺害した。遺体は一旦同所に埋められたが、夜になって掘り起こし、翌10日未明、みなかみ町永井の国道17号線路肩の崖から約70m下の谷底に投げ落とした。
捜査上の課題  被疑者の出頭で発覚したので特になし。
裁判結果
 2007年3月20日、新潟地裁(大谷吉史裁判長)は田中、小林に懲役30年(求刑無期懲役)、宮島、佐藤、村上に同22年(求刑同30年)判決。
備 考
 

●片品村坤六峠身元不明女性遺体事件(情報募集中)

発生日  2006年秋頃
犯 人  
遺棄現場  片品村戸倉、坤六峠近くの県道沿い山林
移動経路  不明。現場は水上町との境(坤六峠)に近く、外部から持ち込まれたとすれば、周辺の地理から水上側からの可能性が高いように思われる。
場所選定理由  不明。現地は雪深く、冬季は閉鎖される。坤六峠の閉鎖解除は5月末頃であるため、それまで遺体が発見されないことを見越しての犯行と推測される。
犯人と現場との関係  不明。
動 機  
概 要  2007年5月1日。片品村戸倉の坤六峠に近い山林で身元不明の白骨遺体が発見された。死亡推定時期は2006年秋頃。遺体は女性で、年齢30~50代、血液型はB型。「S to H」と刻印された指輪を嵌めていた。
 10月になって、遺体の復顔図のポスターを作成し、一時期全国に公開し、県警HPにも掲載されていたが、有力な情報は得られていない模様。遺体は片品村の共同墓地に埋葬され、行旅死亡人として身元の情報提供が呼び掛けられている。現在は復顔図は公開されていない。
 そもそも、殺人事件であるかどうか不明だが、自殺や事故の可能性は低いと思われる。遺体は軽装で、周辺からは財布等金品は発見されていない。現場付近に公共交通や宿泊施設はなく、最寄りのバス停は津奈木橋(鳩待峠入口)からでも現場まで数キロある。
捜査上の課題  
裁判結果
 
備 考
 群馬県警HPの身元不明者一覧表の中に、本件遺体に関するデータ(平成19年 沼田19-2)があり、情報提供を呼び掛けている。犯罪・事件情報の受付のからも情報提供が可能(「件名」から「沼田警察署管内発見の身元不明女性白骨死体」を選択)。
 行旅死亡人データベースにも掲載されている。平成21年2月4日最上段の片品村のものが本件遺体に関するデータである。

●佐野男性傷害致死・梅田湖死体遺棄事件

発生日  2007年8月6日発見
犯人  岡里昇(58=傷害致死・死体遺棄罪)、久保田良(60=死体遺棄罪)
遺棄現場  桐生市梅田町4丁目、梅田湖皆沢橋の下(梅田湖に流れ込む水深10mほどの沢の中、または、水のない傾斜地の雑木林)
移動経路  
場所選定理由  
犯人と現場との関係  
動 機  
概 要 ○経過
 2007年8月6日 午後2時半頃、釣り人が身元不明男性の遺体発見。外傷があることから、県警は殺人容疑も視野に。
 8月8日 遺体の身元が、栃木県佐野市堀米町、職業不詳、60歳男性と判明。
 11月9日 捜査一課と桐生署は、岡里昇(58=佐野市若松町、金融業従業員)、久保田良(60=同市植野町、同手伝い)を死体遺棄容疑で逮捕。被害者は仕事仲間。
 12月3日 岡里を傷害致死容疑で再逮捕。被害者に日常的に暴行を加えており、8月4日、死亡させた。その後、車で遺体を運び、皆沢橋から投げ落として遺棄した。
 2008年3月14日 前橋地裁(中野哲美裁判官)は死体遺棄罪と別件の傷害罪に問われた久保田に懲役3年6月(求刑同5年)の実刑判決。主犯の岡里は手下的存在であり、「死体遺棄に加担しないことは容易だったはず」とした。
 3月25日 前橋地裁(久我泰博裁判長)は傷害致死罪と死体遺棄罪などに問われた岡里に懲役9年(求刑同12年)判決。
捜査上の課題  
裁判結果
 上記のとおり。
備 考
 同じ頃、草木ダムでも傷害致死・死体遺棄事件が発覚している。こちらは静岡県焼津市から遺体を運び込んだ「遠征」事件である。

