そこで見たもの
続きます。
佐々木はと言うとさっきの辛気臭い顔は何だったのかというくらいの笑顔でクイズ大会のサクラに徹している。文化祭実行委員のサブで来てるくせに一番人気なの何なの? 俺と同じ恰好してるのにスタイルが良く見えるのは何故だ。俺よりシェパードなのやめろ。
愚痴を言っても仕方がなく、
制服姿に戻って廊下に出たところで、ポケットのスマホが震えた。
【有希ちゃん、見付けました】
◆
東校舎の裏手側。手入れが微妙に行き届いておらず、草花に覆われたガーデンアーチの通路を抜けると、そこにはいつしか通い詰めていた東屋があった。ちょっと奥さん……こことある事情で立ち入り禁止なんですよ知らないんですか?
苦い気持ちを抱えたまま突き進むと、円状のベンチに三人の少女が座っていた。有希ちゃん、
笹木さんがDの名を持つ者かどうかは置いといて………校舎裏の人気の無い場所に女子3人ってこう……良いな。目の保養になる。このまま身を潜めて見てようかな……。
「あ! 佐城先輩!」
「あっ」
駄目だった。
そもそもここまで接近して隠れられるわけがなかったわ。足音が届くかどうかのところで笹木さんに見付かった。俺の中でまだ見ていたいという気持ちと早く見付けてくれて嬉しいという感情がぶつかり合っている……俺のために争うのはやめてっ。
「制服に戻ってる……」
一ノ瀬さんはと言うと、笹木さんとの間に挟まれて座ってる有希ちゃんの手に自分の手を重ねながら俺の姿を見てホッとするように息を吐いた。さっきまでは有希ちゃんに対してどこか遠慮がちだったのに、少し離れてる間にいったい何が……?
「有希ちゃん、佐々木には会った?」
「……っ……佐城くん」
話し掛けてみると、有希ちゃんは反応無し。代わりに一ノ瀬さんがムッとした表情で名前を呼んで来た。大丈夫だ、有希ちゃんにとって佐々木はいつだってデリケートだから。いつ話題に挙げても起爆剤にしかならないから。てか有希ちゃんに聞かないと話進まないし。
「………会ってません」
有希ちゃんは落ち込んで俯いている訳でもなく、不貞腐れたように少し先の地面を見つめていた。
うん、これは普通じゃない。俺の知る有希ちゃんは佐々木が傍に居ないと常に不機嫌なのがスタンダード。一ノ瀬さんの手だって容赦なく振り払っていただろう。あいつが居ないこの場所で、「お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん」と呪詛のように吐くわけでもなくじっとしている事に違和感があった。
「えっと……一人で歩いてるところを見つけて」
笹木さんに訊くと、有希ちゃんを見付けたときは普通に一人で歩いていたとのこと。ただ、どこか様子がおかしい事には直ぐに気付いたらしい。今のところ出会ってから様子がおかしいところしか見てないと思うのは気のせいか。まともな有希ちゃんとは。
「じゃあ───ん?」
話を続けようとすると、笹木さんが動いた。有希ちゃんからお尻ひとつ分遠ざかる。有希ちゃんと笹木さんの間が一人分空いた。笹木さんは座ったままどうぞと言わんばかりに俺を見上げた。
……え、座れと? そこに座れと? 向かって左からJJDJの順に座れと?
おかしい……サクッと話を進める予定だったのに一気に状況が膠着した。一人分席が空いたけどそれでも
女子三人がぴったりとくっ付いて座るの、とてもとてもベリー良い事なんですけど、そこに飛び込む勇気があるかと言えば心臓が禿げてる俺にはちょっと難易度が高い。や、飛び込んでみたい気持ちはあるけども。
いつだったか
人生の先輩から一つ言わせてもらうなら、笹木さんはとりあえず有希ちゃん側の気持ちも考えた方が良い。
「………なに突っ立ってるんですか」
「あ、はい」
どうしよう、両サイドからOKもらえちゃったわ。俺が先を生きた一年なんの意味も無かったんじゃね? 何なら異性との距離感を考え過ぎた俺の方がダサいような……。
女子に挟まれて座るなんて恥ずかしいよぉ、なんて思春期を発動してる場合じゃなかった。有希ちゃんからすれば距離は空いてても真正面からずっと見られる事に抵抗があったらしい。恐怖心が俺の羞恥心を上回った。
笹木さんとアイコンタクトを取りながら空いた隙間に座る。う、うおおおっ……今年の運がゴリゴリ削れて行くのがわかる……!
