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夢見る男子は現実主義者 作者:おけまる
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発見

続きます。



 はぁ……夏川。嗚呼(ああ)……夏川。


 つい後ろを振り返ってしまう。たった数分で俺の心を掴んで去って行った罪な女。後ろ髪を引かれ過ぎて禿()げそう。佐々木なんて放っといて追い掛けたい。おやおや? おかしいな、足が後ろに。


 家庭科室のある棟を回り、西棟に入る。こっちはほとんど来た事が無いから通るだけでも新鮮だ。廊下から覗く教室は心なしか綺麗に見える。具体的には窓枠とかドアに経年劣化が見られない気がする。つい数年前まで学校の資金がこの〝西側〟に投じられていただけある。かつてこの学校に差別があったのだと、何となく現実味が湧いて来た。


 俺は〝東側〟の生徒だけど、こういった設備面の優遇にはあまり嫌悪感を覚えない。実際にそれだけ西側の生徒の関係者が学校側に支援してたみたいだし、中には本物の厚意もあったんじゃねぇのかと思う。何の見返りもなけりゃ、金持ちだって支援なんかしたくなくなるだろ。現に、今回の文化祭は去年より支援額が少なかったと聞いてる。


 行き過ぎた正義が妥当な〝優遇措置〟まで失くす事になったとしたら、もう何が正しいのかわからない。具体的な内容は何も聞かされてないけど、それが学校ぐるみだったのなら仕方ないとも思った。


「あら、吉野(よしの)。情けない姿ね」


「………」


「ちょっと、吉野。聞いているのかしらっ!」


「………?」


 聞き覚えのある声がして振り向くと、そこには目立つ金髪のお嬢様風な生徒。ハーフの帰国子女で、我らが生徒会長である結城先輩の許嫁(いいなづけ)。確か名前は東雲(しののめ)何とか───何とか。名字しか憶えてねぇ……。


 見てると、東雲女史と目が合った。すると何という事だろう、俺に向かってにっこりと微笑んだではないか。

 しかし東雲嬢が用のある相手は吉野───俺じゃない。視線で「うっす。久しぶり。元気してた? そんじゃ」なんて会釈だけしておく。


「ちょっと! なに行こうとしてるの! この東雲・クロディーヌ・茉莉花(まりか)を無視する気でして!?」


「お、おう……」


 シュバッと俺の目の前に回り込んで来た金髪お嬢様。ご丁寧にフルネームを名乗ってくれて助かった気がする。小綺麗な金髪美少女に睨み上げられると身長差があっても迫力が凄い。ハーフっ娘怖い……そうだ、さっき呼ばれてた吉野さんに助けを求めよう。


 …………あ、あれ?


「えっ………と? 吉野さんは?」


「吉野。何を言っているの?」


 お嬢様は俺の目を真っ直ぐ見上げて吉野と呼ぶ。おいおいまさか……俺が吉野だと思ってる? 全くっ……人の名前を忘れるなんて最低なんだぞ! 俺の名前は佐城───


「……………ハッ」


 いや待てよ? 確かこのお嬢様、姉貴のことバッチバチに嫌ってんだっけ? あぶねぇ……つい名前を言うところだった。犬の恰好してて良かったな……制服だったら普通にネームプレート付いてた。


「どうも、吉野です」


「そんなこと知っていますわ。全く……その恰好同様、犬並みの知能なのね」


「むぐぐ……」


 こ、この女ッ………言わせておけば。流石に最近はヤバいと思って真面目に授業受けてんだからな! ノートに板書写すの無駄に達筆だかんな! 内容はっ……まぁ、追い追い。


「そ、それで……? この吉野めに何の御用で?」


「別に? 目端で犬が歩いてたから話しかけてみただけですわ」


「そ、そっすか。そんじゃ──」


「待ちなさい」


「えぇ……」


 声の圧だけで制止してくる。吉野、急いでるんですが……。


 振り向けばお嬢様は機嫌悪そうに腕を組んでいる。何の優位性があってそんなにふんぞり返っているのか知らないけど、異性に引き留められたら立ち止まってしまうのが男の性。つい従ってしまう自分が居た。


「な、何でござんしょ」


「貴方、明日のステージ企画はご存知?」


「……ステージ企画?」


 文化祭二日目は学内限定の催し物がある。生徒が体育館に集まって特設ステージを使って企画の披露を楽しむ、というもの。当然、文化祭の運営に関わっていた俺はその存在を把握している。部活とか委員会とか、何も入ってない俺は見るだけだけど。