●昭和村飲食店員女性強盗殺人事件

発生日  2007年12月2日(2008年4月27日、遺体発見。5月16日、金子と後藤を死体遺棄容疑で逮捕)
犯 人  金子茜(21=沼田市西原新町、無職(元飲食店店員))、後藤尚也(18=高崎市、自動車部品製造会社派遣社員)。証拠隠滅に浅井久美子(20=高崎市石原町、飲食店店員)、少女(19=高崎市、派遣社員)
遺棄現場  勢多郡富士見村赤城山字田野郷1621の保安林内(林道から約80mの斜面)。被害者の車は沼田市(旧利根村)の薗原湖に、ナンバープレート等は高崎市(旧倉渕村)の山林に投棄。
移動経路  昭和村川額字根岸の被害者宅アパート前(現場)から、利根川左岸を南下、敷島駅前、JOMO17号線渋川インターステーション(渋川市半田1884-11)、旧北橘村を経由。
 犯行前日に金子は後藤を呼び出して謀議をしているが、その際の移動経路は次のとおり。新前橋駅→ドン・キホーテパウたかさき店(高崎市問屋町西2-4-17)→幸楽苑群馬町店(群馬郡群馬町中泉739)→カワチ薬品大八木店(高崎市大八木町622-4、軍手等購入)→セブンイレブン前橋池端町店(前橋市池端町596-9)→沼田。地図に落とすと判るが、ほぼ高崎・沼田間の三国街道沿いに点在している。
場所選定理由  人目に付きにくい山中。春まで発見されないことを考慮か?車は当初、榛名湖に遺棄することを考えたが、適当な場所がないため、薗原湖に変更。
犯人と現場との関係  金子は沼田市出身?(実家は前橋市?)で沼田市西原新町在住。後藤も利根村出身(父親は利根村根利出身)で、高崎市在住。沼田市内の繁華街での稼働経験あり。利根村や赤城山に土地鑑があった。なお、金子の事件時の本籍は利根村老神。
動 機  夫の不倫相手であった被害者から夫を取り戻すため。金品強奪は副次的。
概 要  沼田市西原新町の飲食店員・金子茜(21)は夫・茂之(2006年10月31日婚姻)の子を身籠っていたが、茂之が被害者(24)と不倫関係にあり、2007年12月3日までに茂之から離婚を要求されていたことから、被害者に別れるよう説得し、説得に応じない場合は殺害してでも夫を取り戻そうと計画。自身に好意を寄せていた後藤尚也(18)に計画を打ち明けて協力を依頼し、更に、2人とも金に困っていたことから、殺害の上、金品を強奪する謀議が成立した。12月2日夜、出勤のため自宅アパートを出た被害者を呼び止め、金子の車の中で説得したが被害者は頑として茂之と別れようとせず、激昂した金子の指示で後藤が被害者の首を素手で絞め続けて殺害した。その後、上記ルートを経て、富士見村の赤城山中に遺体を遺棄するなどした。
捜査上の課題  
裁判結果
 2009年4月9日、前橋地裁(倉澤千巖裁判長)は後藤に懲役5年以上10年以下の不定期刑判決(求刑同)。殺意と強盗目的を否定していたが、認められず。控訴せず確定。
 同年9月2日、前橋地裁(倉澤千巖裁判長)は金子に懲役22年判決(求刑無期懲役)。強盗目的を否認する被告人側が控訴したが、2010年6月14日、東京高裁(小倉正三裁判長)は控訴棄却判決。上告せず確定。
 証拠隠滅容疑で逮捕された浅井久美子は前橋簡裁で罰金20万円の略式命令。少女は前橋少年鑑別所に収容された。

 事件から2年後の命日にあたる2009年12月2日、被害者遺族は金子と後藤を相手取り、慰謝料など2100万円の損害賠償を提訴。翌年3月2日、前橋地裁は金子と後藤に請求通り2100万円を連帯して支払うよう命じる判決を下した。一方、後藤の父親は争う姿勢を見せていたが、遺族への謝罪と、和解金300万円を支払うことで、同年8月20日、和解が成立した。
備 考
 報道によると、後藤は金子の元交際相手とされているが、そのような事実はない。後藤が一方的に金子に好意を寄せており、一度肉体関係があったのみである。
 被害者の妹と金子は高校の同級生だった。
 被害者が交際相手の茂之が既婚者であることを知ったのは事件のわずか1週間前であった。
 事件当時、茜は茂之の離婚要求やDVで鬱病に罹患していた。事件後も茂之は茜を顧みず、女遊びを繰り返していたという。将来への不安の中で身籠っていた子どもを出産した。
 茂之は茜の逮捕後、茜への傷害容疑で逮捕され、罰金30万円の略式命令が下ったが、納付せず収監された。
 事件後、茜は女児を出産。その後逮捕、起訴されたが、服役中に離婚すると、父親に親権を取られるので離婚せず。
 後藤と交流があった稲川会系暴力団員・小松原龍太は、2008年頃、利根沼田地域を荒らし回った連続窃盗事件のリーダーとして逮捕されている。
 本件関係者が出入りしていた沼田市上之町のスナック「あつらえ」は、2009年3月、火災に遭っている。