「………」
「………」
「………」
「………」
ただ密着状態なだけの沈黙が一拍。断じて今この瞬間を堪能してるわけじゃない。大丈夫、わかってる。この四人で進行役務めるとしたら俺だよな。黙ってる場合じゃねぇわ。
「それで? 何があったの」
「………」
正面を向いたまま訊く。有希ちゃんの方は向かない。この距離で向いたら鋭利な何かが俺の
答えは返って来ない。そもそも素直に答えてくれると思ってないから大丈夫だ。だったら、勝手に推測して当てるまで。
「佐々木を探しはしたけど、会わなかった」
「………」
「───でも、見付けはしたわけだ」
「……っ………」
有希ちゃんの反応を見て確信する。
こんな短時間で有希ちゃんの様子がおかしくなる原因なんて佐々木以外に考えられない。だから佐々木を見付けたというのはまず間違いない。おかしいのは、見付けたのにも関わらずどうして佐々木の傍に居ないのかという点。有希ちゃんなら気にせず突撃しそうなもんだけど……。
「………………見たことなかったんです」
「……え?」
「お兄ちゃんの……あんな顔」
「………」
う、うーん……話が見えない。とりあえず佐々木が変な顔してたとこまでは理解した。それを見て有希ちゃんは近付けなかった、と。佐々木が女子と一緒に居て初めて見せるような顔か……超デレデレしてたとか? ぶっ飛ばすぞこの野郎。
「どんな顔だった?」
「佐城くんっ……!」
兄を慕う気持ちから悩みを抱えたという点じゃ一ノ瀬さんも同じだろう。似たような境遇もあってか、一ノ瀬さんがすっかり有希ちゃんの味方になってる気がする。
でも、何となく有希ちゃんのは一ノ瀬さんの一件と毛色が違う気がするんだよな……失礼な話だけど、クマさん先輩と違って佐々木はモテる。聞いた話じゃ中学の頃からそれは同じだったみたいだし、自分の兄貴が恋多き存在なことくらい、有希ちゃんも分かってるはずだ。目を逸らしてるんだとしたら、それはいかんことですな。
「女狐に告白されて顔真っ赤にしてました」
「ちょっと待ってください」
聞き間違いかな? 聞き間違いじゃないんだよなぁ、きっと。
認め難い事実についストップをかけてしまった。知り合いの、それもそこそこ話す奴の甘酸っぱい話とか内輪ノリでもない限り真面目に聞きたくない。
「はぁ………そうなのね」
「はい……」
「な、何で佐城先輩も落ち込んでるんです?」
「気にしないで」
あの野郎、ついに告白されやがったか。しかもなに顔真っ赤にしてんだあいつ。お前には好きな相手が居るだろうがこのすっとこどっこい。サッカー部の期待の一年でイケメンでモテるくせに純朴そうな反応すんなよっ……! 非モテの立つ瀬が無いじゃないっ……! マジ東尋坊。
「そもそも、その瞬間見てたのか」
「………」
「その………はい、三人で」
「え、笹木さん達も?」
「向こうの校舎裏に行く有希ちゃんを見つけて追い掛けてみたら……」
「えぇ………」
覗いたのかよ。しかも女子だけで校舎裏とか危ねぇな。一ノ瀬さんと笹木さんを二人にしたのは迂闊だったかもしれない。今度からこの二人と出かけるときはあまり離れないようにしよう……。まぁ、そんな日がそう何度も来るとは───いや、来い。
───────来いッ!!!!!