ニュース (NEWS) 作品欄 (WORKS) ぐずてつ日記 (BLOG) ユキコ動物園 メッセージはこちら
    

 

 

 PROFILE

ちばてつや(本名:千葉徹弥)

1939年(昭和14年)1月11日、東京築地の聖路加病院で生まれる。 同年11月に朝鮮半島を経て、1941年1月旧満州・奉天(現中国・遼寧省瀋陽)に渡る。 1945年終戦。翌年中国より引揚げる。 1950年、友人の作る漫画同人誌「漫画クラブ」に参加。1956年、単行本作品でプロデビュー。1958年「ママのバイオリン」で雑誌連載を始め、1961年「ちかいの魔球」で週間少年誌にデビュー。 主な作品に「1・2・3と4・5・ロク」、「ユキの太陽」、「紫電改のタカ」、「ハリスの旋風」、「みそっかす」、「あしたのジョー」、「おれは鉄兵」、「あした天気になあれ」、「のたり松太郎」など。 公益社団法人日本漫画家協会会長。 東京都練馬区在住。

 

 

 

 

 

 NEWS

 

 

【親友 松本零士さんの訃報に接し】

 松本零士さんが高校を卒業して北九州の小倉から上京したばかりのツメエリ姿、当時19歳の彼と出会って60年以上が経ちました。
 ワシもデビューした翌年の18歳。
 同じマンガ家の卵、トシが近いせいもあって意気投合、本郷三丁目にあった西陽差し込む4畳半の彼の下宿にはよく遊びに行ったものです。
 二人ともまだ稼ぎも少なく満足に食べられなくてね。
 松本さんはよく「座布団のようなビフテキを食べたい!」なんて言いながらマンガを描いていました。
 二人そろって締め切りに追われ、同じ旅館にカンヅメにされて一緒に机を並べて仕事をしたものです。
 当時からワシは遅筆だったので、先に原稿を終わらせた彼に手伝ってもらうこともありました。
 忙しい盛りの40歳の頃に、一緒に世界旅行にも行きました。
 その時に訪れたアマゾン川やマチュピチュの遺跡などはいちばんの思い出です。
 コロナ禍もあってしばらく会う機会もなく、ぼんやりと心配はしていたのですがまさか・・・言葉もありません。
 ここ数年、親しいマンガ家仲間が次々と旅立って淋しい思いをしていたのに、君も逝ってしまったのか。
 もう・・・体中の力が抜けていくよ。

 ちばてつや

 

 

【わたしの金子みすゞ】

 

 

 

 


【新刊でました】
     
     
  【ひねもすのたり日記4】   【ちばてつや追走短編集】  
         

 

 

 

 

 

 

【アニメーション】

メガロボクス (C)高森朝雄・ちばてつや/講談社/メガロボクス2プロジェクト【オフィシャルサイトはこちら】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Copyright CHIBATETSUYA PRODUCTION