Crossroads of my life -人生の岐路-Vol.3 西牧八千代氏
スタートラボがお届けする、インタビューシリーズ “Crossroads of my life”
ゲストの人生の岐路から、Pythonに携わる人々の熱い想いや信念を探っていきます。
第三回目のゲストは、マーケティングを主軸にご自身でもPythonを習得され、3児の母でもある西牧八千代氏。これまでの歩みをもとに、特に女性エンジニアとして仕事と家族へ向き合い続ける秘訣を語っていただきました。
【プロフィール】
西牧 八千代(にしまき やちよ)
プライム・ストラテジー株式会社 取締役 CMO
早稲田大学第一文学部卒業。プライム・ストラテジー株式会社の創業者メンバーとして17年間、経営全般、ブランド戦略、マーケティングに携わる。著書『本格ビジネスサイトを作りながら学ぶ WordPress の教科書』(SBクリエイティブ)は2012年度『CPU大賞(書籍部門)』受賞、初版・改訂版あわせ計 13刷、韓国語とインドネシア語に翻訳されシリーズ累計4万部を達成(2020年9月現在)。2020年6月に開設したPythonエンジニア認定試験の無料模擬試験サイト「PRIME STUDY」は、公開約3か月半で合計受験回数10,000回を突破。
Crossroad -1- 経営者の両親から学んだ会社経営の厳しさ
父方・母方、両方とも曾祖父の代から創業経営者です。曾祖父も、祖父も、皆それぞれ自分の会社を立ち上げ経営してきました。私の両親も工業製品の試作を行う会社を立ち上げて二人で一緒に経営してきました。この会社はまもなく創業50年になります。すでに私の弟が立派に受け継いで、今は小規模ながら日本でも有数の、工業製品の試作分野で高い技術力を誇る会社です。
そんな私は、両親が仕事の話をする様子を見て「かっこいいなあ!」と思いながら育ちました。毎晩、家族そろって夕食をとるのですが、そのときの両親の話はだいたいこんな感じです。
「大型案件を受注した!」(こんな日の夕食は、家族の大好きな牛肉ステーキ)
「先日の案件の話は消えた」(夕食は親子丼)
「大型の機械で数千万円するやつをもう一つ入れたいから、銀行から借り入れする」
「いま資金繰りが厳しくて、これ以上厳しくなったらこの家を売って引っ越しするから覚悟しておいて」
「先んずれば人を制す、スピードが一番大事」…などなど。
私が夫と結婚し、会社を2002年に設立した後も、両親には経営のアドバイスをしてもらいました。
例えば、2006年に東京本社の業績が思うように伸びず、急速に資金繰りが悪化したときの話です。このペースでいくとあと3か月で資金ショートする可能性があるという段階になって、その1年半ほど前にインドネシアのジャカルタに設立した子会社を解散し撤退するかどうかを、夫と二人で迷いに迷っていたことがありました。
私たちがなぜそれほど迷っていたかというと、ジャカルタの子会社にいる50名近くの社員を全員解雇しなければならないからでした。母に相談すると「撤退? 資金繰り厳しかったら、そんなの当たり前でしょ」と一蹴されましたね。その一言に、経営者として甘すぎた自分を実感しました。1か月も悩んでいたのは何だったのだろう…と。母があの時そう言ってくれたから、私の今があると心の底から思っています。
西牧氏の奮闘史はこちらから
IT ベンチャー企業がジャカルタに進出・撤退・再進出、9年間戦って学んだこと
https://blog.prime-strategy.co.jp/category/episode1/
Crossroad -2- 切磋琢磨し合った夫との出会いと結婚
大学は早稲田大学第一文学部の日本文学専修に進み、大学体育会の弓道部に所属しました。
当時、大隈庭園の裏にあった、大学弓道部の鄙びた道場で、大学に入学して7日目に夫の中村けん牛に出会いました。彼は早稲田大学高等学院からの弓道部員で、同級生の中でもとびぬけて優秀でした。
早稲田大学の体育会弓道部はとても厳しいところで、4年間でかなり鍛えられましたね。夫を含め十数人いる同期の仲間と一緒に、真剣に日本一を目指して毎朝毎晩、道場に通いつめて練習しました。全国大会では大将をつとめさせてもらったり、東京都の大会で9位に入賞できたり、弓道3段も取得しました。
早稲田大学弓道部の同期や先輩は、学生の時から練習も部運営の仕事も一流で、いま日本で活躍している方ばかりです。弓道部時代に当たり前となった、とても高い「基準」「水準」が今の私や夫にとって目指す仕事のレベルになっています。「高い水準」を目指して努力することを学べたという点で、体育会に所属して本当によかったと思ったのは、社会人になってからでしたけど。
