第百八話「妹のいる生活」
さらに一ヶ月が過ぎた。
季節はめぐり、暖かい季節になった。
この町に来てから、二度目の夏だ。
夏というほど暑くはないが、しかし人々の服装はより薄着になった。
学校の女生徒やアイシャのメイド服も半袖になり、目の保養には丁度いい。
シルフィも家の中ではノースリーブのシャツなどを身に着ける事も多くなった。
そんな私服は持っていなかったはずだが、最近になって俺のために購入したようだ。
露出の多いシルフィ。実に新鮮だ。
シルフィの小柄で白い肩を見ていると、自然と後ろから抱きつきたくなってしまう。
いい季節だ。
この国には無断でホームステイしてくる黒い虫も出ないしな。
黒いといえば、最近バーディガーディを見かけない。
あいつ、どこに行ったんだろうか。
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さて、一ヶ月で色々と変化した事がある。
まず、ノルンに友達が出来た模様。
男だけでなく、別のクラスの女の子も巻き込み、
男子2、女3ぐらいのグループで動いているのを見かける。
十歳ぐらいの女の子がきゃぴきゃぴと話している。
ノルンにとって初めての友達だ。
兄としては、ご挨拶の一つでもしておきたい。
なので、一度家に連れて来なさいと言ったが、ノルンに拒否された。
友達を家族に会わせるのは、ちょっと恥ずかしいようだ。
ともあれ、俺が教室に乗り込んだ事で変な事にはなっていないようだ。
ちょっと安心。
俺とノルンとの仲も良好だ。
その最たるものとして、
先日、彼女は俺に勉強を教えてくれるよう頼んできた。
その提案に、俺は張り切った。
我が奥義の全てを伝授してやろうと考えた。
が、張り切りすぎると、恐らくアイシャあたりがむくれると思い至った。
放課後に図書館で勉強を教える事にした。
時間としては一時間ほど。
一日に勉強したことを復習し、明日の事を予習する。
それだけで、大きな違いがあるはずだ。
ノルンは一生懸命だが、どうにも空回りが多い。
応用がきかないのだろう。
とはいえ、エリスやギレーヌほどではない。
頑張ればすぐに一般的なレベルになるはずだ。
「そういえば、ルイジェルドさんって、バビノス地方の出身という話ですが、兄さんは魔大陸を旅してましたよね、どこにあるのかわかりますか?」
「ん? さぁな。ビエゴヤ地方の近くって話だけどな。俺は行ったことないんだ」
ノルンとは、勉強を通じて雑談が出来る仲になった。
といってもノルンが口にするのは、大抵はルイジェルドの話題だ。
俺とノルンで共通の話題といえばルイジェルド。
やはり通じる話題というのは重要だな。
俺も彼の話を共有出来る相手がいて、嬉しく思う。
「そうですか……魔大陸ってどういう場所なんですか?」
「魔物が全部でかいな。文化も結構違うけど、でも、ここらとそう変わらないかな。普通に人が暮らしている所だよ」
ノルンは俺に対しては御行儀よくしゃべる。
敬語妹という奴だろうか。
アイシャなんかと話す時は敬語ではないので、
俺に対する距離感を調整しているのかもしれない。
「あ、ルイジェルドさんの槍の話って、兄さん聞きました?」
「あれか。語るも涙な話だよな」
「そうですね……なんとか出来ないんでしょうか」
「……ああ」
そろそろ、例の計画を一つ先に進ませるか。
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スペルド族の人形を作り、本とセットにして売る。
この計画はまだ生きている。
もっとも、ジュリの魔力総量的に量産はまだ無理だろう。
だが、試作品を作ってみるのはいい頃合いかもしれない。
スペルド族の本を作るとして、問題は執筆時間だ。
先日、俺は上級治癒と中級解毒魔術をマスターした。
暗記は得意とはいえ、かなり時間が掛かってしまった。
