幼児における手触りの快不快とオノマトペに関する基礎的研究
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幼児における手触りの快不快とオノマトペに関する基礎的研究
―触素材に対する反応と触感の表現―
坂田 和子 * 下稻 美里 ** 馬場 恵里香 ** 黒木 晶 *** 牧 正興 *
Basic experiments on relationship between onomatopoeias and
judgment of comfort on haptic materials
- Response to haptic materials and tactile sense -
Kazuko SAKATA, Misato SHIMOINE, Erika BABA, Aki KUROGI and Seiko MAKI
概 要 本研究は、触覚の情報処理について、幼児を対象に触感の感性評価と触感の表現を明らかにすることを 目的とした。予備調査として、幼児を対象に 40 の触素材を提示し、素材の違いを検出できない素材を除き、 計 18 素材を本試行の素材とした。実験では、視覚情報を遮断する素材箱に素材を入れ、参加者が素材を探 索した後、快不快の感性評価を求め、素材の触感をオノマトペで表現した。その結果、幼児を対象とした 本研究では、素材の快不快評価について多くの素材を快と評価した。オノマトペについては、素材の快不 快とオノマトペの音韻とが必ずしも関係していないことが示された。加えて、オノマトペに付随するエピ ソードから、触覚の検出特徴である温覚について、「あたたかい」と評価された素材は、タオル生地(綿 100%)、コルク、綿、ウレタンフォーム、フェルト、人工芝生、シープボアであることが明らかになった。 これらの結果から、幼児の情緒に働きかける「あたたかい」素材が示唆された。 キーワード:触感、感性、情緒、オノマトペ、幼児期 * 福岡女学院大学 **福岡女学院大学大学院 ***純正福祉会 青葉保育園
【問 題】
近年、直接知覚を行う触覚を含む触運動システム (haptic system)による知覚は、定量的な情報から定性 的な情報に至る階層性を含む情報の多様性や環境の制約 の多様性がある中で、ロバストな処理を行っているとい う点で注目されている研究分野の一つである。五感の一 つである触覚(触覚、痛覚、温覚、自己受容感覚を含む 広義の触覚)は、最も原始的な感覚であると同時に、高 次の知覚にも関与している(岩村,2001)。 白土・昆陽・前野(2007)は、物体の表面を触れる際, 意識下で感じる感覚を「触感」とよび、触覚のうち、「つ るつる」や「ざらざら」といった微細な表面状態の触感 覚を表現すると定義している。そしてヒトが触感を認識 する過程を、ヒト指腹部の受容部と脳内の認知部の2過 程に分離し、各過程の非線形性を考慮したヒト触感認識 機構のモデルを構築している。また、坂田(2011)は、 触覚の情報処理に関係する脳の解剖的・機能的構造について動向をまとめ(Kandel, Schwartz, and Jessell, 2000)、触覚に関連する課題が多種感覚野によって処理 されていること、それらから期待される触研究の可能性 について議論している。 触研究の可能性について、北田(2012)は、触覚によ る社会的コミュニケーション、物体の特徴の処理に関す る仮説、形態に基づく触覚コミュニケーションと、素材 に基づくコミュニケーションについてまとめている。例 えとして、「赤ん坊の肌や犬や猫との接触が心地よいの は、その素材が与える効果である。しかし触れた相手 が、恋人と他人では、接触による入力が同じでも惹起さ れる感情はまったく別物である。このように他者との接 触を解釈するためには、触れている対象を認識しなくて はならず、そのためには対象の形状を正確に知覚する必 要がある」と述べている。報酬系との関連で行われてい る研究では、親しい人との接触はゴム手との接触に比べ て、報酬の処理に関与するとされる大脳基底核の活動 を高めることが報告されている(Kawamichi, Kitada, 原著
