挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夢見る男子は現実主義者 作者:おけまる
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました
177/200

誰を想う

続きます。




『頼むよ佐城ッ───俺にはお前しか居ないんだ!』


 例えるならそれは熱い告白。それを聞いた私と圭は、二人して渡り廊下の途中にある螺旋階段の壁際に駆け込んでしまった。この判断は正しかったのだろうか。図らずも壁に身を隠すかたちになってしまった。螺旋階段を使って下の階に避難しようにも、降りてしまえば途中であの二人に見えてしまうだろう。これでは身動きが取れない。


 そんな事よりも今は自分を落ち着かせるのが先決だ。ドキドキしながら頭の中で佐々木くんの言葉を反芻する。素敵な言葉には間違いなかったが、しかし相手は何度目を擦っても渉にしか見えない。男の子だ。男の子と男の子だ。


「えっ、えっ、何が起こってんのっ……!?」


「わ、わかんない……!」


 目を白黒させて小声で訊いてくる圭。どうやらさっきの一言で一気に目が覚めたらしい。私も同じだ。さっきまで眠ってたんじゃないかというくらい目が冴えている。


 佐々木くんと渉の足音が、先ほど私たちが風に当たるため座っていた場所で止まる。圭が四つん這いになって壁際に迫り、そっと向こう側を覗こうとしていた。


「ちょ、ちょっと……! それは……!」


「そんなこと言って、愛ちも覗こうとしてるじゃんっ……!」


「あっ、え、えっと……!」


 圭を止めようと近付くも、何故か私は圭の上に斜めになって壁に張り付いていた。おかしい……気が付いたらこの体勢になっていた。愛莉(あいり)のため、行儀の悪いお姉ちゃんであってはならないのに……。

 しかし体勢がきつい。ちょっと覗きやすくなるように圭の背中に手を付かせてもらおう。


『なんだよ……俺しか居ないって。帰ろうとしてたんだけど』


『少しだけっ……ほんの少しだけだから!』


『き、きめぇ……』


 掴まれていた腕を離された渉は手首を(さす)りながら苦い顔をしてコンクリートの段差に座った。必要とされているのに渉の態度は素っ気ない。あれが普段の二人の関係性なのだろうか。もしかしたら渉のことを真剣に想ってるかもしれないんだし、もうちょっと優しく接した方が……。


 なんて心の中で苦言を呈しつつも、未だに目の前の現実が受け止めきれない自分が居た。佐々木くんがそっちのヒトかもしれないことはともかく、渉が穏やかな顔で「なぁに?」なんて言わなかった事にどこか安心している。もしそうだったら帰り道を安全な足取りで歩ける気がしない。


「ささきちの真剣な顔───こ、これはそういう事なんだよね!? ねっ!? ねっ!?」


「ちょっ、聞こえないから静かにしてっ……!」


 小声の応酬。さっきの眠気はどこに行ったのかと思うほど圭の興奮が止まらない。幸いにも風が壁を切る音で渉たちの方までは聞こえていないようだった。このタイミングでバレてしまったら身動き一つ取れないと思う。


 佐々木くんは渉が大人しく座ったことを確認すると、鞄からビニール袋を取り出し、何かを差し出した。


『ほら、これ』


『おお───って、栄養ゼリーかよ……』


『良いじゃんか』


『まぁ、冷たいだけまだマシか』


 何かを思い出すようにやや上を見ながらパキパキと蓋を開ける渉。座ってる様子から、もう佐々木くんから逃げ出すつもりはないようだ。どうやら引っ張られていた事そのものに抵抗を感じていたらしい。


 いや、冷静に考えるとどうなのだろう。同性の男の子に一世一代の想いを告げられるかもしれないのに、果たして普通の男の子は冷静で居られるものなのだろうか? 私だったら怖くなっているかもしれない。


『なぁ───隣、座っていいか?』


「……っ……!」


『何でだよ! 前座れ前!』


『や、対面の距離も何となくさ……』


『ああ? ああ……まぁ、そうか……や、そうにしてもしれっと座れよ。わざわざ訊くなよ……』


『悪かったって』


 どこか緊張した様子の佐々木くんの言葉に圭の背中がビクリと反応した。私も思わずハッとした息が出たけれど、どうやら佐々木くんは距離感の具合で渉の隣を選んだようだった。苦笑いの佐々木くんに、渉はちょっと嫌そうな顔を返す。