次は何を習得すべきか。
上級解毒の授業は取るとして、他に習いたいものも無い。
いっそ、火や風の聖級を教わるのもありだろうか。
いや、聖級は基本的に天候操作が多くて、滅多に使う事もない。
覚えてもいいが、もう少し実用的なものを習いたい。
乗馬とか……。
なんて思っていた所で、ちょうどいい。
空いた時間を執筆に割り当てる事にした。
ついでに、ノルンの勉強の時間にも書かせてもらう。
スペルド族の過去を赤裸々に語った本。
あまりまとまった文章は得意ではないのだが、なんとかなるだろう。
などと思っていたのだが、
いざ書こうとしてみると、どうやって書けばいいのか分からない。
ドキュメンタリー風にまとめていくのがいいだろうか。
日記風に書いていけばいいのだろうか。
まず、最初から大作を書こうとしない方がいいというのはよく聞く。
10ページぐらいにするのがいいか。
それをコピー誌っぽくして、フィギュアをつけて配布するのだ。
なら、軽い文体がいいだろう。
勧善懲悪で、ラプラスを悪者にする感じで……。
いや、ラプラスは魔大陸では英雄視されているんだっけか。
あまり悪者にすると、反感を買うかもしれない。
「兄さん、何をしているんですか?」
あれこれと悪戦苦闘していると、ノルンが聞いてきた。
「ああ、ルイジェルドの偉業を讃えた本を書こうと思ってな。
けど、何から書いていいのか分からなくてさ」
「ふぅん……」
ノルンはそう言いつつ、俺の手元を見ている。
書きかけの原稿には「偉大なる戦士ルイジェルドの闘争と迫害の歴史」と題名された紙がある。
書いたのはまだ原稿用紙一枚程度で、ルイジェルドという人物の概要が書かれているだけだ。
俺の色眼鏡を通しているので、かなり聖人に近い。
「これだけなんですか?」
「うむ、まだな、これからだ」
まずもって、どこから書き出せばいいのかわからないのだ。
ラプラス戦役での戦いぶりの話は記憶に残っているし、
その後の迫害の歴史も知っている。
しかし数年前に聞いただけなので、どうにもおぼろげだ。
メモとか残しておけばよかったかもしれない。
「わ、私も手伝わせてもらっていいですか?」
ノルンはおずおずといった感じで、そう切り出してきた。
話を聞いてみると、なんでもルイジェルドは、毎晩うちの妹を膝の上に乗せてなでなでしながら昔話をしていたらしい。
なんてことだ。
俺だってルイジェルドの膝の上とか乗ったことないのに、ノルン妹だけズルイ。
いやいや、そうじゃない。
「おお、助かるよ。でも、勉強はおろそかにしないようにな」
「はい」
こうして、ノルンと一緒に本を作ることとなった。
その日から、ノルンは勉強の合間に、ルイジェルドの話を書き始めた。
文体は拙く、荒い所もある。
だが不思議と読んでいると、ルイジェルドの事を思い出して涙が出てくる。
そんな文章だ。
もしかすると、ノルンには文才があるのかもしれない。
いや、それは兄馬鹿な色眼鏡かもしれない。
だが、好きこそはものの上手なれ。
なんて言葉もある。
こうして続けていけば、もしかすると大作家に育つかもしれない。
とりあえず、俺は文体的に間違っている所だけを修正しつつ、
彼女の執筆活動を見守ることにした。
俺が書くより、数段面白いものが出来上がりそうだ。
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さて、ノルンと仲良くし始めた事で、アイシャにも少し変化があった。
といっても、ノルンに対してどうこうという事はない。
相変わらず、あまり仲も良くないが、
俺が言いつけたからか、見下したり突っかかったりすることも少なくなった。
こうなると、少し心配だ。
言いたいことを我慢しているのかもしれないしな。
「アイシャ。何か言いたい事があったら、きちんと言えよ?」