卒業後はそのまま早稲田大学の大学院に進みました。そして大学院2年生の時に、すでに大学を卒業し社会人だった夫と結婚しました。結婚したのは1995年、インターネット時代の幕開けで、ふたりとも25歳でした。結婚の時に夫が「いつか一緒に会社を経営しよう」と言ってくれたのですが、結婚当初私は毎朝毎晩の食事作りや掃除洗濯をしつつ大学院に通う、というのんびりした主婦の生活をしていました。
振り返ってみると、私の人生で最ものんびり過ごした1年間でしたが、家事の繰り返しに退屈もしていました。そんなときに、夫は「食事作りなんていいから、プログラミングの勉強しなよ」と言ってくれていましたね(それからは25年間毎日、勉強しろと言ってくれています)。
修士課程を終えた後は、吉祥寺にある成蹊高等学校の国語科教師として5年間勤めさせていただきました。国語科教師になって4年目頃に、夫が公認会計士二次試験に合格したことをきっかっけに、私も何か試験勉強に取り組みたくなり、司法試験の勉強を始めたのもこの頃です。夫に自慢できると思い始めた勉強で、結局合格には至りませんでしたが、法律の考え方は会社経営にも役に立ち、「勉強はやって損はない」とつくづく思います。
Crossroad -3- 会社設立
ここからが夫と結婚時から話していた会社設立の話になります。設立前は軽い気持ちで「私に任される仕事は、電話番や掃除かな」と思っていたのですが、いざ始めてみると、未経験の集客やWebマーケティングをまかされました。
インターネットもWebマーケティングも黎明期ですから、すべて独学で学び、実践して失敗して…の繰り返しでした。仕事としてお金をいただくので「初めてだから」「素人だから」とは決して言えません。勉強して身に着けつつ、お金もいただけて、今思えば本当にありがたかったです。
この時期は、集客を劇的に変える「Webマーケティングの力」を日々目の当たりにして、その重要性が身に染みて感じられました。そこで、2004年頃からマーケティングを本格的に勉強しはじめ、斜め読みを含めて300冊ほどのビジネス書を読んでヒントを探し、自社に適用する方法を考えていました。
本から学んだことは多く、たとえば『ポジショニング戦略』(アル・ライズ 、ジャック・トラウト著)から学んだポジショニングの考え方が、後にWordPressにポジショニングする意思決定の助けになりました。Webでの集客を考える際には『実践マーケティング戦略』『経営戦略立案シナリオ』(佐藤義典 著)が役に立ちました。…といった具合に、本からヒントを得て、自社の戦略を考えていくというやり方でサービスを作っていきました。
一時期は夫が開発を担当して(夫はプログラミング歴約 40 年のエンジニアです)、オリジナルCMSの開発を進めていました。それをきっかけに私もPHP、Linuxを学びました。LAMP環境での開発が分かるようになると、この知識がマーケティングにも役立ちましたね。サービスの説明においても、技術知識が背景にあるのとないのとでは、内容の正確さ・深さが異なってきます。
WordPressにポジショニングした結果、2010年頃より日本マイクロソフトさんとセミナーの共同開催を開始することができ、これによってマイクロソフトさんから当社をご紹介いただけるようになりました。さらに2012年には、SBクリエイティブ(当時のソフトバンククリエイティブ)さんから、『本格ビジネスサイトを作りながら学ぶ WordPress の教科書』という本を出版させていただきました。
この本は、全国のコンピューター書籍担当の書店員の皆さんが選ぶ「CPU大賞(書籍部門)」(2012年度)を受賞し、その後、続編と、韓国版が発売されました。そういう実績もあって、インドネシア最大のメディア企業「コンパス・グラメディア」さんから、インドネシア語のWordPressの書籍を出版していただきました。さらに、こうした実績を、技術書で有名なオライリー社さんに評価いただき、『詳解WordPress』が出版されました。この本は主に夫が執筆し、原理原則で貫かれた名著です。WordPress創始者のマット・マレンウェッグ氏に序文をいただくこともできました。
書籍について
『詳解 WordPress』
https://www.prime-strategy.co.jp/about/books/
Crossroad -4- KUSANAGIと作る未来とPRIME STUDY
KUSANAGI は「WordPressなどのCMSを高速・セキュアに動作させるための構成済みサーバOS」です。フリーミアム戦略とチャネル戦略も奏功して、KUSANAGIは世界中で使われるようになり、2020年4月時点で累計4万台以上の稼働実績があります。さらにこの「KUSANAGI」を橋頭保として「サーバからアプリケーションまで一貫した『フルマネージドサービス』」が提供できるようになりました。
