同級生は見た
続きます。
文化祭実行委員としての初日が終了した。
初日と言っても、文化祭を通しての私の仕事はほぼ終えたようなものだ。一日目を私が受け持つ代わりに明日は
「あの、何か手伝うことある?」
「あ、夏川さん! もうほとんど終わったから大丈夫だよ!」
「そうなんだ……」
実行委員の腕章を外して一年C組の一人に戻った。クラスで企画されたなぞなぞ大会はあまり関われなかったからと手伝いを申し出たけれど、既に初日の片付けは終わったようだった。
周囲を見回すと見慣れた背中を見付けた。さっき会った時は犬のコスプレ(※本人は着ぐるみと主張)みたいな恰好をしていたけれど、今は普通の制服姿だった。近付いて、その背中に声をかける。
「何やってるの?」
「おお、夏川──うおっ」
「ぁ──」
振り返った渉が私を見て大きく
慌てて一歩下がる。顔が熱くなったけれど、手で扇ぐと露骨に見えてしまう。赤くなっていない事を願って、目を合わせないようにそっと視線を落とした。
「その──ごめん……」
「あ、いや、別に……」
少し気まずい空気になったものの、今となっては〝よくある事〟のように思えた。それだけ渉との関係性が変わったのだと実感する。何故だかこんな事で怯んでいてはいけないと、前向きな気持ちが湧いてきた。
気を取り直してさっきの質問をもう一度する意味で目を合わせると、渉は困ったように後頭部を
「───佐々木を、蹴ってたんだ……」
「何やってるの!?」
ええっ、と思って渉の奥を覗き込むと、昼に会った時の渉と同じ犬の恰好をした佐々木くんが居た。ぐったりした様子で、壁を背にした椅子に座って足を投げ出していた。どこか
「おーい、起きろよ、この野郎」
「ちょ、ちょっと! 駄目だってば!」
渉が足でペシペシとリズミカルに佐々木くんの足先を攻撃する。蹴りと言っても痛みはなさそうだけど、これが酷い事には変わりない。元気の無い佐々木くんに対するあまりの仕打ちに、私は思わず渉の腕を引いて止めた。
「はぁ、この辺にしといてやるか……」
「もうっ……。佐々木くん、何でこうなってるの? まさかあんたが……」
「違う違う、元からこうなってたよ。だからこうして
「嘘つきなさい」
話を聞くと、どうやら佐々木くんはただでさえ悩み事を抱えているところでさらに妹さんに振り回されたようだった。渉も佐々木くんの妹さんに振り回されていたらしく、その恨みをお兄さんである佐々木くんにぶつけていたらしい。何も労ってないじゃない……。
「妹さんは……?」
「わかんね。たぶん佐々木が帰したんだと思うけど、深く考えないようにしてる」
「え……?」
急に真顔で言う渉。どこか含みのある言い回しだった。
そう思った瞬間、何故か背筋にぞくりと寒気が走る。窓の外のどこか遠くから強い視線を感じたような気がする。辺りを見回すも誰かがこちらを気にしている様子は無い。気のせいかな……?
「その……どうするの? 佐々木くん」
「保健所に連絡しよう」
「真面目に言ってるのっ」
「いてっ」
渉は佐々木くんや
「──あの、私が引き取ります」
「えっ」
そんな時、後ろから声が投げかけられた。
まさかの里親立候補者出現に驚いて振り返る。
「…………なるほど」
「え?」
渉が小さな声で呟く。何かに納得したようだったけど、私には何もわからなかった。そもそもどうして斎藤さんが名乗りを上げたのだろう。佐々木くんと何か関係があるのだろうか。
佐々木くんにも何か渉みたいな繋がりがありそうだ。知らないうちに、いつの間にか今まで話したことも無かった女の子が渉の知り合いになっていた、みたいな……。
「あの……何でそんな半目で見て来るんです……?」
「別に……」
人が実行委員として働いているのに、今日は
「えっと……」
「あ、ごめん斎藤さん。佐々木な。一日二回の散歩と朝晩の餌やりは忘れないようにな」
「佐々木くんは犬じゃないよ」
「えぇ……マジレスやんか……」
「あんたが失礼なだけでしょ──え、ちょ、ちょっと」
話してると、急に背中に手を添えられた。心臓が跳ねる。驚いて渉を見るよりも先に固まってしまった。できたことは口を動かして動揺を伝えることだけだった。
「いいから……」
小声でそう言われ、そのまま背中を押されて斎藤さんの横を通り過ぎる。廊下まで連れて行かれたところで背中に添えられた手が離れた。それと同時に操られていた私の体は自由になった。
「も、もう……」
嫌ではなかったけど、急に触れられると体が固まってしまう。緊張してしまうから突然そんな事をするのはやめて欲しい。怒ろうにも何故か怒るための言葉が思い浮かばなくて何も言えなかった。
「空気読んだだけだって。悪かったよ」
「空気呼んだって…………え?」
そういうことなの?
思わず前のめりになって問い
どうなったのかと気になって教室の中を覗くと、既に佐々木くんは復活していて斎藤さんを前にあたふたとしてるようだった。
「───イケメンめ」
「ちょっと」
あの甘酸っぱい空間に向けその言葉は無いんじゃないだろうか。私としては見てるだけで応援したくなる気持ちが湧いてくる。それなのにどうして渉がそこまで不満そうにするのかが分からない。
そもそも。そんな事を言う渉の方はどうなのだろう。佐々木くんを妬ましげに見ているけど、渉は今日の午後いっぱいを佐々木くんの妹さんを含めた三人の女の子と回っていたと聞く。これは周りの男の子からしたら羨ましいと言えるのではないか。というより少し男女比がおかしくはないだろうか?
考え始めるとさらに気になってきた。渉は三人の女の子に囲まれながらどのような半日を過ごしたのだろう。是非ともお聞かせ願おうではないか。
「ねぇ──」
「愛ち、結婚しよ」
「ええっ……!?」
突然のプロポーズと抱擁に驚く。温かい感触の方を見ると、いつの間にか
「んん〜」
「ちょ、ちょっと……!」
私に妹が居ると分かってから定期的に甘えモードになる圭。しかも今日はよほど疲れているのかまるで離れる気がしない。よく分からない言葉を発し始めたらもう手に負えなくなる合図だ。
「おい芦田、おま──」
「うるさい」
「……」
問い質すどころか、渉は一言も喋れそうになかった。
◇
担任の
「圭、帰る?」
「帰ろっかぁ……」
余力が残っていればみんなとわいわいしてたはずの圭だけど、今日はもうお
「……?」
「ん〜……?」
圭の手を引いて立ち上がろうとしたところで、渡り廊下の出入口の方から騒がしそうな声が聞こえる。どうやら誰かがこっちに近付いて来ているようだった。透明のガラス扉の向こう側で、チラッとその顔が見えた。
「佐々木くん……?」
「んえ? ささきち?」
「……前は違う呼び方してなかった?」
圭の佐々木くんに対する呼び方を気にしてると、出入口の扉が開かれた。様子を見ていると、佐々木くんは誰かの腕を引っ張っているようだった。見える限りだと、引っ張られている相手はあまり佐々木くんに付いて行くことに乗り気じゃなさそうだった。もしかして斎藤さん? なんて思ったものの、すぐに違うことに気付いた。
「あれ、さじょっちじゃん」
「うん……」
佐々木くんに引っ張られ、引き
『頼むよ佐城ッ───俺にはお前しか居ないんだッ!!』
「!?」
「!?」
えっ。