一応、そう言っておく。
ノルンとの仲がよくなったからといって、
アイシャとの仲をないがしろにするつもりはない。
「言いたいこと、ですか?」
「ああ、俺がノルンを構いすぎてるから、自分にもっと構って欲しいとか。
仕事が辛いから休みたいとか。一日中寝ていたいとか……」
「ワガママってことですか?」
アイシャは顎に指を当て、首をかしげて聞いてくる。
可愛らしい動作だ。
「そうだ。お前はもっとワガママを言ってもいいんだからな。
遠慮なんてするなよ?」
「ワガママ……じゃあ、一つだけ」
アイシャはイタズラっぽく笑った。
何を要求するつもりだろうか。
俺の肉体が目当てだろうか。
言えとは言ったが叶えるとは言って無い、とか言ったらさすがに怒るだろうか。
「お給料をください!」
アイシャのその言葉に、俺はやや戸惑いを覚えた。
「給料……」
考えてみれば、彼女はメイドとしてテキパキと働いている。
今まで金を払っていなかったのがおかしいぐらいだ。
いや、家族だし、何もおかしくはないか。
つまりこれはあれだな。
お小遣いだな。
家を手伝っているから、お小遣いをください。
そういう流れなのだ。
「よし、わかった」
俺は快く了承した。
ただ、金額についてはシルフィも交え、三人で相談して決めた。
やや多めに渡そうか、という案もあったが、アイシャに断られた。
多くて断るとか、こいつ本当に十歳だろうか。
結局、多くもなく、少なくもない。
そんな金額に収まった。
「給料なんてもらって、何を買うつもりなんだ?」
一応、聞いておく。
一応な、一応。
何買ってもいいんだが、一応な。
「色々です」
しかし、アイシャの返事はそっけないものだった。
その、色々の中身を知りたいのだが……。
などと思っていたら、
「わかりました。じゃあ、今度買い物にいく時に、ついてきて来てください」
と、誘われた。
デートだ。
妹とデートだ。
なんと素晴らしい響きだろうか。
俺はシルフィに一応、買い物にいくと伝えておく。
休日なのに仕事のシルフィをさし置いてデート。
なんだか申し訳ない。
でも妹だから大丈夫だ。
浮気じゃない。
しかし、アイシャは何を買うつもりなのだろうか。
もしかして、屈強な男奴隷とかだろうか。
あまり家の中にむさ苦しい奴を置きたくはないな。
ただでさえデカくて黒くて強い奴がたまに飯をあさりに来るというのに。
いや、あいつも最近は来ないんだが。
デート当日。
アイシャが向かったのは雑貨屋だった。
市場の片隅にある、日用雑貨を置いた小さな店だ。
店の内にはモノが溢れており、しかし客はいない。
古びたものばかりが置いてある印象を受ける。
アイシャはそこで、小さな植木鉢を三つほど購入した。
「どうするんだ、それ。通りすがりの魔王の脳天にでも落とすのか?」
「いえ、普通にお花を育てようと思ったんですけど、変ですか?」
アイシャは上目遣いで、そんな事を聞いてくる。
俺の答えは当然決まっている。
「変じゃないさ」
ただ、アイシャが花を育てる、というのがちょっと想像できなかった。
俺のアイシャのイメージは、元気いっぱいの天才少女だ。
好きなものは掃除と金勘定と損得勘定。
そういうイメージがある。
園芸はじっくりと楽しむものだ。
自然の力に任せつつ、ゆっくりじっくりやるものだ。
どんな天才でも、計画通りに行かない事も多いだろう。
いや、だからこそ園芸なのだろうか。
思い通りにならないから面白いのだろうか。
「なら、土とかも買った方がいいんじゃないか? このへんの土って、結構痩せてるから、園芸には向いてないだろうし」
「……それはお兄ちゃんに魔術で出してもらおうかなと思ってるんですけど、ダメですか?」
上目遣いだ。
答えは決まっている。
「ダメじゃないさ」
俺も男だから、土を耕したり種を撒いたりするのは大好きなんだ。