KUSANAGI以前はとにかく顧客満足度が低く、事例取材などしたら、お客様の不満の火に油を注ぐだけでした。ですが、KUSANAGI以後、フルマネージドサービスの提供ができるようになって以降は状況が一変し、顧客満足度が向上、取材でも感謝の言葉をいただくことが増え、まともな事例集を作れるようになってきました。
そこで「事例中心主義」というスローガンをかかげて毎月10件の事例を作り公開し続けました。
「事例中心主義」とは、「『良い事例』が次の顧客を生む、だから『よい事例を作る』ことを中心に考えてサービスを提供する、マーケティングを設計する」(そうすると、サービス提供とマーケティングがうまく回る)ということです。
また、いま全社的に力を入れているものの一つが、KUSANAGI Stack(くさなぎスタック)の開発です。
KUSANAGI Stackというのは、Web高速化のためのプロダクト群で、高速セキュアなOSとしての「KUSANAGI」のうえにWeb高速化エンジンがあり、それをAIが制御するというものです。KUSANAGIの最上位版「Premium Edition」では、KUSANAGI Stackを制限なく利用できます。「情報を持ってくる → データを処理する → 届ける」という場面において、KUSANAGI Stackは世界最高速レベルのソリューションです。
現段階でKUSANAGI Stackが役立っている具体的な場面は、主に「Webサイト・Webシステムの高速化」です。今後はさらにもっと広く、さまざまな分野でのハイパーオートメーションを実現できると考えています。
個人的には KUSANAGI Stackで医療の分野に貢献し、病気の人やその家族が一人でも多く救われるお手伝いがしたいと思っています(亡くなった母は、2年ほど難しい病気で入退院をし、父が献身的に看病していました)。
例えば医療の分野なら、「血液検査のデータを吸い上げて、高速処理して、結果を医師や患者さんに速やかに届ける」「診察などの待ち時間を激減させる」「検査結果から最適な薬を最速で判断し、その情報を最速で届ける」ということもKUSANAGI Stackなら可能と考えています。
KUSANAGI内部は完全にPythonにリファクタリングされ、AIとの親和性もより高くなっています。そんな背景もあり、優秀なPythonエンジニアが増えて、その中からKUSANAGI開発に加わる人も増えて、KUSANAGI Stackが世界中のいろんな分野でハイパーオートメーションを実現し世の中をもっと良くできたら…。
こうした想いから、当社のブランディングや社会貢献、当社開発部門のエンジニア採用強化のために開設したのが、Python試験の模擬試験サイトPRIME STUDYです。 PRIME STUDYでは、効率的な試験合格の支援はもちろんですが、将来を担うPythonエンジニアの皆さんの「原理原則の理解」(それこそが将来の実務で生きてきます)に役立つことをもう一つの目的として、問題の作成・提供をしています。良質な問題を提供できるように自分自身も勉強し続けていきたいと思っています。
Crossroad -番外編- 女性が考えるべき結婚相手選び
「一生かけて成長していきたいと考える女性にとって結婚相手選びは最重要」という持論が私にはあります。
人間の成長には遺伝と環境の2つが重要と言われます。前者は自分自身の努力でいくらでもカバーできます。でも結婚相手は、まさに「環境」でありながら、自分の意志で変えるのはなかなか難しいからです。
87歳で亡くなった、アメリカの連邦最高裁のルース・ベイダー・ギンズバーグ判事は素晴らしい仕事をして生涯現役を貫いた女性ですが、ドキュメンタリー映像では、しばしば「伴侶に恵まれた」と言っています。
「結婚したい」「子供を産み育てつつ、やりがいのある仕事に熱中していたい」「そのためにも一生かけて成長していきたい」と考える場合には、自分の力をつけていくことを当然の前提として、結婚相手にどんな人を選ぶのかを、よくよく考えるべきだと思います。なぜなら、相手はその後長きにわたって自分の「環境」となりますし、「環境」によって成長のしやすさが全く異なってくるからです。
金銭面(夫婦合わせた収入が一定程度あり、例えば自己投資に賛成してもらいやすいか、など)や、住む場所(勤務地に近く通いやすいか、子供の保育園と家と職場は行き来しやすい距離かなど)、労働の役割分担(夫婦内の取り決めとして求められるものは、家での家事能力なのか、外で稼ぐ能力なのかなど)、などは、結婚する相手によってさまざまです。
例えば結婚相手が「食事は奥さんの手作りでなくちゃ」という「こだわり」を持っていたらどうでしょう。子育ても、掃除洗濯も女性の仕事となれば、女性の時間はすごく制限されます。
また「家は広い一戸建てがいい」となれば、通勤に便利な場所に住めるとは限らないですから、ますます時間がなくなります。
私の場合には、最高の相手と結婚できたと思います。非常にまれなほうだと思います。