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Yoshida, Takahashi and Sadato, 2011)。しかしながら 触覚による社会的なコミュニケーションについては、ま だ明らかになっていないことが多い。 他方、言葉との関係から感覚の特徴を明らかに使用と している研究がある。渡邊・加納・清水・坂本 (2011)は、 成人を対象に、これまで素材の評価項目として使用され ていた言葉、特にオノマトペ(擬音語ならびに擬態語の 総称)に着目し、触素材を表象するオノマトペの音韻と いう基準から触覚の感性的判断の主要因を明らかにして いる。触覚の快・不快の判断とそこで使用されるオノマ トペの音韻との関係について、母音では、/u/ のみ統計 的有意に快の判断と関係づけられている。 幼児は大人に比べて多くのオノマトペを使用し心的表 現を可能としている。しかしながら、感情・感覚に関す るオノマトペは、表出数が少ないことが報告されている (苧坂,1999;丹野,2005) そこで本研究では、幼児を対象に触素材に関する感性 評価を行い、感性表現としてのオノマトペについて明ら かにすることを第 1 の目的とする。第 2 に、それらのオ ノマトペに付随する表現から、触覚特有の温冷感覚につ いて整理し、情緒に働きかけるあたたかい素材について 検討する。
【方 法】
【調査期間】2016 年 2 月下旬 【参加者】F 県内の保育園に通う 3 歳児 2 名(男児 1 名; 女児 1 名)、4 歳児 5 名(男児 1 名;女児 4 名)、5 歳児 10 名(男児 5 名;女児 5 名)の計 17 名であった。 【材料】①触素材;渡邊・加納・清水・坂本(2011)の 研究で使用された 50 素材をもとに、再現性があり、指 先との接触で摩耗しない布や金属等に加え.幼児の生活 や遊びで使用する素材を加え 40 素材を選定した。次に、 予備調査を行い、それぞれの素材について触探索で違い を検出できない素材を除き、18 素材を選定した(表 1)。 素材の大きさについては、坂田・山崎(1999)に基づき、 探索の際、掌を素材に置くなどが明らかになっているた め、幼児の掌の大きさを考慮し、渡邊ら(2011)の倍の 大きさとなる 14 ㎝× 14 ㎝とした。 ②素材箱:被験者が触素材に触れる際は、素材が見え ないように覆う箱(横 34 ㎝×縦 26 ㎝×奥行き 59 ㎝)に、 幼児が手を入れる横 10 ㎝×縦 7.5 ㎝の穴をあけ、素材 箱を作成した。 表 1 実験で使用した触素材 1 発砲スチロール 2 キルト生地 綿 100% 3 アルミ板 4 サンディングペーパー 220 5 タオル生地 綿 100% 6 包装緩衝剤 7 コルク 8 綿 9 ウレタンフォーム 10 網状ステンレス 11 ガラスタイル 12 サンディングペーパー 80 13 フェルト 14 人工芝生 15 シープボア 16 石 17 パイル生地(ハイブライトパイル) 18 スウェード裏 ③実験装置:素材箱に延長して SONY 社製 HDR-SR1 を固定した。なお、実験装置を固定した机は、横 89.5 ㎝×縦 90.0 ㎝×高さ 51.5 ㎝、椅子は、横幅 29.0 ㎝× 縦幅 28.5 ㎝×高さ 29.5 ㎝であった。 写真1 触素材の一部 写真2 実験の様子幼児における手触りの快不快とオノマトペに関する基礎的研究 29 【手続き】保育室の一室で個別面接方式の実験を行った (写真 2)。18 素材の触感に関する実験を始める前に、机 上に 3 素材(アクリル板、綿 100%ワッフル生地、木板) を見えるように置き、参加者に素材の表面をなぞるよう に伝えた。「どのような感じがしますか?」とたずね、 オノマトペが出ない場合には「ふわふわする?ぺちゃぺ ちゃする?」とたずね、オノマトペを促した。この際、 提示するオノマトペは、渡邊ら(2011)で明らかにされ た、快と不快を表象するオノマトペの音韻の両方を入れ、 手触り感情を特定しないよう配慮した。オノマトペの表 現が可能になった時点で本試行に入った。 実験者が素材箱に素材を一つ入れた後、参加者に箱の 中へ手を入れるよう伝えた。続いて素材を触るよう伝 え、「どんな感じがしますか?」と素材の触感の回答を 求めた。その後、「気持ちが良いですか?気持ちが悪い ですか?」と各素材の触感を快・不快でたずねた。参加 者者の集中力を考慮し、6 試行を 1 セッションとした上 で、セッションの間に 2 回本試行とは関係のない触素材 を使ったやりとりを行い、計 18 試行を終了した。
【結 果】