チューリップの種からバオバブの木が育つような、すごい土を用意してやろう。
「種はどうするんだ?」
「旅の間に、ちょっとずつ集めたのがあるんです」
「拾い物のだと、芽が出ないかもしれないぞ?」
「んー、たぶん大丈夫ですよ」
なんて会話をしつつ、店の中を適当に見て回る。
俺もシルフィへのおみやげに耳飾りを一つ購入した。
青色の石の付いたしずく型のイヤリングだ。
きっと似合うだろう。
「それ、シルフィ姉へのおみやげですか?」
「うむ。俺は嫁を大事にする男なのだ」
「シルフィ姉は幸せものですね。お兄様、暇があればわたしにもごちょうあいをくださいませ」
上目遣い。
俺の答えは当然決まっている。
「嫌だよオヤジに殴られる」
「ちぇ……」
そんな話をしつつ会計を終わらせ、雑貨屋から移動する。
次に向かった先は織物を専門に扱う店だ。
巻物のような手織りの布を大量においてある店。
俺の家の絨毯を購入する際、アリエルから品揃えがいいと教えてもらった店だ。
値段の幅も広く、特に高級志向というわけでもない。
手広くやっている店である。
アイシャはどこでこういう店の情報を仕入れたのだろうか。
そこで、アイシャはカーテンを購入した。
ピンクのフリフリのついたやつで、少々お高い。
アイシャはそれを、値切れるだけ値切った。
俺の名前を出し、アリエルの名前を出し、使えるものを全て使って値切った。
最終的には、それでもまだ少し高い金額が提示される。
「足りないなら俺が少し出してやろうか?」
「ううん、大丈夫、ぴったりだから!」
と、残りの小遣いと同額で購入してしまった。
与えた小遣いとぴったり同じ金額を使いきったのだ。
商売上手というか、何か恐ろしいものを感じるな。
「小遣いは少し残して置いた方がいいと思うぞ? 万が一の時のために」
一応、そう忠告しておく。
いつどこで何が起こるかわからないからな。
いきなり魔大陸に転移させられるかもしれない。
実は俺も体中のあらゆる所に金を隠している。
靴底とかにな。
「じゃあ、次からはそうしますね!」
それにしても、植木鉢にピンクのフリフリカーテンとは。
天才だというイメージが先行していたが、感性は少女なのかもしれない。
「こういうカワイイの、欲しかったんですよ」
「リーリャさんには買ってもらえなかったのか?」
「お母さんはダメって言ってました。メイドは趣味で家具をかっちゃいけないんだって……ダメですか?」
アイシャは甘え上手で、しかも賢い。
上目遣いに加えて、俺の腰に抱きつくパフォーマンス。
俺の答えは決まっている。
「ダメじゃないさ」
俺が変なおじさんなら、連れ去ってしまっちゃう所だ。
そのデート以来、アイシャの部屋に少女趣味な物が増えるようになった。
アイシャは小物が好きなようだ。
小さな鉢で小さな花を育てたり、
こぶし大ぐらいの人形を棚の上に並べたり……。
気づけばエプロンの端に小さな刺繍がしてあったりと、オシャレにも敏感だ。
将来、ギャルになったりするんだろうか。
少しだけ心配なお兄ちゃんです。
二人の妹とは、そんな感じだ。
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ナナホシも調子を取り戻していた。
前回の実験では、『ペットボトル』を召喚した。
現在、あのペットボトルは一輪挿しとなって研究室の窓際に置かれている。
この成功を踏まえて、研究は第二段階へと進む。
「次は、前の世界から『有機物』を召喚するわ」
ナナホシはそう宣言した。
「有機物?」
「そう、有機物。食べ物がいいわね」
前回のことで、ナナホシの俺に対する信頼度が上がったのか。
彼女は今後の研究の段階について話してくれた。
1.『無機物』を召喚する。
2.『有機物』で構成された物品を召喚する。
3.『植物』もしくは『小動物』といった『生物』を召喚する。