 金子茂之は2013年9月4日、兄貴分の暴力団員・戸丸一之に反抗的な態度を取ったため、戸丸やその配下に拉致され、中之条町の組事務所で翌朝にかけて凄惨なリンチを受けて死亡した。(「中之条町組事務所男性リンチ死事件」参照)

●沼田・月夜野連続コンビニ強盗事件

発生日  2008年5月28・31日
犯人  田中健史(21)
遺棄現場  なし。
移動経路  なし。
場所選定理由  不明。
犯人と現場との関係  近所。
動 機  遊ぶ金欲しさ。
概 要  2008年5月28日午前3時50分頃、沼田市下沼田町の「セーブオン下沼田店」で男が店員に刃物を突きつけ、現金8万2千円を強奪した。さらに3日後の31日午前1時15分頃、みなかみ町(旧月夜野町域)布施の「セブンイレブンみなかみ布施店」でも同様に約14万5千円を強奪した。6月2日午前3時すぎ、沼田署員が同市内のコンビニで買い物中の田中健史(21=同市薄根町、店員)を任意同行し事情を聞いたところ、犯行を認めたため第一事件の強盗容疑で逮捕した。のちに第二事件でも再逮捕。
捜査上の課題  早期解決されているが、第二事件を起こす前に逮捕してほしかったのが正直なところ。
裁判結果
 2008年9月17日、前橋地裁(熊代雅音裁判官)は懲役3年10月判決(求刑同6年)。
備 考
 私自身が検問に遭遇した事件。第一事件当日の早朝5時前後、県道沼田大間々線を大間々方面へ走行中、根利峠付近で警察官の検問があった。「沼田市内で強盗事件発生」とのこと。だが私が焦ったのは、車内に利根沼田地域の過去の事件の資料を置いていたこと、前日に薗原湖で行われた赤城山事件の遺留品捜索の場にも居合わせて多数の警察官に目撃されていること、そして、調理用の包丁を所持していたこと。トランクの中などいろいろ調べられたが、包丁が入っているバッグは自分で開いたところ、特にチェックせずにスルーされた。念のために氏名等は控えられた。
 「よくこんな早朝にこんな山奥で…」と、県警の機動力には感心したものである。山奥とはいえ、ある程度土地鑑があれば逃走に使用するルートだ。根利の駐在巡査かと思っていたのだが、調べてみると根利に駐在所はない。管轄の日影南郷駐在所から駆け付けたのか。
 その後、やはり気になるので続報を追っていたところ、すぐに第二事件が発生。名前を控えられている身としては迷惑この上ない話だが、おかげでアリバイができた。そして被疑者もすぐに逮捕されたのでとりあえず一安心といったところか。貴重な体験ではあった。できれば裁判を傍聴して犯人の顔を拝みたかった。

●太田市長女承諾殺人・沼田市利根町死体遺棄事件

発生日  2008年7月28日(2012年8月22日発見、26日自首、身元判明)
犯人  Y・M(71=逮捕時。事件時は67歳)
遺棄現場  利根村根利。県道沼田大間々線、黒保根村境よりやや利根村側、林道を東方へ入った山林。
移動経路  被疑者の自宅(太田市西本町)と遺棄現場は県道や国道122号線でほぼ一直線上にある。太田市内の県道は大間々町内で122号線と直結しており、黒保根村下田沢の交差点を左折すれば現場に至る。県道沼田大間々線は、桐生・太田など東毛地区と沼田・利根など北毛地区とを結ぶルートとして活用されている。なお、被害者は太田市(旧新田町)に住んでいた。
場所選定理由  紅葉でかつて訪れたことがあると供述している。偶然だが、同時期に発覚した嬬恋村の死体遺棄事件の被疑者も同様の供述。
犯人と現場との関係  同上。
動 機  被害者(娘)の将来を悲観した被告人(父)に対し、被害者も「お父さんならいい」と死を承諾した。(承諾殺人罪)
概 要  自宅近くの車内で長女(当時40歳)を電気コードで絞殺。
捜査上の課題  被疑者が妻や近隣住民に生存を装う工作をし、捜索願を出したと偽っていたため発覚が遅れた。被疑者の家族は傍目には関係が良好だったことや、被疑者の評判も良かったことから、疑いの目を向ける人も少なかったようだ。遺体発見後に自首したため、早期解決が見込まれているが、遺体の歯の治療痕等から早晩身元は割れていたであろうと思われる。
裁判結果
 2012年9月14日、殺人罪で起訴(死体遺棄罪は時効)。翌年3月に開かれた裁判員裁判では、殺人罪を主張する検察と、承諾殺人罪で執行猶予を求める弁護側が対立した。検察は殺人罪として懲役15年を求刑したが、被害者の生前の生活や言動から承諾殺人罪と認定。前橋地裁(半田靖史裁判長)は懲役2年6月の実刑判決。求刑を大幅に下回ったが、それでも実刑を免れなかったのは、遺体を長期間隠蔽していたことなどが悪質とされたか。なお、同年4月より高校生になる被告人の孫(被害者の子)が書面にて意見陳述を行ない、「帰ってきたら車で高校への送り迎えをしてほしい」などと述べた。私の勝手な推測だが、2年6月という量刑は、孫が高校在学中に出所することを願ったものではないか。(後に知ったが、押尾学事件で同様の量刑判断がなされていた。)控訴せず確定。
備 考
 妻(被害者の母)、娘婿(同夫)、孫(同次男)が寛大な処罰を求めた。全体を通して、検察の殺人罪の主張には無理があり、懲役15年の求刑も重すぎると感じたが、身内同士の事件で被告人への同情が集まる中、被害者の尊厳を重視し、検察は被害者の味方として立ち回ったものではないだろうか。検察の主張は退けられ、量刑も大幅に下回ったが、控訴はしなかった。