手触りの快と不快(感性評価) 手触りの快と不快について、ほとんどの素材を「気持 ちいい」と評価した。不快と評価された素材は、サンディ ングペーパー 220 が 3 名、サンディングペーパー 80、 人工芝生、石が各 2 名、包装緩衝剤が 1 名であった。 その他、「気持ちいい」あるいは「気持ち悪い」の評 価に加え、『冷たい』『あたたかい』と触覚の特徴となる 温冷感覚、『硬い』などの特徴が検出され評価として出 てきた。 渡邊ら(2011)の 50 素材は、成人を対象とした予備 調査で快と不快と評定された素材を半数ずつ入れている が、幼児を対象とした本研究では、ほとんどの素材につ いて、「○○だけど、きもちいい」と回答した。 触感の表現(オノマトペ) 触素材のオノマトペについて、 発砲スチロールでは、「ざらざら」が代表的な表現で、 その他は「ふわふわ」「かしかし」「ざらざら」「ぽこぽこ」、 キルト生地(綿 100%)は、「ふわふわ」が、その他は「ふ かふか」「もはもは」「さらさら」「ぷつぷつ」であった。 アルミ板は、「つるつる」、その他「ぬるぬる」「するす る」「ぼうぼう」「すべすべ」「きゅーきゅー」サンディ ングペーパー 220 は、「ざらざら」が代表的で、「べたべ た」「じゃりじゃり」「つるつる」「ぶうぶう」「がさがさ」、 タオル生地(綿 100%)は、「ふわふわ」が代表的であり、 その他は「もこもこ」「さらさら」「こりこり」「がりがり」 「ぷつぷつ」であった。 包装緩衝剤は、「ふわふわ」「ぷちぷち」、「ぶつぶつ」「ざ らざら」と代表的な表現が分かれ、その他は、「しゃわしゃ わ」「ぱちぱち」「つぶつぶ」であった。 コルクは、「ざらざら」が代表的であり、続いて「さら さら」、その他、「きゃーきゃー」「つるつる」「すべすべ」 「ずるずる」であった。綿は、回答までの反応時間が早 く、かつ、一瞬にして目を見開き口をあける姿が見られ、 快感情を即時に回答する幼児が多かった。代表劇な表現 は、「ふわふわ」であり、その他は「もふもふ」「ほわほ わ」「ふかふか」であった。ウレタンフォームは、「ふわ ふわ」が代表的な表現であったが、その他が「ぽよんぽ よん」「もちもち」「さらさら」「むちむち」「ふにゃふにゃ」 と多様な表現をした。網状ステンレスでは、「ざらざら」 「つるつる」「ぶつぶつ」「さらさら」「きゅうきゅう」「こ きこき」「がらがら」、ガラスタイルは、「するする」「つ るつる」「ぬるぬる」、その他は「すべすべ」「ぷうぷう」 「ざらざら」「こきこき」であった。サンディングペーパー 80 は、「ざらざら」が代表的であり、その次に「ちくち く」、続いて「つるつる」「ふわふわ」「かさかさ」であった。 フェルトは、「ふわふわ」、続いて「さらさら」、その他は、 「しゃっしゃっ」「ちくちく」「ふにゃふにゃ」であった。 人工芝生は、「ちくちく」、続いて「とげとげ」、その他 は「がりがり」「つるつる」「ざらざら」「しゃわしゃわ」「ふ わふわ」「がさがさ」「さらさら」であった。シープボアは、 綿素材と同様、素材の接触と同時、顔の表情が柔らかく なり、多くの幼児が「ふわふわ」と表現した。続いて「も ふもふ」、その他は「さらさら」であった。石は、「ざら ざら」、続いて「ぼこぼこ」、その他は「とんとん」であっ た。パイル生地(ハイブライトパイル)は、「ふわふわ」 が代表的であり、その次が「するする」、その他は「ほ わほわ」「もふもふ」であった。 スウェード裏は、「ふわふわ」「さらさら」「ざらざら」 を表現が分かれ、その他「ぱらぱら」「するする」「つる つる」「ぬるぬる」であった。 触感表現に伴うエピソードと温冷感覚 オノマトペの表現に際し、幼児の多くは「○○みたい」 と比喩表現を用いる場合や、家庭生活や園生活で経験し た内容を加える、そして温冷感覚で表現するなどが見ら れた。温冷表現で素材を分類すると、『つめたい』につ いては、アルミ板、網状ステンレス、石であった。『あ たたかい・つめたい』と 2 種の感覚が出た素材は、キ ルト生地(綿 100%)、ガラスタイル、パイル生地(ハ イブライトパイル)であった。『あたたかい』という表 現が出た素材は、タオル生地(綿 100%)、コルク、綿、 ウレタンフォーム、フェルト、人工芝生、シープボアで あった。さらに、『あたたか』について、「ちょっとあっ たかい」「なんかあったかい」「やわらかい」「おふとん みたい」「おかあさんの着ているセーターみたい」など の表現が出てきた素材は、タオル生地(綿 100%)、綿、 シープボアであった。30
【考 察】
本研究の結果から、幼児における触の感性評価や特有 のオノマトペ、さらには「あたたかい」と感じる素材が 示された。 まず、触の感性評価について、幼児の多くは不快とい う評価をしなかった。この結果は、成人が泥を触ると不 快であると評価することに対し、幼児は「気持ちがいい」 と表現する。ただし、これらは個人差が大きいため、本 研究の結果のみで考察することは十分ではない。成人の データにおいても個人の特徴で感じ方は異なることが示 されている(Ramachandran, V. S. and David Brang, D, 2008)。今後は、個人の特徴や経験などを踏まえた上 で、より多くのデータから論じることが求められるであ ろう。 