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アイヌ語のもっとも重要な仕組みは自動詞と他動詞の区別、あるいは動詞価(動詞の項)という考え方です。ものすごくうまくできているので、これをマスターするとだいたいのことがわかります。
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普通はこれを「動詞価」(あるいは動詞の項数)という考えで説明します。動詞価というのはいくつ名詞があると文になるかという数字です。自動詞は+1(主語が1つで完全)、他動詞は+2(主語と目的語の2つで完全)です。自動詞を1項動詞、他動詞を2項動詞と呼ぶこともあります。
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さて、自動詞の動詞価は「+1」、他動詞の動詞価は「+2」ですが、他の品詞にも動詞価があり、名詞は「-1」、副詞は「±0」です。1つの文の中で動詞価を合計して計算結果が±0になっていれば正しい文、-(マイナス)になっていれば誤った文です。
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自動詞文は自動詞(+1)と主語(-1)で合計±0です。他動詞文は他動詞(+2)と主語(-1)と目的語(-1)で合計±0です。
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さて、アイヌ語は語幹レベルで自動詞と他動詞が最初から決まっている言語です。例えば日本語「見る」にあたるアイヌ語はinkar「眺める」とnukar「~を見る」の2つがありますが、inkarが自動詞、nukarが他動詞です。
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日本語の動詞1つにつきアイヌ語はいつでも自動詞と他動詞の2つがあって区別されている、と考えていいです。つまりアイヌ語には動詞の数が日本語の2倍あるわけです。2つあるので覚えるのが面倒ですが、あとあといろいろ便利になってきます。最初は辛抱してください。
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実際のところは自動詞から他動詞を作ったり、逆に他動詞から自動詞を作ったりもできるので、全く別の語形を覚えなきゃいけないわけではありません。ただ、ある音形を見たら(聴いたら)、その場で自動詞か他動詞か(つまり動詞価がいくつか)がわからなくてはなりません。
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ですから、アイヌ語の辞書には必ず「自動詞」「他動詞」の区別か、あるいは「動詞価」(動詞の項数)が書かれています。もしくは自動詞を「~が見る」、他動詞を「~が~を見る」などと表現して、両者が区別できるようになっています。
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動詞価計算の実例を示します。Okkaypo inkar.(青年・眺める)「青年が眺めた。」(※動詞に現在形と過去形の区別はありません)。inkar「眺める」は自動詞。okkaypo「青年」という名詞が主語です。動詞価計算ではinkarが+1、okkaypoが-1で合計±0。つまり正しい文です。
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Okkaypo cikap nukar.(青年・鳥・見る)「青年が鳥を見た。」の場合は、nukar「~を見る」は他動詞なので動詞価+2、主語okkaypo「青年」は名詞なので動詞価-1、さらに目的語cikap「鳥」が名詞なので動詞価-1、合計±0。これも正しい文です。
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主語や目的語は具体的に決まっていれば省略できます。Okkaypo nukar.(青年・見る)なら、「青年が(鳥を)見た。」「(鳥が)青年を見た。」のどちらかです。一見この文は+1に見えますが、省略されている名詞「鳥」もしくは「青年」を計算に入れると±0です。やはり正しい文です。
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なお、アイヌ語に「が」「を」にあたるものはないのでどっちが主語でどっちが目的語なのかはこの文の形では区別ができません。文脈で判断します。区別が必要な時には別の文の形を使います(ここではふれません)。
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重要なのは自動詞が目的語をとることはできないということです。*Okkaypo cikap inkar.(青年・鳥・眺める)「青年が鳥を眺めた。」と言うことはできません。inkarは自動詞です。自動詞は+1,名詞は-1ですから、名詞が2つあると計算結果が±0ではなく-1になります。正しい文ではありません。
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これがアイヌ語の最も重要な仕組みです。これは日本語とは大きく異なります。日本語話者がアイヌ語を勉強する際にはたいていここを間違えます。逆にこれを間違えないようになればまず第1段階をクリアしたことになります。
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アイヌ語の動詞価の仕組みは便利です。例えば日本語「(あたりを)眺めている青年」や「鳥を見ている青年」の「(あたりを)眺めている~」「鳥を見ている~」という連体修飾節について、アイヌ語の場合はどうなるか動詞価で簡単に説明できます。
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アイヌ語の連体修飾節は動詞価が+1の状態、つまり名詞が1つ足りない状態になっている必要があります。inkar okkaypo「眺めている青年」の場合はinkar「眺めている」は動詞価+1で主語がないので動詞価は+1です。自動詞inkarは1語で「眺めている~」という連体修飾節になれるということです。
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cikap nukar okkaypo「鳥を見ている青年」のcikap nukar「鳥を見ている」は目的語cikapがあるけれど主語がありません。nukarは他動詞なので+2、目的語cikap「鳥」は名詞なので-1、合計+1ですからcikap nukarは連体修飾節になれます。
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okkaypo nukar cikap「青年が見た鳥」ということもできます。okkaypo nukar「青年が見た」には主語があるけれど目的語がありません。nukarは他動詞だから+2、okkaypoは主語で-1、合計+1ですからokkaypo nukarは連体修飾節になれます。
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主語や目的語の名詞は具体的に決まっていれば省略できます。nukar okkaypo「(鳥を)見ている青年」やnukar cikap「(青年が)見た鳥」ということができます。この場合nukarが動詞価+2、省略されている名詞が-1、合計+1なのでnukarが連体修飾節になれます。
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もちろんnukar okkaypoを「(鳥を)見ている青年」ではなく「(鳥が)見た青年」、nukar cikapを「(青年が)見た鳥」ではなく「(青年を)見た鳥」と解釈することもできます。解釈はいくつもできますが、重要なのはnukarだけで正しい連体修飾節になれるということです。
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inkar「眺める」は動詞価+1、cikap nukar「鳥を見る~」は動詞価+1、nukar「(××を)見る~」は省略された名詞を計算して動詞価+1、どれも連体修飾節になれます。では「cikap inkar」はどうか。cikapが名詞なので-1、inkarが自動詞なので+1、合計±0です。これは連体修飾節になれません。
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つまり、cikap nukar okkaypo「鳥を見ている青年」は正しいけれど、*cikap inkar okkaypo「鳥見ている青年」は間違いだということです(先にみたようにcikap inkarはcikapが名詞なので-1、inkarが自動詞なので+1、合計±0ですから、連体修飾節になれません)。
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ごちゃごちゃしてわかり難い書き方をしてみましたが、簡単にいえば「連体修飾節は名詞が1つ足りない状態でなくてはならない」ということです。この「1つ足りない」ということがアイヌ語では明確にわかる、ということです。

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