4.『細かく条件付け』して、この世界の生物を召喚する。
5.最後に、召喚した生物を『元の場所に送り返す』実験となる。
ペットボトルは厳密には無機物ではないので少し調整が必要だったが、些細な事だそうだ。
「その、『条件付け』というのは必要なんですか?」
「ええ。向こうに送ったときに、いきなり外国に飛ばされたら面倒でしょう?」
要するに、被召喚対象をだんだんと人間に近づけていき、
最終的にはピンポイントで日本に帰る。
そういう実験であるというだけなのだ。
ちなみに現在の召喚でも、ある程度の条件付けというのは出来るらしい。
だが大雑把で個体差が出てしまうのだとか。
例えば『ネコ』という条件で召喚する。
すると、三毛ネコかブチネコか、虎か豹が出る。
そこらへんを研究でもっと狭めていくらしい。
ネコ科ではなく猫が出るように。
猫の中でも、さらに細かい種類を特定できるように。
「この条件付けを研究するのに、またあの人に会わなきゃいけないわね」
ナナホシは、ポツリとそう言った。
あの人というのは、例の召喚術の権威という人だろうか。
「その人、条件付けに詳しいんですか?」
「そうね……」
ナナホシは顎に手をあて、少しだけ考えていたが、
うん、と頷いて、一つの説明を始めた。
「説明するわ。この世界の召喚術には、魔獣召喚と精霊召喚の二種類があるのよ」
「ほう」
魔獣召喚というのは、魔物を召喚するものだそうだ。
魔法陣によって知能の高い魔物を召喚し、なんらかの代償を与える事で使役する。
俺たちが一般的に『召喚魔術』と呼んで、イメージしている通りの魔術と言えよう。
魔獣召喚で呼び出せる存在は多岐にわたる。
そこらにいる魔物から、別の異世界に生息するとされる伝説の生物まで。
もちろん、生物だけには留まらない。
実は、先日のペットボトルも魔獣召喚に分類される。
物品も召喚できるのだ。
これをマスターすれば、ロキシーが履いているパンツを召喚! とか出来るかもしれない。
対して、精霊召喚は毛色が違う。
精霊召喚は、精霊と呼ばれる存在を『魔力で作る』魔術になる。
魔力で存在を作り出すのだ。
プログラミングに近いらしい。
「でも、これはあまり口外しない方がいいわね」
「どうして?」
「世間では、精霊は無の世界にいて、そこから呼び出している、といわれているからよ」
つまり、魔獣召喚と同じような扱いらしい。
魔獣の方は、制御が難しいが、自分で考えて動き、応用が利く。
精霊の方は、制御こそ簡単だが、同じ行動しか出来ない。
けれど、実は精霊は複雑なプログラムを組めば、まるで人間のように動くらしい。
実際、彼女はそうした精霊を見たことがあるそうだ。
『あの人』とやらの所で。
「なるほど」
「で、話は少し変わるけど。これ、前に言っていた魔法陣よ」
そういってナナホシが渡してきたのは、一枚のスクロールだった。
半紙一枚程度の中に、精緻な魔法陣が描かれている。
「これは?」
「灯の精霊の召喚魔法陣よ」
灯の精霊とは、明るい光を発しながら術者の後ろを付いてくる精霊だ。
「あっちを照らせ」といった簡単な命令には従ってくれるが、
時間が経つと、魔力が枯渇して消滅してしまう。
そんな弱々しい存在だそうだ。
込める魔力が大きければ大きいほど長持ちするらしい。
けど、地味だな。
実験の第一段階の報酬としては、少々けち臭い気もするが……。
「その魔法陣、魔術ギルドでは誰も使えない、さっき言ってた人のオリジナルよ」
「あら、そうなのか」
限定品といわれて心が躍るザパニーズ。
「次の実験に成功したら、今度はもっと凄いのを上げるわ。だから、お願い」
ナナホシはそういって、手を合わせた。
懐かしいポーズだ。
もちろん、俺だってナナホシを途中で見捨てるつもりはない。
「多分、あなたの土魔術で芋版みたいなのを作れば量産できると思うわ、その板を魔術ギルドに持っていけば、結構な値段で売れるはずよ」