●中之条町組事務所男性リンチ死事件

発生日  2013年9月4-5日
犯人  戸丸一之(36=昭和村川額字根岸、暴力団松葉会大久保一家五町田7代目組員)、林文祥(はやし・ふみあき、31=草津町草津、同一家嬬恋3代目組員)、武井一郎(42=同、同)、一場俊之(42=中之条町伊勢町、土木作業員)、旧姓木村こと深代照平(ふかだい・しょうへい、24=渋川市石原、工員)。一場と深代は監禁罪のみ。
遺棄現場  吾妻郡内の病院前。
移動経路  昭和村川額字根岸(アパート)→中之条町伊勢町(組事務所)→吾妻郡内(病院)
場所選定理由  
犯人と現場との関係  
動 機  私的制裁。
概 要  昭和村川額字根岸、指定暴力団松葉会系組員、戸丸一之は同じアパートの別棟に住む舎弟の男性(当時32歳)が反抗的な態度を取ったことから制裁を加えることを決意。一場と深代を呼び出し、2人に命じて男性を車で中之条町伊勢町の組事務所まで拉致。事務所に呼び寄せていた武井、林と合流し3人で凄惨なリンチを加え、死亡させた。(一場と深代は暴行の現場にいたが、途中で離脱。)
捜査上の課題  
裁判結果
 2013年11月29日、前橋地裁(畑口泰成裁判官)は監禁罪に問われた一場に懲役1年8月判決(求刑同2年)。同年12月13日、同様に深代に懲役1年2月判決(求刑同2年)。
 傷害致死罪で起訴された戸丸、林、武井は裁判員裁判で審理された。2014年3月18日、同地裁(半田靖史裁判長)は林に懲役8年(求刑同10年)、武井に同7年(求刑同8年)判決。
 同年5月15日、同地裁(高山光明裁判長)は戸丸に「犯行の首謀者で刑事責任は最も重い」として、懲役11年判決(求刑同12年)。
 公判ではいずれの被告人も起訴事実を認め、情状酌量を求めるなどした。全員、控訴せず一審判決が確定した。
備 考
 戸丸と男性は昭和村の同アパートの別棟に住んでいた。男性は「昭和村飲食店員女性強盗殺人事件」の加害者・金子茜の夫で、被害者とは不倫相手にあり、同事件の原因を作った。本件当時は内妻と、茜との間にできた子どもの3人で暮らしていた。このアパートにはかつての事件の被害者が妹と2人で住んでいた。どういった経緯で各事件の被害者・加害者ら関係者がここに集まったかは不明。
 一場は土木作業員として八ッ場ダム建設に従事していた。

