誰を想う
続きます。
『頼むよ佐城ッ───俺にはお前しか居ないんだ!』
例えるならそれは熱い告白。それを聞いた私と圭は、二人して渡り廊下の途中にある螺旋階段の壁際に駆け込んでしまった。この判断は正しかったのだろうか。図らずも壁に身を隠すかたちになってしまった。螺旋階段を使って下の階に避難しようにも、降りてしまえば途中であの二人に見えてしまうだろう。これでは身動きが取れない。
そんな事よりも今は自分を落ち着かせるのが先決だ。ドキドキしながら頭の中で佐々木くんの言葉を反芻する。素敵な言葉には間違いなかったが、しかし相手は何度目を擦っても渉にしか見えない。男の子だ。男の子と男の子だ。
「えっ、えっ、何が起こってんのっ……!?」
「わ、わかんない……!」
目を白黒させて小声で訊いてくる圭。どうやらさっきの一言で一気に目が覚めたらしい。私も同じだ。さっきまで眠ってたんじゃないかというくらい目が冴えている。
佐々木くんと渉の足音が、先ほど私たちが風に当たるため座っていた場所で止まる。圭が四つん這いになって壁際に迫り、そっと向こう側を覗こうとしていた。
「ちょ、ちょっと……! それは……!」
「そんなこと言って、愛ちも覗こうとしてるじゃんっ……!」
「あっ、え、えっと……!」
圭を止めようと近付くも、何故か私は圭の上に斜めになって壁に張り付いていた。おかしい……気が付いたらこの体勢になっていた。
しかし体勢がきつい。ちょっと覗きやすくなるように圭の背中に手を付かせてもらおう。
『なんだよ……俺しか居ないって。帰ろうとしてたんだけど』
『少しだけっ……ほんの少しだけだから!』
『き、きめぇ……』
掴まれていた腕を離された渉は手首を
なんて心の中で苦言を呈しつつも、未だに目の前の現実が受け止めきれない自分が居た。佐々木くんがそっちのヒトかもしれないことはともかく、渉が穏やかな顔で「なぁに?」なんて言わなかった事にどこか安心している。もしそうだったら帰り道を安全な足取りで歩ける気がしない。
「ささきちの真剣な顔───こ、これはそういう事なんだよね!? ねっ!? ねっ!?」
「ちょっ、聞こえないから静かにしてっ……!」
小声の応酬。さっきの眠気はどこに行ったのかと思うほど圭の興奮が止まらない。幸いにも風が壁を切る音で渉たちの方までは聞こえていないようだった。このタイミングでバレてしまったら身動き一つ取れないと思う。
佐々木くんは渉が大人しく座ったことを確認すると、鞄からビニール袋を取り出し、何かを差し出した。
『ほら、これ』
『おお───って、栄養ゼリーかよ……』
『良いじゃんか』
『まぁ、冷たいだけまだマシか』
何かを思い出すようにやや上を見ながらパキパキと蓋を開ける渉。座ってる様子から、もう佐々木くんから逃げ出すつもりはないようだ。どうやら引っ張られていた事そのものに抵抗を感じていたらしい。
いや、冷静に考えるとどうなのだろう。同性の男の子に一世一代の想いを告げられるかもしれないのに、果たして普通の男の子は冷静で居られるものなのだろうか? 私だったら怖くなっているかもしれない。
『なぁ───隣、座っていいか?』
「……っ……!」
『何でだよ! 前座れ前!』
『や、対面の距離も何となくさ……』
『ああ? ああ……まぁ、そうか……や、そうにしてもしれっと座れよ。わざわざ訊くなよ……』
『悪かったって』
どこか緊張した様子の佐々木くんの言葉に圭の背中がビクリと反応した。私も思わずハッとした息が出たけれど、どうやら佐々木くんは距離感の具合で渉の隣を選んだようだった。苦笑いの佐々木くんに、渉はちょっと嫌そうな顔を返す。