「売るって。それ、オリジナルの人に怒られたりはしませんか?」
「そんな事で怒るほど狭量じゃないから大丈夫よ」
しかし、芋版か。
魔法陣は手書きじゃなくてもいいのか。
「もし魔術ギルドに売るなら、私の名前を出してちょうだい。そしたら、変に詐欺られる事もないから」
「わかりました」
こうして、俺は収入源を一つ手に入れることとなった。
それにしても、精霊は全て人工精霊だったのか。
ザノバの研究にも少し関係している気がするな。
合体させれば、はわわとか言うロボを誕生させる事も可能かもしれない。
夢が広がる。
「あ、そうだ。俺たちの世界の無機物をランダムに召喚していけば、何かいいものが出てくるんじゃないか?」
ふと思いついて、そう提案してみる。
すると、ナナホシは首を振った。
「無機物といっても、現段階では基本的にはひとつの材質で構成されたものだけよ。ペットボトルが召喚できたから、かなり幅は広いと思うけどね」
一つの素材。
ペットボトルには蓋もラベルも付いていなかったな。
でも、条件付けの研究を先にすれば、部品だけ召喚して組み立てるとかも出来る気がする。
「あと、前にも言ったと思うけど、この世界に私達の世界のものを持ち込むのは、あまり好ましくないわ」
歴史が変わるとかいうやつか。
「考えすぎだと思うけどな」
「そう思うのなら、私が帰ったあとで試すのね。私はゴメンだわ」
ツレないな。
まぁ、仕方ないか。
---
ザノバといえば。
先日、ようやく赤竜フィギュアが完成した。
俺が見た赤竜と違い、額に角とか生えているがカッコイイので良しとしよう。
大分時間が掛かってしまったが、ジュリは喜んでいた。
あまり笑わない子であるが、持ち上げて下から見て「ほぉー!」と感嘆の声を漏らしていた。
「マスタ! グランドマスタ! ありがとうございます!」
ジュリはそう言って、ややぎこちなく、しかし優雅な所作で頭を下げた。
「うむ、これからも良く働くのだぞ」
ザノバが大仰に頷く。
実に偉そうだ。
ジュリもまた、嬉しそうに頷いた。
「はい!」
それにしても、ジュリの人間語もかなり上手になってきた。
俺の教え方が上手いというより、ジンジャーが事ある毎に彼女の言葉遣いを正しているからだ。
やはり、間違えた時にすぐ訂正すると覚えも良くなるようだ。
「よかったですねジュリ。大切にするように」
「ジンジャ、さまも、ありがとうございます」
ジンジャーは常に部屋の端に控えており、
ザノバに対して飲み物を運んだり、来客の対応をしている。
確か、学校に近い位置にあるアパートに部屋を借りたのだったっけか。
ザノバの部屋の隣にある、護衛用の一室に入ればいいと言ったのだが、
ザノバ様の隣など恐れ多いのだと拒否した。
騎士というより、通い妻のようだ。
もしくは、狂信者という感じだろうか。
死ねと言われたら喜んで腹を切る感じだ。
「何か?」
「ジンジャーさんはどうしてザノバに忠誠を誓っているのかと思って」
ふと聞いてみると、ジンジャーはよくぞ聞いてくれたとばかりに頷いた。
「私はザノバ様の母君より直々に、ザノバ様を頼むと言われたのです。
その時、私は誓ったのです。粉骨砕身ザノバ様に仕えると」
「ほう、それは美しい話ですね……それで?」
「それだけですが?」
それだけで、ひどい目にあっても忠誠を誓い続けたのか。
いや、それこそが忠誠を誓うという事なのか。
ちょっと振り回されたぐらいで揺るぐような忠誠なら捨てた方がマシという事か。
いやまて。
そういえば、昔なにかの漫画で読んだ事あるな。
封建社会は一部のサディストと多数のマゾヒストで構成されているとかなんとか。
ジンジャーはマゾなのか。
そうやって考えると、少しだけ理解できるな。
もっとも、そんな下世話な話ではないのだろうが。