 2013年6月28日未明、渋川市渋川1192-1の不動産会社「上毛アーキテック」(関連会社「上毛家具事務機」所有のテナントビル「上毛ビル」1F)に銃弾5発が撃ち込まれ、ガラス窓ガラス(計約109万4千円相当)が破損する事件が発生した。付近の防犯カメラの映像や聞き込み捜査から、林文祥が被疑者として浮上。翌年9月3日、傷害致死罪で横浜刑務所に服役していた林は銃刀法違反(発射罪)と建造物損壊容疑で逮捕された。林は自動装填式拳銃6発を発射した事実を認め、同月24日起訴。2015年1月14日、前橋地裁で2度目の裁判員裁判が始まり、起訴事実を認めた。検察は懲役6年を求刑して即日結審。16日、野口佳子裁判長は「弾丸すべてを発射した強固な意思に基づく犯行で、被害関係者のみならず、近隣住民に恐怖と不安を感じさせるもので、影響は大きい」と指摘し、懲役5年の実刑判決を言い渡した。報道からは動機や背後関係は不明。
 現場は国道17号線沿いで、利根川に架かる大正橋西側のたもと。国道353号線との交差点に近く、付近には民家や店舗が多い。

●利根町父子無理心中事件

発生日  2014年3月23日(翌日発見)
犯人  伊勢崎市の男性会社員(48)
現場  沼田市利根町根利、群馬県道62号沼田大間々線「高泉トンネル」西側の車両待避所。
移動経路  不明。
場所選定理由  不明。
犯人と現場との関係  不明。
動 機  不明。
概 要  2014年3月24日午前10時5分ごろ、上記現場で停車中のワゴン車内から伊勢崎市の男性会社員(当時48歳)と、中学2年生の長男(同14歳)が死亡しているのを、付近を捜索していた警察官が発見した。練炭による一酸化炭素中毒死だった。23日に男性の妻から伊勢崎署に行方不明者届が出されていた。
捜査上の課題  
裁判結果
 男性が長男と無理心中を図ったものとして、同年8月8日、沼田署は男性を殺人容疑で被疑者死亡のまま書類送検した。
備 考
 

●前橋市粕川町・妻傷害致死事件

発生日  2014年4月18日(19日発見、20日逮捕)
被疑者  坂本嘉根央(76)
遺棄現場  なし。
移動経路  なし。
場所選定理由  なし。
犯人と現場との関係  自宅。
動 機  「夕食を作らなかったため」と供述。
概 要  2014年4月19日午後、前橋市粕川町込皆戸(こみがいと)の民家で女性(69歳)が倒れているのを親類の女性が発見。駆け付けた救急隊員が死亡を確認した。顔のけがを不審に思った隊員が前橋東署に通報。夫の無職、坂本嘉根央(76歳)が「夕食を作らなかったので顔を踏みつけた」と認めたため、傷害容疑で逮捕した(のち同致死容疑に切り替え)。被害者は2010年から2013年6月までの間に計3回、夫の暴力を県警に相談していた。
捜査上の課題  
裁判結果
 精神鑑定の結果、不起訴処分(2014年8月29日判明)。前橋地検は理由や内容を明らかにしていないが、刑事責任能力を問えないと判断したとみられる。
備 考
 嘉根央は、2002年7月19日に発生した大胡町女子高生誘拐殺人事件の加害者・坂本正人(事件当時36歳。2008年4月10日、死刑執行)の父親。被害者は正人の母親。
 現場は被差別部落。