「まぁ……在校生向けのプログラム表に載ってるものくらいは」


「なら、服飾部のモデルコンテストについても知っていますわね」


「ああ、要はファッションショーですよね。楽しみにしてますよ」


 高校生にもなると自主性が求められるからな、学校側も流石にイベントの恰好についてはあまり口出しはしないだろう。肌色成分、期待してます。


「なら、その際は(わたくし)に投票してくださいまし」


「え、出るんですか?」


「この美貌をもってエントリーしない理由なんてありませんわ」


 えぇ……八百長やんけ。いや、八百長か? 何の見返りもないのに投票しろと。賄賂より酷い気がする。まぁ……別に俺も断る理由は無いんだけどさ。


「てかお嬢、ハーフ顔の金髪じゃないですか。こんなん頼まなくても優勝狙えるんじゃないですか」


「当然ですわ。ただ、先輩方には友人票や有名票がありますから、純粋に似合うだけでは優勝する事はできません。私も私のやり方で先手を打っておきませんと。あと〝お嬢〟はやめなさい」


「はぁ」


 そもそもああいうメインを張れるイベントって三年が主役なんじゃねぇの。一年や二年がエントリーしたとして、空気的に三年が優勝するのが当たり前というか……一年が優勝狙って良いもんなのかね。


「それで? 投票してくださいますの?」


「ああ、まぁ……良いですけど」


 夏川や他の知り合いがモデルコンテストに出るわけじゃねぇし、純粋に良かった人に一票を投じようとしてたから若干の引っ掛かりは感じるけど、別にそこまでじゃない。たとえ相手が高飛車お嬢様であっても「私を選んでっ!」なんて言われたからには投票するのも(やぶさ)かじゃないからな。細かいことは考えなくて良いか。


「そ。ならもう良いわ。お行きなさい」


「えぇ……」


 シッシッ、と野良犬を払うがごとく扱ってくるお嬢。高飛車なイメージが既にあったからか怒りは沸いて来ない。むしろ異世界の価値観に触れたかのような新鮮さを覚える。これがっ……社交界!


 恐らくここで反抗心を見せるのは地雷だろう、そう思って大人しく退散する事にした。そもそも急いでんだよ俺は。


「………ん……」


 去り際、距離を取ってからそういえば、と思って振り返る。

 ムスッとしたまま腕を組んでいるお嬢。前は取り巻きっぽいのが何人か居た記憶があるけど、文化祭だというのに一人な事に気付く。あらま、こんな日にぼっちですか。まぁ、ガチでそうならもっと陰気な顔してるか。


 (わず)かな同情も、足を速めるうちに消えて無くなった。






 ◆





「──────え、佐々木くん? さっき戻って来てたよ?」


「えっ?」


 あれから小走りのペースで校内を駆け回った。


 最後に向かったのは屋上。生徒会で管理されてるし、当然開いてないものの、その扉の前までは上がる事が出来た。佐々木に限らず、良い雰囲気のカップルが潜んでたらどうしようなんてビクビクしながら覗き込んだものの、カップル一組すら見つからなかった。今夜は気持ち良く眠れそうだった。


 佐々木検定5級の俺にはこの辺が限界か。あいつの性格と行動パターンから行きそうな場所を当たったけど他には思い付かなかった。スマホを見ても一ノ瀬さんと笹木さんから連絡は無し。向こうも有希ちゃんをまだ見つけていなかった。途中で芦田にも連絡したけど既読すら付かない。まさか……ブロックされてる?


 こうなったら自分の勘を頼るのは止めだといったん教室で聞き込みでもしようかと戻ったところで、我らがクラス委員長からあっさり目撃情報を得た。


「そりゃだって。佐々木くん、これからクイズ大会のサクラでしょ? 戻って来ないと困るもん。ていうかそれ脱いで」


「あ、ちょっ、飯星(いいほし)さん!? ここ廊下! 廊下だから!」


 俺の襟元からファスナーをほじくり出そうとする飯星さんを何とか止める。さっさと教室の中のパーテーション裏で着替えろとの事だった。佐々木もそこに居るみたいだ。


「…………そうだったな」


 そうだ、佐々木はまだ今日の仕事が残ってたんだった。あんなに探し回らずとも教室に戻ってれば佐々木も(おの)ずと戻って来るんだったわ。無駄に体力使っちまった……。


 でも時間通りに戻って来たって事は有希ちゃんには会わなかったって事か? あの有希ちゃんだし、もし捕まってたら間違いなく騒々しくなってる気がする。あの野郎、何事も無く普通に女子の誰かとイチャイチャして戻って来たってか? 肩パンくらい良いよな?


「おい佐々木っ───あ?」


 ネズミ、牛のお粗末ななりきり衣装を着込んで居心地悪そうにする二人。Yシャツだけ脱いで黒T姿で座る安田。その奥で、佐々木っぽい生命体が(ほう)けた様子で椅子に座っていた。


 ……あれ? あいつ、女子と一緒に文化祭回ったんだよな? 何であんな落ち込んでる感じなの? え、もしかして有希ちゃんと鉢合わせた? 事後? 事後なん? もう監禁されて脱出した後なの?


「…………ん、佐城。戻ってきたのか。それ、早く脱いでくれ」


「お、おう………ん?」


 え、ちょっと待って。俺の脱ぎたて着るの?


抜 ぎ た て。



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