修行というのは
自分の好みとか好き嫌いとか
生活出来るかどうかとか
損か得かとか
考えていたら一生出来ないもので
自分の避けたいこと、嫌なことほどやるべきで
生活出来なければ死ぬだけで
損する方こそ取らねばならない
のが修行の道で
スピの人が修行を避けて、お手軽なものしかしないのは当然
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会話
返信先: さん
自分の避けたいこと、嫌なこと、というのは心理学でいうシャドウであり、自分が目を向けたくない領域ですから、そこを無視して、我流でいくら祝詞唱えようと読経しようと、真言唱えようと、何の意味もないどころか慢心を増すだけで修行にはならない
嫌だと感じ、避けたいと思うからこそ問題点である
修行に入ったからには、その避けたい嫌なことこそ、解消して行くべきだが、それを避けて楽なことだけしていたら、修行者であれば強制的にそれと向き合わざるを得なくなる大きなトラブルなどが起こる
占星術だと冥王星とか天王星が強制力を行使して働いてくる時
それでは遅いので先に解消するために修行
でもほとんどの人はそれをいくら説明しても逃げるし避ける
修行したいと言ってきても、その解消を目の前にすると、色々と言い訳して逃げる
私が弟子を取らないのも、そうして修行を始めても最初に肝腎要めの所に来ると皆言い訳してやらないで逃げるからだ
いわゆるお試しを乗り越えられない
お試しを乗り越えられないだけならともかく、修行の厳しさに耐えられない苦しさやストレスを、私のせいにしたりしてくる人も少なくない
修行するならこうしなさいというのが支配だとか
修行が苦しいのはお前がインチキだからとか
その手の事を言ってやめて行く人を少なからず見てきた
とは言え
嫌なことをしたくないなら、無理にしなくても良い
というのも間違いではないので
強制的に何かやらせる気は一切無い
修行は自分が望んで行うからこそ意味があるので
カルチャーセンターに通うつもりで修行に来られても私は指導は出来ない
だから、弟子も取らないし
望まれても教えない