●国立市古美術商強盗殺人事件

発生日  2014年5月3日(14日、夫婦を逮捕)
被疑者  櫻井正男(1948年1月10日生、66=夫、陶芸家)、S・K(49=妻、パート店員)
遺棄現場  なし。
移動経路  みなかみ町小仁田100(水上IC北方)→東京都国立市中1-7-74(国立駅南口西方)。妻の運転で、関越道水上IC→所沢ICを利用。途中、国分寺市のセブンイレブン国分寺東戸倉店に寄り、公衆電話から被害者に所在確認の電話(発信元特定を防ぐためか)。帰りは途中、くら寿司東村山店で食事。TVニュースのイメージ映像では、鶴ヶ島JCTを圏央道から関越道新潟方面へ向かうものが流れたが、実際の経路ではなかった。
場所選定理由  なし。
犯人と現場との関係  
動 機  生活苦。借金を断られたため、転売目的で壺や刀剣、現金等を強奪。自分の作品を高値で転売された恨み。
概 要  陶芸家の櫻井正男と被害者(当時73歳=古美術品店「孤董館」店主)とは10年以上取引があったが、粗悪品ばかり持ち込んで金をせびる櫻井を被害者は快く思っていなかった。家賃を滞納するほど生活に困窮していた櫻井は、借金の交渉のために被害者の店舗を訪ね、100万円を要求したが断られたため、所持していたくり小刀(刃渡り12.3cm)で殺害し、壺や刀剣など20点(計約110万5千円相当)と現金8万4千円を盗み出した。また、自分が売った作品を被害者が高く転売していたことが許せなかったとも供述している。
 櫻井は以前から贋作作りで知られる一方、「かつては腕は良かった」との声もある。被害者には「帰りの高速代がない」と言って、自作の陶器と引き換えに現金を受け取ることが多かったらしい。同様に高速代を要求されたと証言をする同業者もいる。
 櫻井は5月14日、妻とともに強盗殺人容疑で逮捕された。東京地検立川支部は6月3日、容疑を認めていた櫻井を強盗殺人と銃刀法違反で起訴する一方、妻については嫌疑不十分で不起訴とした。
捜査上の課題  
裁判結果
 2015年2月13日、東京地裁立川支部(菊池則明裁判長)で裁判員裁判初公判が開かれた。櫻井は車椅子で出廷。被害者を刺したことは認めたものの、殺意と強盗目的を否認、傷害致死罪を主張した。骨董品や現金は生前の被害者から譲り受けたものと主張。仮に盗んだとしても時価については争うとした。銃刀法違反は認めた。19日の論告求刑公判で検察側は無期懲役を求刑。23日、菊池裁判長は「左胸を刺しており、人が死ぬ危険性が高い行為と言える」と、殺意を否認する被告人の主張を退けた。判決理由で「被告人は借金を目的の一つとして、刃物を持って店に行っており、被害者に被告人へ商品を贈与する理由は見当たらない」と指摘。「古美術品などはもらった」とする被告人の主張を「不自然で信用できない」とした。さらに、「生命尊重の念が全く感じられない残虐な犯行で、真摯な反省は認められない」などと指摘して、求刑通り無期懲役判決を言い渡した。
 被告人側が控訴(車椅子なしで出廷)。一審と同様、財物奪取の意思、殺意、古美術品の時価について事実誤認のみを争ったが、同年7月17日、東京高裁(大島隆明裁判長)はいずれも一審判決の認定を指示し、控訴を棄却した。閉廷後、弁護人は記者に対し「上告するかどうかは被告人と相談して決める」と話した。
 同年10月16日、最高裁第二小法廷(小貫芳信裁判長)は被告人側の上告を退ける決定をし、櫻井の無期懲役が確定した。

 当初警視庁は、犯行の際に同行した妻も共犯者として逮捕したが、「夫が骨董品を持ち出しただけ」と否認していた。2014年6月3日、東京地検立川支部は妻について、強盗殺人は嫌疑不十分、証拠隠滅は起訴猶予としていずれも不起訴とし、釈放した。共謀関係が薄いと判断したとみられる。
備 考
 櫻井夫婦は10年ほど前、妻の実家がある新潟県長岡市から水上町に転居。同町小仁田100の工房(「あそびの駅」)兼自宅に住んでいた。場所は水上ICから程近い国道沿い。県内のほか、新潟県や東京都の古美術商と取引があった。
 防犯カメラの映像から、現場で目撃された不審者のナンバーの解析に成功。妻の車であることが判明し、さらにNシステムから関越道水上ICを利用するなど当日の移動経路が判明した。
 供述どおり、隣接する畑から凶器の刃物、被害者の財布、被害者の血液が付着したシャツ等が発見された。

 櫻井宅では20匹を超える猫を飼っており、ニュース映像でそのことを知った猫を保護するNPO法人「ねこけん」(東京都練馬区)は警視庁立川署に連絡。被疑者の所有権放棄の手続きを経て、5月19日に救出作業に入った。2匹の子猫が餓死していたが、19匹を無事に保護し、その後里親会に出されたという。