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クリフの研究にも進歩が見られた。
なんと呪いの症状を抑える魔道具の試作品第一号が出来たらしい。
クリフは天狗のようになって、俺にその報告をしてきた。
「外部から魔力を送って、体内の魔力を相殺するんだ。
完璧に押さえ込むまでには至らないが、リミットを数倍に伸ばす事が出来る」
外側の魔力を内側の魔力と同調させ、エリナリーゼの子宮にある呪いの魔力をどうのこうの。
と、難しい説明をされた。
理論についてはクリフの俺様理論っぽい感じなので割愛しよう。
とにかく、呪いの症状を緩和できるらしい。
「けど、二つ問題がある」
そういって、クリフはブツを見せてくれた。
横綱がつけているような前たれのついた、ごついマワシだった。
見ようによっては、オムツにも見える。
「なるほど、問題点の一つは……ダサいことですね」
「そうだ。こんなものをリーゼにつけさせるわけにはいかない」
そのことで、珍しくクリフとエリナリーゼが喧嘩をしたらしい。
エリナリーゼは、そんなもの気にしないと言うが、クリフは譲らなかった。
自分の彼女がかっこ悪い格好をしているのが、どうにも気に食わないらしい。
クリフらしい理由で安心する。
ちなみに、一晩かけて仲直りしたらしい。
バカップル。
「一応、ザノバとサイレントに協力してもらったおかげで、小型化のめどは立っているんだ。効果もまだまだだけど、僕のような天才に掛かれば、余裕さ」
目指すは、パンツサイズらしい。
実際にどこまで小さくできるかはわからないが、
手袋ぐらいの大きさにまとめられれば、ザノバあたりも喜ぶんじゃないかろうか。
人形作りも自分の手で出来るようになるし。
いや、あいつはもともと不器用っぽいから、呪いがなくなっても無理かもしれないが。
「もう一つの問題というのは?」
そう聞くと、クリフは苦い顔をした。
「今回はそのことで君を呼んだんだ。ルーデウス」
「ほう」
「実はな、この魔道具、消費する魔力が大きすぎるんだ」
消費魔力。
魔道具は、使用者が魔力を送り込む事で起動する。
それが大きすぎて、実用に耐えられないらしい。
だが現在はエリナリーゼどころか、クリフの魔力でも一時間も持たないらしい。
「これから、少しずつ改良していくから、そのたびにテストしてみて欲しいんだ。
僕らじゃあ、一日に実験できる回数が限られてくるからな」
「なるほど、任されました」
クリフは天才を自称するだけあって、そこそこ魔力総量も多いはずだ。
なのに、それでも全然足りないか。
俺の出番というわけだ。
というわけで、この日からクリフの実験に参加することとなった。
ちなみにこの魔道具。
発情を抑える効果はないらしい。
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最近、いい生活をしていると思う。
朝起きて、トレーニングをして。
朝飯を食って。
学校に行って、ザノバに会い、クリフに会い、
研究の進捗を聞いて、たまにアドバイスのようなものをして。
昼飯を食べた後、ナナホシに会って実験の手伝いをして、
放課後になったらノルンに一時間ほど勉強を教える。
帰りにシルフィと一緒に買い物をして、
家に帰ったら、アイシャに出迎えられて、
シルフィと一緒にお風呂に入り、三人で晩御飯を食べて。
そして、みんなで雑談をしながら魔術の訓練をして。
アイシャを寝かしつけてから、シルフィと子作りをして。
そして、シルフィを抱きまくらにしつつ泥のように眠る。
一日一日で少しずつ違うけど、一歩一歩前に進みながら、一日を生きていく。
こういう生活を『幸せ』というのだろう。
生前で俺が得られなかったものだ。
あと一年ぐらいしてパウロが帰ってきたら、
きっと、もっと幸せになるだろう。