これは結婚相手に限らずですが、「女性はかくあるべし」といった常識は、一切無視したほうがいいと思っています。
Crossroad -5- 学び続ける母親である決意
ある子育て中のお母さんが「子供の成長を見られるのは今だけだから、育児に集中するために資格試験の勉強をやめた」と話してくれたことがあります。本当にもったいないと思います。子供が小さいのはほんの一時期、それに比べて自分はその後ずっと生きていかなければならないのです。
もし女性が活躍する世の中を作りたかったら、母親は、持てる時間のありったけを学習に振り向けて、自分の学ぶ姿を子供たちに見せ続けるべきだと思います。母親が常に学習していて、学習したことを活かして仕事で成果を上げることは、「勉強しなさい」と叱るよりも圧倒的に子供に良い影響を与えるはずです。
私の子供は3人ともプログラミングが好きなので、場所を問わず、世界中のどこででも仕事ができるようになっていくと思います。二人の娘たちは(もちろん息子も)、(よい伴侶に恵まれれば)子供を持ち、好きなところで、好きな仕事を、テレワークで(その時には「テレワーク」とはいわないかもしれません)やっていると思います。
コロナをきっかけにテレワークが働き方の選択肢のひとつとして定着したことは、女性が活躍し続ける環境を大きく助長してくれると感じます。
ただし、そういった自由な働き方をするには、まず「実力」あることが大前提です。ですから「実力をつける」「学習する」ことにとにかく力を注ぎ、学習に時間を費やすべきだと思います。学習だけが「将来にわたって自由な働き方をしていきたい」と考える自分を助けてくれます。
ではどの方面で実力をつければよいのでしょうか。テレワークとの親和性でいったら、プログラミングが第一の選択肢、他と大きな差をつけてダントツだと思います。また職種は慎重に選ぶ必要があると思いますが、やはりエンジニアはテレワークがしやすいですね。当社でも、エンジニア以外の職種では、出社しないと仕事にならないことが今もありますが、一方、エンジニアは出社必要となることが実際のところまずありません。
プログラミングは、エンジニアとしてやっていきたいなら必須科目ですが、エンジニア志望ではなくてもこれから必要となります。プログラミングが「読み書き」とならぶ「教養」とされる時代が目の前に来ています。今はまだプログラミングができることで人より一歩も二歩も抜きん出ますので、今のうちに実力をつけておくといいと思います。
たとえば実際に、当社の人事の担当の方(女性)は大手証券会社の営業部門のご出身ですが、Python試験にもPythonデータ分析試験にも、ITパスポート試験にも合格されているのでプログラミングの話がわかります。そのため、社内のエンジニアと会話ができる、エンジニアを採用するときにエンジニアの力量が判断できるんです。
そして、プログラミングといえば、PythonやPHPができれば、世界中どこででも働いていけると思います。プログラミング自体の原理原則は変わりませんから、両方やったらいいと思います。とはいえこれからはAIの時代ですからPythonはやはり必須だと思います。
もう「女性だからできない」ということはありません。
性別を問わず、生きる場所も問わず、好きな仕事に熱中して自由に生きていくことが可能な世界に、私たちはすでにいるということです。そして、プログラミングを学び習熟することで、その実現可能性は高くなると考えます。子供たちの未来は自分の生き方が作っていく、という自覚を持つことが重要だと感じます。
Crossroad -これから-
これからPythonを学ぼうとする未経験者の方へのメッセージは一つです。「何かを成し遂げたいのなら、未経験であろうが、年齢が高かろうが関係ありません。やるだけ。」です。私が初めてプログラミングを始めたのは25歳ですが、仕事として取り組み始めたのは34歳、Pythonを始めたのは49歳です。今は、Pythonで書かれたKUSANAGIやそれをベースとしたKUSANAGI Stackで世界をもっと良くしたいと思っていますが、まだ道のりは遠いからもっともっともっと勉強しなくてはと思っています。
年齢を気にせず、どの時点でも「今が一番若い」ことを自覚して、「今すぐやる」ことをモットーにしてはいかがでしょうか。ただし、今からでは遅いかな、と感じる場合は「最速で習熟しなければならない」ことは肝に銘じておくべきだと思います。最速で一定程度まで習熟し、もっと前から習熟していた人と一緒に仕事ができるようになればいいだけです。年齢の不安やその他の悩みを忘れるぐらい、学習や仕事に没頭したらいいと思います。
ちなみに年齢は、16進数でいうくらいがちょうどいいと思います。私の場合は、16進数で31歳です。子供には「ママの年齢は、『16進数で31歳』」で通しています。唯一の問題は「ママ、ふつうに何歳なのかを教えて」と怒られることです(笑)。