●伊香保男性傷害致死・死体遺棄事件

発生日  2014年5月18日(21日、逮捕監禁容疑で被疑者逮捕。同日未明に遺体発見)
被疑者  万年亮介(36=埼玉県所沢市南住吉)、菅原翔太(29=東京都北区滝野川6丁目)、小川潤也(35=神奈川県横浜市港南区下永谷6丁目)
遺棄現場  渋川市伊香保町水沢字藤塚156-1、「しぶかわカントリークラブ」付近山林。道路から藪の中へ5mほどの地点。「しぶかわカントリークラブ」(クラブハウス)と水沢観音堂を直線で結んだ中間地点辺りの林道沿いか。推定地点のストリートビュー
移動経路  東京都豊島区東池袋1-44-10先路上の拉致現場から、江戸川区江戸川1-33の都営アパート(被害者宅?)、豊島区南池袋、所沢市緑町3-24-25?先路上を経由し(移動車内で万年と菅原が激しい暴行)、同市緑町から松郷に至るまでの間に死亡させたとされる。所沢市市松郷から渋川市伊香保町水沢。関越道(所沢IC→渋川伊香保IC)か?
場所選定理由  不明。
犯人と現場との関係  不明。
動 機  被害者と加害者3人はいずれも放置自転車回収の同業者。同じフランチャイズに加盟していたが、万年と菅原、被害者は本部側の契約が不当であると民事訴訟を準備していたところ、被害者が本部側に情報漏洩している疑いからトラブルになった。同業者の小川を運転手役に誘い、被害者を拉致。被害者の態度などから口論、万年と菅原による暴行がエスカレートして被害者は死亡。
概 要  2014年5月18日午後5時頃、東京都豊島区東池袋1丁目の路上で廃品回収業者(自転車回収業者)の男性(34=江戸川区江戸川2丁目)が上記の同業者3人に拉致された。男性は当日、婚約者の親族との顔合わせを控えており、夕方、婚約者の女性に「30分ほど話をしてくる」と伝えたのを最後に連絡がつかなくなった。3人は男性と仕事上のトラブルがあり、車内で口論。18日午後6時~9時半頃までの間、上記のように都内や埼玉県内を走行中の車内で、万年と菅原から殴打を受けていた男性は多臓器不全により死亡。19日正午頃に渋川市伊香保町水沢の山中に遺体を遺棄した。
 21日、警視庁は男性を車に押し込んで監禁したとして、3人を逮捕監禁容疑で逮捕した。うち1人の供述から伊香保の山林で被害者の遺体を発見。逮捕当初、菅原は容疑を否認したが、後に3人とも認めた。東京地検は6月18日までに3人を逮捕監禁罪で起訴した。
 6月19日、警視庁は3人を傷害致死と死体遺棄容疑で再逮捕。いずれも容疑を認めた。東京地検は3人を傷害致死等で追起訴(小川は死体遺棄については不起訴)。
捜査上の課題  
裁判結果
 東京地裁に起訴。2014年12月8日に3被告人併合で裁判員裁判初公判。同月12日、大熊一之裁判長は万年に懲役12年(求刑同13年)、菅原に同11年(求刑同13年)、小川に同5年(求刑同6年)判決。万年と菅原はほぼ同等の立場で、互いが互いの暴行を利用したと認定。同等としながらも刑期に1年の差をつけたのは、公判での反省や責任転嫁の態度を考慮したもの。一方、小川は運転手役で、関与は従属的とされた。
 万年と小川は控訴(菅原は一審確定か?)。2015年5月26日、東京高裁井上弘通裁判長は、賠償金の一部を支払った小川を懲役4年に減軽。万年については控訴を棄却した。
備 考
 拉致現場は池袋でも人通りの少ない路上。

●桐生市梅田町・山林内通り魔強盗傷人事件

発生日  2014年6月14日
犯人  石戸谷孝志(64)
現場  桐生市梅田町5丁目、三境トンネル南側山林
移動経路  日光市町谷で盗んだトラックを運転。前夜寝泊まりした同市清滝から足尾を経由し、草木湖から梅田湖方面へ向かう。
場所選定理由  人目につかない山林。
犯人と現場との関係  なし。
動 機  目先の生活費欲しさ。
概 要  2014年6月14日午後3時すぎ、桐生市梅田町5丁目の山林内で一人でバードウォッチングをしていた男性(72=東京都足立区、無職)が、面識のない男に首などをマイナスドライバー(長さ約20cm)で刺された上、斜面を滑り落ちると石を投げつけられる暴行を受け、這い上がった後は鉄の棒(長さ約67cm)で殴りかかられた。当初の報道によると、約15分間にわたって暴行を受けたとされている。被害者は木の棒で抵抗した上、男から凶器を奪い、組み伏せて抵抗を排除。通りがかりの車の男性に救助を求め、警察に通報。被害者は首に軽いけが。男は県警機動隊と桐生署に殺人未遂の現行犯で逮捕された。男は秋田県大館市出身、住所不定、無職の石戸谷孝志(64)で、「金を取ろうとした」と供述している。現場は携帯電話の電波が届かず、人があまり入らない山林。
 石戸谷は2006年に強盗傷害事件を起こし福島刑務所に服役。6月8日に満期出所。その後、福島市内と郡山市内のビジネスホテルにそれぞれ2泊。その間に出所時に所持していた10万余円をほぼ使い果たす。12日に宇都宮を経てかつて窃盗(事務所荒らし)を犯した日光市へ向かった。日光市内3か所で侵入盗を試みるも失敗。偶然見つけたトラックを盗んだ(足代わり、寝泊まりのため)。13日夜、同市清滝の河原で一泊。翌日、足尾、草木湖を経由し、桐生川ダム方面へ向かう途中、三境トンネル出口付近で被害者を発見し、年配であったため食費くらいは奪えると思い襲撃した。しかし被害者は長年長距離トラックの運転手や重量物搬入の仕事に従事していたため、体力があり、また、石戸谷は脳血栓の後遺症で左半身が不自由なため、組み伏せられ、強盗を諦めた。