次に、幼児特有のオノマトペについて、苧坂(1999) や丹野(2005)では、表出数が少ないことが報告されて いる。本研究では、それぞれの素材に特有で代表的なオ ノマトペが存在する一方で、その他さまざまなオノマト ペが表現された。これらの結果は、幼児の認知や言葉の 発達過程で、その時期にしか出てこない心的表現やオノ マトペが存在する可能性がある。触素材は、最も原始的 な感覚を引き出すかもしれない。 最後に、「あたたかい」と感じる素材について、本研 究では、タオル生地(綿 100%)、コルク、綿、ウレタ ンフォーム、フェルト、人工芝生、シープボアが幼児に よって選定された。あたたかさを引き出す素材について は、実験者の観察記録から、素材に接触した瞬間から表 情に変化がでることがわかった。今後は、それらについ て映像で記録し分析できるよう改善し、あたたかい触素 材と情緒との関係について明らかにすると関係性が明瞭 になるであろう。あたたかいと感じる素材は、通常にそ ばにあることでより快感情が誘発されるとともに、情緒 が安定しない状況に何らかのあたたかい影響を与えてく れることが予想される。仲谷・筧・三原・南澤(2016) は、河合(2014)を引用し、「人間が深く自分の存在を 確かめたいときに、触覚が大事になるのではなかろうか。 (中略)「触れる」ことが、完全に心の接触になっている から、われわれも心を動かされるのだ。」と、触れるこ とで生き延びることについて言及している。そして、「エ モーショナルな実感が得られること。そして私たち自身 の存在が疑いなく肯定される感覚を得ること」これらを 感じるきっかけとしての新しい触感体験の可能性を示唆 している。本研究では、幼児において「あたたかい」と 感じる触素材が明らかになった。今後は、人間の本質的 な安定性に働きかける触素材について検証し、新たな触 感体験を検討したい。【引用文献】
1 )岩村吉晃 (2001).神経心理学コレクション タッチ 医学 書院2 )Kandel E. R., Schwartz J. H., and Jessell T. M. (2000). Principles of Neural Science, 4th ed. McGraw-Hill, New York
3 )河合隼雄 (2014).河合隼雄の幸福論 PHP 研究所 4 )Kawamichi, Kitada, Yoshida, Takahashi and Sadato
(2011).Activation of the reward system by joining hands with familiar person: an fMRI study. 8th IBRO World Congress of Neuroscience.
5 )北田亮 (2012).触覚による社会的コミュニケーションの 認知脳科学的メカニズム 日本ロボット学会誌,30(5), 466-468. 6 )仲谷正史・筧康明・三原総一郎・南澤孝太 (2016).触楽 入門 朝日出版社 7 )苧阪直行 (1999). 擬音語・擬態語の認知科学 苧阪直行(編 著) 感性のことばを研究する ―擬音語・擬態語に読む心の ありか― 新曜社 pp. 1-26.
8 )Ramachandran, V. S. and David Brang, D. (2008). Tactile-emotion synesthesia. Neurocase, 14, 390-399. 9 )坂田和子・山崎晃(1999).幼児の触覚による探索過程に ついての検討―成人と幼児の探索過程に関する質的検討― 日本心理学会第 63 回大会発表論文集, 369. 10)坂田和子 (2011).能動的触探索の情報処理に関する研究 の現在 福岡女学院大学紀要人間関係学部編, 12, 35-40. 11)白土寛和・昆陽雅司・前野隆 (2007).ヒトの触感認識機 構のモデル構築 日本機械学会論文集 C 編 , 73(733), 2514-2522. 12)丹野眞智俊 (2005).オノマトペ《擬音語・擬態語》を考 える あいり出版. 13)渡邊淳司 (2014).情報を生み出す触覚の知性 情報社会を いきるための感覚リテラシー 化学同人 14)渡邊淳司・加納有梨紗・清水一郎・坂本真樹 (2011).触 感覚の快・不快とその手触りを表象するオノマトペの音韻 の関係性 日本バーチャルリアリティ学会論文誌 , 16(3), 367-370. 15)渡邊淳司・加納有梨紗・坂本真樹 (2014).オノマトペ分 布図を利用した触素材感性評価傾向の可視化 日本感性工 学会論文誌,13(2),353-359. 謝辞 調査にご協力いただきました保育園の諸先生方および園 児のみなさまに心より感謝申し上げます。