一枚だけ
続きます。
俺と目が合って少し目を泳がせた後、はむっとネコ型のクッキーを
「……っ………!」
あまりに見過ぎたか、夏川は恥ずかしそうに両手の先で口元を押さえて俺に背を向けた。はい可愛いー。すぐそうやって俺をキュンキュンさせるー。俺的急上昇トップー。現在RTの勢い順1位です。
呑み込んだのか、夏川はくるっと身を翻してつかつか音を立てて近づいて来た。心なしかちょっとムスッとした顔だ。やべぇ、ちょっと怒ってる……?
「………」
「わふっ」
無言のまま右手でぽすん、胸に
「………べ、別にっ………サボってた訳じゃないからっ……!」
「えっ……?」
「か、家庭科部の人に問題ないか訊いてたらくれたのっ……!」
どこか言い訳をするように言われた。よく見ると左腕に『実行委員』と印刷されたエナメル質の腕章をしている。腰にはトランシーバーみたいなのをぶら下げていた。文化祭中は見回りがあるって言ってたから、その途中だったのかもしれない。なるほど、本当はお菓子とか食べ歩きできない立場なのか。
「さっきの叩かれたのは……?」
「それはっ……その恰好とか、じっと見て来るのとか、何でひとりで………どこからツッコめば良いのよ!」
「なるほど」
どうやら色んな疑問が不満になって現れた攻撃だったらしい。わかる。こんな犬のなりきりパジャマを着てるような男に食事中の姿を凝視されたらツッコミどころ満載だよな。俺だったら見回り中の文化祭実行委員に突き出すわ。あれ……俺、もしかして今捕まってる……?
「何よこれ、なんでこうなってるの……何の犬……?」
「や、犬種までは……たぶんシェパード」
「嘘つき」
普通に茶色い毛でお腹だけ白くなってるパジャマ──パジャマじゃない、着ぐるみ──の布地を確認するようにあちこちを
「………何で一人なの? 一ノ瀬さんと、後輩の
「……? や、それなら今はちょっと手分けしてて───て、ああッ!?」
「キャッ!? な、なに……?」
やべぇ! 夏川と呑気に話してる場合じゃなかった! いやこっちも人生の糧として重要だけど! 早く佐々木を見付けねぇと有希ちゃんが何をしでかすか分かんないんだった! 探さねぇとっ……!
「夏川っ……えっと、あいつ! 佐々木見てない!?」
「え!? ……え、佐々木くん?」
夏川に訊く。もしかしたら家庭科部の方に佐々木と連れの女子が居るかもしれない。家庭科部からクッキーを貰ったってやり取りから、夏川はしばらくこの周辺に居たみたいだし、もしかすると見かけているかもしれない。
「佐々木くんがどうかしたの……?」
「MK5!」 ※マジで監禁5秒前
「え?」
「やっ、ちがっ、えっと……!」
いけないっ! 焦るあまり佐々木の危機をこの上なく略して伝えてしまった! いきなりそんな事を言われても分かるわけがない。とにかく、夏川が佐々木の居場所を知っているかどうかだ。
「さ、佐々木の妹が来ててさ、あいつ探してるんだよ」
「そうなんだ……」
落ち着け、慌てても仕方ない。
夏川は佐々木が妹から慕われていることは知ってるかもしれない。けど行き過ぎたブラコンについてまでは知らないはず。今ここで有希ちゃんが問題を起こすかもなんて言って協力してもらうのは流石に忍びない。何より夏川レベルの
「ごめん、見てないかも……」
「そ、そっか……」
焦るな、落ち着いて探そう。
文化祭と言えば特別なイベントだ。連れている女子は単に佐々木とデートをしたいだけじゃなく、色々と覚悟を決めている可能性だってある。もし今日のうちにその想いが結ばれた暁には、文化祭二日目を恋人同士として見て回る事ができるわけだ。これは、もしかしたら──。
「ありがとな夏川。俺、ちょっと急いでるから」
「あっ、ちょ、ちょっと待ってっ……!」
名残惜しさを感じつつ駆け出そうとしかけたところで夏川から引き留められた。何それ嬉しいんだけど。俺の中で一気に佐々木の優先度が下がった気がする。
思わずちょっとにやけ顔で振り返ると、夏川はちょっと焦ったような顔で言った。
「そのっ……それ!」
「それ……?」
「その恰好っ……明日も着るの?」
「いや着ねぇよ」
着ねぇよ。誰が好き好んでこんな犬のなり損ないみたいな恰好するんだよ。可愛い女子どころか別にイケメンでもない俺がこんな恰好し続けたところでどこからも需要無いから。完全にネタ枠だし。
「じゃあっ……い、一枚だけ!」
「は……? いや、ちょ、なにスマホ取り出してんの? ちょっと実行委員さん?」
夏川がスマホを弄りながら慌てるように近寄って来る。俺の前まで辿り着くと、画面を操作しながら立ち止まった。焦ってるのか少し顔が赤い。何が夏川をそこまで突き動かすのか。
……え、夏川と初めての2ショットこの恰好なの? マジで? 何この嬉しくもちょっと嫌だと思う感情……髪セットしたけど時間が無くて納得行かないまま登校したときみたいな感覚なんだけど。3時間ほどお色直しの時間を頂けませんか。
「ま、まぁでも? 夏川がそこまで言うなら───」
「そ、そのまま!」
「えっ」
「そのまま!」
言われるがまま止まって棒立ちする。夏川はと言うと、俺の横に並ぶ事もせずそのまま正面からスマホのレンズを向けていた。あれ……夏川さん? ポジション違くない? そのままだと俺一匹しか映らないよ?
怒涛の展開に付いて行けないでいるとパシャリ。一拍置いて、少し離れてパシャリ。ちょっと待ってください、話が違くないですか?
え、撮った……? いま撮ったの? え、俺単体? 2ショットじゃなくて?
異形の犬と化した俺の1ショット?
「あの──夏川?」
「うん……うん。撮れた」
「や……『撮れた』、じゃなくて……しかも一枚じゃなくなかった?」
「全身が入ってなかったの」
「あ、うん」
普通に返されて相槌を打つしかなかった。
あれ、これ俺がおかしいのか……? 女子ってこういうの
首を傾げてると、夏川はハッとした顔になって申し訳なさそうに言った。
「えっと、ありがと………急いでるのにごめん」
「いや、まぁ……別に気にしてねぇけど」
よし、じゃあ気を取り直して。こっからが本番だ。顔を作ろう。五秒もあれば俺史上一番のキメ顔を作れるはず。確か左前からの角度がベストだったはず。中二の頃に探した。
「じゃあ、私も見回りに戻らないとだから……」
「え、終わ──え?」
「また後でね」
ささっとスマホを仕舞うと、小さく手をフリフリしながら離れて行く夏川。ヤバい何あれ最高に可愛いんだけど。俺が撮りたいくらい───じゃなくて、え? マジで終わり? 2ショット無し? このワクワク感はどうすれば? 俺の心のジェットコースターはてっぺんで止まったままよ?
「……………え?」
探せ。