 7月25日、前橋地検は石戸谷を窃盗と強盗傷人罪で起訴した。起訴事実は以下のとおり。
 1.平成26年6月12日午後10時30分頃、栃木県日光市内の駐車場において、普通貨物自動車1台(時価約5万円相当)を窃取し、
 2.被害者(当時72歳)から金品を強取しようと企て、同月14日午後3時頃、桐生市内の山林において、被害者の背後からマイナスドライバーを左後頸部に振り下ろした上、被告人の攻撃を避けようとして斜面に滑落した同人に向けて石を複数個投げ付け、さらに斜面をはい上がった同人に鉄製の棒を振り下ろす暴行を加え、同人から金品を奪おうとしたが、同人が抵抗したためその目的を遂げず、その際、同人に全治約2週間を要する左後頸部挫創等の怪我を負わせた。
捜査上の課題  
裁判結果
 前橋地裁に起訴。2014年12月17日、前橋地裁(髙山光明裁判長)で裁判員裁判初公判。起訴事実を認め、争点は量刑に絞られる。翌18日、検察は懲役10年を求刑。19日、懲役8年判決。一審確定?
備 考
 石戸谷は窃盗(主に事務所荒らし)の常習犯で、前科3犯。2006年3月26日には福島市内で車を奪うため、所有者の会社員男性の顔を千枚通しで刺して負傷させる強盗傷害事件を起こし、同年7月28日、福島地裁(大澤廣裁判長)で懲役8年(求刑同10年)の判決を受けて服役した。

●片品村母子無理心中未遂事件

発生日  2020年12月17日
犯 人  松田愛(27=前橋市)
遺棄現場  
移動経路  前橋市→片品村。
場所選定理由  不明。
犯人と現場の関係  不明。
動 機  育児の悩み。松田は被害児2人とともに3人暮らし。
概 要  前橋市の無職・松田愛は、片品村花咲の土産物店駐車場に駐車中の軽乗用車内で、煉炭に火を付け一酸化炭素を発生させ、小学生の長男(9)、保育園児の長女(5)と無理心中を企てた。警察官に発見され、子どもらに怪我はなかった。
捜査上の課題  前橋署に「友人の女性から『子どもをつれて自殺をする』と別の友人に連絡があった」との通報があり、車のナンバーなどを元に全県に手配。沼田署員が発見し、保護した。
裁判結果
 松田は約3か月の鑑定留置後、検察は刑事責任を問えると判断し、2021年3月31日、前橋地裁に起訴した。2021年12月16日、前橋地裁(山崎威裁判長)の裁判員裁判で懲役3年、執行猶予5年判決(求刑懲役4年)。控訴せず確定。
備 考
 現場の特定には至っていないが、花咲の土産物店といえばかなり限定される。「メロディー」「エレガント」など。


(いずれ取り上げる予定の事件)
●高橋お伝
●片品温泉殺人事件(大正3年)
●吹上佐太郎
●大久保清
●沼田女子高生殺人事件
●霧積温泉殺人事件
●功明ちゃん身代金誘拐殺人事件
●新潟市新聞店一家3人強殺事件
●裏妙義女性殺人事件
●碓氷峠男性死体遺棄事件
●妙義山麓連続殺人事件
●松井田2女性連続強殺事件
●赤城村タクシー運転手殺害事件
●川越IC接骨師射殺事件(1986年10月10日発生 時効成立 日本初の高速道路上殺人事件)
●童話作家による大量偽札製造および宝石商射殺事件
●境町・宮城村連続農婦殺害事件
●木下伝司郎事件(新里村妻子連続殺人事件)
●関越大泉女性殺害事件
●東松山台湾秘密結社幹部殺害事件
●板橋血痕殺人事件(六本木ヒルズ会社社長殺人事件)
●藤岡傷害致死死体遺棄事件
●南魚沼2人傷害致死・神流湖死体遺棄事件
●焼津男性傷害致死・草木湖死体遺棄事件
●子持村リンチ殺人事件
●前橋資産家女性強殺事件
●鹿沼市参事殺害事件
●三夜沢赤城神社主婦失踪事件
●大胡女子高生誘拐殺人事件
●沼田連続強盗致死傷事件
●安中暴力団組長ら3人連続射殺事件
●沼田飲み仲間殺人事件
●利根村嬰児産み落とし事件
●嬬恋村死体遺棄事件

●テンプレ

発生日  
犯人  
遺棄現場  
移動経路  
場所選定理由  
犯人と現場との関係  
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裁判結果
 
備 考
 

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