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RIM 環太平洋ビジネス情報 2002年10月Vol.2 No.7
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北朝鮮農業の窮状をどうみるか

2002年10月01日 環太平洋研究センター 顧問 渡辺利夫


北朝鮮の経済危機が伝えられて久しい。北朝鮮でボランティア活動に携わり、後にある事情から国外退出を命じられたドイツ人医師、ノルベルト・フォラツェン氏の著書『北朝鮮を知りすぎた医者』(瀬木碧訳、草思社)などからうかがわれるこの国の現況は、酷薄の一語に尽きる。

もう10年以上も前のことであるが、私も北朝鮮を訪れたことがある。当時、注目されていた豆満江流域地域の開発に関する平壌での国際会議に出席し、あわせて羅津・先鋒・清津という、北朝鮮・中国・ロシア三国の国境が接する咸鏡北道の港町を視察する一週間の旅であった。当時すでに平壌においてさえ一日二食運動が展開されていたのであるから、この辺境地域の窮状はいかばかりのものであったか。

しかし、大型のバスで走り回り、しかも訪問者のすべてに通訳という名の監視人をつけられての旅行であったから、農村の窮状を私が目にできたわけではない。わずかに一つの体験があって、これが北朝鮮の食糧危機のことが話題になるたびに私の記憶の中から呼び覚まされてくる。清津の港をはるかに見下ろす丘陵地で昼の弁当を開いていた折に、強い便意をもようし、通訳にことわって近くの小麦畑の中で用便をしたことがあった。

畑の中でみたものは信じられないほどに荒れた土地であった。私の目には畑というより砕かれた岩石の小片が敷き詰められた平面のようにみえた。石と石の間を縫って小麦の茎がひょろひょろと伸びている。集団農業というものはかくも無惨なものか、石を取り除いて種子を蒔くという最も基本的な作業の意欲を農民から奪ってしまうほどに酷いものか、そう思わせられる荒寥であった。

この旅行は、機会に恵まれたので一度は覗いてみておこうという程度の暢気さで出掛けたものであった。しかしそのような体験から関心を誘い出され、帰国後、北朝鮮の食糧事情について調べてみた。友人の専門家に問いながら資料を検索したのだが、統計らしきものがないことにすぐに気づかされた。北朝鮮政府は、建国以来、穀物生産量をまったく公表していなかったのである。

統計の空白が少しでも埋められるようになったのは1974年からである。以来、暦年の穀物生産量は、700万トン、770万トン、850万トン、900万トン、950万トンとある。しかし1980年代に入ると、1982年に950万トン、1984年に第2次5カ年計画の最終値として1,000万トンという数値が掲げられて以来、まったく実績不明の時期がつづいた。ようやく1988年になって、1,000万トンという数字が発表されたにとどまる。

まことに大雑把な数値であり、これが目標値なのか実績値なのかさえ定かではない。北朝鮮の発表する穀物は芋類などをも含む「粗穀」であって、食糧の品目構成は不明である。

その後、再び統計の空白期が始まった。1995年と1996年の夏季に北朝鮮は未曾有の洪水に見舞われ、国際支援を仰がねばならなくなり、ここで穀物生産量を公表することになった。

発表によれば、洪水発生前の予想収穫高は567万トンであった。同発表では同時期の年間需要量は年間764トンであった。仮に北朝鮮政府によるこの発表数値を正しいものとすると、洪水発生前にすでに197万トンの不足があったことになる。洪水によって失われた穀物量は190万トンであり、したがって洪水後の不足量は387万トンである。洪水の被害は確かに深刻であったが、洪水がなかったとしても北朝鮮の食糧不足が厳しいものであったという事実を政府が公認したのである。

北朝鮮では、経済が苦境に陥った場合、これをシステムの欠陥のあらわれとみてその改善を図るということはない。首領による「唯一領導制」を国是とする北朝鮮では、システムを欠陥とみなすこと自体がタブーだからである。システムの欠陥が下部党員によって認識されても、これが首領にまで届くことはない。逆に、経済的低迷はシステム運営の不徹底に由来するものだとみなされ、そうしてシステムがもつ欠陥は温存されてしまう。

システムの欠陥を正すメカニズムをもたない唯一領導制の北朝鮮においては、欠陥への対応が首領の現地指導によってなされるのだが、これは多分に思いつきの域をでない。現地指導によってなされる耕地不足への対応は、ほとんどが決まって耕地の開墾という安易な方式であった。現地指導による開墾方式として有名なものが、全国津々浦々の丘陵地に造成された段々畑である。未熟な土木技術で造られたこの段々畑は、大量降雨期には崩壊し、流出した土砂により下方の田畑を壊滅させるという、たびたび繰り返されてきた悲劇の原因となった。

農地、肥料、エネルギーの不足は、北朝鮮の食糧危機にとっては副次的要因に過ぎないのであろう。問題は、極端に非効率的な集団農業システムにある。このシステムを変革して家族農業を復元させない以上、国際食糧支援は北朝鮮の非効率的農業を温存・延命させてしまうという皮肉な帰結とならざるをえない。対北朝鮮食糧支援の難しさがここにある。
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