「愛ち……あれ、何かちょっと良くない?」
「え? 何が……?」
「や、何ていうか、あの感じ……」
「うそぉ」
「あっ、引かないで」
ボーイズラブの意味くらいは知っているものの、女目線でそこに良さを覚えた事は今のところはない。だけど圭はあの二人のやり取りに何かを見たのだろう。別に引いてはいないけど、圭みたいに頬を赤らめるほどではないと思った。男の子同士が仲良さげにしてるところを見てこちらまで楽しくなる分には普通のことだと思う。そもそも仲良いの? あれ。
渉は私たちから遠い方の奥にずれ、佐々木くんが私たちに近い方の端に座った。下で圭が「はぁ~っ」と少し
『───で、何だよ。俺に相談事って』
「えっ」
「えっ──キャッ」
ほぼ同時に反応した直後、圭の背中がガクリと沈んだ。圭の背中に両手で覆い被さることで何とか倒れずに済んだ。危ない、もう少しで頭から飛び出すところだった。
体勢を整えるため離れると、圭は見るからに落ち込んだ様子になっていた。あの二人に何か強い期待をしていたのかもしれない。
「はぁ〜あ。相談事だってさ……」
「そ、そんなに? 別に良いじゃない……」
むしろここで圭の期待が現実になっていた方が宜しくなかったかもしれない。私としては渉と佐々木くんがそういう関係になりそうな可能性がほぼゼロだと分かって安心できた。
『その………誰にも言うなよ?』
『──斎藤さんに告白された事か?』
『ちょっ』
「!」
「!」
渉の一言で圭が再び元の体勢に戻る。かく言う私も限界まで耳を近付けてしまっていた。本当は良くない。盗み聞きは悪いこと。だけど今は
『な、何で知ってるんだよ!』
『や、お前が昼に女子に呼び出されてたのは知ってたし。何となくわかるじゃん』
『だ、だけどっ、斎藤さんとは一言も……!』
『んなもん雰囲気でわかるわ』
『うぐっ……』
どこか
(さっきのは、そういう事だったんだ……)
渉の手を背中に感じつつ教室から出た時を思い出す。渉は「空気を読んだ」と言っていた。まさかとは思っていたけど、この文化祭の中で女の子に呼び出されたなんて前置きを知っていたならそう予想するのは難しくないだろう。
『……そうなんだよ』
白状するように、ぽつりと佐々木くんが頷いた。気恥ずかしそうな顔をしながらも、どこか複雑そうにも見て取れる。斎藤さんは茶道部ということもあって同性の私から見てもお淑やかで可愛い。それなのに、そんな子に告白されて佐々木くんは嬉しくないのだろうか。
「──やっぱり。多分、ささきちは……」
「え?」
「……ううん、何でもない」
そういえば圭が大人しい。
佐々木くんが頷いたのを見て、普段の圭なら小声でキャーキャーと盛り上がるくらいはしそうなものだけど、今の圭は佐々木くんと同じように少し難しい顔をしている。圭は交友関係が広いし、もしかすると佐々木くんについて何か知っているのかもしれない。
『──それで、
「えっ……?」
『いや違ぇよ! 人の妹を何だと思ってんだ!』
『アグレッシブな内弁慶』
『違っ……──くはないかもだけど違ぇよ!』
まさかの相談内容に驚きかけたけど、どうやら違ったみたいだ。佐々木くんに兄想いの妹が居ることは委員会の中で話した事があるから知っていた。妹が兄離れしてくれなくて困ってるって言ってたけど、それほどなのだろうか。妹の好き好きアピールに困ってしまうなんて悪いお兄さんだ。私だったら両手を広げて迎え入れる。
そう、愛莉は大きくなってもお姉ちゃん離れなんてする必要はない。
「あ、愛ち……? 背中っ……強い力が──むぎゃっ」
あ、ごめん。