【累犯障害者支援基金シンポ】(1)可視化こそ冤罪防ぐ鍵
厚生労働省の文書偽造事件で無罪が確定した厚労省元局長村木厚子さん(現内閣府政策統括官)が提案し、罪を繰り返す知的障害者らの支援に生かす「共生社会を創(つく)る愛の基金」=事務局・社会福祉法人南高愛隣((なんこうあいりん)会(長崎県雲仙市)=の設立シンポジウムが8日に東京であった。取り調べのあり方や社会復帰支援、海外の取り組みなど、最前線で活動する演者の発表に800人が耳を傾けた。ようやく光が当たり始めた累犯障害者・高齢者。今後の課題は、目指すべき社会とは…。シンポの議論から考える。
「取り調べで言ったことを、検事にそのまま調書に書いてもらうことはすごく難しい。まして障害があれば」-。「取り調べの現場に期待するもの」と題した座談会で村木厚子さんは、自らの体験から罪に問われた障害者に思いをはせた。累犯障害者を生まないためにも、丁寧な取り調べが求められる。村木さんとジャーナリストの江川紹子さん、痴漢冤罪(えんざい)事件の作品を手掛けた映画監督周防(すお)正行さんが意見を交わした。
文書偽造事件では厚労省の関係者10人が取り調べを受け、うち5人が村木さんの関与を認める調書に署名した。
「障害がなくても、調書は(捜査側の)ストーリーに寄ってしまう。障害者が間違って逮捕されたとき、助けがないと真っ白が真っ黒にされる」。村木さんは訴えた。
逮捕・起訴されると有罪率99・8%という国内の刑事裁判。それを支えてきた自白調書。捜査官の影響を受けやすい知的障害者の場合、調書は容易に作られかねない。
「知的レベルが低い人の場合、一問一答だと調書に何が書かれているか裁判官が分からない。だから検察官が分かりやすくまとめるんです」。周防さんは検察関係者にこう教えられたことがあるという。「分からないやりとりこそ、調書にすれば知的レベルも分かる。分かりやすい調書で実態を隠してきた」と批判した。
自白調書があり起訴内容に争いがなければ、裁判官も調書に沿った判決を書きがちになるとの指摘もある。一人称の物語形式でつづられた調書に頼る裁判は、裁判員裁判が導入されるまで日常的だった。
では、冤罪を防ぐ取り調べとは-。村木さんは「録音・録画(可視化)で、後から検証できる仕組みを担保する。真実を聞き出す技術も大事」と強調した。
検察は、裁判員裁判の対象事件を手始めに可視化を試行。ただ多くは調書に署名する場面などを撮る一部可視化にとどまり、全過程を録音・録画したのは2割ほど。知的障害者についても全過程は約半数だ。
「後からプロセスを確認できるのが可視化のはず」。江川さんも全過程の可視化を力説した。
検察内部では可視化を評価する声の一方で「身の上話をして信頼関係を築く手法が取りにくい」との意見もある。
周防さんは「取り調べで真相を解明してきた自信はあっても、冤罪もある。従来のやり方を見直し、録音録画をうまく使うことを追求して」と注文した。
コミュニケーションが不得手な障害者には、取り調べに立会人を付けることも効果的とされる。最高検は専門家の立ち合いを試行し、長崎では福祉関係者に同席してもらうなど模索は続く。
知的障害者の取り調べの見直しは、この1年ほどで急速に議論が進んだ。江川さんは最後にこう述べた。「知的障害者は突破口。精神障害者や子ども、外国人、意思表示が苦手な人にも広げないといけない」
▼厚労省文書偽造事件と検察改革
障害者団体への郵便料一部免除制度を利用できるよう実体のない団体に証明書を偽造したとして、大阪地検特捜部が2009年、厚労省元局長の村木厚子さんを逮捕し起訴。大阪地裁は10年、村木さんに無罪を言い渡し確定した。最高検は押収証拠を改ざんしたとして主任だった検事を、改ざんを隠蔽(いんぺい)したとして上司だった2人を逮捕、3人は懲戒免職となった。事件を受け法相の私的諮問機関「検察のあり方検討会議」が発足。取り調べの録音・録画の法制化などをめぐる検察改革の議論がスタートした。
=2012/07/20付 西日本新聞朝刊=