「愛ち……あれ、何かちょっと良くない?」


「え? 何が……?」


「や、何ていうか、あの感じ……」


「うそぉ」


「あっ、引かないで」


 ボーイズラブの意味くらいは知っているものの、女目線でそこに良さを覚えた事は今のところはない。だけど圭はあの二人のやり取りに何かを見たのだろう。別に引いてはいないけど、圭みたいに頬を赤らめるほどではないと思った。男の子同士が仲良さげにしてるところを見てこちらまで楽しくなる分には普通のことだと思う。そもそも仲良いの? あれ。


 渉は私たちから遠い方の奥にずれ、佐々木くんが私たちに近い方の端に座った。下で圭が「はぁ~っ」と少し(つや)やかな声を漏らした。どうやらあの距離感に何か特殊な良さを感じているらしい。少しだけだけど何となく分かってしまったような気がする。確かに、こう、友情という範囲内で見れば……──。


『───で、何だよ。俺に相談事って』


「えっ」


「えっ──キャッ」


 ほぼ同時に反応した直後、圭の背中がガクリと沈んだ。圭の背中に両手で覆い被さることで何とか倒れずに済んだ。危ない、もう少しで頭から飛び出すところだった。


 体勢を整えるため離れると、圭は見るからに落ち込んだ様子になっていた。あの二人に何か強い期待をしていたのかもしれない。


「はぁ〜あ。相談事だってさ……」


「そ、そんなに? 別に良いじゃない……」


 むしろここで圭の期待が現実になっていた方が宜しくなかったかもしれない。私としては渉と佐々木くんがそういう関係になりそうな可能性がほぼゼロだと分かって安心できた。


『その………誰にも言うなよ?』


『──斎藤さんに告白された事か?』


『ちょっ』


「!」


「!」


 渉の一言で圭が再び元の体勢に戻る。かく言う私も限界まで耳を近付けてしまっていた。本当は良くない。盗み聞きは悪いこと。だけど今は生憎(あいにく)と身動きが取れない。そう、これは仕方の無いことなのだ。


『な、何で知ってるんだよ!』


『や、お前が昼に女子に呼び出されてたのは知ってたし。何となくわかるじゃん』


『だ、だけどっ、斎藤さんとは一言も……!』


『んなもん雰囲気でわかるわ』


『うぐっ……』


 どこか(ねた)ましそうに言う渉は佐々木くんに対して少し強気だった。少し声を潜めて話をする佐々木くんに対して、渉は普通の声量でぶっきらぼうに返している。もうちょっと……祝福してあげても良いんじゃないかな……。


(さっきのは、そういう事だったんだ……)


 渉の手を背中に感じつつ教室から出た時を思い出す。渉は「空気を読んだ」と言っていた。まさかとは思っていたけど、この文化祭の中で女の子に呼び出されたなんて前置きを知っていたならそう予想するのは難しくないだろう。


『……そうなんだよ』


 白状するように、ぽつりと佐々木くんが頷いた。気恥ずかしそうな顔をしながらも、どこか複雑そうにも見て取れる。斎藤さんは茶道部ということもあって同性の私から見てもお淑やかで可愛い。それなのに、そんな子に告白されて佐々木くんは嬉しくないのだろうか。


「──やっぱり。多分、ささきちは……」


「え?」


「……ううん、何でもない」


 そういえば圭が大人しい。


 佐々木くんが頷いたのを見て、普段の圭なら小声でキャーキャーと盛り上がるくらいはしそうなものだけど、今の圭は佐々木くんと同じように少し難しい顔をしている。圭は交友関係が広いし、もしかすると佐々木くんについて何か知っているのかもしれない。


『──それで、有希(ゆき)ちゃんの魔の手から斎藤さんをどう守るか相談したいんだろ?』


「えっ……?」


『いや違ぇよ! 人の妹を何だと思ってんだ!』


『アグレッシブな内弁慶』


『違っ……──くはないかもだけど違ぇよ!』


 まさかの相談内容に驚きかけたけど、どうやら違ったみたいだ。佐々木くんに兄想いの妹が居ることは委員会の中で話した事があるから知っていた。妹が兄離れしてくれなくて困ってるって言ってたけど、それほどなのだろうか。妹の好き好きアピールに困ってしまうなんて悪いお兄さんだ。私だったら両手を広げて迎え入れる。


 そう、愛莉は大きくなってもお姉ちゃん離れなんてする必要はない。


「あ、愛ち……? 背中っ……強い力が──むぎゃっ」


 あ、ごめん。


 () (せん) (そう) (しょう) ()───

  • ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いいねをするにはログインしてください。
ポイントを入れて作者を応援しましょう!
評価をするにはログインしてください。

感想を書く場合はログインしてください。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。